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雨の降る街

 突如として起こった天井の崩落。

 天井が崩れると、それに遅れて土砂の雨が降り注ぐ。

 部屋は地中のかなり深くにあったはずだが、土砂や瓦礫はほとんどこの部屋にはない。

 おじいさんがいないが、下には大きな穴が開いているため、おじいさんが地面に大きな穴を開け、何者かがここを突き止め天井を破壊した、と推測できる。

 私は新人類の力を使い、夢花を抱えて崩れた天井から外へと抜け出す。

 するとそこには私たちを悪魔が待ち受けていた。

「新人類、一度戦ってみたかったんだ」

 私は戦いたくなかったわ。

「その力、この俺に見せてみろ」

 相手は上級悪魔ね。

 どんな魔法を使ってくるのか分からない。

 夢花がいるのはかなり厳しいわね。

 夢花は弱いわけじゃないけど、能力が戦闘向きじゃない。

 ここにいられると流れ弾が当たるかもしれない。

 それくらいなら避けてくれるかもしれないけど、悪魔が夢花を狙い出したら、私がそれを防がなくてはならないだろう。

 夢花とは戦闘訓練の時に組手をしたけど、卓越して体術ができるわけでもなかったから、悪魔に通じるとは思わない。

 私もあの上級悪魔を倒せない。

 どうやって戦えば……

 これだけの穴を開けたのだ、爆音も生じただろう。

 悪魔が周りに集まってくる。

 これ全員を相手をしないといけないの?

 などと思っていると、彼らは私たちから一定の距離をとり、それ以上近づいてこない。

 野次馬精神から集まったのだろう。

 どうであれこの場を切り抜ける手段を考えないと……

「夢花、下がっててくれる?」

 私が剣を構えてそう言うと、夢花は首を横に振る。

 どうして?と、私が疑問を感じていると、すぐにその理由が分かる。

 夢花は私の腕を掴むとどうしてか悪魔の方へと向かっていく。

 悪魔の瞳孔が一瞬だが揺らいだ。

 これは間違いなく何かがある。

 突如として私たちの後方から爆発音が鳴り響いた。

 今のは……?

「心置きなく戦ってー。私はこの通り大丈夫だからねー」

 夢花はそれがくることも分かっていた。

 その力はもはや未来予知にも届く勢いね。

 これなら心配いらなさそうだ。

 しかし……戦ってーって随分とお気楽ね。

 戦闘は私に丸投げか!

 まあいいけど。

「なぜ気付けたんだ?」

 かなりの威力の爆発だった。

 それなりに魔力を消耗するのだろう。

 まさか躱されるとは思っていなかったようで、相手に警戒させることができた。

 これなら多分時間稼ぎくらいはできそうかな?

『また来そうだったら言うねー』

 さっき夢花が私の腕を掴んだ時に能力の使用を感じたが、これで私にあれの対策をするためだったのね。

 夢花は意外と切れ者かもしれない。

 ただ戦闘を任せるだけじゃなかったんだ。

 多少の援護だけど、こいつ相手には有り難い。

 さてと、まずは小手調べだ。

 私は構えた剣を振り下ろす。

 それと同時に悪魔のすぐ横を通り抜ける。

 皮膚を硬くし剣を防いだか。

「速いな。恐ろしく速い」

 そう呟く悪魔の足元から、装飾のない剣が柄から現出し、悪魔はそれを握り地面からゆっくりと引き抜く。

 いや、それは地面から出現したのではないのだろう。

 それが出てくるときに見えたのは、たしかに地面のように見えてはいたが、その実態はおそらく異空間?

 地面が水面のように波紋を作り、剣がそこから出現した。

 魔法に詳しくないから正しくは分からないけど。

 まあ正直どうでもいいことだから、夢花に聞く必要もないだろう。

 知ってたところで戦いに変化はないだろうし、夢花なら分かるとも限らない。

 断言できることは魔法であること。

「さて、こちらも本気でやらせてもらうぞ」

 私は余裕を崩すことなく、相手の動きに対処する。

 持ち前の速さで敵の剣を躱し、隙があれば剣を肌に当てていく。

 しかし、それで敵に傷をつけることはできない。

 それもそのはず、私は攻撃のために当てているのではなく、当てることで敵の硬度を確かめているのだ。

 肉体強化魔法を得意とする悪魔かとも思ったが、それなら私の動きに対応できないはずがない。

 私の速さに追いつけないのは肉体強化してないから。

 それをしないのはどうして?

 上級悪魔ならほとんどの魔法が使えると思うんだけど……

 まあいいわ。

 使ってこないなら好都合。

 私は強さを装って、速さで翻弄し続ける。

 私が上級悪魔と戦っていることを好機と捉えたのか、何体かの悪魔が夢花に向かう。

『代わってー』

『了解』

 私は瞬時に夢花の元へと下がって、今度は逆に夢花が上級悪魔と対峙する。

 私が上級悪魔を速さで対処していたことを失念していたわね。

 悪魔は上級悪魔と戦っていたはずの私がすでに戻ってきていたことに驚き、その一瞬の怯みのうちに私は悪魔の首を刎ねる。

 私と代わって上級悪魔の相手をする夢花は、上級悪魔と一定の距離を保ちつつ、その法撃を躱している。

 どこにどんな攻撃が来るのか分かっているようだ。

『終わったわよ』

『後よろしくー』

 上級悪魔の魔法だろう、夢花の周囲にいくつもの光の玉が浮かび上がる。

 どんな魔法かは分からないので、私は地面に散らばったアスファルトのかけらを蹴り上げて、それぞれの光弾にぶつける。

 すると、その光弾はそのかけらを包むように大きくなり、今度は急速にその大きさを縮めていき、そして消失する。

 しかしそれで全てを処理できたわけではない。

 残ったいくつかが夢花に迫るが、夢花はバックステップでそこから抜け出し、代わって入った私がそれらを新人類の力を流した剣で斬り裂く。

「流石は新人類か。今のも効果をなさないとはな」

 それなりに自信のあった術式なのだろう。

 それを切り抜けた私を称える悪魔に、悪意のようなものはない。

 純粋な気持ちで相手を称えられるのは、この悪魔が戦士であることを誇りに思っているからだろう。

 なんだか私がずるいことをしているような気がして嫌だ。

 それでも私は勝つための戦いをする。

 つまりは速さで翻弄し、広人たちの誰かが、この悪魔を倒せる戦力が、ここに来るまでの時間を稼ぐ。

 ホント、情け無い戦術ね……


「予想はしていたが、やはりあなたには防がれてしまうようだ」

 グレインは効かないと分かっていて今の攻撃を放ったらしい。

 あたしの力を容易に貫通できるグレインの力を、大した行動を見せずに消滅させる敵。

 勝てるかどうか心配になってきたけど、グレインがいればなんとかなるはずだ。

 グレインの今の攻撃は、敵の力量を測ることが一番の目的だった。

 だからまだ強力な技を隠しているはず。

 それは簡単には使ってはくれないだろうね。

 でも、ある程度の力は使わせてやる!

「あたしに暴れてほしいって言うなら、それなりにお膳立てしてくれてもいいと思うなー」

「お膳立て……舞台を準備しろ、ということか」

 魂胆が丸見えだったかな?

 少し悩むと、グレインは逆に言い返してくる。

「お膳立てしてほしいのなら、私をその気にさせてほしいね」

 挑発気味なその発言に、あたしは特に何か感情を抱くことはなく、静かに力を集中させる。

 さっきの言葉で分かったことは、グレインに力の大部分を使うつもりはない、ということ。

 それでは倒せるかかなり怪しいところだが、倒せると思っていなければそんなことは言わないはずだ。

「今度は俺がデカイのを食らわしてやるよ!」

「やれ、弟よ」

 ヴァイス弟の体が一回り大きくなる。

 おそらくは筋肉の膨張だね。

 それだけなら大したことはないよ。

 さて、先に仕掛けて来られるとキツイからね、あたしからいかせてもらうよ!

「受けてみよ!俺の最高の「雷霆(らいてい)より降り注げ、世界を(つんざ)(いかづち)!」

 ヴァイス弟の言葉に被せて、あたしは雷霆の一部を空へと飛ばす。

 それは天井を焼き、天に昇ると、辺り一面を焼き尽くすように降り注ぐ。

 それは当然ヴァイス兄弟めがけて放ったもので、体育館に直撃し、眩いばかりの閃光の柱が降り立った。

 遅れて轟音が響く。

 その閃光が消え去ると、地面は深くめくれ上がり、その地面は土ではなくガラスとなっていた。

 我ながら凄まじい威力だよ。

「やる前にはやると言って欲しかったものだね」

 当然のように無傷のグレインが、身を覆ってい紅く輝くシェルターを剣へと戻して、辺りの様子を見渡し、やれやれと首を振りながら空気を蹴って飛び上がる。

 当たり前のように空気を蹴ってる辺りが、ホントに人間やめてるんだよね。

 あれが人間の完成形だなんて、とても信じられないよ。

 ……お兄ちゃんもやりそうではあるけどね。

「しかし……信じがたい力だ。これほどの火力を瞬時に出せるとは」

 これほどの火力でも敵は倒せなかったけどね!

 何もない空間から、空間が剥がれるようにして、内側から悪魔たちが姿を見せた。

「白、それは一点の曇りもない無実の証。白、それは何色にも染まる祖たる色。白、それは無限に広がる無の象徴」

 ヴァイス兄は語る。

 どうやらあたしの攻撃を防いだのは、ヴァイス兄らしい。

「やはり白の悪魔は堅いな」

 白の……って、称号持ちッ⁉︎

 悪魔の中には称号を与えられた悪魔がいる。

 人間と悪魔の双方のトップたちが集う会合で、その強さと研鑽に敬意を表し、双方の合意のもとにつけられるものだ。

 実は能力名や二つ名もそうして決められており、人間の二つ名持ち以上に、悪魔の称号持ちは珍しい。

 希少なのは悪魔が弱いからではなく、その称号持ちが破格の強さを持つからだ。

 だから、ヴァイス兄にはそれほどの力があり、だからこそ、グレインが警戒を敷いていた。

「白……か。奇遇だね。あたしも“白”だよ」

 無理矢理笑顔を作って、それでも目だけは睨んだままだ。

「人間の階級なんぞと一緒にしないでもらいたい。そうだな、弟よ」

「おうとも!アニキ!人間の“白”なんて大したことない!俺たちの前ではアリさんと大差ないぜ!」

 アリさんと一緒って……なんか言い方がかわいいな。

 やっぱり弟の方は精神年齢がかなり低めらしい。

 兄の方を先に倒すつもりだったけど、これだけ堅いなら弟を先に倒した方がいいかも。

「兄を狙おう」

 ッ⁉︎

 どういうこと?

 さっきのを防がれたのに、攻撃が簡単に通せると思っているのッ⁉︎

 ここは兄を倒すためにも、弟から狙うべきーー

「ふっ……フハハハハハハッ!」

「やはり新人類。簡単にはいかない相手みたいだぜ、アニキ?」

「ハハハ……そのようだ。ああ、こうまで愉快な相手は久々だ」

 どういうこと?

 なぜ彼は笑っているの?

「分からないだろうな。彼らは戦闘中に必要のない動作が多過ぎる。それを自然であるかのように見せる数々の言動。それらは何かを隠すための言葉。ヴァイス弟はなぜ兄の元にわざわざ戻っていた?」

 どこも不自然には見えなかったけど……一般常識ではそんなことはしないのかも。

 あたしはお兄ちゃんの元にわざわざ戻るから、どこも不自然には感じなかったよ。

「確認を取ってから戦うのも変だな。初めから戦う意思があって来てるのに、わざわざ確認を取る必要もない。声を大にして“超魔法”などと叫んでいたのもそうだ。一見相手を惑わすための戦略に思えるが、実際は注意を引くための言葉に過ぎない。そしてそれは同時に合図となっていた」

 何がおかしいのかずっとニヤニヤ笑いを浮かべるヴァイス兄。

 自分たちの行動、その意図を推理されているのに笑うのはあからさまに怪しい。

 某推理漫画でも、主人公がおじさんを眠らせてから推理を終えるまでに、ニヤニヤ笑いを浮かべるようなキャラはいない。

 逆に犯人もそれ以外もみんな黙って聞き届けている。

「そこまで気付いてくれて嬉しいよ。それで?続きは何かね?」

 こうな風に急に感想を挟むこともない。

 そしてグレインは推理を続ける。

「実際は兄が魔法を使うのみだ。いや、弟の方も使っていただろう。しかしそれは身体強化のみだろうな。弟は力と言葉で、兄はその言葉に反応し魔法を使い敵に対応する。そうしてあなたたちは戦っていた。そいうが雷を放った時、その時弟はセリフの途中だった。そのセリフさえも、そいつが力を使うことを見越してのセリフ、それを兄に伝えるためのものだった」

「よくぞ見破れた、と褒めてやろう。それで、その思考に確信を持ったのは?」

 これまでグレインが話して来たことはあくまで類推に過ぎない。

 どうして確信に至ったのか、確かに気になるところ。

「フッ。今だよ」

 片目を瞑ってそうカッコつけるグレインは、どうやら言葉で踊らせていたらしい。

 推測をあたかも分かっているかのように語り、相手の様子で答え合わせをする。

 お兄ちゃんの常套手段だ。

 グレインが使っていることを考えると、割と頻繁に使われる手段なのかも?

 ついさっきまであたしを踊らせていた側が、逆に踊らされたとあっては、相手を認める他ない。

「あなたは今認めた。私の推測を是であると認めた。それこそが確信だ。どうかな?厄介なものだろう?私という人間は」

 そう相手に対して訊ねるグレインは、相手をどこか小馬鹿にした様子がある。

 挑発に敏感なあたしにはすぐに理解できた。

 グレインは誘っている、と。

 相手に全力を出させようとしている。

 参ったなぁ……あれの全力なんて相手にできる気がしないよぅ。

「いいだろう。見せてやろうか。我ら兄弟の全力というやつを」

「ア、アニキ、あれをこいつらに使うってのか?」

「何を心配するか、弟よ。我々にはその他にあれを倒す手段を持たぬ。多少のリスクはあれど、それしか道はない」

「相談は済んだだろう?さて、私にその力、見せてもらおうか」

「いいだろう」と自信ありげに答えたヴァイス兄は、弟と並び立つと、お互いの拳を合わせて息をピッタリ合わせ叫んだ。

「「緊急同調エマージェンシーチューン!!!」」


 地面が大きく揺れた。

 地震だろうか?

 地震大国日本だから起こるのも仕方ないね。

 そんな揺れも気にせず日溜君は死体へと歩みを進める。

 物理法則さえも捻じ曲げ進行する日溜君は、死体の周りから放たれたいくつもの氷の槍を、巨大な鎖の腕で受ける、弾く、握り潰す。

 彼は鎖の鎧を巨人へと変化させると、その力を誇示するかのように巨大な腕を振り回す。

 圧倒的火力が死体に向けられる。

 氷では防げないと理解しているようで、死体は人間離れした速さで大地を駆け回り、それを追い迫る腕を高く跳んで躱す。

 優に二メートルは飛んだね。

 どうにも支配が続かなくなってきたらしく、だんだんと僕の体も動かせるようになってきた。

「そろそろ僕もーー

 そう言いかけたところで、僕は地面から突如として突き出してきた鎖に阻まれる。

「なんでさ!」

「なんでもクソもねーよ。お前の出番はまだ先。今はそこから俺の戦いを見物していてもらうぜ!」

「ッ!後ろだッ!!!」

 日溜君の背後にブルグルフが迫る。

 彼は死体に夢中。

 僕がここを抜け出すには、少し時間がかかる。

 間に合わないッ!

 これでは彼がッ!

 こんなところで、僕がついていながら、彼を死なせてしまうのか……ッ!!!

「何を焦っている?」

「何をって……っえ⁉︎」

 日溜君はいつの間にか僕の横に立っていた。

「さすがに気配もなく近づかれたのは驚いたぜ?でも、そう簡単にはやられないのが俺だぜ!」

 周りには土を掘り返した後のようなものが。

 地中から鎖を出して僕を囲んでいるように、地中に鎖を通して、自分専用の通路を通って移動してきたんだろうね。

「さて、準備は整った。これより儀式を執り行う」

 準備は整ったって……ッ!

 ブルグルフに釘付けにされていた僕は、死体がすでに鎖で雁字搦めにされていることに今更ながらに気付く。

 どおりでブルグルフが動いてるわけだ。

 そんなことにまで気付けなくなっているなんてね。

 ここまで感覚が鈍っているのは、間違いなく絶対零度の環境のせいだ!

 それを考慮しての出番じゃないってことだったのかな?

 敵わないなぁ……

 しかし、儀式ってなんだろ?

 鎖で動きを止められた死体の周りを地面から生えてきた鎖が覆う。

 それは死体の前後左右に正八角形を作る。

 何をする気だ?何が起こる?

 分からない。

 でも、僕の考えの及ばないようなすごいことをしようとしているのは分かる。

 そして僕は見つける。

 彼が何をしようとしているのか、それがはっきりと分かる。

 お札、それは僕が派世広人君にもらったものにひどく似た、おそらく彼に作ってもらったであろう札。

 鎖で挟まれているから見えずらいが、確かにあれはお札だ。

 きっとあれで、死体の動きを封じるんだろう。

 それに気付けないブルグルフではない。

 ブルグルフは一直線に日溜君へと向かう。

 日溜君は死体の前で、八角形の前で、何やら紙を取り出しぶつぶつと呟いている。

 マズイッ!

 僕の前を通過しようとするブルグルフ。

 しかし鎖は僕を阻む。

 それに気付いた日溜君は、出していた鎖を地面に引っ込め、自分も慌ててその攻撃から逃げ出している。

 僕の体ももうかなり動かせる。

 これだけの能力を使い続けるのは当然負担が大きい。

 死体の動きを止めていた鎖も、僕を囲んでいた鎖も消滅する。

 これは彼の限界が近いということだ。

 ブルグルフの攻撃が今にも日溜君に届こうという時、その間に僕が割って入る。

「バカかッ!そいつに直接触れたら呪いが……ッ!」

 こんな時のためのお守りだろう?

 僕はブルグルフの手にお札を間に挟むようにして拳を当てる。

 お札とブルグルフとの間で火花が飛び散り、お互いに後方へと弾き飛ばされる。

 僕は日溜君に受け止められ、ブルグルフはすでに自分の元へと引き寄せていた死体に受け止められている。

「なんだぁそいつは?」

 まさか弾かれるとは思ってなかったブルグルフは、僕の手にあるお札に苛立っている様子。

「俺の呪いを防ごうなんて、いい度胸じゃねぇかあ!なあ!時間遊戯(タイムチェンジャー)ぁぁああ!!!」

 荒ぶるブルグルフにお札の力を実感する。

 ある程度の効力は期待していたけど、これは期待以上の働きだ。

「ブルグルフは僕が引き受ける。君は君の大切なものにのみ集中してくれて構わないよ」

「っはは。そいつは助かるぜ」

 首筋に何かが触れる。

 それを手で拭うと、どうやら水滴のようだ。

 それは次第に増えていく。

 ひらりひらりと舞い降りるそれは、世界を冷たく白で彩る。

 雪が、降り始めた。


 バスから外を眺めていると傷だらけにはなっているものの、しっかりとした足取りでこちらに歩いてくるものが。

 どうやら、極式(ごくしき)を食らって生きていたらしい。

 俺は特別焦るということもなく、普段と変わらない調子で、バスを降りる。

「よく生きていたな」

 男は俺を睨むこともなく、もはや牙を抜かれた虎だ。

 俺に敵意すら抱いていない。

「どうした?戻ってきたのは、戦うためじゃないのか?」

 俺は分かりきっていてそんな質問をする。

「なぜだ……」

 足取りがしっかりしていたから大した傷ではないのだろうと思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。

「答えろ!なぜオマエはそんなにも強いんだ!」

 強い?俺が?冗談だろ?

 不死身で鬼門と暗技でたまたまお前に一撃叩き入れただけだぞ?

「俺は負けないって誓ったんだ!誓ったんだよ!」

 誓ったって……誰だって負けるのは嫌だよ。

 誓おうとなんだろうと、勝つ時は勝つし負ける時は負ける。

「なんなんだよ……オマエは……何なんだよ!!!」

 その叫びに応えるように、ポツポツと雨が降り始める。

 それはやがて大降りになり、男は表情を歪める。

「そう、あの日も雨が降っていた……」

 男は雨の中、泣いて、笑っていた。

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