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捨てられた希望と期待外れ

 ティエラに本国へ連絡を入れさせて、その待ち時間の間に就寝支度をする。

 シャワーを浴びて歯磨きして、それからようやくジェームズと繋がった。

「会議中失礼」

『貴様、大したことない用件であれば罰を下すぞ?』

「そんな決定権ないだろ。あれ?イギリスって絶対王政だっけ?」

 そんなわけないはずだが、権威が言うとマジで洒落では済まない場合があるからな。

「違いますわよ。むしろ権限はほとんどありませんわ。日本と同じで権威は権力と分離していますわ」

「つまり罰は?」

「下せませんわね」

「なるほど。それなら安心」

『おい、待て貴様!何をするつもりだ⁉︎まさかティエラに変なことをするつもりではないだろうな!』

 何を急にバカなことを言い出すんだ。

『いいか!婚約もしとらん貴様がティエラに触れるのは認めんからな!いいか!!!』

「知らん。そんなことを確認するために電話を繋いだんじゃない」

 親バカの発作を軽く流して、さっさと電話を終えようと用件だけ話す。

「俺たちに見せた事件の資料あっただろ。あれを送れ。類似の事件がこっちでも起きていた。その資料を送ってやる」

『……』

「こっちである程度調べてやる。分かった情報も全部くれてやる。そっちの問題で終わる話じゃなかったんだ。だから協力しろ」

 横柄に言葉を叩きつけ、こちらが与えてやる側だというスタンスを取り続ける。

 恩を売ってるんだ、今後厄介になりそうだからな。

 一方的な利益はありえない、疑ってかかった方がいいのだが、ジェームズは疑っていないのか気付いて投げたのか、俺の言葉に協力を示す。

『わかった。機密情報だ、勝手に漏らしてくれるな』

「当然」

 直接送るらしいので奏未のパソコンを借りる。

 保険も保険だな。

 多分これブチギレ案件だが、バレなきゃ問題ないんだよなあ!

 いざとなったらババアが動けるように包のデータベースに送信させる。

 勝手に漏らす?知らないな。

 お前で包に送ったんだから、俺が直接的に漏らすわけじゃない。

 通話を切って、とりあえず今は休もうと部屋に戻る。

 資料が届くまでしばらくかかるだろう。

 目覚ましを早めにセットして布団にくるまる。


「よう、委員長。親父もついてくるが、構わないよな?」

「むしろありがたいな。予見者が来てくれるのであれば、怖れることもない」

 親父が8位だってことは有名だが、それだけに親父にかかる期待は重くなる。

 過度な期待は重圧にしかならないからな。

「いや、細心の注意を払って進むぞ。親父の能力で覗けないらしいからな」

「そうなのか?それってどういうことだ?」

 委員長は能力の詳細を知らない。

 親父は不安にさせたくなかったのか教えるつもりはなかったようだが、俺はむしろそうと知らずに行く方が危険だと判断した。

「親父を遥かに上回る実力の持ち主がいるかもってことだな」

 暗天(あんてん)(おう)になれば遥かにってことはないかもしれないが、少なくとも委員長の前でそれはしない。

 委員長の目は悪魔か人間か死者かそれ以外か、それが見分けられる目だが、親父の契約が特殊だからか見破られていない。

 だから極力魔法は使わないでいくはずだ。

 暗天の王の姿になれば、一発で悪魔だと知られてしまうから、おそらく使わない。

 それで勝てる相手だとは思っていない。

 まあ、一箇所にとどまっておくメリットはないだろうし、出会う確率の方が低いだろう。

 案外なんとかなるかもな。

 楽観的に考えて緊張を紛らわす。

 駅で領収書を発行して、目的地まで電車で向かう。

 近くの駅で降りて、そこからしばらくバスでの移動だが、運転手の様子はどこかおかしい。

 様子がおかしいといっても目に見える範囲では普通に仕事をこなしているだけだ。

 そこじゃない。

 暗技使いだからこそ分かるのか、それとも誰でも感じ取れるのか。

「派世広人、かなりまずいことになっているかもしれないぞ」

「ああ。いくつか想像したが、どれも最悪の場合に該当するレベルだ」

「まずいとか言ってる場合じゃねぇなぁ。ゼラや一位が出向くような案件だ。わしらでどうにかできるとはおもうなぁ。自分の命最優先でいけよ。なぁに、ガキの命守るためだぁ。わしだって命張ってやる」

 命張ってやる?

 初めて聞いた言葉が心にどしりと降りて、その重みに答えに気付かされる。

「町を覆う魔力が原因か?」

 静かにそう呟くと、親父が肯定し窓の外を歩く人を指差す。

 その人は当たり前の生活を営んでいるようにしか見えない。

 しかし、それこそがおかしいのだ。

 少し進むと見えてきたそれに、俺たちは息を飲む。

 田舎、そこには田畑が広がっていたはずなんだ。

 だがそこは、今では観覧車やジェットコースターを構えるテーマパークと化している。

 テーマパーク化するなら、周りにホテルを建てる必要があるし、アクセスだって良くないといけない。

 現在のテーマパークってのは、公共的なものであるはずなんだ。

 幼子を連れた夫婦だって、高齢者だって、障害者だって、誰だって安価で利用できる、それが現在のテーマパーク化だ。

 それがこんななんてのは、明らかに企業の手によるものじゃない、国の手によるものじゃない。

 それに違和感を持たない、否、持てない。

 異常性かとも考えたが、それなら一部の例外があるならここに住んでいる者にも例外がいたっておかしくない。

 しかしこんな異常事態が一切取り上げられていないところをみると、おそらく例外なんてない。

 ならば、魔法が一番現実的だ。

 魔力が町全体を覆っていたが、魔法が発動しているか曖昧だったが、これは俺が使う靄と同じことをしているだけだ。

 つまりは、魔力の性質で人を酔わせている。

 この程度の希釈な魔力はただ悪魔がここで魔法を使った程度のことだと考えていたが、どこでも同じ濃度で存在するのは不自然だ。

 大阪付近の方がその場に漂っていた魔力、不燃魔力は多かった、だから気付くのが遅れた。

「俺たちの侵入は、気付かれている」

「そうなのか?それはまずいのではないか?今奇襲されては躱しようがない」

「いや、誘っていると見るべきだなぁ。受け入れ態勢万全ってわけだ。これだけのことをしてんだぁ、何か目的があるんだろうなぁ」

 現段階で判断できることはない。

 だが、親父の誘ってるという予測が正しいなら、相手の目的もかなり絞られてくるな。

「なあ。魔力が原因だと言っていたが、それなら私は影響を受けるのではないか?」

 委員長の疑問には親父が答える。

「それはねぇなぁ。お前の目はそれを弾けるんだ」

 知らなかったな。

 委員長の目は俺の知らないことがまだまだ、というか委員長自身にも分からないことだらけなのではないだろうか?

「先生に選ばれたわけがわかったような気がする」

「あいつは勘だけで選んだな。あれの武器は天から与えられたと言っても過言ではない勘だ」

 同感だな。

 八田月の直感ほど信用できるものはない。

 なんとなくで事態を好転させるからな。

「さて、もうすぐだな」

 近づくにつれ不気味さを増すテーマパーク。

 その様相は廃墟そのもの。

「そういえば、資料だとここはビル群があったはずだが、土地の書き間違いか?」

 俺は今の今まで感じていた違和感を話す。

 しかしそんなものは今更だと、親父は一言で切り捨てる。

「それがやつの魔法ってことだろぉが」

 それが魔法か。

 ほんと、御伽噺の世界だな。


 外が丸見えの柵、本当にテーマパーク作りをするつもりがないんだなぁ。

 テーマパークってのは現実を感じさせないほどに嘘で塗り固めたものだろうが。

 だがここは現実そのものを示す。

 日本の観光地の未来でも演出しているつもりか?

 一昔前の遊園地、遊園地内のホテルも古風で、バブル時代に建てられたホテルと変わらない風貌だ。

 しかし中はがらんどう。

 蜘蛛の巣が張った室内には埃が積もっている。

「なんだ?これをもって現代アートだとでも言うのか?まあ現代アートらしいといえばらしいが」

「田園回帰が主流の時代に田園を潰してこんなものを建てることには、悪意しか感じられないがな」

 委員長はどうも別の現実が目に映っているようで、髪に隠した瞳が震えていた。

 一歩その中へと踏み込むと、その瞬間に景色が変わる。

 壊れた自由の女神、翼の折れたサモトラケのニケ、顔が黒く塗り潰されたモナリザ、生殖器のもぎ取られたダビデ像、巨大な空間とそうした誰もが知る美術作品に手の加えられた何かが置かれている。

 入ってきた俺たちは、正面に置かれたそれに視線が吸い込まれる。

 札束で作られた人形、その上に書かれた展示の名前に。

『破滅を目指す救いようのない人間(クズ)共展』

「ははっ……なかなかパンチの効いたタイトルだな」

「ぐうの音も出ねぇが、だからといって人に周知されない場所での美術展の開催なんてなぁ、それこそ救いようがねぇよなぁ?情報を発信する気がないのでは、結局そのクズと変わりねぇ」

 委員長は初めからこれが見えていたようで、ようやく同じものが見えるようになったと、少し安心した様子。

 自分だけ別のものが見えているのは不安になるし怖くもあるってことだな。

 勇気が湧いたのか先に一歩を踏み出す委員長、それに続く俺は、委員長の肩を掴み止める。

「俺が先頭を行く。それが一番安全だ」

「……任せる」

 委員長の合意を得て、1メートルほど前を歩く。

 人間の積み上げてきたものが壊れているという景色、見ていて気分の良いものではないが、そう感じるのはそこに妙な現実味があって、それから目を逸らそうとしているからか。

「誰かいる」

 委員長の言葉に意味はないが足を止める。

 たしかに誰かがいる流れを感じる。

 強烈な魔力もだ。

 それを感じてなお、俺は歩みを進めなければいけないというのか。

 足が重い。

 気付いてしまったから恐怖が重圧になったんだ。

 だが、戦うことを恐れるな。

 そんなことは全くの無駄なんだ。

 俺の生きる世界はこれの連続だったはずだ。

 近づくたびにその存在は大きくなっていく。

「悪魔王クラス、いや、それ以上か……」

 親父の呟きに夢幻(ゆめまぼろし)であってくれと現実逃避したくなるも、そんな妄想を噛み殺して足を踏み出す。

 魔力量は初めから分かっていた。

 底が見えないってことくらいな。

 だがそれは、イギリスでやり合った忘却だって同じだった。

 しかし実際はどうだ。

 存在感が全然違う。プレッシャーが全然違う。殺意が、恐怖が、空気が、世界が。俺の知るはずの何もかもと、違う。

 強いとか弱いとか、勝ったとか負けたとか、そんな次元の話ではない。

 絶望した時に近い無力感を感じる。

 俺は自らを奮い立たせ、ギュッと強く拳を固める。

「待っていましたよ。人間社会という病に毒された哀れな患者さんがた」

 声が空間に響く。

医師(ドクター)か?」

「そうです。私が医師です。そのように呼ばれることもありますが、悪魔の命を救う医師であると自覚しています」

 リーラの言っていた通りだな。

 だが、医師と呼ぶにはやることなすことおかしいのではないか?

 建築なりアートなり、医学とは別物だろう。

「さて、なぜこのようなことをできるのか、そう思っていることでしょう。それは私が医師だからですよ」

 まるで答えになっていないので、自分で考えて答えを出すしかない。

 学問は全てが関わりあっていて境界が曖昧だということからこれほどのことを行うには無理がある。

 アートや建築は全く違う毛色のものだから、そこに結びつけるには治癒術式を応用してどうこうなどとはできないだろう。

 となるとなんだ?逆に医学の枠組みを広げたか?

 言葉の意味を広げて解釈するのは、魔法の幅を広げるにはまず必要な技術だ。

「これも医師の力だと?」

「そうですよ。この景色も治療によって作り出されたものです」

 委員長の射程内に収めて立ち止まり、その一挙手一投足に注目する。

「アートは社会批判する意味を持つものが多く、社会への処方箋とでも呼ぶべきものです。それは当然私だって扱えます。テーマパーク化は現代を象徴するものですから、その機能を持つことを望ましいとすれば、その機能を持たせるように治療を施せるものです」

「それは医師の領分じゃないだろ」

「同じことですよ。小学校は社会のルールを持たない者に教育という治療を施す機関です。刑務所は社会のルールから外れた者に再教育という治療を施す機関です。病院は身体にある疾患を取り除くという治療を施す機関です。機能は同じく治療を施すことです。これに社会を当てはめて解釈しているだけです」

 何が望ましいのかを決め、そこに薬たる美術やビルを投与する、言うのは簡単だが実際行えるかと問われればまずできっこない。

 底無しの魔力を持っていたとしても、こんな魔法は実現不可能だ。

 それこそ、EXコードでも使わない限りはな。

「あなた方はなぜここに来たのでしょうか?私はお呼びしていないはずですがね」

「調査だぁ。突如として現れたビル群を調べるっていうなぁ」

「そうですか。それではもう用事は済んだでしょう。帰っていただきましょうか?私は別の者を待っておりますので」

 たしかにこれで切り上げたところですでに任務は達成されている。

 しかしこれだけ人間社会を批判するものを構えているのだ、何をしでかすか分からないという不安は拭えないままになってしまう。

「お前はなぜこんなものを構えているんだ?」

 地雷だとしても訊ねてみる。

 二人も訊ねることに異議はないようで、警戒させないために身構えずにいてくれる。

「余計な質問をしますね。私が魔法について教えた意図がわからないのでしょうか?」

 コツコツと足音を響かせながら、不気味な空気を漂わせて近づいてくる。

 ようやく顔がはっきりと見えるほどに近づく。

「まさか、本当にわかりませんか?」

 バカだからペラペラと話したのではない。

 そんなことは分かりきっている。

 やつが話したのは力の差を見せつけるため、強者の余裕を示すためだ。

「それでも訊ねているとしたら?」

「期待外れですね」

 足下からビルが伸びてくる。

 滅慟で地面を蹴って咄嗟の回避を成功させる。

 もうすでに詰んでいる臭いな。

「直球はまずかったか」

 全く流れの読めないから仕方ないと割り切って、さっさと逃げの戦略を練る。

 なんとしてでも委員長は守らないとだからな。


 そんなよく分からない地雷を踏むことによって始まった戦いは、悪魔と人間が戦っているなどとは想像もつかないような景色が広がっていた。

 巨大なビル群、空中に引かれた線路を電車が走る。

 そんな光景を作り出したのは、その中心で退屈そうにくつろぐ肩まである黒髪の男。

「さて、分断はできましたね」

 俺だけが医師の方へと誘導されて、委員長と親父はだんだんと離されていっているのを感じる。

 俺への攻撃が止む。

「何がしたいんだ?」

「聞きたいのでしょう?ここを構えた理由を」

 期待外れだと言っていたはずなのに、それは答えようとでも言っているように聞こえる。

 性格の悪い者であれば、そう言いながら答えずに殺すだろう。

 しかしそうすることもなく、そいつは俺に真顔で告げる。

「とある人物を追っていましてね。何というのでしょうか?正体を掴めていないのですが、仮に『βlugraph(ブルグルフ)』と呼んでおきましょう。その、『βlugraph』を誘き寄せ仕留めることが私の目的です」

 日溜と黒白凰が倒したそいつと同じ名称を当てられたそいつを、一刀に追われるそいつを、倒す、か。

「いえ、正確には目的の障害になっているだけ、でしょうか?あなた方もそうなるでしょうかと懸念していたのですが、問題は無さそうですね。なにせ、()()()()()()()()()()

 俺は何を期待されていた?

 いったいどうしてやつはそんな言葉を俺に投げかけた?

 やつの前提はなんだ?

 見極めろ、根本の考えを。

 壊れた美術作品、誰もいない展示、テーマパーク化、衰退したテーマパーク……

 人間の文明ばかりを取り上げてそれらの終わりを見せつけるなら、それらの終わりは人間社会の前提を同じく前提として扱っているはずだ。

 それを悪魔の視点で見たら?

「なんだこの気持ち悪さは……」

「それが正常な反応かもしれません。しかし受け止めなさい。そうしなければ気付けなどしません」

 考えても考えても答えなんて出てこない。

 共通点は人がいないこと。

 それは何を意味する?

 壊れた美術作品、美術とはなんだ?

 ハイカルチャー、情緒、政治的主張、そこに誰もいないのは、人間がそれらを失っていったから?

 テーマパーク化とはどういうことだ?

 世界どこにでも向かっていったそれは、数年前まで紛争をしていた国にだって人を向かわせることができる。

 世界のどこでも同じ仕事、同じ生活、その足がかりになるのではなかろうか?

 しかし衰退したテーマパークとはそれとは真逆だ。

 その産業で潤っていたはずが、中央からの援助に依存しなければならなくなる。

 さて、それを人間に見せて何を言いたい?

 人間はいずれこうなると言いたいのか?

「あいつは医師、つまり創造物は治療でなければならない。ならばこれは処方か?となると……人間のいない処方は放棄、人間を見限ったということか?」

「お見事です。やはりあなたは期待外れでした」

 人間を見限っていた。

 俺もそれと同類だろうと考えていたのだろう。

 だから期待外れはその逆張り、望ましくあったということ。

「人間を見限ったということは、一度は人間に希望を見出したことがあるということか?」

「はい。しかし誠に残念ながら、彼らは見事に私の期待を裏切ってくれました。悪魔と和解できるだろうと踏んでいたのですがね。いかんせん、『狂王(オーエン・ロード)』の登場が遅かった」

 第10位こそ希望の星だったようだ。

 たしかに成し遂げたことは偉業だ。

 貧困をなくし、中央集権を叩き壊し、権益を破壊して、国という概念さえ曖昧なものにしてしまわんとする。

「見てくださいこの社会を。構造化された差別の存在を否定する愚者、国内の格差を広げて先進国へと追いつかんとする新興国、資本主義の危険性に気付かず貧しくなっていってることにも気付かない愚者」

 散々な言いようだが、ぐうの音も出ない発言だ。

 経済を回さないとな、なんて言葉を大人たちに言われ続けて育った俺に否定できようはずがない。

「なろう系と呼ばれる作品群をご存知ですか?」

 聞いたことないな。

 作品群ってことは、文学や芸術の一派閥ということだろうか?

「私の定義では少し広くなるかもしれませんが、舞台を異世界、世界観としては中世ヨーロッパをイメージした作品ですね。そこに現代的価値観を持った主人公がいわゆるチート能力をもらって無双するという話です」

 俺はそれを聞いた瞬間に眉を潜めて嫌悪感を示す。

「あなたは今、何を想像しましたか?」

「フランシスコ・ピサロだな」

「私も同じです。想像したのは植民地支配、強大な力を持つ者が一方的に叩き潰す、それは植民地支配の歴史を突き詰めて表現しているようなものです。それと同じことを、文学として消費しているのです」

 なろう系というものが何か分からないからなんとも言えないな。

「自身に近しい者に利益を与える。貧困には一切目を向けない」

「外部か」

「そうです。例えば自転車を開発したとしましょう。そうしたらどうなりますか?」

「配達や運搬の常識は変わるだろうな。効率化され、これまで人海戦術で手紙配達のようなことをしていた者たちはその多くが失業する」

「そうです。でなければ産業革命時に機械打ち壊し運動なんて起こりませんよ。自転車は打ち壊し以降、近代化の象徴としては充分でしょう。当たり前ですが街は失業者で溢れ返ります」

 しかし植民地主義を批判的に描いているのなら問題はないはずだ。

 大体察していながらも、まだ人はそれをただの娯楽消費的に消費するだけのクズにはなっていないと信じて聞く。

「はてさて、わかっていて消費しているのか、わからずに消費しているのか。街にそんな惨状が描かれていないことから、貧困を見えなくしていた、搾取の存在に気付かずにいたリベラル最盛期を彷彿とさせます。娯楽や食の進出は、宣教師を送り込み生まれたキリシタンを足がかりに植民地化していた列強さながらでしょう」

 聞けば聞くほど現代では問題とされてきた歴史そのものだと思えてくる。

 俺がその作品群を知らないからか……いや、知っていたとしても俺も同じように背景を批判してしまうだろう。

「レビュワーたちの批判はこの発言が気に入らないとか、この行為は常識知らずの行いでありえないだとか、くだらない各論の部分を指摘するだけ。私に言わせれば、ただの植民地主義者だと一緒くたにまとめて論外だと切り捨てられるものです」

 内容がどうだとか関係なく、そんな植民地主義を楽しむ者たちがいったいどこに向かうのかと考えれば、たしかに頭は痛くなる。

「『破滅を目指す救いようのない人間(クズ)共展』としたのは、人間が積み上げた人文知を無視して時代を逆行したからか」

「私は悪魔です。それを当然恐れましょう。悪魔を支配しよう、搾取しよう、そう考えたとしてもおかしくはありませんからね。それと同じことを人間は妄想の中で行っているのです」

 実際そう考えているのは人間だけだ。

 悪魔の基本的な考え方は、ひっそりと生きていく、だ。

 人間社会で人に危害を加えるのは、人間と悪魔が大規模な戦争、境界大戦を行って、その時敵として存在していた人間に、ネガティブな意味合いが結びついてしまっているからだ。

「人間と悪魔は和解できる、そう信じていましたが、不可能だと改めました。ですから私が『究極の個』に至り、世界全てを治療する必要があるのです」

 目的が見えたな。

 しかし、世界全てを治療、それがどのような変革なのか分からない。

「それはいったい……?」

 聞いていいものか分からないから恐る恐る訊ねて、その調子を伺うように息を飲む。

「人間から能力を消し去り、科学と資本主義を奪う」

 人間はそれらをもって悪魔を苦しめたと、際限なく広がろうとするそれらを潰すと言う。

 つまりそれは、

「人間の終わりを演出しようというのか?」

「人間は数多の生物を絶滅させてきました。さて、今度はあなた方の番です。安心してください。あなた方が嫌ってやまない悪魔は、最後まであなた方を敵視し続けます。あなた方の作った兵器で死んだ彼らを、あなた方の育てた公害で死んだ彼らを、あなた方が生み出した感染症で死んだ彼らを、私たちが忘れることなどありませんから」

 期待外れ、それは失望などではなく、本来なら強調できただろう相手だからこそ、それを諦めた今現れるのでは困るのだと。

 つまるところその言葉の真意は、敵視、か。

 ここまで話てきて俺がようやくそこに行き着くと、そいつはようやく舞台は整ったと、医師らしく清潔感のある白衣に青いゴム手袋を装着して、青みがかったマスクを着用する。

「本来行う手術とは違いますが、これほど大きな病気を抱えていたのでは仕方ないでしょう。さて、手術の時間です。あなたを世界から摘出します」

「あれやこれやと話していたのはインフォームド・コンセントってか!」

 地面から生えてきた巨大な鉄の容器、それに取り込まれるのを避けるが、蓋のないそこが光瞬くのを見る。

 これは……

「安心してください。汚染を取り除くことは実にたやすい。ただあなたの体はもうダメでしょうがね」

 さらに何度か瞬くのを確認する。

「まさか……」

「人間にはすぎた技術です。ですから臨界事故が起こった際には、誰の責任だなどと責任追及する。社会全体で合意を得ずに行うなど、絶対に有り得ないのですがね」

 猛烈な吐き気に襲われて、たまらず俺は嘔吐する。

 体が痙攣し出して、何度も何度も嘔吐して、苦しさに意識が遠のいていく。

 チェレンコフ放射、だったか?

 ああクソ、人間の負の遺産をそのまま敵に回したようなものか、そんなの勝ち目なんてあるはずがないよな……

 遠のいていく意識の中でしかし視界は明瞭になっていった。

 本気で死ぬ、そう思ったからだろうか?

 俺の中で何かが湧き上がるような感覚を覚えて、紅い視界の中そいつだけを見つめ続けた。

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