橋落ちて夢覚める
「母さんはまだ生きている」
そうだ。
母さんが生きてるなら、あの家にこだわる必要はないじゃないか。
ない…じゃないか……
「………」
食卓なんてどこでもいい、そう思おうとして、しかし自分がそこで過ごした日々を思い出し、止まったはずの涙がまた溢れそうになる。
あの家じゃないとダメだ!
母さんと僕が一緒に過ごした、ボロボロでカビ臭いあの家じゃないと、ダメなんだ!
でもそれはもう、ないんだな……
「……母さんに会いにいかないと。なんだか嫌な予感がするし」
足取り重く歩き出して、車の通りがそこそこある道へと戻る。
能力を使うことを忘れ、生々しい火傷痕を残した顔でほとんど無意識に歩いていく。
焦点が合わない。
苦しいこと、悔しいこと、全部母さんに会えば忘れられる、そんなわずかな希望さえ持てず、ただぼんやりと足を進める。
人通りが増えてきても、僕は道の真ん中をぼんやりと歩いていく。
「お母さん!あの人変ー!」「しっ!見ちゃいけません」
そんな会話も右から左へ、抵抗なく抜けていく。
強い日差しが、ジリジリと肌を焼く。
ああ、もしこのまま灰になれるのなら、僕は全てを忘れられるそれを望もう。
しかしそんなことになるはずはなく。
意識することなく、また足は前へと踏み出されていた。
日差しは元々足りない僕の水分をさらに奪い苦しめるばかりで、少したりとも役に立とうとはしない。
この顔見たら110番の張り紙を見て、僕は僕がこんな顔をしていたことを思い出せなくて、どれが本当の自分の顔なのか分からなくなっていることに気付く。
「分からない。分からないんだよぉ……!」
いつかそこに母さんを連れて帰る、それは心の支えとなっていたんだろう。
それがなくなって折れてしまった。
それでも僕は、はってでも進まないといけない。
母さんは今も病気と戦っているから。
だから僕は、そんな母さんに会いにいかないといけない。
「母さん……うおおおおああああ!!!!!」
触手を展開して人々を飛び越えて、触手から出した吸盤を建物に吸いつけて自分の体を前へと投げる。
なぜ僕は自分が強いと思っていたんだろう?
自分の階級が高いからか?
貧困家庭で過ごしながらそれから脱却できるほどの学歴を身につけたからか?
なりたい職業とは違う、具体的な自分のしたいことを持っていたからか?
たった一つ失っただけでこんなにも苦しんでいる僕が、強いはずなんてないのに。
透明化を忘れて移動していたせいか、いつの間にか追跡のパトカーがついてきている。
そんなことは今更どうだっていい。
追わせたいやつには追わせておけばいい。
一度、一度母さんに会うんだ!
じゃないと僕は自分がどうすればいいのか分からなくなる!
パトカーから警察の声が聞こえてくるが、その声に従うはずもない僕は車ができない移動を駆使して警察の追跡を振り切る。
しかし次々と湧いて出てくる警察が、また僕の後をつけ回す。
一般がつけ回すと捕まえるくせして、自分たちはつけ回すのか。
まあどうだっていいが。
建物から建物へと飛び移って、建物を挟んだ隣の通りにいけば、それで追跡は振り切れる。
しかし僕はそうはせず、速度で圧倒して逃げ切る。
病院の前に着地して、自動ドアを通って中に入る。
ようやくここまで来た。
病院、その様子は、どこか変なところがあった。
「おい!そこの看護婦!なんだか忙しないようだが、何かあったのか!」
息も荒くそう訊ねると、そんな僕に怯えて何度も頭を下げてくる。
「謝罪はいらない!なんだ!何があったんだ!」
「えっと……」
戸惑うその看護師は放っておいて、僕は受付の看護婦の前の机に手を強く叩きつける。
「僕だ!吊橋だ!ここにいるだろ!吊橋六名の息子だ!」
「つ、吊橋さんの息子さんですか⁉︎い、今すぐこちらに来てください!」
看護婦がそこから出てくると、すぐさま引っ張られ連れて行かれる。
「612号室の吊橋さんの容態が急変して、いまは本人が意地で耐えている状態です!」
「そんな……」
医者が手当てをしているらしいその部屋に入ると、衰弱し切った母さんの姿が飛び込んでくる。
「すまない……この病気ばかりは、手の施しようがないんだ……一応投薬で痛みは和らげているが、それもただの延命処置に過ぎない。何もしてやれなくてすまない」
「母さん……!母さん!」
その痩せ細った体に縋る。
「……永覚かい?ごめんねぇ。私、もうダメみたい。あんたも頑張ってくれたのに、でももうダメみたいだよ」
「母さんダメだ!諦めるな!すぐにお金集めて、手術受けれるようにするから、だから!」
「ごめんねぇ……ごめんねぇ……私もあんたと一緒にいたいけど、無理みたい。でも、あんたなら、あんたならきっと、強く生きていける。私がいなくても、頑張って生きていける」
違うんだ、僕は強くなんかないんだ、そう首を横に振るが、母さんはそんな僕に笑いかけてくる。
手を伸ばして僕の頬にふれた母さん。
その手が触れた途端に涙が溢れ手を伝う。
「あんたは自慢の子だよ。だからきっと大丈夫。でも、たまには泣きたい時もある。だから……痛いの痛いの飛んでいけ〜。これで痛み、引いたかな?」
そんな泣きじゃくる子どもをあやす言葉が、僕に優しくかけられる。
「どこも、どこも痛くねぇよ……」
強がるようにそう言葉を返すが、そんな強がりは全部お見通しだ。
「痛いの、わかるよ。だってあんたは、私の、息子だからね……!」
それが最後に振り絞った笑顔だと、直感で理解した。
手が離れていく。
その手を取って強く握るが、また母さんが目を開けることはない。
「痛いよ……すごく…すごく痛いよ……!ねえ、母さん……」
全部、なくなった……
勢いよく扉が開けられる。
トランクを持った日溜が、全身を汗でベトベトにして、グラグラと瞳を震わせて、僕たち二人を見ている。
「これが……お前たちの見せたかったものか……?」
違う、これはただタイミングが悪かっただけ。
彼らが僕を苦しめるためにこんなことをしたわけじゃない。
こうなることはわかっていなかった。
佐鳥のやつも言っていた、もって後1年、それはこのままの速度で容態が悪化していけばという話で、例外だって当たり前に存在する。
それがたまたま今日だった。
「……悪い。もっと早く行動してれば……」
「黙れ!これはただの……僕の八つ当たりだ……」
日溜は僕の足下にトランクを投げる。
結構な重量のあるそれを持ち上げて中を開けると、そこには札束の山が入っていた。
「これって……」
「そこには一億入ってる。治療費になるはずだったものだぜ」
どうやってこんな大金を……?
どうして僕にここまで……?
その優しさも、今では僕に届くことはない。
母さんが生きていて、それで治せるのなら、僕は喜び感謝しただろう。
彼らのためならなんだってしただろう。
しかしもう、亡くなったしまった。
僕はもう、生きる気力さえ、湧いてこない。
ああ、このまま僕も、死のうかな……
「考える時間が必要みたいだな。それは回収させてもらうぜ。あと、しばらくはこれで過ごせ」
一万円札を手渡され、僕は悩んだ末にそれを受け取る。
死ぬ前に、何か美味しいものでも食べてから死のう。
「決心がついたらここに来るといいぜ。つかないならもっと来るべきだと思うぜ。それで何か、変わるかもしれないしな」
そう言って渡してきた地図。
どこかは分かる。
時間が指定されているのは、それが日溜がいる時間だということか。
「ここに行ったら何してくれるんだ?僕を、殺してくれるのか?」
そう言った僕に笑いかける日溜。
苦笑、トゲトゲきい僕の言葉に対してか、もしくは別のことに対してか、日溜はそれに真摯に返す。
「そうだな。お前がその時、本気で死を望んでいたら、俺が楽にしてやるぜ」
なぜそこまで、そんな疑問が浮かび、しかし殺してくれるならとそんな疑問は忘れていく。
「佐鳥さんに頼んでお前が出てくるように誘導したのは俺だ。俺が行っても動かないだろうからな。でもその結果、こんなことになるなんてな。お互い、不幸だよな」
お互い?お前と僕とは境遇から何から違う。
一緒にするな。
家族のいる人には、わからないんだ!
たった一人の家族を失う苦しみが、理不尽に夢を壊された人の苦しみが……
これから、どうしよう……
僕は母の亡骸の前で蹲って考える。
鏡を見れば真っ赤に腫れた目尻。
年甲斐もなく泣いてしまった。
「母さん、やっぱり僕は弱いみたいだ。期待には、答えれそうにないよ……」
これまで母さんの前では、弱い暗い自分は見せないようにしてきたが、もう疲れたよ……
「ごめん、母さん。僕は捕まってたから、葬儀する金さえ出せないんだ」
明日になったら焼こうって話になってる。
熱いだろうな。
母さんが焼かれて灰になるのは心苦しいが、病院にいつまでも置いておけないから、それは仕方ないと分かる。
ああ、さっさと死のう。
日付は記されていないから、今日でも問題ないはずだ。
自分で死のうとしても、恐怖で思いきってできないかもしれない。
彼は容赦がない。
僕の体は彼のせいで、骨が砕けたことで骨格が歪んでしまったところだってある。
病院でそこは修復されたからいいものの、それを人に向けようという気概が恐ろしい。
だが、それのおかげで僕は楽に死ぬことができる。
こんなひどい人生なんだ、死ぬときくらいは楽であってほしい。
能力を使わないそのままの姿で、病院を出て街を歩く。
すぐに駅に着く。
もうすぐ電車が来るが、次の電車は快速、目的地は通過してしまう。
切符を買って乗車するのは間に合うだろう、しかし駅の近くに交番があり、改札近くに警官が立っていることが問題だ。
あいつらに捕まったら死ねない。
ただ生きているだけなのは、生きながらにして地獄にいるのと変わらない。
能力を使えばたやすく突破できるが……
やめた。
なんだか、歩きたい気分だ。
家のあった方角へと足を向ける。
「変わらないな……」
捕まる前と何も変わらない。
病院に来るまでとは別の道を使う。
警察のいない道。
ゆっくり落ち着いて歩くことができる。
真っ直ぐ道に沿って進むと、一緒に買い物をしたスーパーが見えてくる。
中に入って店内を回る。
カートに登ろうとして怒られたっけ。
入り口に置いてあったそれを見て思い出して、それから今度は肉売り場をみる。
容器をつついてこれまた怒られたなぁ……
子連れで買い物をする親子が隣を通っていく。
僕はその後ろ姿を、目を細めて眺める。
たくさん甘えているその子どもは、僕も同じようにしていたことを思い起こさせる。
お菓子売り場に駆けていき、お菓子を勝手にカゴに入れる。
そうすると母さんは困ったように笑って、一個だけねと甘やかしてくれたんだ。
店を出て坂を下る。
バックを夕日が照らして、母さんと手を繋いで歩く、いつまでそうしていたのかな……?
立ち止まってぼんやりとそう考える。
すると親子が坂を上ってくる。
きっと保育園帰りなんだろうな。
制服を着て、小さなリュックを背負っている。
手を繋いで坂を上っていくその後ろ姿を、立ち止まって眺める。
今はまだ小さな影、しかし夕日に照らされれば、その影は僕の身長より長く伸びるだろう。
大きな影に驚く僕に、母さんは優しく笑いかけてくれた。
坂を下り切ると、そこにはよく吠えてくる犬がいた。
今はもうそこにはいないが、懐かしいな、古屋が残っている。
吠えられ犬を恐いと言って、僕は母さんに泣きついていた。
さらに歩いていくと、家の前を通る道路に着く。
家から徒歩3分とかからない小さな公園。
ブランコとすべり台しかないそこは、小学校低学年時代、帰りの遅い母さんを待ってよく遊んでいた場所だ。
一人でもブランコなら時間を潰せるんだ。
それでパートから帰ってきた母さんを見つけると、飛び降りて駆け寄って抱きつくんだ。
たくさん叱ってくれて、たくさん褒めてくれた、そんな母さんが、僕は大好きだった。
ここまで育ててくれたから、恩返ししたいんじゃない。
大好きだから、恩返ししたいんだ。
なのに……恩返しする前にいなくなるなんて……
はぁ……うまくいかないなぁ……
近くのファミレスに入る。
ほとんど外食したことはないが、ここは何度か来たことがある。
昔来たときは、食べ切れないくせに意地を張って一人前頼んで、結局食べられず母さんに怒られたな……
それで結局母さんが残りを食べたんだ。
そうしないと、母さんは何も食べなかったから、一緒に食べれたことが嬉しくて、僕は怒られても笑っていた。
それで母さんも美味しいって笑って、僕の口元についたソースを拭ってくれたんだ。
あのときと同じようにハンバーグを注文して、それが届くと食べ始める。
すぐに平らげてしまう。
今となっては少し物足りない量。
会計を済ませて店を出て、かなり日が暮れていることに気付く。
いったい今は何時なんだ?
「吊橋永覚!」
僕が歩き出そうとすると、食事中にされていたらしく、警官に囲まれ行き先を塞がれる。
「お前は包囲されている!大人しく投降しろ!」
「完全にって付けない辺り、自信がないようだな」
間抜けなやつらだ。僕なんかよりよっぽど追うべき犯罪者がたくさんいるだろうに。
いや、彼らにとっては白の犯罪者が野放しにしておくに一番危険なんだろう。
それはそうだ。
僕だって母さんが生きていたなら、きっとその存在を危険視していた。
警官たちにだって家族はいる。
彼らは彼らで家族のために、犯罪者を取り締まっているんだ。
治安維持のためなんて考えているのは、国家とバカな国民だけだ。
誰もがそれを自分のために、或いは偽善にそう思う。
だが……
「捕まってやれない。僕は生きる意味を失った。だから、死ななければいけない」
「な、何を言っているんだ?」
「何もかも無くなって…生きていくのが辛いんだ。それとも、お前たちが殺してくれるか?」
沈黙する警官。
しかし包囲を解いてはくれない。
それを触手の力で飛び越えると、僕は静かな路地を通り抜けてバス停まで来る。
ファミレスで崩れたお金でちょうどだ。
バスで揺られながら外を眺める。
夕日に照らされた街、そこから工場地帯に入っていき、それからその近くの駅に着く。
安い運賃だ。
少し歩いたところにある倉庫、使われていない放置されているはずの倉庫。
そこの入り口のベンチに、日溜が腰掛けて真剣な顔でスマホを睨んでいた。
「やっぱり、すぐに来たな」
そう言いながらもスマホをいじる日溜。
話をするときくらいしまったらどうだと思うが、しかし日溜は一向にしまおうとしない。
「悪いな。今少し取り組んでることがあってな……よし、できた」
「終わったのなら頼む」
「どうするか決めたのか?」
「母さんが死んだときからもう、決まっていたんだ」
スマホをしまった日溜は、立ち上がって僕の前に立つ。
「僕を……殺してくれ」
その言葉を受けた日溜は、しばらく真剣な表情で僕の目を見つめてくる。
「それは、本当に考えた結果か?」
「そうだ。生きてく理由を失った。生きるのは辛い。だらもう、死にたい」
「生きてく理由か。そんなもの、持ってるやつの方が少ないよ。だから、それは死んでく理由にはならない。ついてこい。もしかしたら意見が変わるかもしれない。それでも死にたいなら、殺してやる」
変わるかもしれない?
そんな簡単に意見は変わらない。
日溜は扉を開けて、倉庫の中へと僕を通す。
真っ暗なそこはどこか懐かしい匂いがする。
電気がつけられて飛び込んできた景色に、僕は思わず涙を零した。
どうしてこんなところに……
涙を流す僕の腕を引いて、そこの椅子へと座らされる。
僕らの椅子、机、無くなったと思っていた僕らの食卓。
「悪いな、スマホで。派世のやつと連絡が取れなかったから、媒体がこれしかないんだ」
カバンから取り出したスマホスタンドにそれを立てて、その映像を再生する。
母さんが映る映像、始まってからしばらく、母さんはキョロキョロと困ったようにしている。
『あれ、これってもう撮ってるんですか?』
そんな母さんの声に応える日溜の声。
『はい。って、さっき開始の合図したじゃないですか』
『ちゃんと映ってますか?』
『映ってますって』
『私、笑えてます?』
『はい。素敵な笑顔ですよ』
編集でカットするべきところから流れる。
咳払いして気を取り直す母さん。
そうしてようやくカメラに向く。
『永覚。私が死んだときのために、映像を残すことをお願いしたの』
いつもの僕に見せてくれた優しい笑顔をする母さん。
『私が死んだら、あんたはなんて思ってるのかな……』
しばらく目を瞑って話すことを決めて、それから深く呼吸して目を開ける。
『永覚、元気にしてる?ちゃんとご飯食べてる?笑えてる?あんたは高校に入ってから、ずっと笑ってないからねぇ』
僕よりも僕を知っている母さんの言葉は、他の何よりも心に染み込んでくる。
『でもね、きっと生きる意味を見つけて、笑っていられるようになる。私はそう信じてるから。私ね、ずっとそれがわからずに、生き続けていたんだ。でもね、あんたが生まれて、それができた。私は、笑えるようになった。だからね……』
そこで言葉を切った母さん。
いや、つまらせたんだ。
言葉の途中で泣いている。
そんな顔、僕は知らない。
『これからたくさん辛いことがあると思う。失敗することだってあると思う。でもあんたなら、それを乗り越えていける。私はそう信じてるから!あんたは私の自慢の息子。生きて!幸せになって!』
その言葉が深く突き刺さる。
母さんの願い、そんなの、そんなのって……
「そんなのってないよ……」
『……生まれてきてくれて、ありがとう……』
僕へのメッセージを伝え終えて、その後日溜と何かを話しているが、そんな言葉はもう僕には聞こえていない。
「ずるいよ、ずるいよ、母さん……そんなの、そんなこと言われたら、もう、死ねないだろ……」
鼻をすすりながら、亡き母に訴える。
映像が終わった頃に、遠くで眺めていた日溜が近づいてくる。
落ち着くのを待っていた日溜は、息を整えた僕に再び訊ねる。
「どうするか決めたのか?」
変わらない調子でそう言った日溜だが、鼻をすする音に彼自身悲しいのだと知る。
「当然。決めたよ。僕は……」
そう言って僕は倉庫を出る。
日溜が察してついてくる。
優しいな、君は……
「良かったのか?これで?」
高く昇る火の先を見上げて、日溜が訊ねてくる。
「いいんだ、これで。残っていたら、また迷う」
倉庫にあった全ての物を、焼いた。
僕にはもう必要ない物だ。
「唯一必要なものはもう持ってる」
「必要なもの?」
聞き返す日溜に、僕は答えないままその景色を眺める。
この景色を目に焼き付けて、そしてまた、新しい僕が始まる。
そうやって人は何度も生まれ変わるんだって、母さんが教えてくれた。
「母さん、僕は弱いんだ。ずっと黙っててごめん」
言葉を邪魔していた強がり、それももうやめだ。
僕は僕の本音で、これから出会う全ての人にぶつかっていこうと思う。
きっとそれは賢い生き方じゃないし、受け入れてくれる人ばかりじゃないだろう。
それでも、本音を言えずに後悔したくないから。
「煙よ、どうか僕の言葉を空の上の母さんに届けておくれ……」
煙に乗せる言葉はこれだと、ずっと前から決まっていたんだ。
それを口にするのが恥ずかしくて、僕はずっと言えずにいた。
そうして結局後悔して、でもそんな生き方が染みついてしまっていることに気付いて、だから全てを変えるために焼いた。
これで変われるだろうか?
変われるよな?
変われたらいいな……
じゃあ、言うね。
母さん……
「ありがとう」




