未明
証拠隠滅のためにと、車を原料の資源の状態に戻した朝露に、そのまま能力を使ってもらって家まで送ってもらった。
真っ先にシャワーを浴びて、それから財布を持って出かける。
昨日から何も食べていないせいで、今にも空腹で倒れそうだった。
手軽なファストフード店に入り、メガなマフィンとポテトを二人して頼み、当然だがドリンクをLサイズで持って席に着く。
包み紙をすぐに開いて、会話もなくかぶりつく。
これまで食事にはこだわってきたつもりだったが、ここまでのありがたみを覚えたのは初めてだ。
口に入れたそれをコーラで流し込んで、ポテトをつまむ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
見つめ合って何も言わずに、相手にどうして見つめているのかと視線で訊ねるが、向こうも同じように訊ねてきて、本来会話が生まれるはずの場所でも無言が続く。
そして、やがて二人同時に口を開いた。
「足りなくね?」「足りなくないですか?」
そして二人して席を立ち、再びカウンターへ。
「「ナゲット一つとアイスティー一つ」」
「俺はミルクで」
「私はストレートで」
示し合わせたわけではないが息ぴったりだ。
これは困らせてしまったかと思ったが、クルーは驚きながらもスマイルを忘れない。
バーガーショップのクルー魂を見せつけながら、しっかりと全て二人分として会計を進めていた。
息ぴったりということにではなく、朝からそんなに食うのかということへの驚きの方がありそうだ。
すぐに出来上がったそれを持って席に戻る。
そしてまたがっつき始める。
クルーたちからの注目を浴びながらも、昨日の激闘で消費した体力を取り戻すかのように、勢いよく食べ続ける。
全く腹が膨れる気配がない。
ポテトを容器を持って口の中に流し込む。
ナゲットをバーベキューソースにつけて口に続け様に放り込む。
50分ほどかけて食事を終える。
頼み続けていたからクルーも何も言わなかった。
結局一万円近く食べてしまった。
ここで二人でそんなに食べることある?
そうして二人して家に戻る。
やはり車での睡眠では満足に疲れが取れなかったのか、それからすぐに寝落ちしてしまった。
目を覚ますと、すでに日は傾いていた。
俺は買い出しのために鞄を手に取る。
そうして立ち上がったら、その物音で目を覚ました朝露が、俺を待ってと呼び止める。
「私も行きます」
そして俺たちは、もうすでに遠い過去のように思える出会った日をなぞるように、二人で買い物に向かう。
道中たくさんの弾痕を見かけるが、もはやその程度では驚かなくなっている。
あの日から俺は大きく変わってしまった。
ちょっと非常識な小学生から、殺伐とした世界を知った人殺しに。
朝露との関係の変化とともに、俺は変わった。
思えば、朝露を受け入れていくことで、俺の中で何かが壊れていっていたような気がする。
でも、それでよかったのかもしれない。
本来空斬の家系であるなら、持っていちゃいけないものだったのだろう。
だから、変わった俺を始めるために、新しい物語のスタートとして、二人の出会いをいま一度なぞるのだ。
そして……今度こそ別れるのだ。
俺に護衛は、もう必要ないのだから。
朝露と別れたあの日から、ずいぶんと長い時間が経った。
俺の中にはまだあの日々が鮮明に残っている。
そして別れの時。
朝露は俺にこう言った。
『またどこかで』と。
そう言われると、本当にまた会えるような気がした。
だから俺は、辛くても、寂しくても、できる限り精一杯、笑った。
俺ももう大学に通うか働くかしているような年齢だ。
あの日々を思い返して涙することもない。
変化を拾い弱さを捨てた、そんな朝露との出会いと別れを思い返せば、泣き言なんか吐けるはずもない。
当時未熟さを痛感した。
己の覚悟の足らなさを理解した。
失う痛みを知った。
だから失わないために、俺は技を鍛え続けた。
暗技はやはり使えない。
しかし、空斬の性質をさらに引き出せるようになり、大観覧祭でも赤と対戦するところまで勝ち進んだ。
さすがにそこで敗北したが、それはやはり能力メインで戦わなければならないというハンデがあったからだ。
国連のブラックリスト入りをしている祖技を、衆目に晒すものではない。
大観覧祭の出場には別の目的もあったんだが。
さておき、俺は最低限自分の身を守れるくらいには強くなった。
あれ以来、ネクスト・ステージや人狼なんかの襲撃を受けることはなかったが、小組織の攻撃は何度か受けている。
それらは全て返り討ちにした。
誰も教えてくれなかった主人公という存在。
それについても探っている。
まだわかっていないから、朝露と再会するには少し恥ずかしいところではあるが。
階級緑では、開示される情報が少なすぎていけない。
裏社会で生きていく上で、常に後手後手に回ってしまっているのが現状。
やはり俺では朝露や六火のようには立ち回れない。
悔しくもあるが、らしいともいえる。
俺は振り回されてこの世界に入ったんだ、この世界では振り回されるのがお似合いだ。
強くなったなんて胸を張っておきながら、なんて情け無い。
あまり治安のよろしくない地域を、リュックを肩にかけて堂々と歩道の真ん中を歩く。
今はこの地区で一人暮らしだ。
まともな親ならそんなことはさせないだろうし、まともな若者ならそんなところに住みたいとは言わないだろう。
それが日本のまとも。
この地域にいる人間は危険だと、あそこは我々が住むような場所じゃないと、そう見下すのがまともな人の考えだ。
まあ、日本に限定する必要もなく、世界全土で共通の認識かもしれないのだが。
「こにちわ。どうでしたか?」
小さなお店から顔を覗かせた中国人店主が、俺に不安そうに訊ねてきた。
「ダメだった。制度は導入されて、明日には施行されるって。抗議デモを機動隊が鎮圧しやがったよ」
俺はデモ活動に行っていた。
悪しき制度が導入されるから、それへの抵抗だ。
これまで消費税を免除されていた小規模事業主から、消費税を徴税しますよって法律。
ここの店主、ハンさんはそれによってギリギリ生計を立てていた人だ。
だから、その制度の導入は店を畳めと言われているのに等しかった。
「ありがとございます」
「そんな、お礼なんて……理想を実現できなかった」
「仕方ないです。日本では理想を言う人嫌う人たちがいますから」
「そうなんだよなぁ。力なき理想は云々とか言いやがるんだよ、あいつら。理想の実現のために力を貸してくださいよって言ってるのに、なーにトンチンカンなこと言ってんだかって話」
度重なる増税。
単価が安いものを取り扱うハンさんの店では、増えた分の消費税が乗せられない商品が多くある。
なのに収益からはちゃっかりと持っていかれる。
消費税がなかった時代と比べれば、間違いなく収入は減少している。
「国は税金集めて何に使うんですか?」
「福祉だとさ。生活に困窮している人からむしり取った金で、生活に困窮している人を助けようって言ってる」
「それおかしくないです?」
「ああ、おかしい」
「私は見捨てられているってことですよね?」
「ハンさんだけじゃないけどな。地方の商店街で店を営む人や、細々と駄菓子屋をやっているような人も、これで生活が圧迫されることだろうよ」
「その政策で国民がどう思うか、国は想像できないですかね?」
「それができたら日本は民主主義国家ということになるな」
「民主主義国家じゃないですか?」
「ルソーの定義に基づけば、それは大いに否だ」
「違うですか⁉︎」
「だって、ハンさんのように苦しいって言う人がいるって、政策を施行する段階で想像できないんだぞ?消費税を上げたけど、あれ?思ったより回収できない!つって慌てて行ったのがこの制度だ。消費税自体、低所得者ほど影響を受けるものなんだ。実質賃金が減少し続けている今、それは国民のためにならない。民主主義的とはとても言えない」
「なるほどですね」
ハンさんはとても知識があるとは言いがたい。
日本生まれ日本育ちで大卒ではなく、中国語は話せるが読めず、日本語の扱いも苦手だ。
親がこの店の前の経営者で、いつもギリギリの生活を送っていたそうだ。
だから、教育に回せる費用がなく、ハンさん自身も高校を卒業したら働くつもりでいたそうだ。
しかし就職はうまくいかなかったそうだ。
中国人であることが不利に働いたのかどうかは知らないが、失敗したそうだ。
それでこの仕事を継いだのだが、やはり生活は苦しいままだった。
親の所得と子の学歴には相関関係が見受けられるということは、もしかすると誰しも一度は聞いたことがあるかもしれないが、まさしくそのような不平等の再生産の中に、ハンさんはいるのだろうな。
日本の所得による階層分けは、もはや階層制ではなく、階級制に近いのかもしれない。
こうやって言葉を並べても、ほとんどの人に違いはわからないかもな。
階層は階層間の移動が頻繁に起こるもので、階級はそれが起こり辛いものという違いがあるが、日本はもはや後者なのかもしれない。
マルクス的に言うならば、資本家か労働者かになるが、それを広く捉え直す、あるいは細分化して捉え直すと言ってもいいかもしれないが、そうすることで確かに階級制に近い性質だとわかるだろう。
たとえば現在、中産階級は解体されていってると言われているが、そこからブルーカラーやホワイトカラーが排出されるわけだ。
低所得者や高所得者なんてものは、親の代からという場合が多い。
教育費を比較してみてもわかるが、高学歴になればなるほど高くなるわけだ。
もちろん大学の学費を除いて、だ。
不平等の再生産という現象が起こっている。
しかし、それの拡大に一役買うような政策を発布した。
ハンさん自身が声を上げるには、生活をさらに切り詰めなければならなくなる。
今でも苦しい生活を送っているんだ、社会運動に参加する暇はなく、そもそも勉強さえできないのだから、俺が説明しなければこの制度の問題点にさえ気づかなかっただろう。
だから立場の弱い人の声を、社会全体が聞いていかなければならないのだがな。
「どうして声は届かないのでしょうか?」
「うーん……」
現状を説明する言葉はある。
しかし、思想史を辿ればそれもおかしな話だ。
「日本という国が特別倫理が遅れている、のか?」
「天斗にもわからないですね」
「中道リベラルって時代があったんだ。ニューディール政策は聞いたことがあると思うが、その時代だな。その時問題になったのが、国内外に植民地的な状況が存在すること。リベラルは失敗したと言われるが、それは正しくて、今のハンさんが置かれているような状況を放置して、国は繁栄をしてきたんだ」
「そのなんとかって時代に、私のような人が生まれたってことですね」
「実際はもう少し前に、植民地時代に築かれた構図なんだが、リベラルは理想としてみんなで豊かになろうを掲げていたんだ。だが、その繁栄が誰かの犠牲を見ないようにして成り立ったものだった。そしてその次の時代にはネオリベ、つまり新自由主義が勃興した。結論から言うと、何も変わらなかった」
「どういうことですか?」
「リベラルの矛盾は先ほど言った通りだが、新自由主義は国を豊かにすることなく、ただ国内植民地との格差を広げた、つまり日本におけるハンさんのようないわゆる低所得者層とそれ以外との格差を広げただけだった」
だから不思議なんだ。
半世紀前にはすでに問題視されていたこと、それが現在も放置されていることが。
たしかに後々に問題になったこともあるから、仕方ない部分もある。
たとえば2018年頃に発覚した技能実習生問題とかな。
だが、それにしては放置されすぎている。
「そして現在、右派ポピュリズムの時代。排外主義によって豊かさを取り戻そうとする時代だ。だが、それの代表格であるアメリカは豊かにならず、日本もそれによって実質賃金が増加することはなかった。成果というか、大罪というか、差別感情を煽るだけだった」
「どういうことをしていたんですか?」
「やっていることは、この不景気はあいつらが悪い、と責任をなすりつけることだな。難民やら黒人やら中国人やら韓国人やら、それが右派ポピュリズムのやったこと。経済の悪化に対しての痛み止めにはなるんだ」
そう、痛み止めにはなる。
だから、あいつは敵だと原因をすり替えて、経済が良くなったように見せかけて、人気取りをする。
「やっていることは、骨折して痛み止めを飲み続けるようなことだ。骨折が治るわけない。左派ポピュリズムはその骨折の方を治そうとする試みだ。原因はこれ、原因はこれ、原因はこれ、と問題点を指摘してそれぞれに処方していく。イタリアやギリシャなどで財政の立て直しに成功した事例がある」
「それは私たちにも支援してくれるですか?」
「もちろんだ。だって、それも処方すべき病状なり負傷なりなんだから」
しかし、ならばなぜ右派ポピュリズムに流れるのかがわからない。
「だが、日本人の多く、大衆たちは基本的には無教養だ。大学は就職予備校でしかなく、公約も聞かずに投票に行く連中ばかり。選挙は民主主義ではない。それによる首相の選出方法を国民が選んだから、民主主義だったんだ。だが、今の日本人は選挙とは何か、民主主義とは何かについてあまりに無理解」
「何も考えず投票するってことですか?」
「ああ、そうか。そうだな。イギリスのチャーチル首相の言葉を借りるなら、民主主義なんてものは人気取りだということらしい。その制度をとってしまったことに後悔さえ見られたが、確かに今の日本はそうなのかもしれない」
たとえばどこかの首相だった人が、政党の支持者を所得と結びつけた分析をした。
俺自身その分析は間違っていると思った。
その政党の支持層を低所得者と言っていたからだ。
自称右側が寄せた批判としては、その政党を支持している人を低所得者だと言っているようなものだという、あまりにトンチンカンなものだった。
おそらくだが、他の政党の分析をして、それを低所得者層に支持されていると言った場合にも同じことを言うのだろうと思う。
そう言うことでその政党を貶めることが目的だとでも思っているのだろう。
しかしデータ分析とは得てしてそういうものなのだ。
俺はその政党の支持層を、低所得者までいかないくらいの層だと思うから違うと言った。
それは、低所得者層に支持される政党もあると、そう俺は認めているということだ。
低所得者層と中産階級とで何が生活に影響を与えるのかを考えてみればいい。
低所得者層は国内の経済政策が直接的に影響を及ぼす。
たとえば消費税増税なんてされたとしよう。
所得を貯蓄に回せない低所得者たちは、消費税が第二の所得税として機能する。
それは彼らにとって一大事であるわけだ。
だから、経済政策に耳を傾けるわけだ。
しかし中産階級は、生活に影響を及ぼすのは会社自体の景気、外交を気にするんだ。
だから、外交政策をメインとする政党を支持する。
所得と支持政党には相関関係がある。
その中産階級が、何も考えなくなったわけだ。
生活がかかっているというわけでもないから。
そいつらが人気取り政党に流れている。
「ある程度の地位についたどうしようもない連中が、俺は中立だからって言いながら、ハンさんたちから搾取を続けているのが現状か」
「どうにもならないですよね?」
「そうだな。店を畳むことを考えた方がいいかもしれない。おそらく、日本国民は手遅れになってからも気づかないだろう。だから、倫理的に遅れていると言わざるを得ないんだけどな」
「同じ日本人なのにとても悪く言いますね」
「同じだと思ってほしくないな。俺はこの国がより良くなれるように真剣に考えている。勉強だって怠っていない。間違った知識で、歴史修正主義で、差別主義で、自称現実主義者どものような、この国を貧しくする連中と一緒くたにされるのは心外だ」
日本人に中国人だからと暴言を吐かれたことも、暴力をふるわれた経験もあるハンさんにとって、日本人とはどういう存在なんだろう?
ほとんどの日本人はハンさんにとって無害のはずだ。
というか、無関心だ。
ハンさんが商売をしていることも知らないし、中国人を見て避けているところは多少はあるだろうが、だからといって何をするわけでもない。
しかし一部の、旭日旗を掲げる族が、ハンさんら中国人に対して酷いことをしているという事実はある。
中華料理店を運営していた中国人が、客として来た日本人に出て行けと言われ続けて、とてもじゃないが続けていけないと中国に帰ったという事例もある。
中国人の方がそういう話は聞くだろう。
日本では、日本人がそうした嫌がらせをしていたということは報道されないし、ほとんどの人は知らないだろうな。
それを知らないということを話したとき、ハンさんはショックを受けていた。
やはり日本人を怖いと思っているのではないだろうか?
「っと、もうこんな時間だ。ちょっと今日は立て込んでてさ、また今度な」
「はい」
そう言って話を切り上げる。
夜、少し見ておきたいところがある。
活動とは別に、どうしても確認しておきたいことがある。
急がないと。
深夜になって、俺は東京都内の山の中に入っていく。
ちょっとした揉め事が夏に起こった。
そこでの出来事も俺には衝撃的だったが、今は冬、今更そこに行く意味はないように思える。
だが、よくよく調べてみるとおかしな部分がいくつかあった。
生存者は不明、しかしそこに人がいたらしきことはわかっている。
何が行われていたのか。
それを解明しなければ気が済まない。
木々をかき分け進んでいくと、山の中から無機質な鉄の扉が現れる。
盛られた土が空からの画像をカモフラージュしていた。
重々しい扉、それは大層異彩を放っている。
ここは現在使われてはいない。
政府によって、夏からしばらく封鎖されていたんだが、結局政府は何もせずに去っていったそう。
死体を片付けたのみだったそうだ。
念のため持ってきた剣を抜いて、扉を斬り裂き中へと進む。
中は暗かった。
階段を降りてすぐ、広い空間に出る。
そこから三方向へと廊下が伸びている。
階段横には扉。
そこのドアノブを捻って覗くと、やはりそこには廊下があった。
近くに施設案内があるのを見つけて、地図中から資料室を探す。
とりあえずこの階にはないことはわかった。
だからエレベーターの方へと足を向ける。
途中扉が一つあったが、ただの倉庫で安心している。
ここがどんな施設だったか、あたりはつけている。
政府が掃除だけして帰るような、腫れ物的存在なんだから、きっと手を出すべきではない何かがあるのだろう。
あるいはそう疑っている。
しかし、俺の予想では現実的にそぐわない部分が出てくる。
それは、危険な施設のはずなのに、都心に近すぎる、ということだ。
危険なもの、たとえば原発なんかは、全て東京から一定距離離れた郊外に建てられた。
あるいは原発があるから東京の郊外とも言えるが。
それなのに東京都内に危険な施設を構えるのか。
その疑念ははたして絶妙な問いかけであると言えるだろう。
その意図を探るため、そして何が行われていたかを探るため、この施設に来た。
エレベーターを降りる。
目の前に人体模型があったが、とりあえず無視して進む。
なんだか少し殴りたいと思ったが、人体模型がこんなところにあるなんてとても不気味だ、すぐに離れるに限る。
振り向くな。
大丈夫。
気配は近づいてきてはいない。
誰かがいたずらであそこに置いたんだろう。
それはそれで怖いのだが。
2階の広間に着く。
少し迷ったが、ちゃんと見つかって良かった。
施設案内だ。
2階にも資料室はないみたいだ。
エレベーターがもう一箇所あるのは確認済みだったから、そっちから回るとしよう。
またあの不気味な人体模型に近づくのは嫌だからな。
「ん?なんだこれは?」
人型Object収容室は13階
そんな説明書きがあった。
とりあえず13階まで行ってみるか。
人型Objectねえ。
あの人体模型も入るのか?
「そりゃ入るよなぁ、なにせ人体模型は人型なんだから。しっかし、Objectねぇ。たしか禍現が使ってた黄金の爪がそれだって、朝露が言ってたような?」
そう考えて、あの人体模型がさらに不気味さを増した。
まさかと、あそこまで自力で移動してきたのではないだろうかと。
「考えないようにしたいけど、もしそうなら俺、かなりまずい状況の可能性があるよな?」
急ごう。
次のエレベーターへとすぐさま向かう。
何かの気配を感じることはなかった。
それに安心しながらエレベーターで13階まで降りる。
一気に下降するのは、その案内が重要施設であるように書かれていたからだ。
「資料室って収容室の近くに置くかな?置かないよな?」
研究室があれば、その近くにあるだろうなというのは想像できるが、それが各階ごとの案内表記になっているせいで全くわからない。
きっと意図的にその表記方法にしたのだろう。
ビクビクと震えながら、剣を握りしめて、扉が開くのに備える。
チーン
到着を知らせるチャイムが鳴って、ゆっくりと扉が開いていく。
誰もいないか。
かなり深くまで下がってきた印象だ。
さて、何が待っているのか。
各扉を確認しながら進むが、全てロックがかかっている。
外にObjectナンバーの記載がある部屋ばかりだ。
その中で、一つ扉の壊されている部屋を見つける。
本当に誰かがいたずらにきたのだろうかと思ったが、中には手術台のようなものや、拷問器具のようなものが、破損した状態で散らばっていた。
「よお」
背後から声がかけられて、おれはすぐさま飛びのいて剣を構える。
「誰だ」
部屋の中に入ってよかったのかはわからない。
だが、まるで気配を感じられなかったから反射的にそうしてしまった。
「お前は……」
暗くて見えづらいが、おそらく……
「シャルル・ミカエリスか?」
空斬だから一応知っている名前。
ミカエリスの家のものだから、顔も覚えている。
フランスの大観覧祭で問題を起こしたそうだが……
「ブルグルフ、今はそう名乗ってる。ここのことを知りたいんだろ?ついてこい教えてやる」
信用していい人物ではない。
そう思いながら、俺はそいつの後に続いた。
そして俺は、再び戦いへと向かって行く。




