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衝突する想いと策略(2)

 溜め息がこぼれる。

 本家の事情を分家が勝手に調べていたことに、というのもあるが、小さい家がこのタイミングで動いていたことにも。

「はぁ〜……」

「あ、あの、巫女様……」

 あたしと雪華さん、二人の巫女に質問され、バツが悪そうにする花園(はなぞの)家。

 少し責めるように言ってしまったのは、あたしの落ち度ではあったけど、このややこしい状況で巫女派が動いていたことに、こちらが困っている。

 巫女を中核とする巫女派が巫女を困らせるなんて、そんなことってある?

 一番の敵は無能な味方って本当だね。

「どうしよう」

「困りましたね」

 雪華さんも戸惑っている。

 こういう時、お兄ちゃんを頼れたらいいんだけど。

「胎児についての調査はもう打ち切りにしてください」

「う、打ち切り、ですか……?」

「はい」

 巫女の言葉、巫女派であれば逆らえないはずなのだが、それにどういうわけか食い下がる。

「し、しかしですね、あれには四条が一枚噛んでいまして、なにやらきな臭いものが見られたのです!」

 四条、それが絡んでいると何がまずいんだろう?

 お兄ちゃんなら何か知っていたかもしれないけど、あたしにはさっぱり。

 四条で会ったことのある人は御陵(みささぎ)さんだけだけど、あの人はとっても親切で綺麗で、強くてまっすぐな人だった。

 何か悪さを企てるような人ではない、何かの間違いだと思う。

「えっと……」

「御陵様を見ただけではわかりません!四条はとても恐ろしい家なのです!洛中は三条、四条、五条、烏丸、御池、この五つの家を柱としているとされています!しかし、四条とはそこの事実上のトップなのです!包の権威は長野と京都、本家と洛中に集中しており、同等の実権を持っているとされています。そこにおけるトップなのです」

 それは知っている。

 本家と洛中とはほぼ同格。

 包の巫女を継承できる本家が格式が高いのはわかりきったことだけど、研究や対外的な顔という面で言えば、洛中に軍配が上がる。

 政府へのコネも洛中が握る。

 武力面でも、お館様や風露(かざつゆ)雨露(あまつゆ)クラスが存在する。

 御陵さんにはあたしら今代の巫女ではまだ敵わないし、そのお父さんもとても強いと聞いている。

 洛中でトップの実権を握るのであれば、たしかに本家と対立するだけのポテンシャルはもっていることになる。

 この人たちが言うように、決して放置できることじゃないね。

「詳しく聞いてもよろしいですか?」

「は、はい!ぜひ巫女様のお耳に入れたいと考えておりました!むしろこちらからお願いします!」

 言われた通りに四条を警戒すべきなら、今こうして話しているのも危ないかもしれない。

 お兄ちゃんの手助けに来たはずなのに、何も手伝えないかも……

 せめてできる限り早めに話を終わらせて、もし四条がこちらと敵対するのなら、可能な限り足止めしないと。

 どうせあたしら相手に来るとしたら、あの人以外はありえないんだから。


「胎児を収容した本家ですが、本家内にも洛中がいて、色々と工作していたようです」

 場所を移してすぐに話を始める。

 あたしらを上座に二人並んで座らせて、花園家の人が少し距離を開けて座っている。

 目の前に出されたお茶を少し口にして心を落ち着かせて聞く。

「今回は四条の関係者が高山市内で目撃されました。とはいえ、包の血筋ではない方なのですが。どうにも胎児を衆目に曝そうとしていたように思われます」

 胎児については知っている。

 見たら精神を焼き尽くすって書いてあった。

 胎児(エルダー)、年長者を示す言葉が当てられた幼な子を示す言葉。

 あたしには全く意味がわからないけど、旧人類と関係があるらしい。

「胎児は旧人類に成長する。つまりですね、その四条関係者は胎児に餌を与えて旧人類を作るつもりでいたのです」

 旧人類側か、或いは何かを狙っていた。

 そう聞こえるが結論は急がない。

 四条が、と主語を大きくするには早すぎるよね。

 その人が実際に何かを企んでいたのかも疑問だよ。

「一応、裏どりはできました。計画指針については、判明していませんが、情報伝達ルートは押さえてあります」

 どうやら本当に、昨日黒白凰さんがしてた何かに関与があったようだ。

 少なくとも花園家の調査ではそういう結果が出ている。

「資料です。お納めください」

 たしかにそこには疑いようのない証拠が記されていた。

 この写真、鑑定結果、行動追跡は、全てが四条の胎児への関与を示していた。

「胎児は、(いましめ)の悪魔王ゼラスターと包本家が旧人類を引き摺り出すために利用しました。そこになんらかの細工をしようとしていたようです。黒騎士の登場により失敗に終わりましたが」

 本家とゼラの繋がりも気になっている様子だが、そこに関しては概ね想像通りだ。

 なにせあたしの父でありゼラの部下であるあの人と、包の先代巫女であるお母様が結婚しているのだから。

 悪魔である父の血はあたしにも流れているし、お兄ちゃんなんか黒騎士だし。

 ゼラと協定を結んだのは包本家だっていうのもあるし、表向き(と言っても一般公開はできないが)の理由としてそうなっているから、包ではその繋がりは暗黙の了解的に共有されていると思っていた。

 しかし、こうして花園家を見ていると、もしかするとその情報は分家には伏せられているのかもしれない。

「胎児関連、ゼラスターがあそこにいることを知っていたとすると、もしかすると新たな旧人類を作り出して悪魔の一大勢力であるゼラ一派を混乱させることが目的だったんじゃ……」

 雪華さんが何やら疑っている。

 深読みのような気がするけど、実際その場にいなかったあたしが口を挟めることじゃない。

 それに雪華さんは、胎児関連でお兄ちゃんと接触しているから何か聞いているかも。

「戦争を起こすメリットは大きい、現実的に考えるなら、四条なら存分にあり得る?そうなると、今この状況も怪しい……みさお姉様を疑いたくないけど……」

 自分が一度信頼した人を疑う、それはなるべくなら避けたいことだ。

 でもそれを今はしなければならない。

 あたしは包の人間はお母様と雪華さん、風露(かざつゆ)さん以外は信用していないからいいけど、雪華さんは分家との交流も深くそこそこに信頼している人がいる。

 御陵さんのことも姉のように慕っていたから、きっと今はとても苦しいと感じているはず。

 あたしはなんとも思っていないから、疑うことは苦しくないのに。

 なのに、雪華さんに辛い訳を押しつけていられない。

「そうですね。四条を疑う方面で状況を整理してみましょうか。雪華さんは御陵さんを信じていて構いませんよ。その分私が警戒しておきます」

 包モードのあたしで、冷静に言葉を選び冷酷に伝える。

 あたしにはお兄ちゃんがいるから、包を失ったって守ってくれる人がいる。

 でも、雪華さんはお兄ちゃんのそばにはいられない。

 だから、あたしが汚れ役を引き受けないといけないんだ。

「あなた方が今行なっている工作は、四条を追い詰めるためのものですか?」

 四条の暗躍から話を現在に戻す。

「はい。四条のした細工の証拠はありますから、ちょっとでも勢いを削ぐために仕掛けようと思っています」

「それを今すぐやめなさい」

 そこをキッパリ告げておく。

 例え四条を追い詰めるチャンスが今しかなかったとしても、そんな包の事情なんて知ったこっちゃない。

 あたしの優先順位は何事においてもお兄ちゃんが最優先だから、お兄ちゃんの邪魔になることをするこの人たちは止めなければならない。

「どうしてでしょうか?」

「タイミングが悪いのです。今ではむしろ意図的に四条の妨害をしていると、問題追求よりそちらにめくじらを立てられるでしょうから」

「どういうことですか?」

「ご存知ありませんか?今現在イギリスからの使者が四条の家にいることを。そして四条を危ぶんで交渉を止めていることを」

「つまりどういうことですか?」

「あなた方の工作を、イギリスとの交渉に対する妨害工作だとでっち上げることができます。ですので、このタイミングだけはダメなのです」

 四条が悪役ならそうなる。

 それを説明すると、顔面蒼白で花園家内に伝令が飛ぶ。

 しかしどうやら遅かったようだ。

「た、大変です!嵯峨野家との連絡が途絶えました!」

 今いるエリアを取り仕切る嵯峨野家、そこそこ大きい家なのだが、そこが音信不通だと連絡が入る。

 何があったのかは視ればわかる。

「最悪の事態ですね」

「だね」

 普段のあたしが少し出る。

 あたしにとっての素がお兄ちゃんといる時の方に傾いてきているんだ。

 それは嬉しいが、喜んでいる暇はなさそう。

「行きます。奏未さん、始めから全力でいきましょう。やっぱりあの人が来ます」

 建物が崩れた。

 日本家屋、パラパラと木屑が舞う室内、状況が掴めないあたしたちじゃない。

 花園家の人間は及び腰であたしらの後ろで術を構えている。

 しかしそんなので敵うわけがないから部屋から追い出す。

「そんな怖い顔をしないでください。奏未様に雪華様、二人を前に怯えているのは私の方なのですから」

 14位を二人同時に相手してビビらない方がおかしいのだが、そう言った御陵には怯えた様子は一切ない。

 あたしたちの知らない御陵がそこにいた。

 優しいお姉さんではない御陵。

 それは、とてつもなく大きな存在に思える。

「安心してください。殺しはしませんから」

 何を考えているのかわからない、吸い込まれるような温かな眼光。

 こんな事態になっても、御陵はこれまで築き上げた鉄仮面を崩さなかった。


 二人して神を降ろす。

 二人の14位、二人の巫女、あたしたちを相手に余裕の笑みを浮かべている御陵に、だんだんと苛立ちを覚えてくる。

 それは雪華さんとあたしとで違っていた。

 同じように苛立つ雪華さんは、あたしとは別の理由で苛立っているように見えた。

 それはやはり、姉のように慕う相手と戦うストレスから来るのかな?

 そう思うと、なんだか頭が冷静になってくる。

 ダメだ、あたしがしっかりしないと。

雷霆(らいてい)ッ!」

「効きませんよ」

 ゼウスの雷があっけなく打ち消される。

 神を降ろしているわけではない。

 特異な性質を持つわけではない。

 この人はただ、包としての適正が圧倒的に高いんだッ!

 あたしの神性をかき消すほどの神性を持つ、そんなことは本来ありえない。

 しかし四条の術式なら、それさえも可能にしてしまう。

「これが四条に伝わる、転奇(てんき)、ですか」

「奏未ちゃん正解!」

「雪華です」

 雪華さんも感じていたみたいだ。

「お父様ほどではありませんが……聖転奇(せいてんき)、どうでしょうこの力。包の巫女さえ抑えてしまえるだけの神性を獲得できるのです」

 恐ろしい力だ。

 力の差を前に足がすくんでしまう。

「じ、術式の方は私でなんとかします!奏未さん、時間稼ぎをお願いします!」

 声は耳を通り抜けていく。

 あたしは巨大な包の力を前に、やっぱり心で負けている。

 ーーやっぱりダメだ、包には勝てない。

 そんな弱音が心を巡る。

 ーーだったら、このままでもいいの?

 ダメに決まってると心が叫ぶ。

 包が怖い。

 逆らうのが怖い。

 ーー向き合え。

 目を背ける。

 ーー逃げるな。

 かぶりを振る。

 ーー戦え。

 その声は次第に大きく強くなっていく。

「ぼうっとされてどうなさいましたか?さては巫女様、先程の一撃を塞がれた()()()戦意喪失されたのでしょうか?」

 喧嘩腰の言葉も聞こえてはいない。

 しかし、あたしはそれに反応したかのように、右足を大きく前へと踏み出した。

 この声が誰の声か理解した。

 あたしはお兄ちゃんの隣にいたつもりで、いなかった。

 これはあたしのーー

 ーーあたしが包を乗り越える……

 物語だ!

「自己紹介がまだだったよね」

 決意表明、あたしはもう逃げない。

「奏未様でしょう?初めてお会いした際にしていただいておりますが?」

「それは()()()、でしょ?違う。あたしはーー」

 目の前には包がいる。

 あたしを縛るものがある。

 だからあたしは抵抗する。

()()()()だ!」

 あたしの周りに火花が散る。

 使えないと思っていた力があたしの中で暴れてる。

 包から抜け出せてなかったあたし、心の奥底、無意識へと押し込められていたお兄ちゃんの妹が、耐えきれずに表面化した。

 大丈夫。

 あたしはもう一つになったから。

 あたしと互角に戦う雪華さんには、包の術式も悪魔の術式も見破るだけの知識がある。

 あたしは雪華さんより降ろせる神様の種類が多いというだけ。

 でも、それだけで終わるのはもうやめだ。

 あたしはそれまでの包奏未を捨てて、派世奏未を名乗るんだ。

 お母様の力はもちろん、あの人の……()()()の力も使う。

神魔混成(じんまこんせい)!」

 日本は古来より善悪二元論の世界ではなかった。

 二元的世界観じゃないから、神の性質だって如何様にも捉えられる。

 だから、悪魔であるあたしが降ろせないという決まりも存在しないのだ。

 紅白の巫女装束、赤が黒に染まる。

 耳が尖って、魔力が瞳を輝かせる。

 一番身近な悪魔、黒騎士へと近づいていく。

 しかし巫女の部分も失われない。

「面白い術ですね。私も本気を出さなくてはまずそうです」

「雪華さん。もうあたしに遠慮しないでいいよ。術式、派手なの使っちゃって!」

 雪華さんの全力は術式併用してこそ発揮される。

 だから、ようやくこれで対等なコンビだ。

 黒い剣を固く握る。

「黒巫女、参る!」

 黒騎士の名前を文字って、威勢よく今代の四条に斬り込んでいく。

 黒騎士の模倣でもいい。

 今は勇気を借りる段階。

 この決意さえ本物なら、あとは偽物で構わない。

 あたしに応えるように雪華さんも剣を手にする。

 お互いに頷き合う。

 包の術式を云々はなし。

 力技で突破する。



 歪ながら発動した術式。

 私は奏未さんの意志に応えるために方法を変更します。

 覚悟を決めるべきだ。

 お兄様の記憶を見ました、私の知らない包の顔がありました。

 これまで見てきた世界は、信じてきたものは、なんちゃっての紛い物だったのかもしれない。

 それを知った時、とても身体が受けつけるものではなく、吐き気がしました。

 それでも、これまでの全てが私を惑わす嘘のように思えて仕方がありませんでした。

 でも、やはり私はそこで育ち、そしてお兄様と出会ったのです。

 だから、それは決して無駄ではありません。

 人と人が関わってなんの影響もありませんでした、なんてことは決してなくて、それが全て無駄でしたということはないのです。

 私はお兄様からの影響が色濃いと自己評価していますが、根底を形成する部分には包が大きく存在しています。

 もちろん、こうして対峙しているみさお姉様も。

 敵だ、そう思いたくても思えない。

 私だけでは戦えなかったでしょう。

 奏未さんがいてくれてよかった。

 そして、やはりお兄様との(むすび)は大きかった。

 どちらが欠けても戦えなかったでしょう。

 お兄様の考え方、過去の経験、そこから引用する。

 お兄様と日溜さん、アメリカで会ったあの人との記憶を頼りに。

「みさお姉様。私はそれでも、あなたを信じております」

 困ったように笑うお姉様。

 それが答えのように感じました。

「いきます」

 奏未さんが斬り込む。

 神性を持った魔法攻撃、包の術で打ち消せないそれに回避を余儀なくされるお姉様の移動先、そこに私は斬り込みます。

「包の術は効きませんよ」

 笑って掌を向けてくるお姉様の腕を、私は容赦なく斬り飛ばした。

 否、それは斬り飛ばされてはいない。

 しかし、そのように目が補完する。

 きっとお姉様にもその痛みがあったはずだ。

 しかし表情に翳りはない。

「この程度、効きませんよ。腕ならまた生やせば良いだけです」

 腕はついている。

 それでもその錯覚から抜け出せない。

 今です!

 腕を生やそうと術式を使った隙、そこに奏未さんの斬撃の渦が襲いかかる。

 同時に防御術式を展開する。

 しかし、回復術式が不発に終わり、その余波で編んでいた防御術式が不完全に終わる。

「そんなッ」

 余裕は完全に失われた。

 奏未さんの攻撃はお姉様に深い手傷を負わせていく。

 しかし決定打にはならない。

 わかってはいました。

「まさか、斬れたように錯覚させる術式なんて思いませんでした」

 成長しましたね、なんて言わせる隙は与えません。

 第二陣、突撃します!

「はあああああああ!!!」

「くっ……」

 振る前に斬撃を届かせる。

 それを直感で躱される。

 感知はできないから絶対に勘だ。

 恐ろしい性能ですが、対応するすべがないと見ました。

 そして今度は奏未さんの一振り。

 たった一度で無数の斬撃が繰り出される。

 魔力を降ろした神の力で制御するなんて斬新なことをしているみたいです。

 とても真似できません。

 しかし、私には私だから出来ることがあります。

 一度奏未さんに自信を折られたおかげで、今の私は奏未さんに負けないくらいのハイブリッドになれました。

 いつのまにか奏未さんの剣から逃れていたお姉様が、再び困ったように笑う。

 あの笑顔は本当にこべりついて取れませんね。

「まったく、今代の巫女はどうかしていますね。雪華様は未知の術式を操り、奏未様は魔力を宿す。包をことごとく貶しています」

 羨ましそうに語る。

「教えていただけませんか、雪華様?」

 訂正させることがない。

 気さくなお姉様はやめて、夢見る少女のような羨望を向けられる。

「雪華様はどうしてそのように変われたのでしょうか?奏未様もです。包に歯向かうなど、私の知るあなたからはとても考えられません」

 二人とも変化のきっかけとなった人物は同じでしょう。

 私も奏未さんも、お兄様の影響であることは間違いありません。

 それが、わからない。

 この人にはきっと、四条の家に従事し続けてきたこの人には。

「その術式、私にも使えるでしょうか?」

 私への質問。

 術式があれば変われるかも、そう期待するかのように。

「不可能です」

 だから私は切り捨てます。

 人は簡単には変われません。

 私たちがどれほど悩んできたか、この人は知らないはずです。

 私が奏未さんにされた相談も、私がこれまで奏未さんに抱き続けた劣等感も、知らないはずです。

 私たちは別の人間で、だから同じ経験をしても望んだ変化は得られません。

「これは、魔法の術式をベースにした包の術式。お姉様に魔法は理解できません。そもそも、これを使えるようになったとして、お姉様が変わることはありません」

 冷たく突き放すような言葉。

 お兄様から学びました。

 納得できないなら突き放してもいい。

 ぶつかり合って互いの認識を改める、それが若さってものなんだって。

 そして、終わったら笑って「赦す」。

 許すではなく赦す。

 それでいいんです。

 人と人とは、それができれば上出来なのです。

 だから……

「あなたじゃあたしたちにはなれない。あなたが憧れる限り、あたしたちには勝てないよ」

「それでもぶつかるのなら、思う存分ぶつかりましょう。私たちは負けません」

「そうですか。仕方ありません……手加減はできませんよ、お二人とも」

 聖転奇ではない別の術式が発動する。

 鈍い光、重苦しい光、とても神性とは思えない力が空気を支配し、アスファルトの地面を軋ませる。

鈍転奇(どんてんき)、私の得意術式でお相手して差し上げます」



 四条さんがいなくなっても、私たちは軟禁状態のままだった。

 ティエラと一緒に四条の家から出られないよう監視されている。

 広人が何も言わないから、まだ何もするなということなんだろうけど、もう日も沈みかけていて、悠長にはしていられない。

「フィリア、そんなに気を張らなくとも、よろしいと思いますわよ?昨日の会談が発表されましたから、暗殺しようにもできない立場にいますもの」

 それは……その通りね。

 黒騎士、悪魔王、両者との会談は大きな意味がある。

 黒騎士がその呼びかけに応じるなんて異例だし、悪魔王と関わりを持った者に対し、人間も悪魔も下手なことはできない。

 特にゼラはまずい。

 ティエラが死ぬことで人間の敵に回る可能性がある以上、暗殺だけは絶対にない。

 悪魔相手には黒騎士の存在が尾を引いているだろう。

 広人がどうしてその二人との会談をセッティングできたのかは不思議だけど。

「ティエラ様」

 四条さんの側近が襖を開けて入室してくる。

 何かを企んでいる顔をしているわけではないけれど、新人類である私にはそうだろうことはお見通し。

 だから警戒していた。

 ここにいつまでもいない方がいいわね。

「本日を逃せば対談する機会が取れません。わたくしめとの対談になってはしまいますが、どうかこのまま始めさせてはいただけないでしょうか?」

 広人からの連絡がないことを目配せで確認してくる。

 首を左右に振ってそれを伝えると、ティエラは強気に相手の提案を却下する。

「わたくしの一存では決められませんわ。それとも、あなた方はどうしても今進めなければならない理由でもありますの?」

 何かを勘繰られている、そう感じると男の行動は素早かった。

 札を取り出しティエラの額にかざす。

 包の術式というやつだろう。

 しかしティエラは新人類、ちょっとやそっとの干渉は勝手に跳ね除けられる、そういう性質持ちだ。

 効かないことに驚いている隙に、男を投げ飛ばし拳を打ち込み気絶させる。

 戸を破り庭へと転がっていった男。

 その物音を聞きつけた四条の人間や監視たちが、私たちを囲むように陣形を組む。

「ティエラ、逃げるわよ!」

 斬撃で建物の柱を破壊、崩れてきた天井を斬り開いて、ティエラを抱えて家を飛び出す。

 隠れられる場所はない。

 でも、囲まれないような場所なら近くにある。

 山だ。

 あの鳥居がたくさんある山に行けば、とりあえず囲まれずには戦えると思う。

 数は多いし一人一人も割と手強い、それでもなんとかできるはず。

 一人で捌くには結構厳しいところではあるけど。

「ティエラ、あなた戦えないわよね?」

「戦えませんわ」

 しょんぼりと私に言ってくる。

 責めてるわけじゃないんだけど。

「そう。それはよかった。それなら、私が暴れられるってことね」

 私は一人の方が戦いやすい。

 下手な援護は邪魔になるし、私の動きについてこられない味方じゃ障害物になる。

 だから、ちょうどいい。

 暗い山道を駆け登る。

 そして着いた頂上で、空から来た包を撃ち落とす。

 日が暮れる。

 夜は悪魔の時間だ。

 そしてここは人のいない山の中。

「ごめんなさい。私は悪魔の友人がいるから、あまり巻き込みたくはなかったけど」

 私たちは歓迎されてはいない。

 しかし、その悪魔たちは私たちには何もせず、包の撃退へと向かっていく。

「ありがとう」

「協定を破ったのはあちらだ、どうかお気になさらず」

 私たちに挨拶に来た悪魔が、それだけ言い残して山を降りていく。

 これで私は、上空からの来訪者に集中できる。

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