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新人類

「ここ?」

「ここ」

 ずっと俺のことを見ていたんだろうな、俺が帰ってきたタイミングで奏未によって内側から扉が開かれる。

「お帰り、お兄ちゃん」

「ただいま、奏未」

 帰宅して早々奏未が能力で、俺の出血を止める。

 耐性だけ無駄にあるせいで、傷が完全には治らない。

 さらに鬼門を開いていたせいで、傷の再生が途中で止まってしまう。

「この子は?」

「派世奏未。俺の妹だ」

 あの時のと表情に書かれている。

 やはり八田月と会ったあの日、フィリアの家の近くに行ったあの日に気付かれていたようだ。

 とはいえ、フィリアはそれについて言及することなく、靴を脱いで玄関を上がる。

 フィリアにおぶられ、リビングへと運ばれる。

 奏未に血を拭かれ、血がついても大丈夫なように、予めシーツを被せてタオルを敷いてあったソファに寝かされる。

「手慣れてるわね。それに用意周到」

「うん。よくあることだから」

 鬼門を開くたびにこうなってるんだ、慣れないはずもない。

 うちには奏未しかいないことがほとんどだしな。

 ソファでぐったりしている俺を気にかけていた奏未だったが、フィリアに向き直ると思い切って質問を口にした。

「新人類だよね?」

 やはり奏未は新人類を知っていたか。

 そして、これまたやはりフィリアがそうだったのか。

「そうよ」

 あっさりと認めるんだな。

 隠したかったわけではないのか?

 そう思いフィリアの様子を伺えば、俺に見られていることを感じて、後ろめたそうに目を伏せる。

「知ってたんだ……それじゃあ広人も?」

 そして、恐る恐るといった感じで訊ねてくる。

「知らない。お前のいないところで勝手に知るのは気が引けてな」

「ごめん」

 どうして謝る。

 隠していたからと言って、別に謝るほどのことではないだろ。

 誰にだって秘密はある。

 俺にだっていくつも秘密にしていることはある。

「気にするな」

「気にするわよ。私が巻き込んだんだから」

 どうやら、新人類には悪魔に狙われるだけの何かがあるらしい。

 こいつが一人で戦っていたのも、そこに原因があるのかもしれないな。

「新人類は完成した人間、自身の身体を神に近づけることで、人を超えた力を得ることができるわ」

 フィリアが新人類について語る。

「神に近づいても、神性は持たず、その血は悪魔の力を完成させることもできてしまう、だから、悪魔に狙われてしまう」

 悪魔を完成させる、か。

 こいつは驚いたな。

 完成した悪魔の話は、御伽噺だとばかり思っていたんだが、実在しうるとはな。

「それじゃあ、もしお前が捕まれば、完成した悪魔がたくさん生まれるってことか?」

「生まれて一体よ。一気に完全な状態になれないと、身体が力に耐えられず、崩壊を始めると聞いてるわ。新人類一人を使って一体まで。中途半端になれば死ぬし、悪魔自体もその力に元々耐えられる素質がないとダメみたいね」

 それならまだマシだな。

 最悪、一体だけなら、俺がなんとかできるかもしれない。

 しかし、聞いてる、か。

 実際はどうか知らないということだろう。

 そもそもその話はどこから出てきたものなのか。

「あなたの体、随分と新人類に近いつくりをしているわね。どうして?」

 新人類に近いつくりってのがどういうものかは分からないが、暗技のために極力無駄を省いた体にしている。

 それについて言っているのだろうか?

 というか、そんなこと分かるのか。

 すごいというかなんかこう……キモいな。

「そうだな。一つぐらいは話しておくべきか」

 ダメ元で訊いていたのだろう、フィリアは信じられないような顔をしている。

「お前が秘密を話したんだ。俺も少しは秘密を話すさ」

 少しはと話した時に少し目を細めたから、勘繰られていることは想像できるし、これから話すことよりもっと重大な秘密があると言っているようなものなのだが、ともあれ言った手前引き下がれない。

「お兄ちゃん、この人、信用して大丈夫なの?」

 どういうことだ?

 奏未に視線だけで訊ねるが、奏未はフィリアを気にしてここでは答えられないと首を左右に振った。

 そして、その意味をフィリアに誤解させるために、それっぽく言葉を続ける。

「ごめん。変なこと訊いて」

 何か引っかかるところでもあるのだろう。

 奏未がフィリアと会うのは初めてのはずだ。

 何か噂で聞いていたのか?

 或いは新人類についてフィリアが何かを隠しているというところだが……

 まあいい。

 俺がこの目で見て信じると決めた、俺はこの決定に従うだけだ。

 フィリアに向き直る。

「俺は暗技使いだ。それ以外にも秘密はある。今は明かせない」

 いっそのこと直接初めから言ってしまおうと思い、秘密があることを暴露する。

 詮索するなよと含みを持たせて。

「暗技………」

「知ってるか?」

「ええ。知ってるわ。国連のブラックリストの暗殺技術」

 国連のブラックリストには、使用禁止兵器や技術などが入っている。

 核兵器を始めとした、いくつかが入っているが、その中には、暗技や鬼門も含まれる。

 それに含まれているものは、どれも核兵器並に危険なものだとされる。

 ちなみに、一般公開はされておらず、ごく一部の例外を除いて、いかなる階級の者も閲覧できない。

 基本的には各国のリーダーにしか見ることはできないものだ。

 一部は公開されているものもあるが、核兵器や劣化ウラン弾などのすでに情報が広く周知されているものに限られている。

「国連のブラックリストなんて、よく知っていたな」

「そういうあなたも知っているようね」

 特殊な家柄だからな。

 とはいえ、俺はさほど詳しくはないのだが。

「他のブラックリストの技術も、使えたりするの?」

 詮索するなと暗に伝えたつもりだったのだが、こいつ分かってて聞いてないよな?

 ……分かっていそうだが、俺の状態から鬼門も使ってそうだと予測を立てられているっぽいな。

 鬼門のことを話せば、余計な気を使わせてしまうだろう。

 そうなれば、フィリアが先走る可能性が出てくる。

 俺がフィリアにつきっきりになる、最悪だ。

 俺は自由に動けないと困るんだ。

 体質について言ってしまえば済む話だが、俺の体質は簡単に明かせるようなことではない。

「どうだろうな」

 ここはうやむやにしてしまうのが一番だな。

 フィリアが何か話したそうにしているが、奏未の前では話せない内容のようだな。

 自分が新人類であることを聞かれて、それよりも聞かれたくない話題なんてあるのか?

 まあ、フィリアはまだ奏未のことを知らないし、関係性が薄いから言いたくないというのは、分からないではないが。

 まあ、それはおいおい知っていってもらって。

 奏未も何か話したそうにしているし、とりあえずは奏未優先で。

 フィリアに八田月への報告を頼み、帰ってもらう。

 また今度、どこかで奏未や日溜と肩を並べて戦う機会があれば、フィリアの不安を全て拭えるだろうか?

 少なくとも、俺たちの力を信頼はしてくれるだろうな。

 それで、頼ってくれるとありがたいのだがな。

 ともあれ、さて、これで奏未と二人きりだ。

 さっきから何を言おうとしていたのか、じっくり聞かせてもらおうか。

 フィリアにも関係があるとても大事な話のようだからな。


「奏未、さっきから話したそうにしているが、どうかしたのか?」

 どうやら、俺に話すべきか迷っているようだ。

 また厄介事じゃないよな?

「フィリアに関係することなんだろ?それに今後どこかで俺が関わらないとも限らない。話してくれ」

「それじゃあ話すね。あたし、合宿中に赤い髪の人に会ったんだ」

 ただ単に髪の赤い人の話なんかしないだろう。

 新人類か?

 新人類の髪が全て赤いとは限らんが、その線が濃厚だ。

 奏未のことだ、相手が誰かは確認をとっているはずだ。

「そして、戦った」

 奏未と戦ったということは、今頃そいつは大変なことになっているだろうな。

 奏未は強い。

 俺の傷を癒したのは、力のほんの一端にすぎず、実際には鬼門を開いた俺よりもずっと強い。

 奏未がフィリアを助けに行けばもっと早く、誰も殺さずに助け出すことも可能だっただろう。

 とはいえ、今回は親父が絡んでいたし、奏未のことも何も言ってなかったから、俺が行く必要があったっぽいからそうしたが。

 ともあれ、奏未の話の続きを聞く。

「結果、惨敗した」

「……………は?」

 たっぷり間を開けたが、やっぱりその言葉が飲み込めなかった。

「だから、負けたんだよ」

 負けた?

 確かに、新人類の動きは初段開門した俺以上だ。

 上級悪魔といい勝負できるくらいの力はある。

 だが、あの程度で奏未を倒すなんてこと、できるはずがない。

「あたしの全力が、真っ向から力でねじ伏せられた」

 奏未を?力で?ねじ伏せた?

 奏未は嘘なんて吐いていない。

 俺に吐くはずがない。

 だから、それは本当に起こった出来事なのだろう。

「彼は自分を、新人類だって言ってた」

 神に近づく力で奏未の能力を超えることは、不可能に等しい。

 実際、フィリアにそこまでの力はない。

 能力を使った奏未に嘘は通じないから、新人類であることは間違いないはずだ。

 それに、奏未が裏どりできていない情報を話すことはないから、新人類であることは確定だ。

「あの人からも、同じ力を感じた。でも、なんだか同じくらいに力を抑えてる感じがして、あの人はきっと、ほんとの力を隠してる」

 あの人、フィリアのことか。

 とてもそうは見えなかったが……

「それはない。フィリアにそんなことはできない。あいつは自分を、責め続けているようなやつだからな。ピンチにそれを見せないようなことができるような、豪胆な人物ではないよ」

 いや、新人類の本来の力を引き出せていないのなら、それもあり得るのか?

 俺は何も感じなかったが、俺と奏未とでは感じ取るものの種類が違うからな、もう一人の新人類に会っているのも奏未だけだし、奏未の感覚を信じよう。

 無駄に奏未の感覚を分析しているが、俺はいつだって奏未のことは無条件で信じているのだから、これは照れ隠しだ。

 とはいえ、フィリアを信じたいという感情もあるため、奏未の予想は否定した。

 ああ、心が苦しい。

 奏未はとても可愛らしい笑顔を俺に向けると、思い出したように夕飯の準備を始める。

 あの笑顔の裏側には何を隠していたのか、きっとそれは俺に向けられたものではないのだが、少しばかりの寒気を感じた。


「いい朝だねー」

「そうだなー。日差しと燃えるような熱気さえなければ最高だった」

「夏だから仕方ないよー」

 夢花と二人で登校する。

 奏未は日直の仕事があるらしく、早くに家を出た。

 暑さにうなだれながら学校への道を歩いていると、見覚えのある少女を見かける。

 顔色が優れないのは、しばらく会っていなかったからか。

 奏未も行っていた合宿に行っていたので、会えなかったのだ。

 いつもこうなる前には会いに来るか通学時に遭遇していたからな。

「おはよー。なんだか辛そうな顔だねー」

 長い金髪の少女は、俺を見るやいなや、俺に飛びついて腕に噛み付いてくる。

 歩きにくいから首に噛みついて背中におぶさってほしいのだが、それはそれで暑苦しいかと思い言葉を引っ込める。

「ティナ、こんな時間から起きてるなんて珍しいな」

「すぐに血が飲みたかったノー」

 連絡くれれば家まで行ったんだが。

 この長い金髪を揺らしながら、俺の腕を両手で掴んでちうちうと音を立てて吸血する美少女は、横江・ティナ・ブラック。

 日英のハーフで、吸血鬼だ。

 吸血鬼と言っても、日光に当たって死ぬことはないし、ニンニクや十字架が弱点なんてこともない。

 血も、必ず必要というわけではなく、あったらより活力が増すってだけだ。

 まあ、ティナの場合は能力が能力なだけに、血が飲めないと死活問題だが。

「暑いんだが?」

「くっつかないと飲めないから、仕方ないデース」

「確かにそれは仕方ない」

 ティナの様子を見ていた夢花が、反対の俺の腕にくっついてくる。

「暑いんだが?」

「くっつかないとくっつけないから仕方ないよー」

「確かにそれは…ってなるかー!!!」

 夢花を引き剥がす。

 さすがに歩きづらかった。

 血を吸って満足したのか、ティナが腕から口を離す。

「それじゃあ私は帰るデース!」

 学校行かないのか。

「おーう。またなー」

 ティナは朝弱いからな。

 今日は学校をサボるのだろう。

「それじゃ行くか」

「うん」


「派世ええぇぇ!!!」

「日溜うるさい」

 今日も今日とて元気だなー。

 俺は昨日の今日で元気など出るはずもなく、朝からダウナーな気分だ。

「映画観てきたぜ!」

 この前言っていた、黒騎士映画か。

 あれ、黒騎士を英雄みたいに扱って、脚色が激しいんだよなぁ。

「前に行ってきたんじゃなかったのか?」

「あー、あの日は急に仕事を頼まれてなー。行けてなかったんだぜ」

 それは仕方ないな。

 日溜は家庭の事情もあって、仕事の依頼は断れないから。

「んで、どうだったんだ?」

 この話の流れで感想を聞かないのも不自然かだから、仕方なく訊ねる。

 日溜がとても感想を話したそうにしていることだし、たまにはこうクソどうでもいい話題を楽しみたい。

 話題が話題だから楽しめるかは分からないが。

「今回も最高だった!」

「そいつは良かったな」

「反応薄いなー」

 いつも通りだよ。

 俺、あの映画嫌いなんだよ。

「特にだな、敵である死者の王との戦闘の描写がすごくてだなぁ、爆発する死者たちの中を駆け抜けて死者の王を斬り裂くラストシーン、世界ごと斬り裂いて死者へと変えられた人たちが元に戻っていくシーン。これがすごいんだ」

「ナイトメアシリーズの話?」

 フィリアよく分かったな。

 まさか見てる?

「すごいわよね。死者の王が繰り出す攻撃、そのことごとくが命への冒涜的に演出されてて……」

「そうなんだよ!そこから解放されていくっていうフィナーレ、それこそがこの映画一番のすごいところで、作品全体を通して、命の尊厳を取り上げているんだ!一番最初に結婚式から始まるのもそう!生きていることの尊さを、そして儚さを表しているんだと思うんだ」

 そして興奮した日溜からのキラーパスが飛んでくる。

「当時オーストラリアにいたお前はどう思うよ?!」

 オーストラリアは今回の映画の舞台だ。

 実際に起こった出来事をベースにしているから、その当時その場に居合わせた俺へと、映画を見てないのに話が振られたわけだ。

「え?広人そこにいたの?」

 クソめんどい質問してくるやんと思っていたところで、教室の前扉が開かれる。

「お前らー。まだ早いけど席つけー。ホームルーム始めるぞー」

 ナイスだ八田月!

 クソどうでもいい話題を打ち切り、いつもじゃありえないほど真剣に八田月の言葉に耳を傾ける。

 八田月がいつにも増してやる気のない声で、ホームルームを始める。

「最近この辺りに通り魔が出た。殺されてるのは、赤黒の能力者ばかりだ。夜出歩く時は注意しろよー」

 そこは出歩くな、だろ。

 と誰もが思ったところだが、誰もそれを口にすることなく、秒で終わると有名な八田月のホームルームの終わりを待った。

 しかし、八田月の視線はしっかりと教師らしく注意を促す。

 俺や日溜へと視線がむけられて、それに俺たちが気付くと八田月は続けて言った。

「以上!ホームルーム終わり!広人とフィリアはついて来い」

 一旦通り魔のことは置いておいて、八田月のこの感じ、昨日のことだろうな。

「ヒロ君、何かしたの?」

「後で話す」


 俺とフィリアは八田月に連れられ、応接室へと入れられる。

 完全防音の部屋だ、他の者に聞かれる心配はない。

「さて、昨日のことは報告を受けてる。お前に任せて正解だった」

 悪魔が教えてくれなければ、助けに行くことはできなかったけどな。

 ともあれ、報告書には悪魔のことは挙げていない。

「なんとかなったのは、連絡をくれた悪魔のおかげだがな」

「それでもだ。というかお前、悪魔の報告がなくとも、奏未がいたからわかるんじゃねぇか?」

「分かったよ。ただ、奏未から報告を受けていたのとでは対応が違っただろうしな」

「そうなの?」

「もし悪魔から接触がなければ、俺はあいつらが何をしたいのかが分からない。それで奏未から連絡を受ければ、俺より速いし確実だから、奏未に行ってもらってたかもな」

「レッドゾーン解放までセットになりそうだな」

「だな。過剰戦力であることは間違いないし、奏未が出張ることで、ゼラとしては望ましくない展開になるだろうしな」

「どういうこと?」

 今回はあくまでフィリアが自身で打ち破ったというシナリオがほしかったのだと見ている。

 だから、フィリアが絶対にできないことは避ける必要があった。

「つまり、俺が行くことで目撃者を最小限に減らし、可能な限りお前が暴れたように見せるのが目的なんだよ。とりあえず、これで戦の悪魔王は落ち着くだろう」

「まだ気を抜くなよ。他にも動いている組織はある」

 分かっている。

 一つの組織が行動を起こせば、他の組織は触発されて動き出す………

 フィリアを捉えていた悪魔のリーダーの話を聞いて、戦の悪魔王の戦い方は理解した。

「戦の悪魔王の目的は、他組織の触発か」

「そうらしいな。ゼラもそう考えているようだ」

 自分が動いたように見せないことが肝要である。

 故に初級悪魔の起用。

 あわよくばの精神はあっただろうが、そこを徹底する様子はあった。

 術式は全て初級悪魔の魔力量で使えるように組んであった。

 しかしそれなら、どうしてそこまで手間をかけていたのに、最初の出だしで上級悪魔がいたのか。

 ゼラの仕業か?

 面倒なのが紛れ込んでいた可能性もある。

 その悪魔には、俺の存在がバレてしまっているかもしれない。

 ともあれ、フィリアが来てから活発になった悪魔の動きや、初級悪魔たちによるフィリアの誘拐、これらが効果を発揮するには、悪魔の内でとある前提が共有されていなければならないと思われる。

 それはつまり、戦の悪魔王は新人類の情報もフィリアの情報も、広く悪魔に流布している可能性があるという前提であるわけだが……

 となるとやはり、しばらくはいくつかの組織を警戒しておく必要があるだろう。

「ともあれ、今回はお疲れ様。報酬なしでしてもらうことではなかったな。2人で話したいこともあるだろう。俺はそろそろ退室するとしよう」

 本当にお疲れだ。

 鬼門を使った疲労感はまだ残っている。

 だが、お疲れなのは俺に限った話じゃない。

「八田月も、お疲れ様」

 八田月は俺にふっと笑った。

 寝不足だな、あいつ。

 ホームルームの時にも感じたことだが、他人に気をつかうなんて八田月が寝不足の時にしか起こらない。

 俺への視線がやたら優しいなんてのは、それ以外にありえない。

 鬼門を使ったって言っても、普段ならあっその一言で済まされる。

 しかし寝不足でも八田月は察しがよく、フィリアがそわそわしているのを見落とさなかった。

 俺たちに気を使って、退室してくれる。

「フィリア、何か話したそうにしているが、どうかしたのか?」

 話しやすいようにそう訊ねる。

 昨日の続きだな。

 フィリアの覚悟を決めた表情を見て、奏未がいてできなかったより踏み込んだ話をするつもりのようだ。

「私のこと、あなたには話しておこうと思って」

 俺を信頼してくれているのは、新人類について教えてもらったから分かってはいたが、昨日今日出会ったばかりと言っても過言ではないほどに、まだ付き合いが浅いはずだ。

 どうしてここまで信用してくれているのか分からないが、とはいえ悪い気はしない。

「アメリカでのことよ」

 訊かれたくないと言っていたアメリカでのこと。

 そこに、フィリアの抱える絶望の多くが、詰まっているのだろう。

 語ろうとするフィリアの表情は硬い。

 苦しそうで、悲しそう、悔しそう。

 そんな感情を常に抱えて生きていたなんて、誰もが想像する「普通」の生活を送っていれば、想像などできないだろう。

「私は新人類であることを、隠して生きてきた」

 そりゃ馬鹿正直に話せば、人から避けられるだけでは済まないだろう。

 いじめ、ならまだマシか。

 下手したら命を狙われる。

 ティナは吸血鬼であることを周囲に周知させているが、学校でも絶賛孤立中だと聞く。

 吸血鬼でさえそれなら、新人類であれば周囲の対応は最悪だろう。

「ある日、私は1人の友達に話した。その娘を私は信用して。その娘は私から離れていくことはなかった」

 いい友人だな。

 俺は友人たちに秘密を打ち明けていないが、俺と日溜のような親友の関係でなければ、そんなことはできないだろうなとは思う。

 自ら関係性を壊しかねない。

 変わってしまった関係を修復することも非常に困難だろう。

 だが、それを乗り越えればより強い絆で結ばれることだろう。

 俺はとても話せない。

 話す決断をしたフィリアもすごいが、それでも受け入れてくれた友人もとても尊敬できる人物だ。

 しかし、この話の流れで、いい話題で話が終わるわけがない。

「それからしばらくして、アメリカでとある事件が起きて、その娘はその時初めて、新人類という存在がどういう存在かを知った。というより、ようやく実感したってところね」

 とある事件とは、ライトマン失踪事件のことだろうか。

 ナイトメアシリーズ1作目の題材となった事件。

 三年前に起こった、世界を震撼させた事件だ。

 俺もよく知っている事件だが、事件の詳細をフィリアが話さないなら、俺はそれについて問いかけるつもりはない。

「その事件の犯人の狙いは、新人類だった」

 なるほど、それで。

 狙いが新人類だったとは初耳だったが、そうと言われればそうなのだろう。

 あいつがどうして騒動を起こしたのか、研究者だからという理由で片付けてしまっていたが……

 ともあれ、一般人がそれを知れば、恐ろしくもなるさ。

 あの日起こったことは、たくさんの動画が残っているが、非常にショッキングなものばかりだ。

 その原因が自分だと聞かされた一般人が、これまで通りその人に接することができるとは思えない。

 特に、フィリアのそばにいたのなら、その事件に巻き込まれている可能性が高い。

 そうでなくても、起きたことを近くで見ていただろう。

「その娘は、私のせいだと言った。人が死んだのは、町が壊されたのは、私のせいだと言った。私が人を殺したんだと言った」

 やはり、あの場にいたということだろうな。

 絶望に直面した人間は、責任を誰かに押し付ける。

 そう言ってしまうのも仕方のないことだろう。

 全く無意味な責任転嫁だが、人はそうまで弱いのだ。

 都合よく、責める要素がある人物がいる。

 それなら、責めるだろうな。

「私が事件を起こしたと言われた。学校では、避けられるようになった。あの娘が言いふらしたとか、そういうことはなかったし、それが理由でいじめられるようなこともなかったけど……」

 それで責任を感じてしまった。

 だから自分を狙う悪魔と戦っていた。

「私の存在が、あんな地獄を生み出した」

 どんな言葉をかければいいのだろうか?

 ほとんどなにも自分について話していない俺がどんな言葉をかけても、その言葉は軽薄なものになってしまうだろう。

「だから私は、戦わないといけない」

 話すことも辛かっただろう。

 俺はフィリアの強張った表情を見て、キュッと唇を引き結ぶ。

「ありがとな、話してくれて」

 なにを言うべきなのか分からず、そんな当たり障りのないことを話す。

「私が話したかっただけよ」

 フィリアはそう言うだろう。

 私と関わるとこういうことがあるぞ、という忠告のつもりなのかもしれない。

 或いは期待だろうか?

 それなら、俺がかけるべき言葉は決まっている。

「なにも責任を感じる必要はないよ。お前は悪くない。だから、夜に一人戦わなくていい」

「……そうね」

 責任に感じているようだ。

 暗技は嘘を見抜けると知らないようだな。

 これじゃあいたまた飛び出していくか分かったもんじゃない。

 仕方がない。

 ちゃんと全部言葉にして伝えよう。

 こういうのは俺の柄じゃないんだがな。

「人助けをするのは勝手だが、俺の知らないところで昨日のようなことになっても困る。助けに行けないからな」

「広人……」

「お前が攫われたら何度でも助けに行く俺の身にもなってくれ。な?大変そうだろ?」

 俺はなにがあってもフィリアから離れていくことはない、少しでもその気持ちが伝わっていればいいのだが……

 フィリアの瞳に期待の光が灯る。

 全く、どれだけ飢えていたのか。

「新人類がどうとかなんて、そんなものは些事だ。俺はそんなことで、友人を見捨てたりはしない。戦う力もあるしな」

 フィリアの元友人が、いったいどんな意図でそれを口にしたのか分からないが、俺の後悔と同じような感情から発した言葉ならなにを考えていたかは大体分かる。

 ともあれ、それでフィリアが傷ついたのは変えようがないし、だからといって俺が何かをフィリアに伝えるのも違うと思う。

「どうして?」

「どうしてそんなにしてくれるのかって?」

 フィリアの疑問を補足した俺に、フィリアが頷いたのを確認してから、俺はさもつまらないことを答えるかのように、或いはそれが当然のことであるかのように、なんでもないように答える。

「さっきも言っただろ?友人だからだ」

 理由はそれだけだと強く言い含める。

 フィリアは、俺の理由がそれだけであったことに驚き、呆然と俺の顔を見つめている。

 いつまでも互いに見つめ合っているわけにはいかないので、俺は両手をパンと合わせて、フィリアの意識をこちらに向けさせる。

「納得してくれたか?」

「え、ええ……」

 この人嘘でしょという信じられないものを見る目のフィリアの驚きようったら凄まじかった。

 絶対納得できてないだろと思いながらも、今更ながら普段口にしないことを口にした恥ずかしさが込み上げてきて、話が終わったフィリアに誤魔化すように笑いかける。

 さて、一限が始まる時間なので、というかさっきチャイムが鳴っていたから一限始まってしばらく時間が経過してしまっているか……

 このままでは一限の担当教師に八田月がどやされてしまうので、フィリアを連れて慌てて応接室を出る。

 やはりフィリアはどこか釈然としない様子だった。


 強い日差しの下を歩く。

「それは災難だったな」

 日溜がケラケラと笑っている。

 他人事だからって笑いやがって。

 新人類について伏せながら、日溜たちに昨日のことについて話していた。

「そんなことがあったんだ。大変だったねー」

 夢花が隣を歩きながら少し背伸びして、俺の頭を撫でてくる。

 よく見ろ日溜!

 これが頑張った人に対する対応だ!

 いや、日溜に頭を撫でてもらいたいわけじゃなくて、少しは労いの心を持ってくれって意味だが。

 そんな意味のない言い訳を心の中でしていると、今度は日溜が笑いを引っ込めて質問を口にする。

「しかし、フィリアさんはどうして狙われたんだ?」

 日溜はわざとらしく俺に目線を送る。

 なぜ俺に訊くんだ。

 すぐそこに本人いるんだから、本人に直接訊けよ!

「俺が答えると思うのか?」

「連れないな〜」

「本人が答えてないのに答えるかよ」

「フィリアさん絶対教えてくれないじゃん。派世なら話してくれるかなって」

「本人が答えないのに俺が教えるわけがないだろ」

 夢花はともかくと付け加えると、フィリアから棘のある視線を受けて、視線を逸らす。

「そういえば、通り魔の件、どうするよ?」

 脈絡なく真面目な話を大したことでもないようにぶっ込んできた。

 そんな軽いノリで首を突っ込める案件じゃないだろ。

 しかも、うずうずして戦いたそうにしている。

「自分から関わろうとする人なんているのね」

 フィリアも呆れているが、お前似たようなことしてただろ。

 しかし、常識的に考えれば避けて通るべきことだ。

 相手が何者か分からない以上、確実に勝てるわけではない。

 確かに日溜は強いし、俺だって死んでやるつもりはないが、どうせ日溜はそんなこと考えていないだろう。

 日溜は常識的に考えて行動しない、突発的な感情に従うことも多いからな。

 それでいて戦闘時には意外にも冷静という。

「明日にしてくれ」

「それじゃあ今日、被害者が出るかもしれないだろ?」

「情報もなしに戦うのは自殺行為だ」

「どうしてそんなに警戒してるんだ?」

 タイミングがタイミングなだけに、敵はフィリアを狙った組織である可能性が高い。

 昔のようにはいかない。

 俺たちが中学生のころ、悪魔を倒しに夜な夜な街へ繰り出していたのだが、その時のような気分では危険だ。

「お前はいつも用心深いな。これまでもなんとかなってきたじゃねぇかよ」

「これまでとは違う。そもそもついこの前だって戦闘になっていたら危なかっただろ。八田月には言っておくべきだ。情報をくれるだろうし、あっちにも準備は必要だろうし」

「それだと明日じゃ早すぎないか?」

 たしかに明日じゃ早いかもだが、そう悠長なことも言ってられないだろう。

 フィリアのことを思えばこそだ。

 八田月も分かってくれるだろう。

「急がせる」

「よし!なら明日だ!」

 俺と日溜のやりとりを見て、フィリアが顔をしかめる。

「この2人、いつもこんな感じなの?」

 先生は大丈夫だろうかと心配するフィリアに、普段の俺たちの様子を夢花が残念そうに教える。

「そうだよー。2人は普段から先生を酷使してるんだよねー」

 フィリアから白い目を向けられるが、面倒事を押し付けてくるのはあっちだ。

 そう言うとフィリアが、自分のことを八田月に任されている俺という図式から、自分を面倒事だと認識してしまうかもしれないから言わない。

 まあ、面倒ではあるが。

 だが、一度関わって関係が変わった今は、そうは思っていない。

 もちろん、フィリアのことを俺に任せた八田月には、とりあえず俺に任せるのやめろとは思うけど。

 ともあれ、正しい選択だとは思うがな。

 俺か八田月くらいしかクラスに適任者いないしな。

 で、俺が任されたからこそ、八田月は可能な限りのバックアップをしなければならないとなるわけだ。

 八田月が俺に投げたんだから、当然だ。

 もちろん、理由なく八田月を酷使することもあるけども。

 普段からは言い過ぎだぞ。

 毎回取ってつけたような言い訳だって、わざわざ考えているのに。

 ともあれ、そんな言い訳を述べなかった俺には、フィリアから白い目が向けられ続けるのだった。


 明日の約束を取り付けられ、日溜と別れる。

 俺は夢花とフィリアを送ってから、家へと帰る。

 奏未はまだ帰ってきていないのか。

 時計を見てから八田月に連絡を入れようとスマホを取り出す。

 ついでに奏未からの連絡も確認するが、やはり買い物に行っていて帰りが少し遅くなっているようだ。

 まだ日も高い時間帯、迎えに行かなくても問題ないだろうとアプリを起動して八田月を呼び出し待つこと数秒。

 いや、問題あるのかと俺のかわいい奏未が可憐すぎるが故に誘拐されてしまう悪い想像をしたところで、八田月が電話をとる。

『おう。急にどうした?』

「いきなりで悪いな。今朝言っていた通り魔について、分かっていることをまとめておいてほしいんだ」

 通り魔が赤黒を狙う相手だとして、八田月は俺に依頼するはずだ。

 なぜなら俺の周りに階級が高い者が複数人いるから。

 だからすでに準備を始めているはずだ。

 それだけじゃない。

 今朝話したフィリアを狙った組織の話、それに関連しているかもしれない。

『今準備している。とはいえ、大して情報は集まってないが。それでもないよりはマシだろう』

「話が早くて助かる」

『気にするな。俺も始めからお前に伝えるつもりだったからな』

 だろうな。

 赤黒の能力者を倒す相手には、俺のような死なない確信があるやつにしか、頼めないだろう。

 それに、俺には奏未もいることだし、機動力もある。

『倒せなくてもいいが、情報くらいは持って帰って来いよ』

 倒せなくてもいい?

 珍しく弱腰だな。

 いつもなら生け捕りにしろくらいは言ってくるんだが。

「らしくないな」

『嫌な予感がしやがるんだ……』

 それは気をつけないとな。

 気が緩んでいたわけではないが、改めて気を引き締める。

 本当は八田月と共闘できるのが理想なんだけどな。

 八田月なら俺ほどじゃないにせよ、死ぬリスクが極端に低い。

 それに奏未とやりあえるだけの戦力も保持している。

 ほんと、八田月が手伝ってくれればなぁ……

「やっぱりお前は動けないんだな?」

『ああ、悪いな。俺はどうしたって動けない。お前の父親からの指示だ。俺が動くとより面倒なことになるらしい』

「そうか……」

 親父が?

 フィリアを追う組織が八田月のことを調べている可能性は確かに高くて、人の側に内通者がいれば真っ先に知られるのが八田月の存在だ。

 だが、もしそうだとして、八田月が動けば相手は手を引くはずだと思うのだが、よもや八田月をなんとかするすべを持っている組織が動いていると、そういうことじゃないだろうな?

 それなら俺と奏未でも無理だ。

 いや、八田月が動かなければそこまでの事態にはならないということだろうか?

 或いは後片付けの話?

 親父のことだからどれもありそうで困る。

 全てが全て重要事項ではあるのだが、ふむぅ……

 釈然としない。

「ともあれ、善処するよ。こっちこそ悪いな、突然電話をかけて」

「いや、構わんよ。ちょうどいいタイミングだったしな」

 八田月が電話を切ると、しばらくスマホの画面をぼうっと見つめる。

 日溜とはあんなやりとりをしておきながら、実際には互いにリスペクトしあって決して適当に指示を出すことがない。

 そんな相棒味溢れるやりとりがどうもこそばゆくて、いつもながらにそんな気持ちを吹き飛ばすように少し乱雑にポケットにスマホを押し込む。

 それからしばらくして、何事もなく奏未が帰ってきた。

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