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エピローグ

 酷く渇いていました。

 喉ではありません。

 平凡な日常によって渇いていたのです。

 だから私はこの喫茶店に来たのかもしれません。

 しかし――


「駄目ですよ。何も無い君が語ろうだなんて」


 ウエイトレスが遮りました。

 何故だろう。私は――


「語り部だと思ってました? 違いますよ。君はただの読み手なんです」


 そう言ってにっこりと笑うウエイトレス。


「だって、今までのお話に君は介入できましたか?」


 それは――できませんでした。

 ここにやってきた奇妙な客は、私を一瞥さえしなかったのです。


「お前はただの読者だ。作者ではない」


 マスターが厳しく言いました。


「お前には何もない。介入することも改ざんすることもできない。哀れな読者だ」


 否定したかった。私だって物語を語れると。

 そう思って、何かを語ろうとして。

 自分には何もないことに気づきました。


「私、俺、僕……」

「そうですね。彼らが何を願ったのか、それを教えてあげましょう」


 ウエイトレスは魅惑的に笑いました。


「まず田所さんの願いは『まともになりたい』でした」


 それは、彼にとっては心からの願いではないでしょうか。


「しかしその結果、田所さんは死を選びました」


 頭の中に映像が入ってきます。

 小さな小屋の中で、首を吊っている、田所――


「まともになったら自分のしてきた行ないが怖くなっても仕方ありませんね。人殺しの化け物に生贄を捧げて、たくまやみえこを死ににいかせて。『まとも』な神経をしてたら自殺したくなりますね」


 私は何も言えませんでした。


「次に中谷さん。彼女の願いは『不死身の身体になりたくない』でした」


 頭の中に映像が入ってきます。

 病院で息を引き取る中谷。

 そして自らの首を掻っ切る、闇医者――


「彼女は好きなことができずにそのまま世の中を恨んで死にました。闇医者は改心する機会を永遠に失ったのです」


 私は何も言えませんでした。


「三番目は菊池さん。彼の願いは『妹と永遠に会わないこと』でした」


 頭の中に映像が入ってきます。

 無人島で朽ちた死体と化した菊池。

 そして母親に追い詰められて建物から飛び降りる裕美――


「彼は孤独に耐えかねて餓死しました。裕美さんは母親の虐待で命を落としました」


 私は何も言えませんでした。


「四番目はキャサリンさん。彼女の願いは『仇と出会わないこと』でした」


 頭の中に映像が入ってきます。

 道端で蛆の湧いた死体になったキャサリン。

 そして親子が共に撃ち殺される光景――


「彼女は路銀がなくなり、行き倒れてしまいました。そして親子は別の復讐者に殺されてしまったのです」


 私は何も言えませんでした。


「最後は清水さん。彼の願いは『祓う力を無くして彼女と再会すること』でした」


 頭の中に映像が入ってきます。

 衰弱死してしまった清水。

 その死体を抱きながら、泣き続ける彼女――


「結局、生気を全て吸われてしまった清水さん。彼女は罪を背負って生きていかねばなりません。この世が終わるまで。ずっと」


 私は、何も、言えませんでした。


「俺にできることは、物語を捻じ曲げることだ」


 マスターは言いました。


「全てを操れると思っていた。全てを幸せにできると思いこんでいた。でもできなかった。俺は、作者ではないからだ。ただ妄想するだけの創造者だ」


 それを聞いた私は渇きを――


「それは渇きではありませんよ」


 ウエイトレスは言いました。


「希望でもなく、絶望でもなく。満たされない想い、渇望。それが君の正体ですよ」


 そうだった。私は永遠に満たされない――


「君の願いはマスターでも、この私でも叶えられませんね」


 そして皮肉るように言いました。


「概念のくせに擬人化するようなどうしようもないモノの願いなんて、叶える価値はありません」


 怒りを覚えるべきでしょう。

 もしくは悲しむべきでした。

 しかし私は――渇くだけでした。


「マスターは叶えるだけ。君は渇くだけ。そして私は嘲るだけ」


 ウエイトレスは最後に言いました。


 私ではなく『あなた』に。


「あなたの物語を聞かせてもらえませんか? 代わりに不幸にしてあげます」


 ここは『夏の夜の夢』。


 寝苦しい悪夢を見せる場所。

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