黄金を求めて
「ここから真っ直ぐでいいの?」
「ああ。ひたすら真っ直ぐ行ってくれ。近付けば感知できるから」
帽子で髪を隠した実と、海上をひたすら真っ直ぐ進む。
水の上で立てる座れる。
波に乗って移動って便利だな。
「また君に借りを作ることになっちゃったね」
「いや、借りとか初耳だし。自分一人でも行くつもりだったからな」
「えっと……照れ隠し?」
「言っただろ?盗まれたのはエルドラドだって。あれをやつらに持たせておくのは危険だ」
「エルドラドって、ただの伝説でしょ?」
「それが伝説じゃないらしい」
実際に見せられたからこそ分かる。
「あれは人を英雄に変える。それほどに強力な兵器だ」
「兵器……」
「それをそうだと分かっていて奪った。お前が持っていたなら、何も問題はなかったんだ。だが、やつらは奪った。明確な意思を持って。つまり、それを行使するつもりだ」
「あれは兵器なんかじゃない!」
「捉え方次第でどうとでも変わる。お前にとってそれは大切なものなんだろう。だが、やつらにとっては兵器以外のなんでもない。俺にとっては脅威そのものだ」
傷付いているように見える。
そうだろう。
自分が大切にしていたものをそんな風にに言われて仕舞えば、誰だって気分を害するだろう。
「それを兵器にしないためにも、取り返さないといけないな」
事実から目を背けることはできない。
それを知った上で、進むしかないんだ。
「うん。ありがとう。やっぱり君って優しいね」
「俺は人殺しだ。優しくなんかない」
「そういうことにしといてあげる」
昨日人一人焼いたばかりなんだよなぁ……
薬を飲んで魔力を追加する。
瞳が発光しない程度に魔力を蓄えた俺は、それで周囲に探知をかける。
「おっ!」
「見つかった?」
「魚の群れがな?」
「あ、うん。そういうのは求めてない」
だろうね。
そんなこんなで魔力を張り巡らせていると、この先に黒い雲が立ち込めていることに気付く。
「これは荒れるな」
「大丈夫だよ。私がいる限り海で困ることはないから」
水の壁がせり上がり、俺たちを覆うとさらに周りに大きな壁がせり上がる。
「便利な能力だな」
「便利って……これでも私黒だからね?」
「なるほどな。黒以上の能力は便利だからな」
「能力の見方独特だね」
「ちなみに俺は紫の無能力者。だから不便なんだよ」
「それを不便って片付けられるあなたの器量に驚きだよ」
暮らしの面では不利益しかない。
経済的支援はほぼないし、搾取される税は青より紫の方が高いし、ほんと不便なんだよなぁ……
「ああ、考えてたらイライラしてきた。人間社会から離脱してやろうかな……」
「それはそれで苦労しそうだけどね」
「リーラの故郷で農業して暮らす。子どもは二、三人ほしいな」
「あの子悪魔なんでしょ?悪魔と人間は子孫残せないから」
「ちゃんとした手順を踏めば問題なく残せる」
「それ確かな情報なの?」
「ソースは俺」
「適当言っただけだよね⁉︎」
実のツッコミとともに雨の中に突入する。
荒れる海だがたしかに問題なく進む実号は、方向感覚を失うこともなく進み続ける。
風がうるさく実に話しかけても聞こえないだろう。
越えるまで暇になってしまった。
俺ならこの嵐を消すこともできるが、それをすれば敵に見つかる恐れがあるので、抜けるのを待つしかないな。
落雷、何度も海に落ちるが、実はそれを意に介さず、むしろ速度を上げてその一番ひどい場所へと飛び込んでいく。
勇気あるなぁ、なんて思っていると、だんだんと実の様子が変わってくる。
体に震えが見え始めた辺りで悟る。
あ、これ、行けるかなーとか思ってやってみたけど怖くなっちゃったってやつだ、と。
近くに雷が落ちると、実はあからさまに震え上がっている。
さすがに眺めているだけというわけにもいかなくなり、俺は実の体をそっと抱き寄せ、微笑みかけて気つけする。
「大丈夫だ。直撃しても守ってやる」
耳元で囁くと、震えは治まるが今度は目をぐるぐる回している。
それでも能力は使用できているが。
少し不安だな。
魔力を流しておこう。
魔力が体内に流れ込んでくるというおそらく初めての経験に、戸惑ったような目を向けてくる実。
俺が頷き返すと実はそれを信じ、再び速度を上げて嵐の中を進む。
雷が直撃するも、俺の魔力を持った実の水は、電気を少しだって通さない。
魔力の通った水は音を通さず静かになる。
「不思議……これが君の力なの?」
「ああ。俺の力だ。さっさと抜けるぞ」
「うん!」
体を寄せる俺を振り解くことなく、実は嵐の中を進んだ。
「見えてきたな」
「あれが敵の拠点……」
嵐を抜けて、ついにそこにたどり着く。
巨大な……島?
さて、入り口はどこだ?
こういった侵入困難な拠点には、セキュリティに穴が複数存在する。
しかし悪魔との契約がそれをケアするというのが、悪魔と人間の混合組織には見られる。
科学は万能ではないから、それに頼り切らないようにしているのだ。
だからそこを突く。
悪魔のケアも完全ではない。
さっきの嵐は好都合だ。
海に薄くだが俺の魔力を広げてくれた。
「ここら一帯の水をかき混ぜてくれるか?」
「急にどうしたの?できるけど……何か意味があるの?」
「非常に重要なことなんだ。頼む」
「う、うん」
俺の魔力が混ぜられた水が、辺りにさらに魔力を広げていく。
魔力探知って結構技術の必要なことで、周囲を魔力で満たすことで簡単に妨害できる。
それ専門の魔力の持ち主がいる場合や、それを仕事として割り振っていなければ、よっぽど簡単に誤魔化せるものだ。
俺基準だが、俺は一応上級悪魔だ、基準としては高い方だろう。
「さて、後はゆっくり入ればいい。開け放たれた窓からでも侵入しよう」
そうして人のいないそこに飛び込む。
「気付かれてない……よね?」
「どうだろうな」
それが分かれば苦労はしない。
俺はそこでクローゼットを漁る。
最初にこの部屋に入れたのはツいてる」
「何してるの?」
「クローゼットを漁ってる」
「うん。それは見れば分かる。どうしてそうしてるのか聞いたんだけど……」
それを分かってて答えたんだよなぁ。
そこから一着、女性用の服を取り出し、実に投げ渡す。
「えっと……着ろってことでいいのかな?」
「それ以外に何がある?」
「勝手に持ち出したら侵入がばれちゃうんじゃない?」
「その心配はない。見た限りだと、この部屋はしばらく使われていないようだ。掃除はしっかりと行っているようだが、クローゼットに使用の形跡はない」
ここの服は新品だしな。
俺は男性用のそれを取り出し着替える。
「ちょッ⁉︎こんなところで急に何するのッ⁉︎」
「着替えるんだよ。そのままの服装でウロウロできるか」
それもそうかと納得した実だが、納得した割には中々着替えない。
「どうした?」
「……こっち向かないでね?」
「向いてないし、こんな状況下でそんなおふざけするつもりはない」
さっさと着替え終えた俺は、クローゼットの引き出しを開けて、その中身の確認をする。
少しゆとりがあるように収納されている。
俺はそこに脱いだ服を畳んでしまう。
その際元あった服を取り出しそれを上に被せて隠すようにする。
「一切興味を示されないのは、それはそれで傷付くなぁ……」
「間に合ってまーす」
「間に合ってるってなにッ⁉︎」
実の脱いだ服を同様にしまうと、俺は扉に張り付き外の様子を伺う。
髪を帽子にしまい終えた実は、帽子のツバで目元を隠すようにして、準備ができたと俺の隣で待機する。
部屋の外は廊下のはず。
一切の振動が伝わらない扉、とかじゃないよな?
外には誰もいないだろうと判断し、扉の開くボタンを押す。
スライド式の扉が開くと、やはりそこには通路があり、人も悪魔もいやしない。
俺がなんとなく歩き出すと、実はそれに少し距離を置いてついてくる。
どこに行けば何があるのか、分からないからなんとなく。
行くあてもなくさまよっていると、人の気配を感じとる。
「あの人に聞いてみるか」
「潜入とはいったい……」
角を曲がったところで、その人の背中が見える。
「そこの、少し聞きたいんだが」
その背中に呼びかけると、そいつは声に気付いて振り返る。
やはり悪魔と契約しているようだな。
魔力は大した量じゃないが、そこそこ上質なものだ。
中級悪魔だな。
これくらいが悪魔の基本スペックか?
まだまだサンプルが必要だな。
『む?見ない顔だな』
ドイツ語だな。
そのつもりで聞き取っていくか。
「ずっとここに来ていなかったのでね。どこに何があるのか分からないんだ。教えてくれないか?」
「ああ。調査に出てたものか。なるほど通りで見ないわけだ。よし、それならば俺が案内しよう」
実に会話内容を不審がられないように翻訳して話すと、コクリと小さく頷いた。
「その嬢ちゃん、訳ありっぽいな」
なるほど、ミステリアスを装って訳あり風に印象付けるつもりか。
施設内の様々な場所を教えられる。
頻繁に使うであろう場所のみだが、それだけでも情報があるのとないのとでは変わってくる。
「さて、後はここだな。この部屋に博士がいる。帰還と調査結果の報告をするだろ?英語でもドイツ語でもフランス語でも通じるから、好きな言語で話すといい」
「ありがとう。助かった」
「気にすんなよ、兄弟」
手を振って別れると、俺たちはその扉の前に立つ。
さて、博士とかいうのがいるらしいが、いったい何者なのだろうか。
この組織の他の組員を見て回ったが、特別強い者はいない。
エルドラドを奪いにきたあいつは、それだけの力があるからこそ、その役に抜擢されたのだ。
内側には二人。
ここにあいつがいるようなら、特別問題ない相手だが、それ以上の敵がいるなら、正直きついかな。
扉が勝手に開く。
俺たちは背筋を伸ばす。
「入りなさい」
「失礼する」
許可が下りたので部屋に入ると、異世界に足を踏み入れてしまったかのような、そんな感想を抱く。
重々しい鉄の扉が閉まると、これまでいた研究所内というような印象の現代的世界と切り離され、もう元の世界には帰れないのではないか、とさえ思えてくる。
ゴツゴツとした岩肌は洞窟内にいることを思わせて、地面を流れ岩の隙間から外へと向かっていく水は、その洞窟を幻想的なものへと変えている。
部屋の所々にある色とりどりの結晶が暖色の照明に照らされて、その色が水に映る。
圧倒され、言葉が出ない。
「さて、用件はなんですか?」
声の主は古代ギリシアを彷彿とさせる服装で、太い木の根に深く腰を据えて、頬杖をついてこちらに笑いかけていた。
その顔には見覚えがある。
第四研究所の、所長だった人物だ……
殺意を抑えろ、それがバレた瞬間、俺たちは詰みだ。
「報告する。北西の悪魔の村にてエルドラドを発見。黒騎士の出現により干渉不可と判断した。その旨を報告しにきた」
「黒騎士の出現ですか。それでは仕方ありません。良い判断です。しばらく休み、回復次第再び調査をお願いします」
俺が一礼し報告を終えると、その興味関心は、実へと向けられた。
「さて、そちらの少女は付き添いですか?」
英語で聞かれた実は、その言葉に動じず、一切の反応を返さない。
英語を理解してない可能性大だな。
「まだ悪魔と契約していないことから分かるだろう」
俺がそう告げると、見事に誘導に引っかかり、なるほどと勝手に納得してくれる。
「新入りでしたか。施設の案内、お願いします」
「了解した」
もう一人、フードを目深に被った男が、退出しようとする俺に意識を向ける。
流れのほとんど読めないそいつから、唯一読み取れた情報だ。
何かを気にしているようだが、まさか気付かれたか?
しかし結局何も言わずに、俺たちが出ていくことを見送った。
なんだったんだ?
最初に侵入した部屋に戻ると、緊張感が消えて疲れが体に襲いかかる。
実なんかベッドに倒れこんでいる。
ふぅ……
いくら慣れていると言っても、あればかりはきついものがある。
怒りを抑え侵入者だと気付かれないよう振る舞って、それっぽい報告をして……
「はぁ……」
「お疲れ……」
「ああ。ほんと、疲れたよ」
体を伸ばして椅子に座る。
「君はすごいね。何語か分からないけど、スラスラと話してた。私のことも庇ってくれたみたいだし……もしかして私、足手まといになってる?」
「足手まとい覚悟でついてきたんだろ?なら、気にすることはない。お前は自分が無事に帰ることを考えてろ」
「自分だけ帰ることなんて考えられないよ」
「俺はいつでも逃げられるんだ。問題はお前だ」
あの博士が相手だと少し厳しいかもしれないが、外にさえ出られれば、奏未に拾ってもらえるからな。
外に出ること自体の難易度もイージーだ。
しかし実の能力では難しいかもしれない。
水では壊すのに時間がかかる。
その間にってこともある。
「私も取り返す方法を考えるよ」
「いや、それはいい。場所は分かった。方法も決めた」
「私はいらない子かぁ……」
テンポ良く済ませていく俺に、遠い目を向ける実。
「さて、どうだろうな。まだ活躍する機会はあるかもしれないぞ?」
「責任重大だから、あまり任されたくはないかな」
「弱気だな」
「弱気にもなるよ。あんな景色見て、勝てそうにないなって」
たしかに、あれを見た後では仕方ないとは思う。
正直俺も心が折れつつある。
あの景色はエルドラドの力によって実現したものだ。
あの場所は、博士の執務室兼エルドラド保管庫なんだ。
あれを作り出せるエルドラドを前に、俺は盗み出せるのか?
自動で防衛するようにできているだろう。
抜けられる気がしない。
「ねえ」
体を起こして顔だけこちらに向ける実は、その目で俺に訴える。
「どうして私の同行を認めたの?」
私じゃ足手まといになることは分かっていたでしょ、エルドラドを複数所持していることも予測していたでしょ、そう疑問を目に訴えかけてくる。
「一人の方が確実だ。だが、お前はついてきたかったんだろ?」
「うん」
「ならそうするさ。死ぬかもしれない、そんな場所に飛び込むことを、お前は決めた。それだけ大切なものだってことだ。お前は死を覚悟して飛び込んできたんだ、それなら俺は、お前の命を背負う覚悟くらいするさ」
当然、守りきれない可能性の方が高いがな。
それでも俺は、最大限の力を尽くそう。
「そっか……君は、そういう人なんだね」
どういう人だと思っているのかは分からないが、俺は常に俺がしたいようにする。
背負うなと言われても背負う。
「できれば死なせない」
「できればって……」
「守りきる自信がない」
「そんなことを笑顔で言わないでよ」
呆れていた実だったが、それはやがて笑顔に変わる。
「でも、なんだか楽になった気がする。ありがとね。君にお礼を言うのは何度目だろうね」
「多分2度目?」
「うん。君は私と会ったことをことごとく忘れてるんだったね」
奏未とリーラはこいつのことを知ってる様子だったし、以前に会ったことがあると言うのも嘘ではないのかもな。
「うーん、そうだな……君には話しておこうかな」
「いいよ、話さなくて」
「覚悟した矢先にそれってひどくない?」
「聞きたくない。どうせ暗い話をするんだろ?それなりに思い詰めている様子もあるし、自殺も考えたことあるだろうとは思っているが、俺はそこまで関与しようとは思わない」
「鋭すぎて怖いよ!」
当たりだったようだな。
「なんで俺なんだ?もっと親しい者に話せばいい。俺なんて、数回しか会ってないような、そんな間柄のはずだ。そんな俺になぜ話す?」
「それはきっと君が、優しい目をしているから、かも?」
話してる途中で自信がなくなっていく実。
優しい目、か……
「そんな目をした覚えはないが……はぁ……話せよ。お前の覚悟を聞いておくいい機会ではあるしな」
「あはは。君、少し回りくどい性格してるね」
「割とはっきり言うタチだと思ってる」
「私の認識とはかなり違うね」
まあ、自分自身の自己の認識と他者の認識は、随分と違うものだからな。
「私の認識って、初対面じゃないか」
「4回目」
もお〜君はぁ〜なんて言ってる実。
肩の力が抜けたな。
話すハードルが下がっただろう。
「それじゃあ話すね。と言っても、誰にも話したことないから、うまく話せるか分からないけど」
「ゆっくり話してくれればいい。俺はここで聞いている」
実の隣に腰を下ろして、天井を見上げて言葉を待つ。
「うん。ありがと」
悩んだ末に語り出す。
それは大切に抱え込んでいた記憶なんだろう。
ポツリポツリと、一言一言を噛みしめるように話す。
それは悲しみや孤独を漂わせる、弱々しい声音だった。
私の両親は冒険家だった。
普段私は一人ぼっちだったけど、寂しいと思ったことはあったけど、それでも我慢できた。
二人が帰ってくると、たくさん褒めてもらえたから。
実はえらいね、お姉ちゃんだねって、そう褒められるのが嬉しくて、私は一人でお留守番してた。
帰ってくれば優しい両親、ほとんど会うことはないけど、そんな二人が大好きだった。
夜寝る前には冒険の話を聞いて、それが私は大好きだった。
各地に赴いて、そこでの話を持って帰る。
両親の見つけた宝の話、それが何より好きだった。
たくさんの話を聞いて、たくさん笑って、幸せだった。
ある日二人はお土産を持ってきた。
私が大好きだった宝を持ってきてくれた。
それは子どもでも価値がわかるような、そんな金の小さな装飾品だった。
子どもながらに綺麗だと思った私は、それを手に取った。
父はそれに紐をつけ、母が私の首にかける。
そうしてそれは、首飾りとして私の首に下げられることとなった。
私に渡した二人は、私を抱きしめ頭を撫でた。
私にはそれが暖かくて、嬉しくて、心地良かった。
私が抱き返すと、二人は優しい声で話した。
「苦しい時、辛い時、それを握り締めてごらんなさい。それはきっと、あなたの力になりましょう」
「私たちはずっとそばにいますが、あなたに会うことはできません。ですがそれが、代わりにあなたを守ります」
「寂しいでしょう。苦しむことになるでしょう。しかしあなたならば、それを乗り越えていけましょう」
「私たちの自慢の娘ですから、きっと強く育ちます」
「我々はあなたを……」
「……」
私には二人がどうしてそう語ったのか分からなかった。
どうして最後まで言わなかったのか分からなかった。
それが二人の最後の言葉になった。
飛行機事故、アメリカからメキシコへの移動の間、飛行機が墜落してしまった。
それは今から8年前のことだった。
大好きな両親がいなくなって、私はしばらく泣き続けた。
叔母に引き取られた私は、たくさんがんばった。
両親が褒めてくれなくても、誰かに褒められることがなくても、二人が私を自慢だって言ってくれたから、私は努力を続けられた。
でも、どれだけ努力を続ければいいのか、分からなかった。
自分の努力が二人の期待に沿うものなのか、分からなかった。
褒めてくれる人はいない、間違っていたらと思うと怖くなって、次第に何もできなくなっていった。
アイドルとして活動を始めたのは、叔母がそれを応募したから。
叔母はずっと落ち込んでいた私を、変えようと思ってそうしたんだと思った。
私もそんな自分を変えようと、たくさん踊ってたくさん歌って、たくさん失敗した。
辛いことを全部忘れるために、私はそれに没頭した。
そうしなければ自分を保てないほどに、私は擦り切れてしまっていたんだ。
そうしていない時は、ワクワクが消えて苦しみが癒えることもなく、何度も死のうなんて思った。
その度に私は両親を思い出した。
できない。
二人が自慢だと言った私を、捨てることはできなかった。
自慢、本当に自慢なのかな……
いつしかそう疑い始めた私は、全てを忘れてしまいたいと思うようになっていた。
それでも私はそれを捨てることだけはしなかった。
唯一の両親との繋がりだから。
そこには二人が残した言葉が、二人が言わなかった思いがあるって、そう信じたから。
まだ私は、二人の言葉を聞いてない。
あれをなくしたら、私はきっと、二人を思い出せなくなる。
だから……
「でも、二人がくれたそれが原因で、今こんなことになってるんだよね。欲しがる私にくれたもの、私が欲しがったから、バチが当たったのかな……」
両親の言葉は、きっと自分たちが死ぬことを知っていて残したものだ。
おそらく、それがエルドラドだと知っていたんだ。
ならばなぜ、言葉を最後まで言わなかったのか?
それは分からないが、きっと何か理由があるはずなんだ。
だが、それを考えるよりも今は……
話し終えて悲しみが溢れ出ている実。
そんな実の体を倒させ頭を膝の上に乗せる。
落ち着くまでのしばらくの間、俺は何も言わずに頭を撫で続ける。
落ち着いた頃合いを見計らって声をかける。
「いや、それは紛れもなく、娘への想いの詰まった贈り物だよ」
「こんな状況じゃあ、呪いのアイテムって言われた方がまだ信憑性はあるよ……」
「バーカ。呪いのアイテムのわけがないだろ。あれが、俺とお前を引き合わせた、そんな人と人との出会いのきっかけが、呪いであるはずがない」
力ない瞳で俺を見上げる実。
「だからさ、そんな悲しいこと、言ってやるなよ……大切な娘に贈ったものを、当の娘に呪いのアイテムなんて言われたらさ」
「……うん。そうだよね。少し元気出た」
実が体を起こし笑いかけてくる。
そんな笑顔をいつまでも浮かべていてほしい、そう両親は思って渡したんだろうな。
「私、信じる!二人のことも、あなたのことも、もちろん二人がくれたエルドラドのことも!」
「それじゃあ、取り返さないといけないな」
「うん」
「だが、命を最優先だ」
「分かってるよ。取り戻せても君が死んだら、私はもっと後悔するからね」
「そうか。なら、後悔させないように頑張らないとな」
「最悪、私が身代わりになってでも守るから、大丈夫だよ」
「命最優先だって言っただろ?最悪の場合は諦めてここを脱出する。当然お前も連れて、だ。二人一緒以外はありえない」
「……そっか。そうだね。うん。それじゃあ、二人で頑張らないとね」
「まあ、お前は俺の活躍を見てるだけになると思うけどな」
「すぐにやる気削ぐのやめよ?」
「できれば戦ってほしくないんだよ」
「それには感心するけど、私は君にだけ戦わせるのは嫌だよ」
「そうか。まあ、戦いについてこれるなら、それでも構わない」
あのフード男、流れが読めなかったのは不気味だな……
あれの存在がどう影響してくるのか……
こっそりと不安を抱き、それをおくびにも出さないでいる。
ああ、戦いたくねぇ……
部屋を出た俺たちは、そろそろそんな時間だろうと思い、少し様子を確認する。
食堂には人が集まってきている。
「よう兄弟」
「ん?ああ」
さっき案内してくれた者だ。
「これから食事か?」
「いや」
後ろにいる実を指差すと、何をと少し考えて、そいつは何かを閃いたように手をポンと打つ。
「なるほど契約かぁ……まあ、ここじゃあそうなるよな。差し出すモンには気をつけろよ」
契約なんかさせないが、誤解させるようにそう示したのだから、それは放置しておく。
「ご忠告どうも」
ジム、救護室と回って部屋に戻ると、俺たちは着替えいよいよ準備が整う。
「みんな食事の時間みたいだね」
「ああ。あいつらが部屋を離れていてくれたら楽なんだが、いたとしても奇襲の成功率は上がる。あ、食事に毒盛っておけばよかったな……」
「君って実は悪人だったりする?」
「さあな。それに当てはまる基準が分からん」
「あからさまに逃げようとしてるね」
私服に戻った俺たちは、今度は組員にバレれば終わりだと、息を潜めて気配を探り探りで人との遭遇を避ける。
扉の前まで辿り着いた俺たちは、周囲に人がいないことを確認してから、扉に接近していく。
困ったことに中には人がいる。
壁を壊して別のところから侵入は、気付かれるのでありえない。
中にいる以上気付かれないのは不可能と判断した俺は、薬を口に含み、強行手段に出る。
魔力を壁から這わせ、そこから施設内の他の誰にも気付かれないように魔法を行使する。
「喰らい尽くせ、絶蝕」
扉を表面から徐々に徐々にと塵に変え、待つ間に魔力でナイフを形作る。
実に目配せをして、それと同時に駆け出す。
滅慟は使わない。
音や振動で気付かれるかもしれないからな。
だから静かに空気の流れに溶け込んで、扉が消えると同時に飛び込む。
絶望を抱く間も無く死ねえ!




