『無力』の叫び
体を伸ばして戦う準備を整える。
因みに暗技にこんな準備は不要だ。
これは雰囲気作りのためにあえて行った、相手を身構えさせるための準備だ。
フィリアが相手だとさすがに通りづらいからな。
八田月のそれとは違い、俺のこいつは相手が強いとまるで通じない、不良品の技だ。
俺の暗技、絶式で使うのであれば、相手が何者であろうと攻撃を通すことができるが、踊りたいという要望だからな、今回は踊りだけでいく。
「いつでもいいわよ」
剣を構えないフィリア。
俺を切らないつもりか、俺の踊りが相手の動きを利用することを知っているのか、まあ、その方が安全であるのは確かだ。
「それじゃあ、踊ろうか」
全員が観戦する中、俺は無警戒にフィリアに向かっていく。
訓練監督の八田月の瞬き、その瞬間にフィリアが動いた。
髪を紅く輝かせて、素早く背後に回り込んだフィリアは、やはり素早く、そして意外にも鋭い拳を突き出してくる。
体を回転させ腕を逸らして、肘、肩とぶつかり、そして俺とフィリアが背中合わせになる。
しかし相手の反応も早く、踵で俺を引き離そうと足を体を捻りながら回す。
しかしその捻りに合わせて体を捻った俺は、フィリアの動きの邪魔をしないように邪魔になりそうな足を持ち上げ、足で首を挟む
回転蹴りを放ったフィリアが止まって俺の足を掴もうとしたところで、少し挟む足を整え体を起こして、そのまま勢いよく前へと倒す。
足に挟まれたフィリアの体は、俺を中心に弧を描いて胸から地面へ落下する。
頭を放して後転し立ち上がる俺。
本来ならこの後で追撃を入れるんだが、フィリアは受け身を取るのが上手いな、追撃を入れればカウンターがくる。
フィリアが両腕をついて体を勢いよく起こす。
「……大丈夫?」
「……かなり痛いわね」
「そうか。なんか、悪いな。流れでそうなったとはいえ、強烈なのを叩き込んで。サラシ巻いた方がいいって、先に言っておけば良かったな」
「まったくよ」
胸が痛むのだろう、苦しそうに押さえている。
周囲からのブーイングがすごいことになってるが、フィリアはこんな過激な攻撃を繰り出した俺に、むしろ闘志を燃やして笑顔を向けてくる。
今ので固さが消えたな。
身構えていたが、それが抜けてしまったせいで、あまり通じなくなってしまっただろうな。
だが、フィリアの要望に応えて、俺はこの戦い方を貫く必要がある。
「さ、踊りを続けるわよ」
「お前に合わせてやるつもりはない。頭と股には警戒していた方がいいぞ?」
俺の発言にまた周囲からブーイングが巻き起こるが、俺の踊りは動きが普通の武術とは違いすぎる。
あらゆる武に対して対応力が高く、しかし極めているものに対しては不利、またその動きの性質上、急所を狙う攻撃が多い。
というか、急所狙う動きが基本だ。
八田月がそうした動きをしていたのだから、模倣してもそうなってしまうのだ。
さらには、この性質には融通がきかない。
空手のように簡単に急所への狙いを避けられるものではない。
しばらく戦い続けていると、フィリアの動きは俺の動きに対応し始めた。
俺の動きに合わせて動き、お互いにくるくる回り続ける。
攻撃を牽制しあい、これは本当に戦っているのかと思えるような戦いになる。
まあ、フィリアは何度か攻撃をもらい、下腹部に強烈なのを一発、顔面に膝蹴りを受けて鼻血を流しているが、新人類の力か、それでも平然と立っている。
痛いはずなんだけどなぁ……
そろそろまたでかいのいくか?
そんな風に思っていると、フィリアがついに打って出る。
鋭く研ぎ澄まされた一撃、俺が絶対に躱せないだろうと判断したであろう瞬間に撃ち込む。
しかしそれがトリガーとなる。
くるくる回り背を向けていた俺へと繰り出された、おそらく音ほどのスピードの拳だが、残念だが先手を打ってあるんだ。
これが暗技の真骨頂、受けた拳、腹につっかえ棒でもあるかのように、鉄棒の前回りでもするようにくるりと回り、その時振り上げられた足が腕を顎を蹴り上げる。
着地した俺はそのままの勢いを片足に乗せて後ろに振り上げ体を前へと、お辞儀でもするように倒す。
そんな不思議な体勢を、フィリアは勢いあまってなってしまったものだと思ったのか、俺の想像通りに姿勢を低く攻撃を仕掛ける。
俺の姿勢が低いのだから、姿勢が低くなるのは必然、それさえ誘導である。
お辞儀の体を起こす動作、足でボールを蹴るような動作、フィリアの腕は回る体に当たらない。
俺はフィリアの頭を掴むと、そのまま空中で弧を描き、フィリアが何か行動を起こす前に、重力と重量に高く上げられた両足が急降下して、腕で体をフィリアの方へと誘導しながら、右足の膝を折り畳む。
だから気をつけろって言ったのに。
それは見事に足と足の間に入る。
少し離れた位置に着地した俺だが、あまりの衝撃に悲鳴をあげるフィリアに、すぐに駆け寄り様子を見る。
誰もが痛みを知る急所、男性も女性も、そこは間違いなく急所。
ずっと観賞していたクラスメイトたちは、さすがにその光景からは目を逸らす。
体を震わせて倒れているフィリアを抱え上げ、俺は校舎へと運ぶ。
「あ、あまり揺らさないで……」
振り絞られたその声に、俺は最大限揺らさないようにと努めた。
保健室のベッドに寝かせる。
「いやほんと……大丈夫か?」
ずっと堪えていたらしい涙を流すフィリア。
「うぅ……い、痛い……」
痛みに泣くところを見たことがないから、きっと相当なものなんだろう。
「冷やした方がいいか?」
「だ、大丈夫……だと思う」
布団の中で丸まって痛みを堪えるフィリアに、罪悪感が込み上げてくる。
「奏未呼ぼうか?」
「……治せるの?」
「治せるよ。何せ奏未だからな」
「お願いしていい?」
涙目で俺にすがるフィリアだが、俺が元凶なんだよなぁ……
奏未に説教されるんだろうなぁって、そう考えると憂鬱になるな。
妹に叱られる兄って……
俺が奏未に連絡すると、能力で到着は一瞬だ。
「……」
無言で俺を睨む奏未。
珍しいな、そんな目を俺に向けるなんて。
「フィリアを治してくれ」
「ん」
別の神様を降ろした奏未は、軽く手をかざすだけでフィリアを治す。
フィリアが体を起こし、治っていることを確認していると、俺は奏未に正座をするよう言われる。
「広人さん?反省の色が見えませんね。正座してください」
奏未、素の状態で怒ってるよ……
これマジなやつだ、長くなるやつだ、本気で怖い時の奏未だよ……
俺は奏未に逆らえず、冷たい床に正座させられる。
「広人さん、あなたは女の子のお股を攻撃することがどういうことなのか、分かっているんですか?」
いや、どういうことだよ。
「いいですか?女の子の体は赤ちゃんを産むようにできているんです。お股を攻撃すれば、産道が傷付く可能性がありますし、骨盤の破損にも繋がります。そうなれば、赤ちゃんを産めなくなるんですよ?分かっていてやりましたよね?」
「……はい」
「壊れていましたよね?」
「……はい」
「私がいるからって、壊しても治せばいいなんて風に考えてましたよね?」
「……はい」
「前にも言いましたよね⁉︎手遅れになるかもしれないから人を壊さないでって‼︎」
「…………はい」
「前にも言われてたんだ……」
呆れているフィリアに、奏未が矛先を向ける。
「あなたもあなたです!」
「は、はい!」
奏未に急に怒られて、背筋を伸ばすフィリア。
「そこに正座!」
奏未の指差した先、俺の隣で正座させられる奏未の患者。
「あなたもあなたです!どうして広人さんにそんなことをさせたんですか!」
「経緯知ってるの?」
「あなたが広人さんの力を知りたくて、それで見せてもらおうとして自分と戦ってもらった、そんなところでしょう?」
「あ、当たってる……」
「いいですか!今後広人さんの技を受けようなんて考えないでください!広人さんも!誰かに使おうなんて考えないこと!あなた前科持ちなんですからね‼︎」
前科持ちって……言い方もっと工夫あるだろ……いやね?人を殺したことはあるし、前科持ちって言えばそうなんだけとね?
「あなた以前に、日溜さんの腕を弾き飛ばしたじゃないですか!八田月さんの首の骨、へし折ったじゃないですか!いい加減反省して改めてください!」
「広人、あなた……」
「あなたもです!自分なら受けても大丈夫とか思ってたんじゃないですか?」
「うっ……痛いところを突いてくるわね……」
「慢心が一番危険なんです!一歩間違えれば内側から弾けていたんですよ⁉︎あなた、訓練だからと油断しているんじゃないですか?いいですか?訓練は本気で臨むから訓練になるんです!広人さんもですからね⁉︎」
「はーい」
「は・ん・せ・い、してください!」
拳で頭をぐりぐりされて、しかし返事はしない。
戦闘訓練で暗技禁止は辛いからな。
「事故に見せかけてお触りくらいは見逃しますが」
夢花との戦闘訓練でよく起きることは、どうやら見逃してくれるらしいな。
「ですが!命に関わることは許しません!もし私が本家に帰省している時にでも起こったら、あなたから連絡する手段はないんですからね⁉︎」
まだ電波が届いていないうちの実家のことはさておき、たしかにそうなった時は対処のしようがないな。
その後しばらく説教されて、フィリアは他にも負傷がないかを奏未が精密検査すると言っていたので、保健室に残ることになった。
…………帰ろ。
中学は戦闘訓練が終わる時間だったらしく、門を抜けたところで、秋ちゃんと鉢合わせする。
「お兄さんや」
「お兄さんだぞー」
「うわっ」
うわって……
「な、なんや、キモいノリしとるなぁ。あんた、どっかで頭でも打ったんやないの?」
「打ってねーよ。そうだな……原因はおそらく、奏未にこっ酷く叱られたからかな?」
「妹に叱られる兄……なんや、ああも立派な妹持つと、立場逆転するんやな」
「いやぁ、兄の威厳がズタボロよ?どうすんのコレ?」
「ウチに聞かんでくれ」
リーラの前で怒られたわけじゃないし、リーラの中では威厳のある俺であるはずだ。
それなら何も問題ないな。
俺と秋は家の方向は全く違うが、俺は秋と一緒に歩く。
「なんや?こっちに用でもあるんか?」
「いや。最近物騒だからさ。なんとなく護衛でもしておこうと思ってな」
テンションを戻した俺がそう答えると、少し気恥ずかしそうにする秋。
「ええって、護衛なんて。大体なんでウチの護衛なん?ウチこれでも結構戦えるほうなんやで?」
「だから言っただろ?なんとなくだって」
「なんとなくで護衛か。暇なんやな」
「いや、暇じゃない。やること山積み、厄介なことにもなってる。正直こんなことしてる場合じゃない」
「だからええて。ウチそこまで弱ないから」
何かついてきてほしくない理由があるのか?
そうか……まあ、思い付きで護衛なんて言い出したが、実際、行方不明事件の被害者はどれも階級の低いものばかりだ。
ただ妙なのは、対象の年齢がだんだんと上がり、同時に階級も高くなっている。
最後に出た行方不明者は、緑の11歳の男子小学生だ。
次は赤か?
だが、階級と年齢を上げるということは、それだけリスクが増えるということだ。
そうそう簡単に行方不明者になりはしないだろう。
手を振りながら帰る少女は、ポニーテールを揺らして少し浮かれたように軽快な足取りで歩く。
さてと……帰るより先に見る場所があったんだった。
そう思い立った俺は、足の向きを変えて学校の反対側へと回る。
さーて、警察が追って一切の手がかりが掴めないらしい相手、一般で探して手がかりは得られるのか、見ものだな、これは。
事件について調べるために、あと怒った奏未への手土産を買うために、自らの足でちょっと遠出。
前回の事件は一昨日、その前はさらにそれから3日ほど前。
つまりは期間が短くなっているということ。
それ以前だと一週間、二週間と、さらに間の長い期間も見られる。
親父がかつての事件と関連があると言ったんだ、これは研究者によるものと見て間違いないだろう。
完全にかつてと同じなら、相手は正直かなり面倒なものになるが、黒騎士になったばかりだ、しばらくは使いたくないし、鬼門でなんとかするか、奏未に手伝ってもらうしかない。
だがまずは、敵の手段と戦力分析から。
俺は前々回の行方不明事件、その被害者の消息が掴めなくなった場所へと着く。
被害者の少年の通う学校と彼の家の間のこの場所は、監視カメラによって、24時間体勢で監視されている。
人一人運ぶなら、車での運搬が最も可能性が高い。
だが、資料によると、彼が帰ってくるであろう時間帯にここを通った車はすべて、普段からここを使っているらしい家庭用車両だったそうだ。
ならば他の経路、他の場所で被害にあったと考えるのが自然だ。
少年の能力はパイロキネシス、発火能力だ。
雨もなかったし、抵抗していたのならばどこかにその痕跡が残っていたって不思議ではない。
俺の時にも警察は動いていたが、それでも何も掴めず終いだったからな、目に見える場所に痕跡は残っていないだろう。
当然どこを探したところで、血痕も焦げ跡も残っちゃいない。
さて、突然だが、ここ最近はあまり風のない日が続いていてね、一昨日もほぼ無風だったらしい。
彼の下校時刻は4時、だが、本来学校がないはずの土曜日のそんな時間に下校とは、おかしな話である。
その日彼が学校に通っていたことは、八田月からもらった資料のコピーに書かれていたが、学校で何をしていたのかは不明だ。
調べる必要があるな。
「と、言うわけなんだ」
ざっくりと説明した上で、まだまだ若い柔らかな物腰の、パリッとスーツを着こなす担任らしい教師に質問する。
「なるほど。そういうことでしたか。彼、今ユニットのリーダーをしてるんですよ」
それは知っていたが、話の腰を折らないためにも口を挟まないでおく。
「それで彼、ユニット行動の申請書を提出してきたんですね。その活動のこととかもろもろの諸事情で、方方に電話をかけていたんです。お世話になる方たちに自分で電話をかけていたので、私はそれを眺めているだけでした。その後は彼が4時ごろに帰って、それから消息が掴めなくなりました」
うちのリーダーとは大違いだなーとか、その程度の感想を抱く。
あまり関係してなさそうだな。
でもまあ、一応頭の片隅に置いておくか。
「彼以外のメンバーは学校には?」
「来てませんでした」
うーん……分からん。
「話してくれてありがとう。さて、俺はこれで失礼する。生徒さんは可能なら助けるが、あまり期待しないでくれ。もう手遅れって可能性もあるからな」
「……そうですよね。分かりました。いい報告をお待ちしてます」
俺が報告に来ることはないが、そうだな……もしも無残な姿で発見されたのなら、俺から報告してやるのが家族のためになるか。
俺は職員室の中を見回し、不審な点がないことを確認する。
学校への調査なんてものは、間違いなく警察がすでにしたことだ。
だが、俺はこの目で見ておく必要があると思った。
この学校に事件に関わりのある人が他にいるかもしれないからだ。
さて、分かったことは、ユニット活動のために、彼が学校に来ていたってこと、その後彼が行方不明になったこと。
どんな活動内容かは知らないが、とりあえず彼のユニットの仲間に聞いておく必要はあるかもな。
職員室の扉に手をかけたところで、俺は立ち止まりその手を下ろす。
「最後に一つ質問いいか?」
そのまま立ち去る気でいたが、背中を向けたまま声をかける。
「なんでしょうか?」
「お前はどうしてそんなに落ち着いているんだ?」
人は辛いことを話す時、どうしても感情的になってしまうものだ。
自分の生徒が行方不明なんて、辛いものだろうと俺は想像していたし、なかなか話してくれるものでもないだろうと思っていたんだが、この教師はそれを隠すことなくスラスラと話した。
それを怪しいと思わない者も多いだろうが、俺は気になったことは解明しなければ気が済まないようだ。
「落ち着かなければいけないんです。何せ私は教師ですから。私が落ち着かなければ、他の生徒たちがパニックになってしまうでしょう?」
その言葉に嘘偽りはなく、そのまっすぐすぎる流れからも、教師の本気がうかがえる。
自分がどうするべきなのか、ちゃんと考え、実行している、その結果、自分は苦しみを隠し気丈に振る舞っている。
「家族の方に比べれば、私の苦しみなんて大したものでもありません。ですから私は、気丈でなければいけないんです」
違うな、気丈である必要はない、少なくとも、俺の前ではな。
「なああんた、しばらくずっと泣いてないだろ?」
俺は振り向いて教師にそうまっすぐな言葉を投げる。
「そうあるべきだと、私は教師としてそうあるべきだと、そう思ってそうしているんです」
俺の言葉をしっかりと受け止めて、教師はやはり気丈に笑って見せる。
「そうだな。教師としてはそれが模範かもな。だが、俺とお前の間には、そんなものは必要ないだろ。俺はただのインタビュアーだ。ならお前は別に、教師である必要もない。泣きたいなら泣け。苦しいなら苦しいって言えばいい。泣きたいなら泣きたいって言えばいい。俺が全部聞いてやる。そのために来たんだからな」
気丈に振る舞おうとしていた教師の目が潤む。
無理してたのはバレバレだ。
自分が今何をしたいか、何をすべきか、それを考え行動していたのは、大変立派なことだと思う。
だが、それで溜め込んで無理をすることはない。
家族に比べれば?そんなこと知らないだろ。
お前はお前だ。
自分が苦しいなら、自分は苦しいんだ。
ならそう言えばいい。
声を上げればだれかが反応し、やがてその呟きは、大きな大きな言葉となって誰かの心を突き動かす。
いつの時代も、弱者は数で不条理に挑んだ。
フランス革命もロシア革命も、全部弱者が成し遂げた下剋上だ。
だからきっとみんなで集まれば、何かを成し遂げることができる。
「私はあなたに……頼っても、いいのだろうか?担任である私が、泣き言を言うだけでいいのだろうか?彼は今も苦しんでいるかもしれない。それなのに、私はあなたに頼るだけでいいのだろうか?」
「何情け無いこと言ってるんだ?お前は生徒に教育を施すのが仕事だ。行方不明事件なんて、お前がどうこうする必要はない。頼っていい。泣き言なら気がすむまで言えばいい。お前は頑張った。だから、今度は俺が頑張る番だ」
「……そうか。私は、もう頑張らなくてもいいのか……泣いてしまってもいいのか……あなたに、頼ってしまってもいいのか……」
苦しいものを吐き出すように、大粒の涙を零す瞳は、迷子だった子どもが母親を見つけたかのように、暖かなものを感じさせた。
泣き続けるその教師にハンカチを渡す別の教師。
情は移る。
「あなたに、頼みがある」
職員室の教師一同が俺に視線を集める。
その教師の言葉には、この学校の教師全ての心が詰まっている。
分かっているさ、何を言うかくらいな。
だが俺は「分かっているさ」と答えることはなく、その言葉を聞き届ける。
「彼がまだ無事でいるなら、どうか彼を助けてほしい!報酬は払えない!礼を言うくらいのことしかできない!それでも!彼のことを助けてやってほしい!」
頭を下げる教師、他の教師も示し合わせたわけでもなく一斉に頭を下げる。
慎重に探っていく予定だったんだがな。
「ああ。助けよう。助けてやるさ。見返りなんてなくってもいい。見つけてやる。必ずな」
早く見つける理由ができた。
今日明日で準備をする必要があるな。
少年のユニットの仲間に聞き込みにいくのはやめだ。
さっさと準備を始めよう。
俺は少年の帰り道と同じ道を歩きながら、電話越しに礼を言う。
「助力、感謝するよ」
「いや、本当は俺がするべきことなんだ。お前に任せてしまっている方がおかしいんだ」
電話の向こうで八田月は申し訳なさそうにしているが、八田月はもうすでにかなり危険な橋を渡っている。
軍規違反してまで俺に情報を与え、その上こうして協力までしてくれている。
八田月の声かけで、少年の学校は俺の取材に応じてくれた。
「何バカなことを言ってるんだ?これは俺たちの問題だろ?お前だけで解決なんて不可能だ。そんなことをされても、俺の中からあの事件に関する記憶が消えることはない」
「……そうだな。これはお前の、リベンジマッチだ」
「ああ。犠牲者をどれだけ救えるかって勝負なんだ」
「なら、早く攻め込まないといけないな?」
「相手は博士だ、そう簡単にいくものでもない。奴らはおそろしく強い。だから戦力を探る必要がある」
「当然だ。だが、研究所内の情報は、軍にも伝えられてないんだ。こればっかりは力になれねぇみたいだ」
そんな簡単に情報を得られるのなら、現場をわざわざ見に来たり、被害者の学校に行ったりなんてしないよ。
「また何かあれば連絡する」
「ああ。ちゃんとかけてこいよ?」
「俺は嘘を吐かない」
電話を切る。
ずっと周囲を警戒しながら歩いていたが、ようやく痕跡らしいものを発見する。
道の端で発見された黒い何か。
アスファルトに平らに広がってしまっているから分かりにくいが、つついてみてそれがプラスチックだろうと分かる。
試しに魔法で軽く炙ってみると、プラスチック特有の焼ける臭いを発する。
あーもう、血を代償に魔法使うのコスパ悪すぎなんだよ!
俺は立ち上がって、そこからどこへと向かったか、かつてその施設があった方角へと目を向ける。
俺の時と同じ手口か。
睡眠ガス、その噴射口がたしか、黒いプラスチック製のノズルだったはずだ、それでも通じなかった場合にはスタンガンを装備していたが、それを持っていたのかは、この現場状況からは分からない。
正しくは睡眠ガスではないのだが、実際にそれが使われていたのかは分からないし、説明は省こうかな。
さて、ここで攫われたのなら、この次の監視カメラに映らなくても当然だ。
さて、方角としてはここから東になるわけだが、やはり車を隠して止められそうなスペースがいくつかあるな。
どうやら奴らは、何も学んでいないおバカな博士連中しかいないようだな。
警察ばかりを気にしているということは、やはり俺や他組織に関してはノーマークか。
あの研究所には、二人の生き残りがいるはずだ。
一人は俺が来る前に、博士たちによって追放された博士、もう一人は俺たちが暴れた時にちょうど出払ってた所長を務めていた博士。
その所長だった博士がいるなら、前回と同じやり口はとらないだろうな。
あのことを知らないという可能性が高い。
戦力としては、そこまで高くはないだろう。
それほど賢くもないんじゃないか?
明日明後日で仕掛ける。
少年を可能なら助けると約束したからな。
それに、また被害者を出すわけにはいかない。
さて、奏未にお土産でも買って帰るか。
滅慟で街を駆け、家に向かう途中で黒衣に身を包んだ少年を見かける。
その少年は、俺を見て薄っすらと笑い、少しの熱風を残して消える。
なんだったんだ、今の少年は?
「どうだよ?街の様子は?」
ホテルの一室、1人の少年が扉を開けて、オレたちが待つ室内へと足を踏み入れる。
「少し見てきたよ。なんだろうね、これ。不思議な人物を見つけたよ。地面を砕きながら疾走するなぞの少年」
「俺からしたらお前の方が謎の少年だ。ほらお前って、俺たちにも話してないことが多いじゃん?」
「お前にとってはそうだろうな。地面を砕いて走るなんて、お前が当たり前にやってることだからな」
「たしかに僕は君たちにほとんど何も話していないけどね、それは話さないんじゃなくて、話すことがないから話せないんだよ」
「そう言っていっつも逃げようとするよな」
「オレが嘘を見抜けるって知ってる?」
「嘘を見抜けるらしい君の目には、僕の言葉はどう映っているのかな?」
「……嘘なんて一つもないな」
火风は無表情に窓の外を眺めているが、逆に魁人は扉の向こうを眺めている。
外では黒服がある程度離れた場所で、この部屋に近づく者がいないようにと監視しているはずだ。
気にする必要はないんだがな。
「他に変わったことはなかったのか?」
「ないね。極々普通の街だよ。ただ少し、強い力を持った人が多いってだけでね」
「はっはっは!ほら、俺だって結構強いじゃん?そんなのが集まってんのがこの街ってことだな!街そのものに異常性があるのかもな!」
異常性、どうにも、辞書的なものではないような気がするが……
「何を言いたいのかさっぱりだ。考えんのめんでーから説明いらねーよ」
「お、おう。そうか」
魁人の用事が済むまで動けないオレは、暇を持て余してベッドに寝転ぶ。
「ああ、暇。魁人、この暇どうしたらいいよ?」
「俺が知るわけないじゃん。せっかく日本に来たんだから、観光でもしてみりん。きっと楽しめると思うぞ?」
みりん?ちょっとよく分からないが、多分観光したらどうだろう、くらいの意味で言ったんだろう。
俺の質問から、そんな返事じゃねーと不自然だしな。
「仕方ねーな。今のうちに目星でもつけておくさ。観光ついでにな」
「好きに使うといい。時間はお前のものだからな」
お前に大きく左右される時間なんだ、俺のもの、とはとても言い難いが、最終決定権はオレにあるのもたしかだしな。
「お前、俺についてくるなよ?」
「なんで?」
「お前が来たら殺させてくれないだろ」
「ああ、殺させない。それがオレだ」
「絶対についてくるな」
「はいはい。分かったって」
何がなんでもオレはオレを貫き続ける。
殺してもいい、そんな妥協は、オレにはない。
お前が誰かを殺すことだって、それが目の前で起ころうとしているならオレは止める。
「そんな我が儘がよく親父に許されたな」
お?褒め言葉か?
「さすがはオレだな」
「呆れてんだよ」
読み違えたか。
まだオレはそこまで至っていないようだな。
「さ、てと……」
「おい、出るのか?」
「ああ。あいつに先越されるわけにはいかないしな。だが、戦力も分からん内に攻めたって、勝ち目があるかは怪しい。今からは戦力分析だ」
「ふーん……気をつけろよ」
「僕も少し出るよ。日本に来たら行ってみたいと思っていた場所があったんだ」
「ふーん……気をつけろよ」
「ちなみにどこだ?」
「秋葉原だよ」
「……そうか。気をつけてな?」
どこだよ、そこ?
二人だけで分かりやがって……
あーあ……寝よ。
二人が出て行くと、オートで扉の鍵が締まる。
俺はナイフを鞘に納め、金庫にしまってベッドに寝転ぶ。




