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それは彼に現実を知らしめる

 フィリアの顔が少し赤いような気がする。

 右目の紅き光が原因だろうか?

 それとも瘴気に当てられた?

 かなり憔悴しているようだし、力の使い過ぎかもしれない。

 揺らさないようゆっくりと地上へ降りていく。

 夢花は結界で守られていたからこっちを優先したが、瓦礫の下だと少し面倒だな。

「どうして広人がここに?」

 お姫様抱っこされているフィリアに訊かれる。

「夢花を奪還しにきた」

 お恥ずかしながら連れ去られてしまったからね。

 もうすでに日は沈み夜の帳が下りている。

 街灯が一つもないから、真っ暗になるのも仕方のないこと。

 しかし、かつての防衛拠点だったのだから、暗がりで力を発揮できる悪魔を相手取っていたのだから、街灯の一つでもあっていいとは思うが。

 まったく、悪魔の性質を知らなすぎるんだよなぁ、人間は。

 まあ、真っ暗の方が今の俺にはありがたいけどさ。

 俺が地面に降り立ちフィリアを下ろすと、それと時を同じくして、瓦礫の山の一部が膨れ上がり、瓦礫を退けて中から人が出てくる。

 日溜と輝咲だ。

 ちゃんと守ってくれたようだ。

 死体をあまり見かけないのは、ブルグルフが八田月と戦闘中だからか。

 かなり遠くで戦っているようだが、爆発の際に結界が壊れたからその一瞬でどちらも抜け出したのかな?

 となると、ブルグルフは相当な体術の使い手?

 死体に連れ出させただけの可能性もある。

 日溜が鎖で瓦礫を退けてくれたので、夢花が見えてくる。

 瓦礫を退けてくれたのはありがたい。

 夢花に向かって瓦礫の道を進む。

 それにしても、夢花を結界で覆うだけなんて、さすがに不用心過ぎやしないか?

 かなり頑強な結界だが、その程度では日溜でも攻撃を通せるぞ?

 今の俺の力なら簡単にブチ抜けるそんな結界、って俺や日溜を持ち出して仕舞えば大抵の結界はその程度ってなってしまうよなぁ。

 まあ、夢花を閉じ込めておければそれでいいんだろうけどさ。

 結界の前まで来ると、ある異変に気付く。

 俺だから気づける異変。

 その結界の中には寝台があり、そこに夢花は寝かされている。

 熱があり力の出せない(出せても結界は壊せない)夢花は結界の破壊は不可能と判断して横になって休んでいる。

 その寝台、そこから俺は異変を察知した。

 これは……まさかッ⁉︎

 それが夢花で起動することはないと分かっているが、まさかこんな“研究”を行っていたとはな。

 そんなことより夢花だ!

 絶望を手に集め結界を叩く。

 結界は呆気なく粉々になり、風に解けて消える。

「広人、今の何?」

「絶望パンチ」

「ここまで適当にあしらわれるとは思ってなかったわ」

 適当って、割と正確に表現したんだが。

 正しくは絶掌(ぜつしょう)

 絶望を手に纏わせて振るう。

 絶望は触れたものを塵と化す。

 今回は拳で行ったから、絶望パンチという名称はふさわしいだろう。

 これを魔力だとバレないようにしないといけないから、そう思ってくれるのは助かる。

 日溜が来てくれたので夢花を運んでもらう。

 鎖の担架はゴツゴツしていて辛いだろうけど、俺が寝台に近づくわけにもいかない。

 いや、近づいただけではそれが目覚めることはないのだが、やはり念には念を入れてが大切だ。

 一度()()()()()が起こってしまったのだから。


 とりあえずは日溜に寝台とその中の培養器を破壊してもらう。

 まだ赤子ほどの大きさだったのか。

「なあ、俺は何を潰したんだ?」

 日溜にそう訊かれ、俺は単純に疑問に思う。

 あれは、なんだろう?

 分からないが、それは災いの元だ。

 それだけは分かる。

 飛び散った破片を拾う。

 やはりそうだ。

 本殿から送られてきた情報通り。

 これは間違いなくあの“研究”だ。

 その確信を持ったことで、ふつふつと怒りが湧いて出る。

「派世?どうしたんだ?」

 俺は湧き上がる怒りを抑える。

 感情を昂らせると力が暴走しかねんからな。

「いや、なんでもない」

「そうか。それで、俺は何を潰したんだ?」

「災いの種だよ」

「災いの種ぇ?」

「それしか言い様がない」

 フィリアは怪訝そうな表情で飛び散った破片を眺めていたが、顔を上げ俺に頷きかけてくる。

 フィリアもこれが何か分かったのか。

「優日はnightmare(ナイトメア) series(シリーズ)って見たことある?」

 日溜が誘ってきた映画だな。

「全部見てるぜ!黒騎士、やっぱり憧れるよなぁ」

「その一作目。そこで登場した敵、分かる?」

「愚問だぜ」

 一作目はライトマン失踪事件が元になってるんだったな。

 映画見てないから話に入っていくのは不審だ。

「あれよ。正しくはあれになるものだけど」

「ということはあれだな。誘拐犯の死霊使い(ネクロマンサー)はエドガー・ライトマン博士の失踪に大きく関わっているってことだな?」

 それはないな。

 あれが関わっているとすれば研究の方だ。

 ライトマンの失踪はライトマンの意思によるもの。

「それはどうか分からないわ。あの映画、真実じゃないから」

「え?あれって事実から作られた映画なんだろ?だったら、博士に取り憑いた化物を作り出したやつが犯人なんじゃないのか?」

 取り憑いたって、俺の知るところだとあれが取り憑かれたなんてことはなかったはずだが……

「実際は取り憑かれてなんていない。あれは博士本人が……」

 そこまで言ったところで、フィリアの口が止まる。

 フィリアの見る先、瓦礫を退けて腕が伸びる。

 他の死体とは格段に瘴気の量が多い。

 ようやく俺たちに仕掛けてきたか。

 瓦礫から体を抜いたそいつは、どこかで見たことのある死体だった。


「なんだよ、これ……どういうことだよッ!」

 急に叫び出した日溜。

 いったいこいつがなんだと……

 輝咲の方にも敵が向かったようだ。

 まあ、そっちは大丈夫か。

 あっちにはティナがいる。

 さて、こっちは病人抱えて戦わなければならないわけだが、この死体、ただ者じゃない。

 俺はゴクリと唾を飲み込む。

 敵がどんな力を持っていようと関係ない。

 まずは安定した足場に移動だ。

「日溜、一旦退避するぞ」

 しかし死体を見たまま固まって動かない日溜。

「日溜?」

「あ、ああ。分かってる」

 その死体が腕を持ち上げた。

 日溜の鎖の上で寝ている夢花をおぶり、すでに力が使えるほど体力が回復したらしいフィリアが、その力で軽快に瓦礫の山を下る。

「そのまま輝咲と合流だ!」

 俺は空中を滑るように移動し、瓦礫の山を下る。

 振り返ると、日溜が鎖を密集させて、相手の攻撃を防いでいた。

 日溜はあの死体の能力を知っていたようだな。

 どこかで、と思ったが、どうりで見覚えがあるわけだ。

 これは戦いづらいな。

 日溜もジリジリと後退を始める。

 相手の能力を知っているから俺たちを逃がすことを最優先にしたが、そのせいで逃げ難くなった。

 日溜には倒せそうにないな。

 俺が援護するか?

 そう思っていた矢先、赤い槍が俺の上を通って日溜の方へと向かう。

 それを死体は難なく躱したが、その隙に日溜は鎖のキャタピラで瓦礫の山を下った。

 あとでティナに礼を言わないとな。

 さっきの槍はティナと繋がっていなかった。

 あれだけの量の血を切り捨てたか。

 まあ、向こうにも死体はいたようだから、そいつから入手できるんだけどね。

 俺たちに追いついた日溜。

「まだこんなところにいたのかよ!」

 日溜に怒鳴られ、理由を気にするフィリア。

 しかし、こいつから話を聞いたことがある俺は、日溜がなぜそんなことを言うのか分かる。

 日溜の親父さんは白。

 それも、対処が非常に困難な能力だ。

 その能力で態勢を整えようとする俺たちを狙う。

 さっきのティナの技の真似事。

 違うのはそれが氷でできている、ということ。

 日溜が速度を落とそうとしたので、俺は夢花をフィリアに渡し、体の向きを反転させて、その槍に向けて拳を放つ。

 当然届く距離ではないが、俺が今行ったのは暗技。

 それも遠距離技の迫撃(はくげき)

 一発で少し速度を落とせた。

 しかし、少し速度落とす程度しかできない。

 再び体の向きを変えて走る。

 速度が落ちたおかげで俺たちに届くことはないが、そこから発せられる冷気はひどいものだ。

「急げ!派世!動けなくなるぜ!」

 大丈夫だあの位置に落ちることは()()()()()

 その術式は乱された時に爆発を起こす。

 氷の槍が爆発で破壊される。

「さすが派世だぜ!奴の術式を利用するなんてな!」

 今のは俺がやったことだが、ブルグルフが呪爆を使ってくれたおかげで、ブルグルフの仕業だと思い込んでくれた。

 ありがたいねー。

 俺が魔法を使ってるなんてバレたりしたら、魔法の仕方を教えろって日溜にせがまれかねんからな。

 わざわざ魔法で対処する必要はなかったんだけどな。

 極式(ごくしき)でも対処できたし。

 しかし、あれはまずいな。

 俺は大抵のことは経験済みだが、冷凍は経験したことがない。

 凍らされたらどうなることやら……


「先輩!」

「さっきは助かった。それより、夢花を頼めるか?」

 ティナ、輝咲と合流できた俺たちは態勢を整えるために夢花の守備を固めるよう準備を進める。

 ティナに夢花を守るように頼むからには、当然血がさらに必要になる。

「守るには血が足りな過ぎマース」

「だよな」

 俺は指を引きちぎり、ドバドバと溢れてくる血をティナの口に流し込む。

 雑で悪いな。

 だが、今は時間がない。

 かなりの距離を離したが、相手はリミッターの外れた人間の体、すぐに追いつかれる。

 血液増幅魔法をかけて出血の勢いを増し、ティナはそれをごくごくとこぼさず飲み込む。

 敵の接近。

 予想より早い。

 指に意識を集め、すぐに再生させる。

 臨戦態勢に移行。

 ティナは輝咲も守らなければならない。

 遊撃できるのは俺とフィリア、そして日溜の三人。

 敵の力を知るのは俺と日溜の二人で、あの冷気の中行動できるのは俺だけ。

 しかし凍らされたらどうなるのか分からない以上、迂闊に踏み込んでいくことはできない。

 ゾンビ戦法は使えない。

 しかし、能力という情報を知っているこっちに分がある。

 それに俺には先日完成させた()()()()がある。

 触れさえすればあれを倒せる。俺たち三人はティナたちを狙わせないために距離を取る。

 死体がティナたちの方を向いていたので、日溜が鎖を使い頭を潰しにいく。

 しかしそんなものは通らない。

 それを知っていて日溜はやったんだろう。

 日溜の鎖は宙で動かなくなっている。

 日溜から聞いていたのは能力のみ。

 どんな技を使うのかは知らない。

 日溜も知らないのだろう。

 だからこうして技を見ようと攻撃を仕掛けた。

 それで、今何が起きた?

「フィリア、あいつが何したか、分かるか?」

「能力の発動は感じ取れたけど、どうして止まったのかまでは分からないわ」

 動きを止めた俺とフィリアを置いて、日溜はキャタピラで死体を軸に円を描くように移動していく。

 注意が日溜に向くと予想しての行動だろうけど、なぜか注意は俺たちに向く。

 そうか!動き回る日溜より、立ち止まった同じく厄介な俺たちを倒せる内に倒そうという判断だな!

 スピードの乗ってる日溜は狙ったところで簡単に避けられてしまうが、俺たちが再び日溜ほどの速さになるまでには少しだが時間がかかる。

 その少しが戦場では決め手になるなんてことはよくあることだ。

 日溜が舌打ちとともに鎖の槌を振り下ろすが、やはりまた謎の力に阻まれる。

 そしてその死体は、俺たちに向けて何かを放つ。

 フィリアは剣を抜こうとしていたが、それでどうにかできるものではないだろう。

 そう瞬時に判断し、俺はフィリアの体を強く抱きしめる。

 フィリアの頭を強く胸に抱き寄せて、相手の攻撃に背を向ける。

「派世ええええぇぇぇぇ!!!」

 日溜の叫びが戦場に響き渡った。


 いや、無事なんだけどね。

「広人……?」

「ちょっと待って……背中固まって……よし。それで、何だ?」

「あ、無事なんだ」

「ああ。すっごい寒かった」

「感想が小学生ね」

 仕方ないな。

 冷える前に体を魔力で温めていたからな。

 カイロ貼りまくって冬の北海道行く気分。

 もちろん防寒具を着て。

 あ、修学旅行気分ではないぞ。

 敵の攻撃でこんな気分になるとは思わなかった。

「お前はなんともないよな?」

「おかげさまでね」

 互いの無事を確認し合っていると、日溜からも無事を確認する声が飛んでくる。

 今は日溜が引きつけてくれているようだ。

 あいつ、積極的だな。

 その気持ちは尊重しよう。

 俺には分からない気持ちだけどな。

 しかし、日溜のやつ、いつもより動きが鈍いように見えるが、どういうことだ?

 攻撃にキレもない。

 あれでは長くは持たないぞ。

 俺も行くか。

「待って広人」

 そう思い向かおうとすると、フィリアに肩を掴まれ止められる。

 今はそんな場合じゃないんだが?

「何だ?」

「あれに近づきすぎちゃダメ」

 こいつは何を言っているんだ?

 近づかなきゃ日溜を助けることも、あれを倒すこともできないだろうに。

「これはあくまでも予想なんだけど、あいつの周りは絶対零度なんじゃないかしら?」

 たしかにそれなら攻撃が通らないのも納得だが、それではあいつ自身も動けないだろ。

「ありえないな」

「ありえなくない。だって、あれは死体なんでしょ?」

 どんな意図で……

「そうか、瘴気ッ!」

 絶対零度はあらゆる粒子の振動を止める。

 しかし、瘴気は怨念のようなもので、粒子ではない。

 実体のないものの力は絶対零度下でも発動され、その瘴気が身を包むことで、絶対零度の影響を受けなくしている。

 あいつの瘴気が濃いのは、操るためにそれだけの瘴気が必要なのではなく、あいつの力を発揮するのに必要だからだったのか。

 絶対零度を壁としていることは、日溜はすでに気付いているはず。

 あいつの能力には、ここにいる誰よりも詳しいはずなんだ。

 だから、鎖の実体化を解き、あいつに通して実体化させる。

 この考えにもすぐに至っただろうし、それを実行する準備だって完了してるはずだ。

 やっぱり、あの死体には傷一つ付けたくないということなのか……

 その死体は日溜との戦いに余裕があるようで、こちらに片手をもう一方をティナたちへ向ける。

 さっきの技かよ。

 俺はフィリアを抱えると、ティナの方へと向かう。

 それが放たれると同時に、ティナの後ろへ転がり込んだ俺たちは、ティナが張った血の障壁に守られ、敵の攻撃を難なく逃れる。

 しかし、俺たちを覆うほどの血、そんな量の血が凍らされ、使えなくなった。

 ティナは血が無ければただの金髪美少女だ。

 次やられたら、俺以外まとめて御陀仏だぞッ!

 いや、俺が力を使えば簡単に防げるんだけどね?

 こんなところで力を見せるわけにもいかないし?

 いざとなったら使うけど。

 しかし、そんな機会はなかった。

 そいつがここに来てしまったから。

 ブルグルフ本体が。

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