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最下層階級の絶望騎士  作者: ぶい


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奇妙な巡り合わせの始まり

 ジープを走らせる隊長さん。

 ジープに初めて乗るリーラは運転したそうにしている。

 隊長さんが何かのスイッチを押すと、点灯していたライトが消えて、凝った肩が解れたような仕草をする。

「いや〜疲れた。昨晩は大変だったな」

「今何のスイッチを押したんだ?」

「ボイスレコーダーを切ったんだ。必要なかったかね?」

 なんでボイスレコーダーを自由に点滅できるんだよ!

「さて、これで自由に会話できる」

「はぁ……」

「昨晩はお疲れ様でした」

「そっちこそお疲れ。お前、名前は?」

「私はセレン。エリアの叔母に当たります」

 血縁はリーラの家系じゃないならどうでもいい。

「人間のお偉いさんと話しに行くなんていう七面倒なこと、よく引き受けたな」

「あはは……」

 困ったように笑うセレン、それだけで親父さんに押し付けられたということを理解した。

「まったく、お父さんにも困ったものですよ」

 リーラにも察したようだ。

 親父さんに頼まれたから断らなかったのか、それとも圧力をかけて無理やりやらされたか、どちらにせよ仕事を押し付けられていることに変わりはない。

「私はシーナーと仲が良いので、きっとそれで任されたのでしょう。ムバラクさん、あまり村の方を信用してませんから」

 ああ、そういう意図があったのか。

「隊長さんの監視が目的か」

「正しくは人間の監視でしょうか?」

 これは、オフレコじゃねーと語れないようなことだな。

「私もそれには賛成だがね。例えセレンさんが大変な思いをするとしても、収める上でまず必要になるのは、確実な安全の確保だ。そのために誰か一人に苦労を押し付けるのは、極めて合理的だ」

「たしかに、理解のある者、信用できる者、一人の人物に任せて仕舞えば、仕事効率もよく、また相手の信頼を得やすい」

「まあ、私が苦労をかけなければ、それほど苦労はせずに済むであろうけどな」

 間違いないな。

「さて、なぜ私がボイスレコーダーを切ったのか、分かるか?」

「こんな話をするためではないのは分かるよ」

 グラグラと揺れる車内で、隊長はバックミラーの位置を整え告げる。

「実際のところ、君はどこまで見据えていたのかね?」

 みんな気にするな。

「昨晩答えたことじゃ、納得してくれてないか……」

「当然だとも。そもそもあれには不明瞭な点が多すぎる。下手したら全滅だってあり得たんだ。相手を知らず、黒騎士の出現も知らず、それであの条約案、まず、あり得ない」

 昨晩の誘導には引っかかっていないか。

 あれで全部だと思っていてくれれば、こちらとしてはありがたかったんだがな。

「まず、黒騎士の出現は確定ではない。次に、全滅の事態は起こり得ない。そしてもう一つ、今回の件における敵はそれほど巨大な組織ではなく、また小さすぎない組織であるということ」

「どういうことです?」

「そもそも襲撃が行われない可能性だって存在していたからな」

「襲撃が行われない可能性……それを除くなら、黒騎士の出現はどうなる?」

 今の言い回しの意味に気付く隊長さん。

 俺の言葉の意味に気付けるのはエリアだけじゃない、ということだな。

 今後村を任せていくにあたって、非常に頼もしい存在ではあるな。

 個人的には非常に面倒な存在だけどな。

「確定する。他の何者が襲撃したとしても、黒騎士は出現し村を守る。黒騎士の目的は不明とされているが、実際そこまで分かりづらいかと聞かれれば、予測くらいは簡単にできるだろ?」

 隊長さんは考え、しかし見えてこないようだ。

「軍なら黒騎士が何と戦ってきたのか、情報は持ってると踏んでいたが……」

「……まさか、エドガー・ライトマンが関係しているのか?」

「その研究がどんなものだったのか、それも知っているか?」

「あ、ああ。知っているとも。とある筋から分析結果が軍部に持ち込まれた」

 とある筋ってのは、おそらく実家だな。

 本殿の連中が何か嗅ぎ回っていたようだしな。

「黒騎士は少なくとも2度、エドガー・ライトマン関連の問題に登場している。ならば自然と、それに対抗した意識を持つと予測が立つ」

 ブルグルフもライトマン博士の研究を継いでいたようだが、それも含めるなら3度になる。

「そして黒騎士が行った悪魔らしくない行動。それが黒騎士の根本を為してるものだ」

「反ライトマンの研究、そして人命救助、ライトマンの研究は人の命を弄ぶもの、そして人命救助は、その名の通り人の命を救うこと……黒騎士は、悪魔の身にして人を守ろうとしている?」

「その行動の意図は分からずとも、一貫性がある以上、それは大きな手がかりとなる」

「村で言っていた言葉もある。そこのリーラとかいうのが黒騎士に頼んだ、だから黒騎士は確実に来る、ということかね?」

「そうだな」

 まあ、黒騎士は俺だからな、俺が出ると決めれば出るんだ。

「さて、なぜ全滅があり得ないのか聞いてもいいかね?」

「ああ、そうだな。それは組織の規模って話も関わってくるが、まず、今回の攻撃の目的が何かは分かるか?」

 黒騎士の姿で言ってやったが、俺は黒騎士とは別人であることを補強するために、その場にいなかった派世広人を演じる。

「戦争を起こすため、と黒騎士が言っていたが……」

「ああ、その通りだ。そこに攻撃を仕掛けるものが求めるのは、戦争。それが必要なのは大きすぎず小さすぎない規模の組織なんだ」

「なぜそうなる?」

「そうでなければ、起こす必要がないんだ。大規模な組織は戦争が起これば、その規模故に戦争被害を多く受ける。小さい組織では軍の内通者を切るなんてのは、あまりにリスクがでかすぎる」

 そしてそれが全滅があり得ない理由にもなる。

「中規模の組織は、基本的には強力な力を持つものは数名しかいない。リーダーのカリスマ性がその程度だからだ。だから力を出し渋る。戦力を渋っては、黒騎士に敵うはずもない」

 当然、力のない者でも、しばらくなら持ちこたえることができる。

 まあ、リーダーが突出して強く、そのリーダーが直接来る場合は、黒騎士でも逃すのが精一杯になるけどな。

 例えば相手が新たなる可能性(ネクスト・ドア)の場合、とかな。

 まあそれでも、全滅だけは起こり得ないが。

「まったく、お前には恐れ入るよ。本来民間人が知るはずのない情報を知っていることや、軍や悪魔のような人脈、悪魔を受け入れることができるその価値観、尊敬を通り越して畏怖さえする」

 その感情、俺に向けるようなものじゃないと思うんだがな……

 黒騎士が向けられるなら分かるんだけどな。


 車を走らせ続け電波が届くようになると、不在着信が二つ入っていることに気付く。

「どうしたです?」

「ああ、いや、大したことじゃないよ。ただティエラが二日連続で電話をかけてきて、それが不在着信として履歴に残ってるだけだから」

「毎日電話してるですか……」

「電話代、心配になるよな」

「です」

「毎日電話……重いな」

「電話だけだ。メールはないし、電話も1日一回だけだ。俺と気軽に会えない関係である以上、この関係になるのは仕方ない」

「彼女さんかね?」

「いや。友人だ」

「……そうか」

 そりゃあ、毎日のように電話する友人なんてのは不自然かもしれないけどな?

 向こうはイギリスにいるんだから、すぐに会えない心細さってものもある。

 それに王女だからな、俺と話して気を休めたいっていうのもあるのかも?

「広人さん、不思議な道路に乗ったですよ!」

「高速道路な」

「これが噂の高速道路ですか……」

 新しいものに興味が尽きないリーラは、きっとこれまで高架下から、これは何だろうと見上げていたんだろうなぁ、なんて思う。

 夏休みには旅行にでも連れて行こう。

 もっとたくさんのものを見せてやりたいからな。

「ただでさえ珍しい車がこんなにたくさん……」

 セレンも周りを走る車を見て驚いている。

 あの村に閉じこもっていたらそりゃ珍しくはあるよな。

「ううむ……この調子で大丈夫だろうか……?」

「悪魔が人間を見たらこうなる。逆に人間が悪魔の暮らしを見たなら、同じようにかそれ以上に、驚くことになるだろうな」

「む、たしかに……我々も大いに驚かされた。まさか、倉庫に屋台のセットが置いてあるとは……」

 あれ、村の所有物だったんだ……

「鉄板も用意されていたし、手入れだってされていた。祭り事を行うさいに出すと言っていたが、かつての日本を彷彿とさせるような暮らしぶりだった」

 隊長さんの言うかつての日本がいつを指しているのかは分からないが、そういった文化が形成されているのはたしかに興味深いな。

 どこかで人間の文化が取り入れられたんだろう。

 民俗学者が調べたがりそうだが、残念だが学者も立ち入り禁止だな。

 人間と暮らすことで影響を受け、今までの形から大きく変わってしまうかもしれないが、信用できないので伝承が失われてしまうとしても、呼び込み文字化はできないな。

「村に駐留する軍に民俗学者っている?」

「いないな。軍所属の学者はいなかったはずだ」

「ならあれだ、雑でもなんでもいいから、悪魔のこれまでの暮らしを書き残しておいてくれ」

「構わないが……どうかしたのか?」

「いや〜何もせず文化を破壊するだけなのは、侵略者と変わらないな〜なんて思ってな」

 破壊されるとも限らないが、何かしらの変化は間違いなく起こるだろう。

 だったら今の影響の少ない内から記録として残しておくべき。

 後々には人間も悪魔も自由に出入りできるようにしないといけないと思っている。

 そうなった時、悪魔の文化が見られるものは必要だ。

 人間が植民化しただけだと思われては困る。

「君はやはり頭がいい」

「戦争の火種を潰すのに余念がないだけだな」


 俺たちと荷物を家の前で降ろして、車はそのまま目的地に向けて発進してしまう。

 さてと、これからどうしようか……

 俺は家の鍵を開けると、リーラの荷物も一緒に持って、さっさと部屋に運んでいく。

 鍵が閉まってたってことは、まだ奏未が帰ってきてないってことだ。

 今日は中高終業式だから、もうそろそろ帰ってくる時間帯だ。

 俺は食卓に置いてある二つのメモを見る。

 なんで二つ?

「どうかしたです?」

「うーん?いや、大したことじゃないと思うんだが……」

 片方を手にとって開いて読む。

『またしばらく家空けるぜぇ。両親がいないんだから、だれか連れ込んで励んでもいいぜぇ。いやむしろ励め!わしに早く孫の顔を見せろ!』

 親父だな、間違いない。

 何バカなことをと、紙をくしゃくしゃに丸めて捨てようとして、途中で止める。

 俺は紙を再び伸ばして、さっきまで文字の書かれていなかった方を見る。

 そこにはさっきまでなかった文字が、まるで今書かれたかのような綺麗な字で浮かび上がる。

 親父ならではの情報伝達方法。

 能力で文字を書いたという事象を未来に飛ばし、それが今出現した、親父の新たなる力(ネクスト・ドア)、現在点だ。

 現在行っている事象をその時見ている未来に行ったと事実改変する、親父の本当の切り札だ。

『現在頻繁に行方不明事件が起こっている。かつての事件と関連がある。わしには別の仕事があるから対処できねぇ。まあ、狼破管轄の事件だからお前が関わる必要はねぇが、お前が無関係を貫けるはずもねぇ相手だ。このことを、頭の片隅にでも置いておけ』

 八田月の管轄で俺が無関係でいられないかつての事件と関連がある、なるほど……頭の片隅にでも置いておけとは、また不可能に近いことを言ってくれるな。

 俺を絶望させたそれを、頭の片隅になんて、追いやることができようはずがないだろうに。

 俺は紙を覗き込もうとしていたリーラに渡し、もう一枚のメモを見る。

『もしお昼前に帰ってきたら先に作って食べてて。洗剤がなくなっちゃったから買ってこないとなんだ』

 洗剤って、なんの洗剤だろ?

 言ってくれれば買いに行ったんだが。

 もうすぐ昼だし、奏未の分も作るか。

 作っている間に帰ってくるだろうし、疲れていてもそれくらいは苦にならん。

「広人さん」

「どうしたー?」

 冷蔵庫を眺めて昼は何を作ろうかと悩んでいた時にリーラが声をかけてきたので、間延びした返事をしてしまった。

「この紙に書いてあること、どうするです?」

 紙に書いてあること……どっちだ?

「子供、作るです?」

「作らない」

 親父が変なメモ残していくから……

「大丈夫です。広人さんなら」

 俺なら何が大丈夫なの⁉︎

「広人さんの頼みなら、私は受け入れられるですよ」

「作らないって言ったよな?」

「そうですか。気が向いたら言ってほしいですよ」

 気が向いたからってするようなことじゃない!

「いいか?人間と悪魔で子供を作る場合、それを行えるような契約が必要になる。それを結ばなかった場合、母体が死ぬことになるんだ」

「広人さんは悪魔でもあるですよ」

「誤魔化されてくれない?」

「それじゃあ誤魔化されてあげるです」

 俺はリーラの頭をよしよしして、軽めに昼食を作る。


 奏未が帰ってきて、一緒に食事を終えてから、調べ物のために後片付けはリーラと奏未に任せて、先に部屋に戻らせてもらう。

 最近の行方不明事件、その資料をパソコンで調べて集める。

 どこに攫われたかは目星がつく、というか、親父が言っていたのだから間違いなくあの場所だ。

 ここ数日で10件以上もの行方不明者、それも全部小学生に限定されている。

 都内に幅広く事件が及んでいるが、予想通り西の方は事件が少ないな。

 うちの近くでも1件起こっている。

 しかしこれ、本当はどれだけの被害があるんだろうか?

 情報統制は行われているだろう。

 2倍3倍はあるのではないだろうか?

 八田月の管轄だし、俺がもう関わりにいく必要もない。

 率先して関わりたいと思えることでもない。

 それでも親父が頭の片隅にでも置いておけと言うのだから、きっと俺はどこかで関わることになるんだろう。

 時間は一時を回ろうかという時間だ。

 終業式は終わっている頃か。

 それなら八田月に電話しても出られるはずだ。

『俺だ』

「お、出たか」

『どうした広人?俺も暇じゃないんだが?』

「行方不明事件、調べてるらしいじゃねーか」

『そうだが……誰から聞いた?』

「親父」

『ああ……』

「それで、聞きたいことがあるんだが?」

『この後学校に来れるか?資料のコピー、くれてやるよ』

「極秘資料じゃないのか?」

『今更何言ってんだ』

 散々軍の機密情報を聞いておいてってことだな。

 バレたらクビじゃ済まないんだろうなー、なんて他人事のように思っていたが、実は大体が俺が原因なんだよなぁなんてことに気付く。

 なんだか、八田月に悪い気がしてきた……

 それでも聞くんだけどね。

「せっかくだから全部に目を通させてもらうぞ。準備しておいてくれ」

『はいはい。見終わったら焼却処分で頼む』

「分かってる」

 電話を切ると俺はすぐに準備する。

 一応の薬も持ち、着替えるのは面倒なので私服のままで家を出ようとする。

「お兄ちゃん、どこか行くの?」

「ああ。学校にな」

「行ってらっしゃい」

 どうしていくの、とかいくつかの疑問はあっただろうに、それらを飲み込んで俺を送り出す奏未。

 俺は玄関扉を開けて、履きかけの靴で飛び出す。


「お前は一応生徒なんだぞ?なのになに私服で来てんだ」

「いや〜着替えが面倒でな?」

「な?じゃねえ!」

「まあまあ落ち着けよ?な?」

「な?じゃねええええ!!!」

「何が悪いんだよ?」

「校則違反だろうが!警備員に掴まるぞ!」

「いやほら、卒業生って、私服で学校来るときあるだろ?」

「あれは事前に連絡もらってんだよ!」

「お前に事前に連絡しただろ?」

「軍規違反を報告できるか!」

 荒ぶる八田月、問題児が一人いるだけでこんなにも教師は苦労するんだなーって、反省ゼロな問題児はこれからも苦労をかけるんだろうと絶対に反省はしない。

「そしてこうしてこっそり会って、生徒との逢引の噂が立つわけだな」

「……立ってるのか?」

「いや、俺には夢花と付き合ってるって噂があるからな。もしかすると二股かけてるクソ野郎とでも噂が立ってるかもしれないな」

「生徒と付き合ってるなんて、もしそんな噂があるなら、俺の評価が、給料が……」

「大変だな〜」

「なんで他人事なんだ!お前当事者だろ!」

「噂は噂でしかない。火のないところに煙は立たぬっていうけどな」

 俺が笑い飛ばすと、八田月は困ったように頭を掻く。

「ん。件の資料だ」

「おう。助かる」

 俺はそれを受け取ると、極秘資料だが会えて雑に鞄に突っ込む。

「それで、村の方はどうなった?」

 様子が気になっているのか、軍の下した処置が気になったのか、八田月は心配はないが興味はあると、普段隠れているケモ耳を少し立てて訊ねてくる。

「さあな。どうなったんだろうな」

 隊長さんが約束を守らないとは思わない。

 だが、軍本部に行って話をつけてくるのだから、軍の意向に沿ぐわず、セレンを武力で脅して契約内容を強引に変えさせる、なんてことも起こりかねない。

 誰が行ったところで村に戦力を保有する者はいないので、軍が武力に任せて脅してくるなら結果は変わらない。

 まあ、その可能性は薄いがな。

 そうならないためにという意図も込めて、黒騎士の存在をチラつかせたんだ。

「多分今日中には情報が開示されるはずだ」

「そうか。まあ、黒騎士が登場したんだから、報道は早くに行われるだろうってのは、想像できてたけどな」

 軍は黒騎士を追っているらしいからな、民間の目も使って情報を集めたいっていうのが、正直なところだろうな。

「だがお前、これで動き辛くなったんじゃねえのか?」

「黒騎士は使い辛くなったな。まあ、大した問題ではないよ」

 用は済んだし八田月にも仕事が残っているので、俺はここらでおいとまするかな。


 学校を出たところで声をかけられる。

「なんやあんた、私服で終業式出たんか?」

 中学校の方から声をかけてきたその人は、奏未の友人の秋だ。

 ポニーテールをふりふりさせて、つり目だがきつい印象を受けない愛らしい顔で、俺をキッと睨んでいる。

「さっき来て今帰るとこだ」

「なんや、学校休んだんか」

「まあな。用事で遠くにいて、昼頃に帰ってきたからな。それから出席は間に合わない」

「ふーん。なんか、忙しそやな」

「まあな。やることがたくさんある。本当は帰ってこずに向こうでしばらくすることがあるんだが、全部丸投げして帰ってきたんだ。大観覧祭の推薦枠に選ばれてしまったからな」

「名誉のはずなのに、なんや嫌そうやな?」

「俺紫だし、出たいとは思わないな」

 俺はなぜこんな話をこいつにしているのか……

「さて、それじゃあ俺はこれで」

「ま、待って!」

 学校前で話すのもなんだしと、そそくさと帰ろうとする俺を呼び止める秋。

「いや、お前今から帰りだろ?」

 制服を着ているし、中学校から出てきた、きっと手伝いでもしてたんだろう。

 お疲れかは分からないが、この暑さの中で話していれば疲れてしまう、暑さに倒れられても困るしな。

「この暑さだ、あまり出歩かない方が身のためだぞ?」

「か、買い物や!買い物に付き合うてくれへん?」

 なぜ俺が……

 というか、なんだそのとってつけたような理由は!

「奏未に頼めばいいだろ?なんで友人じゃなく、友人の兄と一緒に買い物に行くんだよ?」

「そ、それはあれや……その……そう!アニキへの日頃の感謝を込めたプレゼント選びや!」

 暗技はあながち嘘でもない、と言っているが、その理由は今考えましたと言わんばかりだな。

「ほら!男の人が欲しがるものなんてウチに分かるわけないやん?せやからお兄さんに会うたからせっかくやし参考程度に聞こ思てな?」

 息継ぎなしで早口で捲し立て、言い終えると荒い呼吸を整えるために深呼吸を繰り返す。

 なんでこんな必死なのか……

 こうも必死に訴えられると断りづらいところがあるよな。

「分かった分かった。行く!行くから!」

「ふぅ……よかったぁ……」

 何をそんなに喜んでいるのか。

「それで、どこに行くんだ?近場にはプレゼントに向いた物が売ってる店はないだろ?」

「ちょっとしたアクセサリーでええねん。とりあえず駅前のデパート行こ」

 駅前かぁ……

 同級生に見られたらいろいろと面倒な噂が立ちそうだな。

 もう一人一緒だったら問題ないんだろうけど。

「しかしあんた、休んどったのになんで学校に来たん?」

 デパートに向けて歩き出した秋が、俺がついてきていることを確認するかのように声をかける。

 まあ気になるだろうと、質問されることを予想していたことだ。

「担任から資料をもらいに来たんだ」

「資料って、なんの?」

「最近話題らしい行方不明事件」

 正直に答えるが、資料を直接見せなければ問題はないはずだ。

「ウチ興味あるわ」

「資料は見せない、てか危ないから首突っ込むな」

「見るくらいええやん。別に減るもんやないし」

「一般公開できない資料でな。お前には見せれない」

「いやいや、なんでそないな資料持っとんねん!てかあんた、それ担任からもろた言うとったやんか!それ絶対嘘やん!」

「いやあ、なにせ自慢の担任だからな」

「なんの説明にもなっとらんわ!」

 いつの間にか隣を歩くようになっていた秋。

 行き先を知っているのだから、秋が先導するのもおかしな話だもんな、隣を歩いていたってなんの問題もない……はずだ。


 ああー涼しー

 デパートに来るのはかなり久しぶりだな。

 俺は奏未や夢花と一緒にいられればそれだけで幸せだから、こっちに来る必要がないんだよ、食料は商店街で買うしな。

 何階にどんな店が入っているのかも知らない。

 日溜や中木なら詳しいんだろうな。

 よく来るって聞いたことがある。

 来ることがないから知らなかったが、ここってかなり若者が多いんだな。

 制服で歩く集団をいくつも確認する。

 うちの制服や、秋と同じ制服も見かける。

「それで、どこで買うんだ?」

「せやなぁ……」

 そう呟きながら、ペットショップの方へとふらふらと足を向けている秋。

 おいおい、日頃の感謝を伝えるのにペットを贈る気か?こいつ?

 そんなはずもなく、ガラスの向こうの犬を楽しそうに眺めている。

 仔犬がボールで遊んでいる様、ふむ、たしかに見ているだけで癒されるな。

 リーラにボール渡したらボール転がして遊び出したりしないかな?

「かわええなぁ……」

 そう声を漏らす秋は、ポニーテールをぴょんぴょん跳ねさせ目を輝かせてしばらく動きそうもない。

 リーラのぴょこぴょこといいこいつのポニテといい、なんでこんなに荒ぶってるの?

 俺は試してみたが、髪だけを意識して動かすことはできない。

 リーラと秋って、本当に同じ悪魔や人間って生き物なのか?

 まさか俺が中途半端な生き物だから、髪を操ることができないのか?

「ん?どないしたん?ウチのことそない眺めて……」

「お前が仔犬を眺めているのと同じだ」

「それって……」

 俺が微笑みかけると、恥ずかしさからか顔を真っ赤に染めて、ポニテをぐるぐる振り回して、そんな赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いて両手を頰を包むように当てている。

「しばらく見ててもいいぞ?」

「え、ええわ。さ!買い物行こ!」

「そうだな」

 しかしなぜ恥ずかしがるのか、何を恥ずかしがることがあるのか、分からないな。


 アクセサリーショップに入る。

 兄へのプレゼントでアクセサリーか、きっとおしゃれな兄なんだろうな。

「うーん……どんなのやったら喜ぶやろか……」

 俺はボーッと店内の様子を眺める。

 俺一人では絶対に来ない、というか、誰かと一緒でも来ようとは思わない店だ。

 何せ周りは男女二人組だらけで、どうにも俺は場違いのような気がしてならないんだよなぁ……

 いや、今は俺も男女ペアで来てるけどさ?カップルとは違うしな?

 そもそも俺はこういう場所より戦場の方が落ち着く……それはそれで問題しかないんだよなぁ……

「なあ、あんたはどれがええと思う?」

 アクセ選びで俺に振るのはやめてもらいたいものだ。

 俺はつけたことないし、誰かに買ったこともない。

 秋の兄のことだってさっぱり知らない。

「適当でいいんじゃないか?妹からの贈り物なら、どんなものだって喜ぶさ」

「参考にならんなぁ……」

 呆れるような目を俺に向ける。

 そうなこと言われたって、贈り物でアクセサリー渡すなんてしたことないしな……俺は夢花への贈り物は、基本的には食べ物か飲み物、石けんを贈ったこともあったな。

 値段の予測がつきやすい方がよな、お返しに同価値の何かを渡す際に決めやすい。

 贈答ってそういうものだろ?

 俺の意識とは大分違う意識を持った秋は、自分でアクセサリーを手にとって見比べている。

「うーん……アニキの趣味なんて知らんしなぁ……」

 仕方ない。

 俺は思考を巡らせる。

 自分ならどんな物を貰えば心の底から喜ぶのか、せっかく貰うのだから、使えなくては悪いような気がするが、ならば使いやすい物の方がいい。

 派手なものは好みが分かれるし、合う服だって限られてくるだろう。

 さりげなくつけられる物の方が嬉しいかな?

「家族からの贈り物だからな。他人から認識されることより、自分がつけていて落ち着くことの方が重要だ。だから目立つ物にする必要はない。むしろ目立つ物より地味な物の方が使いやすいだろうな」

 可愛いお目目をぱっちり開いて、俺の真面目な意見に聞き入っていた秋。

「参考になったか?」

「……あんた、ちゃんと考えてくれとったんやな」

「お前が頼んだんだろ?まあ、結局それは俺の推測でしかない。参考程度にしてくれ」

「参考になったわ。決めた!これにする」

 俺はそれをよそ見して確認しない。

 他人へのプレゼントなんて見たって仕方ないからな。

「そうか。決まってよかったな」

 さっさと買いに行った秋。

 秋はアクセサリーを身につけてはいない。

 実は秋自身ここに来るのは初めてなんじゃ?なんて思ったりする。

 秋が選ぶ際に何度か視線を向けていた物があったな。

 なんとなくそんな気がして、俺は何度か目を向けていたんじゃないかと思われる、小さな一つの髪飾りに目を留める。

「買うたでーって、何見とんの?」

 会計を終えて、俺のとこまで小走りに向かってきた秋は、俺が見ていた物に目を向ける。

「それずっと気になっとってん」

「兄に渡す物ではないよな」

「渡すわけあらへんよ。ウチがほしいんや。でも、これ買うたらお金なくなってしもたわ。貧乏やからしゃあないけどな?まあ、我慢には慣れてるさかい、買わへんでも大丈夫や。なくても生きてける」

 きっと苦労の絶えない生活を送っているんだろうな。

 同情ではない。

 秋が感謝を兄に伝えるのと同じだ。

 俺も奏未が世話になってるからその感謝のプレゼントを贈る、それだけ。

 別に深い意味はない。

 俺はそれを手に取る。

「そしたら帰ろか。買うもん買えたし」

「ちょっと待ってろ。俺も買ってくるから」

「買うって、何を?」

「見て分からないか?」

「もしかして、それ買うつもりなん?ええって、買わんでも」

「奏未が世話になってるからな。お前が兄にすることと同じことだよ。俺もその日頃の感謝を込めて贈るってだけ」

 俺はそれを買って、秋の手に渡す。

「なんか、買わせたみたいで悪い気するわ」

「いや、なんとなく気になったから買った。それだけだよ。理由はとってつけたものだ」

「せめてもうちょい気の利いたこと言えへんの?」

「無理だな」

「もしかして、ずっと適当なこと言っとった?」

「そんなことはない。今だって、どうしたらお前が素直にもらってくれるのかってことを真面目に考えている」

「嘘やん」

「本当だ」

「……なんか、想像と違ったわ」

「なんの話だ?」

「もっと気難しい人かと思っとった」

 気難しいって、俺そんな風に見えるのか?

 うーん……

「まあ、変わったならいいか」

 何はともあれ、買ってもらえたことが嬉しいらしい秋は、上機嫌にその髪飾りの入った袋を眺めている。

「さて、帰るか」

 俺は秋を連れてデパートを出る。

「ありがとう」

「ああ」

 少し歩いたところで秋と別れる。

 その後ろ姿からは、上機嫌が目に見えるほどにポニーテールを振り回している。

 そんなに嬉しいことか、あの髪飾りは?

 まあいいか、喜んでいるなら。


「ただいまー」

「あ、お兄ちゃん!お帰り!」

 なぜか気分の高揚している奏未が、ソファーから立ち上がって俺に飛びついてくる。

 いきなりどうした?

 テレビを見ていたようだが……

 俺がそれを見ると、なんだこれ?討論番組?いや、ただのニュースか?それともバラエティー?

 テレビを見ないせいで、今流れている映像からでは推測できない。

 何かの映像を見せて、道行く人にコメントを求める。

 どんな番組でも行われている。

 奏未のテンションがここまで上がっているんだから、相当嬉しいことがあったのだろう。

 これまでに奏未がここまで舞い上がっていたのは、黒騎士の映画化が決定した時くらいか。

 ……なるほど。

「発表されたのか」

「どのチャンネルに合わせても、やっているのは広人さんのことばかりですよ」

 リーラがチャンネルを変えると、ちょうど俺が人狼を圧倒する映像が流れる。

『これを見て、どう思いますか?』

『いやはや、またも人間は黒騎士に救われてしまいましたな。黒騎士の比類なき力、人間と悪魔の会談が上手くいってよかったですな』

 なんだこの、映画を見た感想のようなコメントは。

『さすがは黒騎士ですね。いやー、あの戦いぶりには惚れ惚れします』

 惚れ惚れすんな!戦ってるやつがどんな心境で戦ってると思ってるんだ!まったく!

『えっと……人狼の襲撃を問題視してるのって、もしかして私だけですか?』

 ピンク髪のアイドル風な少女が、そう疑問を口にする。

 いい着眼点だな。

 黒騎士を褒め称えるだけなんて発信する意味がない。

 俺が望むことをしようとしてくれているらしい。

『人狼たちの襲撃があったってことは、情報に漏れがあったってことだよね?あの噂はあくまで噂で済ませれるかもだけど、正確な場所も人狼には伝わってたってことですよ?』

 それがどれほど重要な問題なのか、分かっているようで嬉しいよ。

 俺は人狼のことを問題視するように報道するように言ってくれ、と隊長さんに言っていた。

 もしかするとこの少女が、隊長さんの施した処置なのかもしれないな。

『たしかにそれは問題ですな。軍部に裏切り者がいるかもしれないということですからな!』

『事態はもっと深刻かもしれません。問題なのは、人間と悪魔の会談に襲撃した者がいて、人間側にそれを後押しした者がいるかもしれないということです。今人間と悪魔とは一時休戦状態、またいつ戦争になるとも限りません』

『なるほど……たしかにそういった見方もできますね』

『続報が入りました。この会談での決定が軍より発表されました』

 その内容がスクリーンに映し出され、それを見てまた当たり障りのないコメントをする人たち。

 ピンク髪の少女だけは、その内容を冷静に精査した上での沈黙を貫いていた。

 なかなか鋭い少女だ、そう感心する。

 内容は俺が軍に提示したものそのままだ。

 隊長さんとセレンが記者会見する映像に切り替わる。

 よし、二人とも無事だな。

 まあ、客人をどうにかするほど軍は荒んでいないし、いざという時責任を押し付ける相手である隊長さんに危害を与えることもない、ということだな。

『この大役、誠心誠意務めさせていただきます』

 隊長さんに関しては心配することはなさそうだ。

「二人に訊きたいことがあるですよ」

 うるさいテレビを消して、リーラが俺たちに体を向ける。

「広人さんが悪魔なら、奏未さんも悪魔なのですか?」

 奏未に視線が向けられる。

 俺も奏未が自分をどう思っているのかは気になるな。

「うーん……自分が悪魔だっていう感覚がないんだよね。あたしって巫女だから、悪魔の力よりそっちが色濃く出て、悪魔の性質が抑えられちゃってるんだ。だからあたしは、半分は悪魔だけど悪魔としての特徴はない、かな?」

 一応自分が悪魔だという自覚はあるらしい。

「意識すれば少し耳を尖らせることくらいはできるけどね」

 なにそれ、聞いたことないんだけど。

「そうだったですか」

「あたしたちは巫女の血が入ってるから、少しややこしいことになってるんだ」

 たしかに巫女は悪魔と対峙するもの、それぞれの性質が主張し合って、お互いに不思議な体質になってしまった。

 奏未は実際に耳を尖らせて、自分の特質をリーラに見せびらかす。

 尖った耳の奏未……ああ、なんとも愛おしい……

 その耳を触ってみる。

 本当に耳だ。

 悪魔の耳と同じ形だ。

「触りたいならいつでも言って!お兄ちゃんのためならいつでもどこでも駆けつけるから!」

「広人さん、耳なら私にもあるです」

 なんの張り合いだよ……

「聞きたいことは聞けたのか?」

 耳はそう触るものではないだろうし、俺は二人の頭を撫で回す。

「です。満足のいく回答ですよ」

「そうか」

 しばらく撫で回した後で、俺は部屋に戻る。

 八田月からもらった資料の確認もあるからな。

 しかし……俺はまだ奏未について知らないことがたくさんあるんだな。

 いや、全部分かるなんてことは不可能だけどな?それでもそこそこ分かってきたと思っていたんだがな。

 自信なくすなぁ……

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