その思考は弱さ故に
とりあえず悪魔をフィリアの家に運び、すぐに奏未を呼び出した。
奏未とフィリアは気を張っているが、悪魔はとても動けるような状態ではない。
しかし、人を見れば暴れ出さないとも限らないから、その警戒は正解だ。
まあ、こいつは魔力からしてただの初級悪魔、警戒が必要な相手ではない。
一般的な悪魔なら問題はない。
たまにイレギュラーがいるから、それだけ考慮すればいい。
そうしたイレギュラーでもなさそうだが、わざわざ言ってフィリアに疑問を持たれる必要もない。
「奏未、こいつの傷を治してやれ」
フィリアは俺の言葉に驚いているが、俺のことを知る奏未はすぐにその身に力を降ろす。
俺を知ってるというか、俺と兄妹なのだから、奏未も同じなのだが。
「驚いたか?」
「それはもう」
「止めないんだな」
「止めないわよ。悪い悪魔じゃないかもしれないから」
そういう考えを持ってくれてるのは嬉しいね。
もしかすると、黒騎士の活躍のおかげかもしれないな。
「奏未、そいつを治したらうちに運んでおいてくれ」
「うん。任せて。お風呂にも入れておくね」
「頼む」
登校時にはいなかった。
俺たちが学校にいる時に何かあったんだろう。
この悪魔以外の魔力は感じない。
そう時間は経っていないはずだから、魔法による攻撃だったなら、魔力の残滓で分かる。
外傷から察するに、単なる暴力なのだろうな。
相手は能力者だろうか?
体つきを見れば、この悪魔が戦闘向きではないことは一目瞭然。
これなら人間でも悪魔でも、能力を使わずに、そして魔法も使わずに、同じようなことができるだろう。
しかし、見てくれは酷いことになってはいるが、こいつは魔力を消費していないようだし、致命傷も避けられている。
どういうことだろうか?
こいつにそこまでの技量があったのか、或いは相手があえて避けていたのか。
起きてから聞けば分かることだ。
「さて、悪魔は奏未に任せて、さっさと準備を済ませるぞ」
悪魔への警戒が解けず気にした様子のフィリアだが、今は急ぐべきだと理解しているので、気持ちを切り替え部屋へと向かう。
それでいい。
いつ襲撃されるか分からないのだから。
荷物をまとめたフィリアを連れて家へと帰ってくる。
さて、あの悪魔は起きただろうか。
リビングの扉を開くと、ソファに腰を下ろしてこちらに顔を向ける悪魔が。
気がついたようだな。
さすが奏未だ。
奏未は二階の客室の掃除中か、掃除機の音が聞こえる。
悪魔放置して掃除か……
まあ、この悪魔からは戦意が微塵も感じられないし、一応結界を張ってるみたいだから、いいんだけどさ。
それに奏未のことだ、掃除しながらでも監視していることだろう。
「あなた方は…」
意識ははっきりしているようだな。
「俺は派世広人だ」
「フィリアよ」
「申し遅れました。私はフロスト」
堅苦しいな。
怯えと緊張を感じる。
フィリアのことは分かるっぽいから、なにかしらの組織に所属していそうだ。
「そんなに畏まらなくていい」
「そうですか。それではそうさせてもらいます」
敬語は抜けないのな。
人間相手でも抜けないということは性分なんだろうな。
悪魔の様子とは対照的に、俺は全くの無警戒で悪魔に近付いていく。
「もう傷は痛まないか?」
「あ、はい。大丈夫です。この度は助けていただき誠にありがたく存じます」
奏未が治したのだから問題など生じるはずもないことは分かっている。
一応それを訊ねたが、俺は意味のないやりとりで徒に時間を浪費することを嫌い、単刀直入に訊ねる。
「畏まらなくていいって。それよりお前、どうしてあんなところで倒れてたんだ?」
特に圧をかけることもなく、答える答えないはフロストの自主性に委ねる。
もしかすると、その回答次第では俺たちにも関係があることかもしれない、重要なことだ。
タイミング的にも、やはりフィリア関連なのではないかと思ってしまうのは仕方のないことだろう。
「それは……」
答えづらそうだ、少し待つか。
俺はコップにお茶を注いで、リビングテーブルの上に置く。
よほど喉が渇いていたようで、フロストはそれを警戒せずに飲み干す。
ただのお茶だが、これで一つ分かった。
フロストは人に慣れている。
俺たちを見ても大した反応を示さず、最低限の警戒しかしていない。
振る舞いが自然だ。
流れも緩やかで無理している様子もない。
「気が向いたら話せ。狙われているとか訳あって帰れないとかなら、ここにいるといい」
「私が泊まるの忘れてない?」
部屋ならもう一つ空き部屋があるんだが、、そういえばそうだった。
新人類のことがすっぽり抜け落ちてた。
まあ、大丈夫だろう。
「心配なら俺と寝るか?」
「流れるようにセクハラされた」
「なら奏未と寝るか?」
「あの子に守ってもらうのはなんだか複雑ね」
奏未は見てくれは小学生だからな。
「安心しろ。奏未がいる以上この家で悪魔は無力だ」
奏未が張った結界が、悪魔の魔力を抑えているからな。
この家に入った時に気付くと思ったんだが。
いや、気付いたが人間に影響がないから正体が掴めなかったのかもしれないな。
「何かあった時はすぐに気付けるし、フィリアだけでもどうとでもできるようにしている。悪魔を弱体化させる結界を、奏未が張っている」
「あ、やっぱりあの子頼りなんだ」
「おいおい、俺は無能力者だぞ?結界なんか張れると思うか?」
「威張る所ではないわよね?」
結界張れるけどな。
時間さえかければ、より強力な術式を展開できるけどな。
「それなら、大丈夫かな?」
ようやく納得してくれたか。
「まあ、元々こいつが襲ってくる可能性は万に一つもないけどな」
「どうして?」
冷静に分析すれば分かることだ。
「こいつは戦闘タイプじゃない。それに、魔力量も大したことはないし、力を得たところで戦い方を知らなければ悪魔王を倒せない。すぐに殺されて終わりだ」
「完成した力がその程度だと思う?」
「使い手がその程度なんだよ」
「なんだか悪く言われてるような気がするのですが…その通りなので言い返せませんね」
本人も認めていることだ、フィリアも納得してくれる。
もしかすると悪魔王が送り込んだ刺客かとも思ったが、この分だとそういうこともなさそうだな。
「お兄ちゃん、掃除終わったよ」
そう言いながら戻ってきて、そのまま流れるように台所で料理を始める奏未。
本当にいい子だなぁ。
すでに洗濯物も畳んである。
風呂も入れてある。
頭が上がらない。
「ありがとう。いつも助かってるよ」
そう言うと、奏未は照れたように手元に視線を下ろし、料理に集中する。
「どこか、他人行儀ですね」
そう見えただろうか?
やはり、兄妹の距離感がいまいち掴めん。
「仕方ないさ。元々は赤の他人だと思ってたんだからな」
フィリアが気にした素振りを見せるが、他人に話すことではないからな、気になることだけ言って、内容まで詳しくは話さない。
俺はそこで話を無理矢理にでも終わらせるために、両手をパンッと合わせた。
さて、この話題はこれで終わり
いまいち締まらない不思議な空気の中、1日はそのまま終わりを迎えた。
家をフロストに任せて、今日も学校へと通う。
「ヒロ君?どうしてフィリアさんと一緒に登校してるの?」
しまった!
夢花に言い忘れていた!
自分がやらかした最大の失敗に言われてから気付く。
本人登場してからじゃ遅いんだよぅ。
「ねえ、どうして?」
目から光がなくなってる、夢花も奏未と同じことできたんだな。
俺もやってみたい、じゃなくて、奏未の時の体験談だが、こうなると面倒なんだよなぁ。
「しばらく一緒に暮らすことになったんだ。やむを得ない事情だ。分かってくれ」
両手を合わせて懇願すると、誠意が伝わって夢花の瞳にハイライトが戻る。
よかった、奏未ほど面倒じゃなくて。
「ヒロ君に頼まれると許しちゃう私が憎いなー」
いいんだぞ、俺にだけ激甘で。
どんどん許してくれていい。
とはいえ、こういう誤解が生じるくらいなら、事情を説明するべきか?
夢花にはフィリアの件で戦わなくていいと伝えただけで、その他の情報を全て伏せている。
しかしまあ、夢花にも八田月からの情報くらいは話してもいいだろう。
フィリアがどうして狙われているのかとか、そうした話まではできないからな。
日溜はともかく、夢花にだけでも説明してやりたいところだが、フィリアの込み入った話を勝手にするわけにはいかない。
俺が話さなければ訊かないでいてくれるだろうけど、のけものにしているみたいで嫌だなぁ……
俺が夢花にとことん甘いから、そう思ってしまうのだろうけど。
「と、いうわけだ」
「事情は分かったけど、それっていつ来るか分からないよね?襲われるまでずっと一緒に暮らすの?」
「そうだな。といっても、近いうちに攻めてくるだろうけどな」
「どうして?」
フィリアが浮かべた疑問に、あくまで推測だがと説明する。
「これまで危険を顧みず、ほぼ毎日殺してきた。戦の悪魔王の策略にはまり、必要もないのに焦っている。あの男にその様子は無かったが、上は慌てに慌てているだろう」
ならば当然行動を急ぐ。
悪魔王の狙いがフィリアであり、そのフィリアに狙いを変えた以上、悪魔の秩序がのんびりしてる理由がない。
ここで急がなければ、これまで犯してきた危険は何のために、という話になってくる。
殺しのリストに載っていた人物は、どれもこの町の上層能力者だ。
それはおそらく、フィリアを捕まえる際に邪魔をされないため。
他にも目的があるかもしれないが、分からないことを考えていても意味がない。
「それにーー」
「それに?」
「戒の悪魔王ゼラスターが動いている。二体の悪魔王が動いている状況で悠長にはしていられないだろ?」
その動きはかなり顕著である。
わざとわかりやすく動いている。
焦らせる目的だろう。
焦らせ、失敗させる。
悪魔の秩序はよもや13位が失敗するなどとは思わないだろう。
13位は確かに強い。
だが、勝てない相手だとは思わないし、そもそも新たなる可能性クラスの実力者が悪魔にいないわけではない。
悪魔は人間に遅れをとってるわけではない。
悪魔王の勢力ともなれば、それほどの実力者が何体かはいるはずだ。
そういう存在はたしかに存在する。
故に、13位が負けないというのは神話にすぎないのだと。
「そもそもの話、やつらは、俺たちに情報が漏れていることを知らない。常に警戒させて体力を削ろう、なんてマネしないさ」
「広人、あなたそんなことまで考えてたのね…」
「ここはもう戦場だ。常に思考しなければ、守りたいものを守れない」
希望的観測なんて捨てろ。
そんなものを抱き続けている限り、勝利が訪れることはない。
絶望し、思考を止めないからこそ、勝利を掴み取れるのだ。
「だから広人は強いのね」
「いいや、俺は弱い。だが、考えることはできる。人とは元来、そういうものだ。弱さ故に剣を持ち、弱さ故に鎧を纏う。そうして強さを装ってきた」
「どういうこと?」
「そういうことだ」
戦いまでは、ただ考えるのみ。
強くなるにはまず、弱さを理解しろ。
何かを学ぶ時にはまず、自己の無知を認知するように。
俺は幾度となく自身を問い続けて、己についての理解を深めてきた。
自分を知るたび弱くなり、その度に勝利へ近づいていく。
弱さを取り繕う虚勢を纏う。
それが偽物であることを知らない者ほど、敗北に近づくわけだ。
己が強いなどという幻想に取り憑かれているわけだからな。
強く見えると言われるのは、光栄なことだ。
俺の鎧は破れないということだから。
「お前が俺を強いと言うのなら、俺の装いがお前に見破れなかったってことだな」
あの男もそうだったな。
戦ってみてよく分かった。
感情を殺していた。
自分を強く見せていた。
しかしそれは過剰だった。
まるで何かを隠すようだ。
そして、気付いてほしいようだった。
自責、後悔、止めてほしいと言っているようで、自分はもう後戻りできないと突き進もうともしているようで。
人間は悪魔をそれが正しいことであるかのように殺していて、悪魔は人間をさも当然のことであるかのように殺す。
そんな中で、どうして人間が人間を殺した場合は思い詰めるのか、悪魔を殺すのも人を殺すのも同じじゃないかと思うのだが。
おそらく彼も俺と近い感性だろう。
故に俺も彼の感情は分からないでもない。
止めてほしい、それこそが押し殺した本心だろう。
だが、彼にも守るものがあって、そう簡単には負けられないことも分かっている。
その鎧、俺が見事に剥いでみせよう。
フィリアでは勝てないだろう彼との再戦を思い、心を奮起させるのだった。
「派世ぇ、少しは殺気を抑えろよ。授業中気になって居眠りすらろくにできなかったぜ」
「文句なら先日会った男に言え」
学校では襲われることはないとは思うが、絶対ではない。
授業中も警戒をしておかなければだ。
学校に罠を仕掛けられないとも限らないから、教室だけに警戒を留めず学校全体に意識を張り巡らせている。
だからこそ、同じ教室内には殺気が充満する。
とはいえ、殺気に敏感な者しか気付かない程度に抑えているけどな。
学生レベルではまず気付けないのだがな。
さすがは日溜といったところか。
というか、居眠りを邪魔されただけで文句言うなよ。
まず授業中に寝ようとするなよ。
特大ブーメランがブッ刺さるが、そんなものは棚の上にポイだ。
「まったく…それで、何か解決の糸口は見えたのか?」
教室で話していて大丈夫だろうか?
中木とか委員長とか、首突っ込んできそうなやつがいるしなぁ。
中木はまだしも、委員長は本当に突っ込んできそうだ。
ここは嘘でも見えたと言うべきなのだろうけど、俺は嘘はつかない主義だからな。
「まったく。どうなるかは相手依存になるな」
「それ一番危ないやつやん」
まったくもってその通りだな。
だが、それしか道はないからな。
仕方ないね。
俺がなりふり構わず戦ったのなら、勝つことはできる。
しかし、そんなことをすれば俺に未来がない。
まあ、なんとかするしかないが。
「気をつけろよ。俺がいないから奏未ちゃんの力を共有できない。前回は奏未ちゃんの力があったから死なずに済んだが、今回はそうはいかないぜ」
なるほど、そういう認識になっているのか。
フィリアも俺が生きているのは、奏未の力のおかげだと思っているのかな?
「大丈夫だ。俺が死ぬと思うか?」
「思わないけど、その可能性は否定できないだろ」
たしかにその通りだが、あれに俺を殺す手段があるのかどうかは怪しいところだ。
俺でも死に方を知らないからな。
「そういえば、後輩との話はどうなったんだ?」
黒白凰のことで頭がいっぱいだったが、日溜が後輩に呼び出されていたことを思い出す。
「あー、それな。話を聞きにに行ったら、やっぱり無理ですって逃げられた」
あれは間違いなく告白しに来ていた。
一度タイミングを逃すとそうなるのは仕方ないことだ。
まあ、日溜も気にしてないようだし、今回はタイミングが悪かった程度にしか考えていないようだ。
「引っ込み思案なところがあるからなー、美穂ちゃんは」
やはり日溜と知り合いだったようだな。
だから何だって話だが。
どうせ日溜は断るんだろうしな。
根拠になるかは分からないが、日溜はどこか安心したような、そして罪悪感を感じさせる表情をしている。
もう少し表情取り繕った方がいいぞ。
その顔を美穂とやらにも見せていたとするなら、それはあまりにも残酷なことだ。
「しかし、お前こういう話興味あったんだな」
「当然だろ。他人の恋路は面白い。口は挟まないぞ。そこは弁えてる」
「他人の恋路より自分の恋路だろ」
「それはもう、俺がどうにかできる範疇を超えてる」
「一体どんな恋路なのか……」
俺の周りは少し厄介な関係だから、仕方ないね。
そもそも俺が中途半端なやつだし、恋愛も中途半端な関係の維持になってしまっているわけさ。
「はぁ。苦労しそうだぜ、あの子たちは」
「誰のことを言っているんだ?」
「さあな。誰だと思う?」
あの子たちだと、何人かいるってことだよな?
三人はすぐに予想がつくが、その三人だけだろうか?
考えてもどうにもできないし、まあいいか。
「お前たち、次は移動教室だぞ。いつまで話している」
そうだったな。
中木に引っ張られて別教室へと移動させられる。
ふむ、今日も気配は感じられないか。
しかし、黒白凰は移動が速い。
ずっと警戒していないとな。
「ただいまー」
そう言って戸を開けると、とてとてと奏未が寄ってくる。
今日は奏未が先に帰っていた。
フロストが気になっていたようだ。
いつも通り元気な奏未とは対照的に、フィリアは今日も元気がない。
「どうかしたのか?」
「大丈夫よ。どうして?」
「いや、元気がないように見えてな」
「私はこの通り元気よ」
無理して笑顔を作るフィリア。
そんな思い詰めた表情で言われてもな。
部屋に荷物を置いてリビングに行くと、こっちもこっちで思い詰めた表情の少女が。
どうしてうちはこんな陰鬱な空気が充満しているのかね。
窓開けて換気したら改善されるかね。
クーラー効かせてるから開けないけどな。
俺は大きな溜息をついて、フロストの隣に腰を下ろす。
奏未はもう部屋に戻ったか?
玄関で出迎えられて、その後すぐ2階に上がっていったから、掃除機をかけるのかと思ったが、一向に音が聞こえてこない。
掃除は終わってるようだな。
奏未はいないが、むしろその陰鬱としたものを吐き出すには、人が少ない方が話しやすいだろう。
さて、フィリアも部屋にいることだし、そろそろ事情を話してもらおうか。
同性相手の方が話しやすいかもしれないが、お前を治療することを決めた俺に免じて話してほしいが。
一つずつ質問をすれば、答えを得られずともヒントは得られるだろう。
「お前、誰にやられたんだ?」
「……」
答えは返ってこない。
返ってこないが、この間は雄弁に語っている。
「なぜ俺たちを怖れない?」
「……」
やはり少し間が空いて、その沈黙と表情から多くを読み取る。
「なぜ人に慣れている?」
「⁉︎」
そんなことは見ていればわかるさ。
俺も同じだからな。
悪魔は人間を敵視しているから、人間に慣れていない悪魔からはそうした視線を受けるものだ。
警戒だけというのは本来起こり得ないことなんだ。
戸惑いや誤解があったのだろう。
当然のことだと思う。
人間が悪魔を助けるなんて裏があるとしか思えない。
俺だってもしそんな話を聞いたら、きっとその人間には裏があるんだと思うさ。
人質にするつもりなんじゃないか、とか、情報を引き出すために拷問にかけるのではないか、とかな。
しかし俺はそうしなかったし、新人類であるフィリアと同じ家で当たり前のように過ごさせている。
俺がどうしてそんな判断を下したのか、もっと深く考えるべきだったな。
話すべきだと思っていたのは知ってる。
何度も話そうとしていたからな。
だが、あと少しのところでやめてしまっていた。
俺たちが信用できないとかではなく。
きっと、巻き込みたくなかったんだろう。
だが、それもここまでだ。
すでに巻き込まれているのだから、今更なんだといい加減に気付け。
「お前はとある組織に所属している。そしてそこには、優れた力を持つ、お前と少なからず親交のある人間がいる」
ひどく抽象的な言い方だが、相手はこれで何もかも見透かされた気持ちになる、はずだ。
正直フロストのことなどなにも分かっていない。
推測できる情報を繋ぎ合わせただけだが、自信満々に話すことですでに知っているように思わせる。
タイミング的には組織所属の悪魔である可能性が高く、そしてそこに親交のある人間がいることも、人間に慣れていることから想像できる。
それがあいつではないかというのはカマかけだ。
しかし、ある程度当てはまっていれば、あとは向こうが勝手に話し出してくれる。
占いによく似た手法だな。
案の定フロストもそう思い込んでくれた。
「話せよ。なんとかしてやる」
フロストは耳を疑った。
俺の発した言葉が、とても人間の少年が、いち高校生から発せられるものではないからだろう。
「どうして……?」
俺は質問には答えずに、無言でその目を見つめ続けた。
やがて諦めたように溜め息を吐いたフロストは、ぽつぽつと経緯を語り出す。
「私はある人を止めるために、組織を飛び出してきたのです」
その姿はとても悔しそうで。
「その人はいつも必死で、とても弱いんです。妹を助けたくて、悪魔に必死に懇願して、延命がせいぜいで、それで……」
涙を流す姿は、大切な人を想う温かな感情で溢れていて、言葉を失うほどに美しかった。
「彼は、組織のために人を殺しています。私はそれを止めたかった。彼は誰かを殺すたびに、彼は笑顔を失っていった。日を追うごとに涙を流して、いつしか彼は泣かなくなって……でも、私には止められなかった。けれど、やっぱり間違っているから、思い切って飛び出してきたのですが、あの様です」
見惚れている場合ではないな。
頭を切り替える。
なるほど。
あの重症(見た目だけ)はその時に。
組織から受けた傷、というわけではないらしい。
組織の報復ならあの程度ではすまないことがほとんどだから、あのような加減が加えられている以上、個人にされたと言われた方が納得だ。
そしてやはりあの傷の負わせかた、相手はおそらくフロストのことを遠ざけようとしたんだろう。
フロストの怪我は見てくれは重傷のように見えたが、しっかりと致命傷を避けていた。
魔力もしっかりとしていたし、自力で帰れるように痛めつけた、といった感じだったな。
正直、人間側の領域に放置はどうかと思うが。
「あの人は、人を殺したことを後悔していました。お願いです……彼を、彼を止めてください!妹を助けるために、彼が犠牲になっていい理由なんてありません!それに、彼女もそんなのは望まないはずです!そのためなら私は、どうなっても構いません!」
頼まれるまでもない。
元々無理に聞き出そうとしたわけだし、それに、なんとかしてやると言っただろ?
「任せておけ」
打算ありきで助けたわけだが、一度首を突っ込んだんだ、最後まで助けるさ。
「それで、そいつは誰だ?」
それが誰か分からないと止めようがないのだから、訊ねるのは当然だ。
といっても、大方予想はついてるけどな。
フロストも聞かれるだろうと思っていたようで、少し目を伏せて、その名前を口にした。
「その人の名前は、黒白凰帝」




