それは何かの前触れ
「どうだ?学校は」
「授業難しかったのさ〜」
本日初めて高校に来た輝咲
6歳から寝たきりだったからなじめるかどうか不安だったが、寝ていたので様子がさっぱりわからん。
黒白凰に任されたのだから起きて見ておくべきなんだろうな。
寝てて無責任なやつと思われるだろうな。
いやしかし、これは仕方ないだろ。
黒白凰と戦って、翌日には解呪。
そう、疲れてしまうのは当然であって、翌日に学校で眠ってしまうのも仕方のないことだったんだ。
そう、俺は輝咲を放っておいたのではなく、そうせざるを得なかったのだ。
よし、正当化完了。
「部活とかも入ってみたいのさ〜」
部活かー。
今は見学しようにもテスト前でやってないからなー。
「それはやめておいた方がいいと思うよー」
まさかの夢花からの反対。
予想だにしてなかったから驚いたぞ。
まあ、俺も反対するつもりではいたけどな。
「そうだな」
俺も夢花の意見に賛成だと伝える。
「なんで二人して反対するのさ〜」
ぷくーと頬を膨らませながらそう言う輝咲は、やはり意識はあったとはいえ、何かをして生活していたわけではないので、精神面において子供っぽさが抜けないな。
見た目も十分子供っぽいけど。
予想はしてたけどな。
そもそも、起きてすぐの行動を見て、想像できないはずがない。
そして、その子供っぽさが反対の一部でもあることを理解してほしい。
あと知識の乏しさもその一端だ。
俺の部屋で本を漁り出して戻ってくるまでの時間が短く、それはおそらく字が読めないからだらう。
日本の識字率は100%だったはずなんだがな。
仮名文字は読めるだろうけど、常用漢字ぐらい読めなければ日本語を読めるとは言えないだろう。
とりあえずそこは八田月に任せておくか。
二人ともフィリアの家に居候しているわけだし。
「フィリアはどう思うのさ?」
俺と夢花に反対された輝咲が助けを求めるのは用意に想像できた。
が、相手が悪かった。
そもそも助けを求めれる相手はこの場に一人しか居なかったわけだが。
フィリアの隣に座席が用意されていたのだから、フィリアの隣の席が輝咲の席なのだろう。
ならば、授業中に教科書を見せるのもフィリアであり、当然読めない漢字があったとき教えるのもフィリアになる。
フィリアが輝咲の学校での教育係になってしまったわけだが、そんなフィリアに部活に賛成してほしいというのは無理が過ぎるというもので……
「ありえないわね」
「なんでなのさああぁぁ……」
「今は部活よりもやるべきことがあるわよねっ⁉︎」
輝咲がフィリアに泣きつく。
本人が一番状況を理解しているはずだが、本気で理由が分からないと泣きつく輝咲に、フィリアも驚きを隠せない。
俺も驚いてる。
「お前は部活より勉強だろ。八田月から聞いたぞ。お前はテスト免除だがその代わりに補習があるそうじゃないか。それはつまり、お前の学力の低さを表してるんだ。少しは勉強にやる気を見せろ」
さっき授業難しいって言ったばかりだしな。
「せめて教科書ぐらい読めるようになろうねー」
やっぱり読めなかったのか。
「むぅー」
口を尖らせて拗ねる輝咲。
やはり子供っぽい。
見た目が相まってもはやただの子供だよ。
「フィリア、まずは道徳と保健から教えるんだ。なんとか損保の方の保険じゃなく、学校の授業で習う方の保健だぞ」
高校生で見た目も可愛らしい輝咲には、真っ先に知ってもらわなくてはならないことだな。
日溜によると、男に純真無垢な少女ほど狙われるものはないらしい。
理由も力説されたので添えておこう。
純真無垢な少女たちは純真無垢であるがゆえに男達を駆り立て、少女が無知で信じ込みやすく無知な少女を騙すその背徳感が男達の男をさらに駆り立て、終いには男達によって穢されているという事実を認知しないその少女に底知れぬ満足感を抱いてしまうかららしい。
なぜ日溜がそんなことを力説してきたのかは、おそらくそういったゲームかそういった書物で感じたからだろう。
きっとそうだ。
そう……だよな……?
まさか日溜がそんなことをしていたとは、俺は思いたくないぞ!
やめよう、日溜を疑うのは。
「どうして?」
しかし日溜にそんな話をされたのは俺だけで、当然フィリアは俺に理由を訊ねる。
日溜に言われたことを日溜がそう言っていたからだと答えても、俺がこいつらに白い目で見られるのは分かりきっている。
ここは素直に心配している姿を見せればいいな。
「世の中は危険なことが満ち満ちている。だから早めに知っておかなければ近い内に騙されてしまうかもしれないだろ?」
これなら不審がられずに済みそうだな。
「そっかー。そうだねー。たしかにそれには一理あるかなー」
やっぱり夢花は賛同してくれたな。
フィリアも頷いているようだし、納得してくれたようだ。
そう、これはセクハラではない!
セクハラではない!
教えるのは八田月になるだろうな。
「八田月って不憫だなー」
「急にどうしたの?」
「いや、家失ったばかりで、追加の無償労働とか、あまりにも不憫だと思っただけだよ」
「たしかにそうなんだけど、広人にお前が教えろと言われてるような気がするのは気のせいじゃないわよね?」
「そんな気がするのは気のせいじゃないんだなー」
「やっぱりそういう意図で言ってたんだ!」
「当たり前だよなぁ?」
八田月は階級も紫で、救いようがないしな。
紫だと災害保険は入れても人災保険は入れない。
保険をかけれず、赤以上でないため当然のように配当金はない。
病院や歯医者でも金を余分にとられ、出世だってできない。
金はとられるが入ってこないシステムになってるから八田月の負担は減らしてやりたい。
学校でも面倒事を押し付けられてばかりで、今日も輝咲という生徒を押し付けられた。
「可能な限りお前で面倒見てくれ」
「分かったわよ」
フィリアと輝咲と別れて、夢花と道を歩く。
「ヒロくん、まだあの子の一件って片付いてないんだよね?」
「どうしてそう思うんだ?」
そう言うということは何か心当たりがあるのだろう。
話すべきか迷っていたが、やがて決心したように頷いてその理由を告げる。
「実は少し能力に変化が生じて、精霊の声が聞こえるようになったんだー」
精霊の声が聞こえるようになったって、なんでそんなことを黙ってたんだ。
まさかと思って夢花の力を入念に調べると、そのまさかだったよ。
「夢花、これは能力が変化したんじゃない。こっちが本来の能力だったんだ」
「今の数秒で何が分かったのー?」
「確信はあるが今は話せない。それより話を戻してもらっていいか?」
能力が変化したなんて言い出したから話が逸れてしまった。
「えっと、精霊の声が聞こえるようになって、話が聞こえてきたんだよー。死霊使いがいるって」
やはりあれは死霊使いだったか。
瘴気を使っていたからそうかもとは思っていた。
死霊使いは人間が瘴気によって転じたもの。
瘴気を得るには陰陽道か神道から逸れる必要がある。
力を抑えれば人間に溶け込むことは造作もない。
「まだこの町にいるのか。一応警戒はしておくか」
「悪魔の方はどう?まだ動きそう?」
どこでそんな情報を手に入れたのか……って、精霊なんだろうなー。
「悪魔はしばらく動かないと思う。おそらく一つ組織が潰れた。だからしばらくはなりを潜めるはずだ」
俺の推測に過ぎないが、悪魔王の組織が失敗して、悪魔の秩序が仕掛け滅びた、はずだ。
だから攻めるのは危険だと判断するはず。
動くとすれば悪魔王くらいのものだろう。
しかし、新人類に関して過剰なまでに警戒しているようだし、すぐには動き出したりしない。
戦力を集めてから、さらにこちらの戦力を削ぐように行動するだろう。
戦力を集める場所も戦力を削ぐ方法も検討がつく。
「しかし、いつ能力が変化したんだ?」
「最近。二日くらい前?」
ほんと最近だな。
「能力が変化したばかりだ。体調には気をつけろよ」
夢花を家まで送り、俺も家へと向かう。
さて、今晩は有り合わせで料理しないとな。
金銭的余裕がないしな。
「何か手伝いましょうか?」
野菜を切っていると、そんなことを聞かれる。
「いや、いいよ。掃除洗濯といろいろやってもらってるからな」
この包丁も随分と使い込んでいるな。
これまでは研いで使ってきたが、それももう限界か。
替え時だなー、なんて包丁のことを考えながら、フロストに適当に返事をする。
「そのことなんですが、そこの部屋、扉が開かなくて掃除ができていません。すいません」
頭を下げるフロスト。
その部屋は両親の寝室だからな。
開かないのも仕方ない。
誰かが勝手に開けるのを防ぐために、それようの術式を二人して仕込んでるからな。
「開けれないのは仕方ない。そういう風になってるからな」
「魔力を感じるのですが……」
「気にするな」
魔力に関しては訊かれると思っていたが、フロストは深く追求しない。
されると返答に困るからありがたい。
しかし、どうして今まで訊ねてこなかったんだろう?
「お前、いつから気付いてたんだ?」
しばらく暮らしていて今まで気付いてこなかった、なんてことはあるはずもなく。
「ここに来てすぐに気付きました。ずっと疑問に思っていたのですが、訊ねるべきではないかなと思いまして……」
フィリアがいたこともあるのだろう。
遠慮してくれていたのか。
どうしてこんなにも俺に気を使うのだろうか。
保護したからとか、黒白凰のこととか、それだけじゃないような?
もしかすると、もともとそういう気質なのかもしれないな。
世界でよく言われる日本人のイメージに当てはまり過ぎてて、どうしても何か事情があるのではと疑ってしまう。
悪魔と人間は文化圏は異なるが、そういった気質の者がいてもおかしくないよな。
「ああ、そうだ。お前は黒白凰と連絡とれるか?」
もしかするとこの町にはあれがもういないと判断して、どこか別の場所に行ってしまったかもしれない。
夢花が言っていたことが正しいなら、死霊使いはまだこの町にいる。
「とれません。ですが、なんとなくどこにいるかは分かります」
それって……
そうか、もうすでにその段階まで入っているのか。
やはりこいつは黒白凰と一緒にいるべきだな。
まだ今は一方的なものだが、黒白凰にもその意思がなければそれは進まない。
「どうして笑っているのでしょうか?」
俺は無意識のうちに笑っていたようだ。
まあ無理もない。
俺の望む展開になりつつあるのだから。
「お前は黒白凰が大好きなんだな」
俺に不信を抱かれても困るので、日溜のニヤニヤと同じ系統の笑みだと思わせる。
何かを企んでるとかそういうことはないが、こういったことは口出しすべきではないし、可能なら俺の意思を知られたくはない。
特に黒白凰には。
しかし、そのことについては知識を与えなくてはならないだろう。
さて、俺の思考が伝わることなくそのことを教えるにはどうすればいいのか。
これ以上深く話したりしたら間違いなくボロが出る。
直接は無理だとすると、別の尚且つ信憑性のある伝え方をしなければならない。
完全に俺の味方の悪魔でもいれば、なかなか楽にことは進むだろうけど、そんな悪魔はいないしなぁ。
少し面倒な方法をとってもいいが、それはそれで不自然だしなぁ。
俺にもこれまでのイメージというものがある。
どう伝えたものかな、悪魔と人間の永遠の“契約”について。
最も強固な繋がりを見せる“契”について。
暑い。
あまりにも暑いのでささやかな風を起こしているが、それでも多少はマシってくらいだ。
今日は日中には35度を超える猛暑日らしい。
まだ七月上旬だぞ!と怒りたくもなる。
「お、おはよー……」
「おう。元気ないな。大丈夫か?」
「うーん……どうだろ?」
ふらふらと歩いているし顔色も悪い。
食洗機を回してから出発したからいつもより遅いはずだが、追いついてしまった。
「大丈夫じゃなさそうだ。帰って休んだ方がいいんじゃないか?添い寝しようか?」
「それは魅力的な誘いだけど、少し頑張ってみるー」
「そうか。無理はするなよ」
今日一日は夢花を気にしないとな。
熱にやられたのなら俺の傍にいれば多少は抑えられるが、能力の変化によるものでは力になれないな。
俺の体は少し冷えてるから温度計には適さないか。
まあ熱があるのは一目瞭然だから計る必要もないが。
額と額を合わせて計るやつをやってみたかった。
奏未は熱出さないからやる機会がなかったんだよな。
それなりの間柄の人物じゃないとできないし、そんな間柄のやつなんて数えるほどしかいないし、その内の何人かが熱とは縁遠いからな。
夢花を待ってたらしいフィリアたちと合うと、やはりフィリアは人の変化に目敏く、夢花が熱っぽいことにすぐに気付いた。
心配するフィリアと心配させまいとする夢花。
フィリアと一緒に夢花を待ってた輝咲は、そんなことなど露知らず、暑さに疲労困憊の表情を浮かべている。
こうも暑いとそうなるのも分からんでもない。
俺が身を寄せると、おと驚くと同時に飛びついてきた。
「冷たくて気持ちいいのさ〜」
「やめろ!くっつくな!暑い暑い!」
なかなか離れてくれなかったが、しばらくくっついたままでいると、元気が戻ってようやく夢花の様子に気付く。
大丈夫?と心配はしているが、夢花が大丈夫と答えると表情がパァっと明るくなる。
調子が悪いのは明らかだが言葉をそのまま信じてしまうのは、やはりずっと眠らされていたからだろう。
失った時間は返ってはこない。
輝咲も苦労しそうだな。
その後ティナと遭遇し、ティナが腕にくっついたまま登校した。
八田月に呼び出され職員室へ出向く。
八田月は書類とにらめっこしていたが、俺が来るとしかめっ面をさらにしかめて、応接室へと連れ込まれる。
俺が来てさらに顔をしかめたのはわざとか?
それともティナに向けたものか?
俺は未だに腕から吸血中のティナを引っ張る。
扉を閉めて鍵をかける。
この部屋を使うということは、誰かに聞かれると困ることを話すということ。
「お前に協力を頼みたい」
何の協力だ?
今日は夢花の体調が優れないから無理だぞ。
「明日以降にしてくれ」
「そうだったな。夢花が熱を出してるんだったな」
八田月も一目で気付いたか。
「夢花から聞いたか?能力のこと」
頼みは夢花に関係することなのか?
「聞いたよ。たしかに変わっていたよ」
「分かるのか?」
「気付くやつは気付く」
その道を知るものなら、まず間違いなく分かるな。
俺も気付いたし、おそらく奏未も気付いてる。
「そうか。なら、これまで以上に警戒していてくれ」
何か情報を入手したのか?
八田月が危機感を抱くなんて滅多にあることじゃない。
「日本軍からの情報だ。理想郷がとある術式を完成させたらしい」
日本軍の情報って……信じちゃっていいの?
第二次世界大戦中は国民に嘘の情報を流してたしなぁ。
「それで、その術式は?」
魔法に関して人間の情報がどこまで正しいかは分からない。
だから確かめる必要がある。
俺ならそれが正しいか誤っているか分かる。
「その術式は………
人間の能力を奪う術式
」




