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偽装変装なりすまし

「お久しぶりです奏未様」

「雪華です」

「まあ、これは大変失礼いたしました……奏ーー「雪華です!」

 京都駅の改札を抜け、八条口、京都タワーのない方で出迎えられる。

 そいつは失礼なことに雪華と奏未とを間違える。

 が、これはいつも通りだ。

「それで奏未様?」

「雪華です」

「このまま移動でもよろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

「そうですか。あ、お荷物お持ちしますよ、奏未様」

「雪華です」

 こいつらは会うたびにこのやりとりを繰り返しているらしい。

 結の時に見た。

「それで、そちらの方々が……どちらの方がイギリスのお姫様なのでしょうか?」

「わたくしですわ」

「そうですか。よろしくお願いします。私は四条、四条(しじょう)御陵(みささぎ)です。よろしくお願いします、ティエラ様」

 こっちは名前合ってる。

「ティエラ・ヴァーミリオンですわ。こちらこそよろしくお願いしますわね」

 二人とも全くそれっぽくない服装で違和感を覚えるばかりなのだが、目立ってしまうので正装ではいられないのは仕方ない。

 ティエラの場合は王女様が来てるなんて騒ぎになりかねないし、四条の場合はコスプレだと言われ目立つ。

 この装いが正解なのだが、これから真面目な会合を行うとはとても思えないラフさ加減だ。

「残りの方は……まあいいでしょう」

「よろしいのですか?四条?」

 俺は俺らしくない女性ボイスで問いかける。

 会ったことはあるんだが、多分覚えられていないだろうな。

「問題があれば家の者が何かおっしゃっています。ですから、問題はないでしょう。それでは、早速移動しましょうか、奏未様」

「雪華です」

 いきなり出迎えで四条が現れるとは思わなかったが、他の者が動けないほど立て込んでいるのか?

 まあこいつ、相当なおてんばらしいから、勝手に迎えに来たという可能性も十分にあるか。

 雪華の記憶の通りなら、言って聞かない性格らしいし。

 また新しい車に乗れると興奮気味なリーラはともかく、俺は四条の調子に不安を覚える。

 たしかにおてんばだが、こんなやつだったかと違和感を覚えている。

 たしかに四条は穏やかでゆったりしていて、家の者に信頼を置き、こういう時には無警戒に出てくるようなやつではある。

 それは俺が会った時の感触もそうだが、何度も会っている雪華の記憶から受ける印象もそうだ。

 そしてバカじゃない。

 それは、いざという時には自分で覆せるという自信があるからこそできることなのだ。

 狡猾なたぬき、というのが俺の感想だったのだが、今日はいつもなら瞳の奥に見えていた芯の部分が、いささか自信なさげに、或いは不安げにともとれるようにぼんやりしているように感じられる。

 以前に会ったのがもう一年以上も前なのだから、変わっていてもおかしい時間ではない。

 だが、たしかこいつは異露より少し年上だったはずだ。

 俺にとっての一年二年よりその変化は小さいもののはず。

 異露でさえ20いくつだったかだ。

 それより一つ上だったはずなので二十代半ばから30弱ってところだ。

 そうそう人が変わることがある年齢じゃない。

 疑わしいのは……

「どうかされましたか?」

 気付けば四条が俺の顔を覗き込んでいた。

 たしかに四条の顔だ、それは間違いない。

 だがなんだこの違和感は……

「いえ。なんでもありません」

「失礼ながらあなたは?」

 そう聞かれて、俺は悩む素振りもなく、静かに落ち着き払って身分を名乗る。

「ティエラ様の護衛です」

 極力俺の要素を薄めるために、暗技が表に出ないように演じている。

 だからというわけではないが、判断に困るところだろう。

 このひらひらスカートが護衛である、という不思議な事態に。

 だがお姫様が変装しているという注釈付きになれば、この護衛はむしろ自然なものになってくる。

「見たところドイツ人の方のようですが、なぜあなたが近衛などを務めているのですか?」

 なんでもないように訊いてくる。

 空気感もどうもアホっぽい。

 なるほど、そういうこと。

「近衛に人種は問われません」

 俺の気付きはフィリアたちに伝えるべきじゃないし、バレないように誰かにメールを送るなんてこともできない。

 ちょっとした時間稼ぎが必要だな。

 それも、()()()()()()()()()()という条件付きの……

「ティエラ様」

「どうかしましたの?」

「このまま移動でよろしいのですか?」

 四条(?)のことを気にしないように話を振る。

 せっかくの京都だ、それを全く楽しまないという選択肢はないだろう。

 まだ時間には余裕がある。

 だからティエラを誘うには猶予があるわけだ。

「会合にはまだ時間がありますから、多少の観光はできるでしょう」

 一瞬眉をしかめた気配がする。

 それを敏感に察したフィリアだが、気付いたことに気付かれないために話には入ってこないな。

 まあ、俺が気付いているから多分四条(?)も気付いているけどな。

 ま、これなら多少変に思われたかなくらいの疑問で終わるかな。

「この辺りで何か見どころはありますの?」

「それは私にはなんとも」

 変装してるんだから俺に訊ねるなよ。

 と、そこで雪華のことを思い出したティエラが雪華にも同じ質問をする。

 ナイスだ、四条(?)にしなかった!

 後でうんと褒めてやろう。

「そうですね……この辺りなら京都タワーや本願寺、東寺でしょうか」

「おススメはありますの?」

「やはり京都タワーですね。近いので」

 この炎天下の中で歩きたくないという雪華の気持ちはよく分かる。

 俺も長袖だしスカートだし、歩きたくない気持ちはある。

 地下を通って行ける京都タワーだとありがたい。

「では京都タワーに行きますわよ」

「いえ、早めに移動した方がよろしいかと思います。車をいつまでもロータリーに停めておくわけにもいきませんし、何よりこの時期は道路が混みます」

 最後の悪あがきか。

 なるほど、たしかに余裕を持って到着しておくに越したことはない。

 礼儀を尽くすというのは相手にとって印象がよく、この場合は有効打ではあるだろう。

 だが、悪いな。

「そうですわね。でも、京都タワーに行きますわよ!」

 うちの姫様はおてんばなんだ。


 京都タワー、ティエラのそばで適当に時間を潰す。

 最初の関門は突破したな。

 ティエラから少し離れた場所で四条(?)が悔しそうにしている。

 ザマァないな。

 俺に話を振ったのが失敗だった。

 それで確信してしまったからな。

 さて、ここで連絡がくるまで暇潰しさせてもらおう。

 雪華に連絡が入るようになっている。

 というか俺に連絡したところでスマホの電源は落としているし、リーラが持っているから伝わらないから雪華に入れるしかないのだが。

 車を待たせてあると言っていたが、あの時異露の運転する車はなかった。

 予定通りなら異露が迎えに来るのだ。

 そして四条と引き合わせてもらう予定だった。

 四条が来るにしても運転は異露のはずだ。

 つまりありえない。

 雪華が気付かなかったのはありがたい。

 気付いていない演技の方が難しいし、気付いた瞬間は誤魔化すのが難しい。

 フィリアが四条(?)の様子がおかしいことに気付いたことに俺が気付いたように。

 疑いから確信に変わった俺と違い、発見し危険だと思ってしまったフィリアは隠せなかった。

 発見は隠すのが難しいのだ。

 まあ、車に異露が乗ってないことは注視していればすぐに気付けることだが、そうでなければ見落としてしまうことだろうから、そこは運が良かったな。

 京の都を一望し感動するティエラの傍らで、四条(?)の視線を意図的に遮るようにし、その笑顔を隠す。

 俺の顔は出さない。

 あいつは泳がせる方がいい。

 俺を俺として認識されるより、近衛のドイツ人と見られる方が動きやすいからな。

 ティエラが真顔になる。

 それは俺が視線を切ったからそういうことかと気付いたということ。

 それに気付かないということはない、ここが京都タワー内でなければだがな。

 人が多く入り乱れ、さらに視線が切られている。

 注意していようとしても、人並みに揉まれながらというのは厳しい。

 別に殺気があるわけでもないしな。

 分かりやすいものならいくらでも気付けただろうな。

 だが、それができないように視線を切ったのだ。

「警戒の必要はありません。私がついておりますので」

 ティエラの顔に笑顔が戻る。

 切り替えが早い。

 王族だからこういうこと多いのかもな。

 記者とのやり取りなんかで、合間を縫うように休憩しているわけだしな。

 空いた双眼鏡に向かい景色を楽しむティエラからは、警戒の色は一切見えない。

 完全に俺を信用してくれているが、暗技を切ってるから今狙撃とかされると詰むんだよな。

 まあ、それはむしろ雪華の領分だから、俺が対応することじゃないんだけど。

「大仏!大仏がありますわ!」

 八坂神社の少し南だな。

 高台寺とか、あの辺りにあるやつだな。

 それを見て興奮しているところ悪いが、時間だ。

「連絡がありました。異露さんからです。八条口に着いたそうです……着いた?」

 いつのまにか四条(?)はいなくなっていた。

 フィリアに視線を向けると、左右に首を振られる。

 逃げたか。

「エレベーターに乗って降りて行ったわ。それでどうするの?」

「予定通りにしましょう。こちらにも予定がありますから、さすがに待ち合わせに遅れるわけにはいきません」

 明日にはティエラは東京にいなければならない。

 なにせまたあの無駄な死者対策会議を各国の代表集めて行うそうだがな。

 俺は無視してもいいと思っているけど。

「さて、降りるか」

「も、もう少し!あと1時間でいいですわ!遅らせられませんの?」

「無理だ、行くぞ」

 文句を垂れそうだったティエラを引きずって、待ち合わせに向かう。

 この格好で異露と会うのか……やだなぁ……


「そちらから持ちかけたくせに待たされるとは、いい御身分だな」

 ティエラに嫌味って、すごい図太い神経だな、こいつ。

「ふむ……広人はいないのか。奏未様も見当たらないが」

 お出迎えに日産エルグランドで来た異露。

 ほんと車好きね、こいつ。

 ここはさすがにバンで来ると思っていたところだが、それでもやっぱり車好き、ミニバンで乗る人数だからいい車を用意したか。

「予定より一人多い様子。新人類を連れてこられるとは思わなんだが、構わぬ。行こう。御陵(みささぎ)がお待ちだ」

 雪華にはノータッチか。

 焦っている?

 やはり他家が動いているようだな。

 さっきのは四条もどきだったみたいだ。

 あれは逃げたがそれで諦めたと言うことはないはずだ。

 異露も気付いているんだろうな、それは。

「とりあえず乗ってくれ。すぐにでも移動しよう」

 後部座席にみんなで乗り込んでいく。

 運転席には黒服に身を包んだサングラスの女性が座っていた。

 運転好きの異露ではなく、運転手付きとはな。

「出してくれ」

 緩やかに走り出す。

 車内は凍りついていた。

 誰も話をしようとしない。

 口を開いてはいけない雰囲気が、運転手から流れ出ていたからだ。

 その静寂を破ったのは異露。

 伏見に向けて走る中、離れていく街を振り返るようにして、

「つけられてる」

 と。

 気付いていると気付かせることが目的だな。

 四条の家は分家で最大の力を持つ。

 武力も権力も大きく、他家の干渉を押しのけるだけの力を持っている。

 他家は気付かれたら終わりだと理解している。

 しかしそれでもなお追ってくるとしたら、それで追っ手が何者かが絞られる。

「くっ、追っ手を振り切れないか」

「つまり追っ手は、御池か烏丸、三条のどれか、ですね」

 運転手が口を開く。

 声を聞いてみんなその人が誰か分かる。

「もしかして、みさお姉様ですか?」

「はい。お久しぶりです、奏未様」

「雪華です」

 俺も驚かされる。

 暗技は切っているから、分かりやすい流れとかじゃない限り読めなくなっているのだが、それにしてもその変装を見破れないとは。

「ローザさん、もしかしてこの方が……?」

「そうですね。この方が四条御陵で間違いありません」

 俺に確認をとってくる辺り警戒が足りないティエラだが、今はこいつらに俺が俺だと知っておいてもらう方が先決か。

「なぜ奏未様ではなくその方に確認を取るのですか?」

「雪華です」

「ローザ・フランクフルトです。ティエラ様の護衛をしております」

 ローザの声ではなく俺の声で話す。

「広人なのか?」

「いえ、ローザ、と」

 そういうことにしてくれ。

 この姿で広人とか呼ばれたら、変装した意味がなくなってしまう。

「まさか女装癖があったとは」

「雪華に無理矢理されたんだ」

「奏未様に?」

「雪華です」

「それでいかがする?まくか?」

「いえ、放置しておきましょう。ついてきているようですので。奏未様もそれでよろしいですか?」

「はい。あと雪華ーー

「それではそういうことでいきましょう。京都タワーから私もどきが出てきたのも確認していますから、他家の動きも見極める必要があります。我々は釣り餌です。引っかかるのを待ちましょう」

「俺も待つだけか?」

「異露とローザさんには動いていただきたいですね。奏未様と一緒に他家を撹乱していただきたいです」

「雪華です」

「奏未様?」

「雪華です」

「奏未様?」

「雪華です」

「雪華様?」

「奏未ーーじゃない!そう!雪華てす!」

「とても遊んでいられる状況ではないと思うのですがね。まあいい。フィリア、ティエラの護衛は任せてもよろしいですか?」

 俺の女声の頼みにフィリアは自信ないなと呟き頷く。

 快諾とはいかなかったが、最悪時間稼ぎでもできれば問題ない。

「奏未様も到着したようですね」

 これでこちら側の役者は揃い踏みってところかな?

「今度はちゃんと奏未さんなんですね」

「奏未様の名前は間違えませんよ」

「私の名前は?」

「奏未様」

「雪華です!」

 いまいち緊張感に欠けるが、こんなでも四条は奏未や雪華より強いんだよな。

 他家に出張られて迷惑するのは四条も同じだし、利害が一致するから信用できる。

 さて、命じられた撹乱、言うは簡単だがやるは難しいそれの方法を考えないとな。

「ティエラ様のことなら、こちらで責任をもって預からせていただきます。ですから、安心して戦ってください」

 背中は預かる、か。

 こいつはババアの次に包で強いからな、心配はいらないな。

 それなら俺も、安心してぶちのめしにいける。


 伏見の屋敷について、俺たちはそれぞれ別行動を開始する。

「行きましょう、リーラ」

「です」

 安定と信頼のリーラ。

 俺の相棒として一番しっくりくる。

 さて……二人きりにになれたところで……

「リーラ、あの方のこと、どう思いましたか?」

 周囲に怪しい者が聞き耳を立てていないことを確認して、俺はそこの確認をとる。

「四条さんの方ですね」

 そういえばリーラは異露とも初対面だったな。

 だが、話の流れから訊かれているのは異露の印象ではないと判断して話し始める。

「ふむ……あの短時間で受け取った印象ですが……とても危ない方、です」

「それは、どのように?」

 鋭い観察眼を持つリーラだ、俺の気付かなかったことにも気付けるかもしれない。

「まず確認ですが、本家の方が立場は上です?」

「そりゃそうです。分家の人間は誰であろうと本家の人間の指示には逆らえない。相手が雪華だろうと異露だろうと、例外はありません」

「それではこの場合、雪華さんが指示を仰いだわけでもないのに四条さんが指揮するのはおかしいです」

 そりゃあ、俺が口を挟めば引っ込んでいただろうけど、今の俺はローザであって広人ではないからそれができない。

「空気を作り話の主導権を握る、そしてそれが不自然でない……おそらく雪華さんとの距離感は意図的です。上手く取り入った、というところじゃないです?雪華さんがどのようなタイプかわからないのでこれ以上はなんとも言えないですが……」

 そうか、あれは言葉運びでなんとかした風に映ったか。

 雪華が慕っているから、俺はそう捉えていなかったが、たしかに雪華の姉的ポジションに収まっているのが意図的であるなら、リーラの捉え方が的を射ていると言えるか。

 奏未に確認を取ればあれが何者か判明するかもな。

「ありがとう。参考になります」

 俺の認識は雪華の経験の追体験による部分が大きい。

 だから、雪華の主観的な部分、みさお姉様と慕う感情抜きには見られない。

 リーラのフラットな視点は大助かりだな。

 力を隠して近づく警戒心の強い人、という先入観を拭えたよ。

「さて、調査だが情報収集に関して相手が包だというのはいささか困難なもので、正直に申し上げると私にはお手上げなのです」

 リーラがその方法を思案するように小首を傾げるが、俺はそれとは全く違う適当な態度を見せる。

 というのもーー

「京都、満喫しましょうか」

 やれることなんてない。

 だからとりあえず楽しんだもん勝ちだ。

「見えますか?あの方角に山があるでしょう?あそこがかの有名なお稲荷さんです。とりあえず寄ってみましょうか」

 わーいとテンション高め外国人風でそこに向けて歩き出す。

 個人的には三条商店街とか新京極商店街とか興味があったのだが、こうした有名観光地にさえ東京もんは行く機会が少なくていけない。

 くそぅ、愛知県なら小学生の修学旅行で京都奈良行けるのにぃ……

 さて、俺がドイツ人に見えるそうなのでドイツ語でお互いに会話していると、赤い鳥居が見えてきたぞ。

『気分は悪くないか?』

『はい。全く変化ないです』

 一応はリーラが悪魔であることを確認しながら千本鳥居をくぐる。

『しかし、悪魔でもこうも無害なものですか……』

『悪魔が苦手なのは教会や仏教寺院だな。ここは神道系だから無事ってのはあるだろう。愛知の仏教系の豊川稲荷に行けば詳細も分かってくるだろうけど、まあ理由としてはそんなところじゃないか?』

『ですか』


 山頂まで登るのはさすがにサボりすぎなので、途中で引き返して出店を見て回る。

『たこ焼き、少し違うですね』

 たこ焼き自体食べることの少ない悪魔は、出来立て熱々のそれに興味津々だ。

 あまり食べないから違いが分からないのか。

 固まってないタネの状態のそれを見て、不自然な黄緑のかけらの存在を指摘する。

『キャベツだ。京都は入れるんだよ』

 食べるか?と視線だけ向けると、こくこくと首を縦に振る。

「すみません、たこ焼き6個入りを一つください」

「はいよー。味はいかがします?」

「えーっと……」

 リーラの方を見ると、その視線はソースに注がれていた。

「ソースで」

「ソースですね。かしこまりました」

 さっきまで別の人に作っていた時とは違って、なんだか顔をジロジロと見られているような気がする。

 というか、他の観光客からもジロジロ見られているような気が……

 お金を払い少し下がって見ていると、何かが催されるのか、周囲に人が集まってきたぞ⁉︎

「ソースたこ焼き6個入りお待ちどうさん。おおきに〜」

 ニッコニコで渡してくる店主にお礼を言って、受け取ったたこ焼きをリーラのもとに持ち帰る。

 ……さらに視線が集まってきている気がする。

 が、気にせず俺はその熱々のたこ焼きを口にする。

「はふはふ」

「はふはふ」

 リーラも食べ方をマスターしているので、たこ焼きを口に入れると、熱気を口から逃がすように空気を吐き出す。

 視線が痛いと感じるほどに集まっているが、もしかして催しとかじゃなくて目的は俺たちか?

 となると、包の差し金か……?

 変装が気付かれたとは思えないが、雪華と一緒にいたからマークされていたのか?

 口の端についたソースを舐めとる。

 おお〜と歓声が上がった。

 ああこれ違うわ。

 男連中が多いなと思っていたが、俺たち外国人っぽい二人がどうやってたこ焼きを食べるのか試されていたのか。

 リーラは美少女だし、そりゃ食べてるだけでも絵になるけどな。

 リーラとぱくぱく食べ進めていくと、徐々に観衆が減っていく。

 スマホをこちらに向けていたやつがいたが、京都で外国人なんて珍しくないだろうに、どうして撮るのか。

 ああ、地方から旅行で来ているから珍しいのか。

 なんだ、納得。

 それじゃあ仕方ないね。


「ローザさん、次はどうするです?」

「そうですね……祇園に行きましょうか」

 すぐそばの駅で切符を買う。

 ICカードは持っているが、俺は広人ではなくローザ、この変装のために全く別の財布だって持たされているんだ、そんな日本住まいを疑われるようなことはしない。

 日本語での会話は終わりだ。

 重要な話は多くの人が理解不能な言語で話すべき。

 今回はヒンドゥー語だ。

 日本ではまず馴染みがない。

 包で話せるやつがいるって噂も聞かないしな。

『どうして祇園です?』

『四条の本拠地は八坂神社と祇園四条の間にある。だから、四条を快く思わないのならその近くに網を張っている可能性が高い』

 とはいえ、それは四条自身が最も警戒していることではあるだろうけど。

 当然雪華や異露も警戒して真っ先に確認しているだろう。

 だが、二人では分からないこともある。

『いいか?やつらが悪魔と繋がっていた場合、それが見抜けるのは俺たちだけだ。対魔のスペシャリストである包でも、発動前の魔法の察知はできないんだ。だから、俺たちが見ていく必要がある』

 会合が行われる伏見には何もなかった。

 あるとすれば伏見山だと思ったが、反応は感じられなかったしおそらく会合の妨害は考えていないのだろう。

 となるとなぜやつらはこのタイミングで動き出したのか。

 会合以外の目的が可能性として存在しうると想定しておかなければならない。

 その要因たり得るのは、俺と雪華と異露の三人だな。

 となると、俺たちに他家の撹乱を命じた四条はやはり信用できない。

 俺たちが狙いである可能性にもいきついているだろうし、俺たちを囮にしているともとれる。

 他家を疎ましく思うのは四条も同じということか。

『やられたな……』

 話していて気がついた。

 俺たちは四条に利用されている。

 囮にされたことだけじゃない。

 ティエラのことだ。

 俺が判断を見誤ったと言わざるをえない。

 仕方ないといえば仕方ないことだ。

 ティエラが死者対策として各国に一石を投じる必要はあった。

 それは、日本で、日本政府や日本のマスコミではなく、イギリスから派遣された形をとっているティエラが、日本の専門家から、日本政府の持たない情報を獲得するということ。

 これこそが世界に波紋をもたらすと。

 日本政府への各国の不信感の肥大化、国民の不安の煽動、社会を脆弱にして数多組織を日本に引き込むーーつもりだったが……

 包から一番心が離れていたのは四条なのかもしれない。

 となると、俺の考えを見透かして、か。

『ティエラに連絡する』

 リーラからスマホを受け取り電源をつける。

 そして俺はすぐにその番号を呼び出した。

 もちろんこれは俺のスマホではない。

 今は本来の護衛であるウォルレスから受け取ったスマホだ。

 それでティエラに電話をかけるを、繋がった。

『もしもし?』

『ティエラ、今そっちに四条はいるか?』

 互いに英語で会話する。

 かなりの早口で語るがティエラは聞き取れる。

 だが、日本語話者だと聞き取るのもわりかし厳しい早さだ。

『いえ、いませんわよ?それよりも、どうかしましたの?』

『ティエラ、会合だが、可能な限り開始を引き延ばせないか?こちら側の準備が整っていない、とか適当なこと言って』

『それは構いませんわよ。でも、どうしましたの?』

『四条に心を許すな。とりあえずそれだけ先に伝えておく。俺はやることができた』

 二人ではなく俺たちではいけない理由がもう一つできた。

 四条を疑っているのが俺たち二人だけだからだ。

 さてと……

 スマホをリーラのカバンにしまい、俺たちは駅の改札を抜ける。

『気にすべき追っ手の追加だ』

 周囲の人間全ての動向を確認しながら、小声でリーラに最も気をつけるべきと思われる人物の名前を伝える。

『四条、そう名乗っても味方だとは思うな』

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