しんそう
説明を終えた帝は、ようやく警戒を解いた永覚を恨めしく睨む。
仕方ないことではあるのだがと、そうわかってはいても、やはり無駄に労力を割かれたと思えてしまう。
「つまり予防ということか」
その通りだが、そうして要約されるのは腹立たしい。
間違っていないから指摘はしないが。
帝が胎児を追いかけた理由、それは胎児が何かわからないからだった。
わからないがいくつもの組織が狙っている。
それなら何かに使われる前に自分が回収してしまおうと、そういうことなのだ。
詳細な情報などもう諦めていた。
帝が襲撃した組織は全て例外なく何も知らずに狙っていた。
しかしそれは組織を壊滅させたわけではないし、リーダーに会えなかったという注釈付きだ。
帝には到底想像のできないおそろしい何かが眠っている、それは調査を通してのフロストの見解だが、であるならば、到底及びのつかないそれは危なげな組織の狙う危険物として押収してしまうことが一番の安全策であることは明白だ。
だから、もしかしたら広人が知っているかも、なんて情報は値千金の情報であった。
「だが、だとするならなぜあれを狙う者がいるんだ?彼らだって知らないだろう。なら荷台を襲うのはトンチンカンなことをしているように見えるが」
彼らはトンチンカンなやつらなのさ、では片付けられない。
何に使うかはわからない。
あるいは使わないかもしれない。
「胎児なんて字にエルダーなんて読み仮名をふるくらいには知られているものだよ?暫定的につけられた名称としては不相応なもののように思えるし、きっとすでに何かしら起こっているのだろうね」
「そういうことか」
何かしらの事件が起こっていて、それを知っている。
胎児については知らなくても、その力には大方予想がつくと、そういう理由で動いているということだ。
これは帝の予想ではあるが。
あるいは全ての組織が、得体の知れないそれを他の組織に使わせないため一応確保しておくつもりか、と帝は語らず心に留めておく。
「それで、信用してくれたなら今度は君の話を聞かせてほしいんだけど?」
「僕は吊橋永覚。だけど今は前橋覚と名乗っている。そう呼んでくれ。母子家庭で育てられて」
「君の話とは言ったけど、身の上話を聞かせてってことではないんだよ。ふざけてるのかな?」
「派世広人についてか?それなら、大したことは知らない。僕はただ、積み込みの人間がその名を口にしていたから名を出しただけだ。関与は知らない」
「そう。それなら本人に直接聞くだけのことだよ」
「やめとけ。そんなことをしてもし彼の策略だったのなら、僕らは完全に手詰まりになる」
「彼にはそんなことできない」
「おまえは彼の残虐さを知らないんだ。だからそんなことを真顔で言える」
「信じてるから、なんて仲間でもないのに言うつもりはないよ。根拠はある」
バカを言うなと言おうとした口を、薄っすら目を開けた弥生が塞ぐ。
「おま、起きて……」
弥生は無言だったが、永覚には何が言いたいのかわかった。
相手の言葉に口を挟むなと、そう言っている。
帝はお礼を言う代わりに胸に手を当て小さく会釈する。
「さて、君は彼の性格を知っているかい?」
そんなこと言われてもと、永覚は首を振る。
想定している性格とはなんのことだと。
彼は物静かで、彼は落ち着きがなくて、彼は優しくて、彼は怒りっぽくて。
これらは全て性格だ。
彼は普段から本を読んでいて、かれは日がな人助けを心がけていて、彼は時たまストレス発散と称して一人カラオケして。
これも性格に含まれるだろう。
性格なんてものはその人を形容する修飾語に過ぎない。
故に無尽蔵なまでに存在して、やることなすこと全てを性分なり性格なりが現れていると表現できる。
永覚は暗技使いではないのだから、そんな広義に捉えられる言葉を用いられてもわかるわけない。
「そうだね、伝わりにくい言葉だったね」
言葉の選択を誤ったと帝は反省する。
「ではこう言い換えよう。彼にとっての絶対に譲れない一線って何か知ってるかい?」
おそらくこれを聞いても、それが性格の言い換えだなんて誰も思わない。
永覚はそれを自分に当てはめて考えてみる。
絶対に譲れない一線。
自覚的にせよ無自覚にせよ、きっと誰しも持っているものではあるだろう。
永覚にとっては母だった。
そして今は弥生である。
家族愛あふれる、といえば性格とも取れる。
これをお金とすれば、金にがめつい性格ということになるのだろうが、お金を絶対に譲れない一線にしているものは本質的にはいない。
さて、では広人は何を大切にしているのか。
「……人情?」
広人についてほとんど何も知らない。
話したことは少なく、担任をしていたとはいえ、自ら敵対していたのだから譲れない一線に触れる以前に牙を剥かれ、それを知ることができなかったのはそりゃそうだ。
帝はそんな全く的外れというわけではないが、しかし問いかけに対して少しずれた回答に白い目を向ける。
「そうだね仲間だね」
「そ、そうとも!僕はそう言いたかったんだッ!」
自らをフォローする情け無い永覚に、こいつあまり広人を知らないなと脳内の永覚の情報を修正する。
「彼の仲間、妹は言わずもがなだけど、日溜優日やフィリア・ユスティリアなど、何人かの名前が挙げられる」
そしてようやく、帝は広人に信頼を置く根拠を示す。
「彼は仲間を絶対に切れない。そして、悲しませることも嫌う。僕の妹は彼のクラスメイトで、彼とも親しい間柄にある。もちろん彼は、輝咲を見殺しにはできない」
広人が何かを仕組んでいたとしても、輝咲がいれば本当に危ない橋は渡らせない。
広人はそういうやつだから、それは帝の確信だった。
胸を貫かれた広人は何を言った?
なぜフィリアを守るために格上である帝と対峙した?
思い出せば一貫性があった。
「大丈夫さ。この胎児が大きな問題を発生させるようなものなら、派世広人が裏で糸を引いているなんてことはありえない」
しかし作為的であることは確かだ。
派世広人の名前が出たのなら確認は怠れない。
そして帝は輝咲の電話を取り出した。
電話をかけてしばらく待って、それは留守電に繋がった。
どうしてか繋がらない電話に、永覚は広人への疑いを強める。
しかし帝は表情一つ変えずに別の番号へかけ始める。
そっちはすぐに繋がった。
『もしもし輝咲ちゃん?』
「ごめんね。僕なんだ」
『……で、なに?』
何かしらの要望があるから電話をかけたのだと、奏未はすぐにでも気づいて本題に移る。
「派世広人君はいるかい?」
音声をスピーカーにして、奏未の声が全員に聞こえるようにする。
その声を知らない永覚だが、弥生はそれに反応する。
「奏未ちゃんだ……」
『誰や?』
『お兄ちゃんを殺そうとした人』
『事件やん』
「秋ちゃんも……」
よく知ってる二人の声。
弥生はそれに懐かしく、嬉しく思う。
自分を守る鎧の人格はとても子どもっぽくて、同級生から好かれるようなものではなかった。
そんな弥生に声をかけ仲良くしてくれていた二人。
学年で、学校で一二を争う人気者。
二人と話をさせてあげたいと永覚が思っても、優先事項が異なる帝はお構いなしに話を進める。
『お兄ちゃんならちょっと遠出してるよ。要件があったら聞くけど?』
できれば本人と話したかったが、仕方ないねと続ける。
「胎児って知ってる?」
『うん』
即答が返ってくる。
「派世の妹か?」
そんな気がして聞いてみる。
知っているかもしれない人物は広人の関係者になる。
特に身内ということになれば、その可能性は大幅に上昇する。
広人に妹がいることは知っていた。
実際に見たこともある。
しかし永覚には、あの妹こそ曲者に思えてならなかった。
自分より強い少女、広人の拷問に付き合う少女、弥生といい奏未といい、なぜ子どもが狂気と密接にしているのか。
自分がなんとかしなければ、それを強く感じながら、永覚は電話に傾聴する。
「頼む。情報がほしいんだ」
ガサガサと何かを漁る音が続いて、それから再び電話口についた気配がする。
『胎児が絡んだ事件の情報しかないんだけどいい?』
「十分だよ」
これまでとは違う情報が得られる、それだけで帝はよかった。
もしかしたらなんて期待でしかなかったのだから。
胎児にまつわる事件の情報なんて、そんなのはまさしく望んでいたところの情報だ。
永覚がピキッと目を光らせて監視する中、そうとは知ってか知らずか奏未が事細かに話し出す。
『黒騎士が関わった事件だよ。ナイトメアシリーズ最新作、ナイトメア〈デスマリッジ〉。あれで黒騎士が破壊したのが、胎児だよ』
それ題材なんだっけと永覚と弥生が首を傾げる。
黒騎士の動きを気にしている帝は、それについて概要だけは知っている。
しかしそれとは全く異なることを奏未が言っている。
胎児なんて出てこなかった。
黒騎士が戦ったのは亡者だった。
6月、オーストラリアで起こった事件。
それを収めたのが黒騎士。
オーストラリア政府、国連の発表、それら両方に目を通して、新たなる可能性になってから開示できるようになった情報を参照して、そこに胎児の存在はなかった。
「胎児を破壊した?相手は亡者だったって聞いていたんだけど」
『違うよ。相手は人間だった。政府の持ってる情報は全て、意図的に政府側が作り替えた情報なんだよ。あたしの持ってるお兄ちゃんの作成した資料に間違いはないから。だってお兄ちゃん、当事者だから』
当事者、それに永覚は嫌な想像をする。
しかしそうではないと奏未の言葉でわかる。
『胎児はその亡者と政府や国連を欺けた理由の一人の人間が作っていたんだよ。その人物が何者かまでは見当がついてないんだけど、その人はゾンビを操っていたんだ。映画ではリッチーをボスにして、亡霊と戦わせていたけどね』
(亡霊とゾンビって違うのか?)
そこら辺全くわからない世俗にほとんど触れてこなかった永覚は、しかし違うと言うのだから違うのだろうなんて全く理解できていない会話を、わかってる風にうんうん頷いて話を遮らないように努める。
『とはいえ、他の何者かが関与していたことは明白らしいけど。気をつけるべきは直視だよ。直視だけはしちゃいけないって書いてある』
広人が作った資料だから、信用してもよいものかと吟味する永覚。
ほぼ対照的に、帝は広人だから大丈夫だろうと完全に信頼している。
情報を鵜呑みにするのは危険だとアドバイスしようとする永覚を、やはり弥生は引き止める。
弥生は奏未を信頼しろと言っていると、そう捉えた永覚は弥生がそうしろというのならと引き下がる。
信頼できない気持ちはまだある。
しかし弥生にかけると決めた永覚は、その決意を裏切れない。
帝が永覚の説得に用いた言葉を借りるのなら、弥生が永覚にとっての絶対に譲れない一線だ。
「直視禁止というのは?」
『何かしら耐性があれば問題にならない程度だが、それがなければ毒どころか、その者の精神をその一瞬をもって焼き尽くす。だって』
視線は自然とトラックへと向かう。
永覚はまだ、本当にその荷台に積まれているものが胎児だと、そう確信を持ってはいない。
開けてみればわかる。
しかしそれは賭けだ。
外から破壊するという選択肢。
しかしそれは、もしそうでなかった場合は?、というリスクを考えるとできない。
「どうしたものかな……」
情報の足りなさに思わずこぼした愚痴。
これまで一人で戦い続けてきた永覚だが、今は二人で生きていて、自分一人の命じゃなくなった。
とても無茶はできない。
ああ、もう帰って弥生と食事を囲いたい。
そんな思いで弥生の手を握るが、それではダメだと弥生は首をふり強く握り返してくる。
やはり疑問の尽きない帝。
大衆にとっては黒騎士登場の物語でしかない事件だ。
不安は永覚だけのものじゃない。
帝も輝咲を連れてきている。
直視がアウトなんて第5位ほどじゃないにせよ危険な性質だ。
しかし、見たらアウトのみで言葉を切ったということは、その対処法を奏未が知らないということを意味していて、その対処法がわからないまま挑まなければならないということである。
永覚も帝もそれに気づいたからこそ、大切な存在を連れてきたことを後悔しているのだ。
「黒騎士はそんなのをどうやって破壊したんだい?」
一番気になるのはこれだ。
とりあえず破壊しても問題ないということであれば、破壊しておけば少なくともこの胎児だけはカタがつく。
なるほどどうりで放置できるわけだと納得する。
破壊しようとして失敗すれば自らを壊すことになるかもしれない。
それどころか身近な人を傷つけるリスクさえある。
正体不明の人物がその性質を知っていたのならそう説明できる。
『胎児の開いた口に剣を突き立てたそうだよ』
開いた口、そう聞いた限りでは生物であるとそう思える。
人間が作っていた、そして口があるとなると、おおよその人はロボットなりクローン人間なりを思い浮かべるだろう。
しかし永覚にはそんな風なことを思い浮かべるような発想はなく、字面からまさしく人間の胎児が口を開けていて、そこに黒騎士が剣を突き刺す描写を思い浮かべる。
そしてそれは、まさしくその通りの様子であると奏未が言う。
『胎児の見た目はまさしく人間の胎児だよ。ロボットとかじゃない』
そして想像を全て壊すような一言を、永覚ならもっと早く気づけていたはずのことを告げる。
『その胎児は、とても大きく宙に浮かんでるんだって』
あの大きな木箱を見て、胎児という言葉を聞いて、何も不自然に思わなかったことの方が不思議だ。
よくもまあそんな悠長に考えていられたと。
『破壊は人を殺すのと同じようなことをすればいいんだけど、生半可な攻撃じゃ壊れない。それに不思議な力を持ってるから、攻撃は基本通らないと思った方がいいみたい』
「不思議な力?能力でも魔法でもないのかい?」
『うん。黒騎士も苦戦したみたいだよ。黒騎士が破壊した胎児はって前置きがつくけど、世界が脈打つような感覚に攻撃が阻まれたんだって』
想像のつかない表現だ。
広人もその場にいたのだろうかと首を傾げる。
その戦いを記憶しているのはどうやってだろうかと、直視できないはずの胎児と対峙する手がかりのようなものを見つける。
「黒騎士でも派世広人君でもいいけど、どうやって精神破壊を逃れたんだい?少しでも関係のありそうな性質があるかい?」
何かしらの耐性がある場合は直視できる。
それなら、黒騎士と広人の共通点から割り出そう。
当然の思考回路だが、これは奏未と帝の情報差が招いた齟齬だ。
一切の攻略の糸口がないという奏未の見解は正しい。
なにせ黒騎士と広人は同一人物だ、共通点なんて探せばキリがない。
それに不死身で、絶望だって経験した広人から、必要な精神破壊耐性なんてものを探そうとしても、とてもアレだとピンポイントで言い当てられるほど性質は少なくない。
『共通点なんて見えないよ。対応していそうなものなんていくつもあって、多すぎて全くどれが正解なのかわからない』
もしかしたら黒騎士について詳しいのかもしれないが、それは本筋からずれるので追求はしない。
「胎児は何か危機を引き起こすようなものなのかい?」
究極的な質問だ。
壊す必要性があるのか、というのは黒騎士の行動の意味を問い直すことにもなる。
そんな根本的問いかけに、奏未はその悲劇を淡々と答える。
『人を食べて肥大化し、やがては衆目に晒される。オーストラリアのシドニーで、30万人の命を奪う大災害になったんだよ?』
デスマリッジの死者は30万人、映画では亡者によって行われたことだが、それは違うと奏未が真実を語る。
『胎児に食べられた死者、胎児を直視して壊された人々、それによって起こった暴動、人間同士で殺し合いが起こった。ゾンビを操るその人は、ほんの少しお兄ちゃんの邪魔をしたくらいで、大して暴れたわけではないんだって』
それは逆だったと。
『彼は、暴動の鎮圧を積極的に行っていた』
「そんなバカな」
それは永覚の口からこぼれた言葉だった。
そいつが胎児を作っていたんだから、それで起こったことを自ら鎮圧なんておかしいと。
その話こそ作り話だと思えて仕方なかった。
奏未もその事件はよく知っている。
基本的に奏未は、広人が黒騎士として動くような事態を予測して、常に観測しているのだ。
リーラの里の時も、エドガー・ライトマンの時も、もちろん今も、広人のことを観測している。
だから間違いないと言える。
『この資料はお兄ちゃんの報告用の資料だから、一部詳細が伏せられてるんだけど、その作っていたとした謎の人物、それは正確には、作っていたように見えた、というだけなんだよ。あたし自身見てるから』
「当事者なのかい?」
『千里眼を使ってただけだよ。その人はそう見えた。けど実際はそうじゃなかったんじゃないか、ここまでがお兄ちゃんの考えだけど、あたしはもう一人正体不明の人物がいたのを確認してる。歪んでて姿は見えなかったけど、多分その人が本当の胎児の製作者』
「ならそのゾンビを操っていた人は?」
『見守ってただけじゃないかな?どうすればいいのかわからないから様子見していた。それならお兄ちゃんの行動を危機につながると思って妨害したととれるし、恐慌に陥った際に鎮圧に協力したのも頷ける』
となると、そのゾンビを操っていた何者かは今回は気にしなくてもいいのかと、安堵に胸を撫で下ろす。
『ちなみに、日本で発見された事例もあるよ。2年前くらいだけど、直視した人がいるみたい』
それは全てが初めから仕組まれていたかのような、この歪んだ世界の歪みを凝縮したような、そんな禍々しさ極まる甘美なる混沌だった。
『2年ほど前、ある人たちに発見された。サスペンスドラマの撮影現場で、山奥のシーンで目撃されたんだよ。サスペンスドラマが本当のサスペンスになったそうだよ』
弥生の肩が跳ねる。
永覚はその肩を抱き、自らも覚悟を決めて歯を食いしばり、硬直していた。
『夢斬如月一人のみの生存。観察処分ということになって、残りは全員殺し合いの果てに死んだ』
繋がってしまった。
なんの因果か、弥生の母親の名前が、その人が事件に関わっていたことが、電話越しに伝えられてしまう。
この仕事が永覚に回されたわけ、永覚の元に弥生がきたわけ、永覚が投獄されたことや母である六名の死でさえも、どこか作為的に感じてしまう。
真相は残酷に永覚を斬りつける。
永覚はすでに弥生の家族問題は解決したものだと考えていた。
そうしていた方が楽だった。
気持ちが晴れやかだった。
母親を殺して、父親と決別して、自分が新たに家族となって、一人にさせないことが一番だと思っていた。
しかし、全ては胎児を通して繋がっていた。
家族の破綻、今ある家族の形、バラバラになった父と娘、傷の慰め合いをする永覚と弥生。
もしも永覚が真っ当な人間だったら、きっとそれでも胸を張って弥生と向き合うことができただろう。
しかし永覚は犯罪者、何者からも嫌われ避けられる忌むべき元教職員で、殺人犯の誘拐犯の泥棒行為にも手を染めている。
それは事件を解決したのは僕だという自信を打ち砕いて、覆った真相に業物の剣で頭から足先まで真っ二つに分けられたかのような錯覚。
もっと根本的な問題は、表面的問題の解決で満足していた永覚には想像できなかった。
猟奇的性格を持たない永覚にはそんな追求は考えられなかった。
その不安は誰にもわからない。
なにせ、守っていこうと誓った者が、この真相を知って、そして解決してしまって、晴れて父親の元へと戻れるとなったら、自分の元にとどまり続けると言ってくれないかもしれないのだ。
少女の分厚い鎧は、たしかにあの母親ないしは家族が纏わせたものだが、それを纏っていない姿も、あの家族が一番よく知っているのも間違いない。
永覚が見ているのは氷山の一角にすぎないのだ。
永覚はそれがわかってしまうくらいには頭が回る。
しかしそこまでだ。
だから、なまじ頭がよかったためにその目は迷いに揺らいでいる。
少女は何も見せない。
不気味なほどに一切を語らずにいる。
それでも一緒にいると言ってくれたらどれだけ心救われたことだろう。
父親の元に戻りたいと言ってくれたらどれほど迷いを打ち消せただろう。
しかし少女は何も言わない。
顔は真っ黒、影に覆われてしまっている。
知られたくないのかと勘繰る。
しかしそれなら永覚の元を去りたいということになる。
認めたくない。
永覚はまだまだ一緒にいたいから、こんなにも悩んでいるのだと。
そして決断する。
迷った末の決断。
決して逃げ出さないという覚悟を抱いて、少女と真っ直ぐ向き合った。
「知らなければ二人でずっと暮らしていけただろう。僕は多分その幸せに酔いしれていたかったんだと思う。悪くない時間だったから。それは君も同じだと思う。でも、戦わなくてはならない。僕にはその責任があるんだ。すでに踏み入れてる。進むしかない。前がどこかわからないから、ひたすらに、深淵へ」
未来なんて夢見ない。
現実なんてクソ食らえ。
言葉を介して偽物の関係を作るのなんてもううんざりだ。
偽物の世界を壊すためにも、永覚は少女の頭を、弥生の頭を撫でる。
「君がどんな選択をするとしても、僕らは家族だ」
そしてこの結論に至った。
「僕らは家族だ」




