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開幕

 どうして俺はあんな選択をしたのか。

 俺、派世(はぜ)広人(ひろと)は現在、十数体の悪魔たちに囲まれている。

 久しぶりに悪魔と戦う。

 正直面倒だが、ここで戦わなければ人に被害が出てしまうだろう。

 それに、最近こそ減っていたが、こんなことは俺にとっては日常茶飯事だ。

 拳を緩く握って、相手の様子を伺う。

 夜の(とばり)が下り、月明かりが静寂を世界に誘う、そんな時分。

 下卑た悪魔たちの笑い声ばかりが甲高く反響する。

 そんな闇を切り裂くように、それは唐突に現れた。

 紅い光が視界を過ぎり、数体の悪魔が鮮血を撒き散らしながら倒れ伏す。

 俺はその光の行く先を視線で辿り、思わず言葉を奪われた。

 その少女は、紅く輝く長い髪を風になびかせ、右手に細身の剣を握り、コンテナの上で佇んでいた。

 そんな神秘的な姿に不似合いな剣先に付着した、日本では古来より不浄なものとして扱われてきた血液を、それこそ不浄を祓うかのように切り払う。

 視線も言葉も奪われた。

 そんなよくある物語の冒頭のようなワンシーン。

 それが俺とそいつの………フィリア・ユスティリアとの出会いだった。


「ふぁぁぁぁ〜〜〜……」

 頭痛ぇ………

 長いあくびが頭に響き、二日酔いの頭を刺激する。

 クソ親父に飲まされた酒が残ってやがるな。

 必要なこととはいえ、飲ませすぎだろ……

 我が親ながらほんと呆れる。

 頭を押さえながら、おぼつかない足取りでふらふらと階段を下りる。

「うぅ、水……」

 キッチンでコップになみなみと水を注ぎ、一息に飲み干す。

 喉の奥に焼けるような感触が残っていて、とても不快だったのが、ほんの少しだけ和らいだような気がした。

 朝食はとても食べる気分にはならなかった。

 二日酔いで高校に行くわけにもいかないしと、意識を頭に集中させる。

 すると、痛みがすっと引いていく。

 そうして冴え渡った頭で気持ちを切り替えて視線を動かすと、ダイニングテーブルの上に置かれた一枚の紙に視線が吸い寄せられる。

『広人よ、しばらく雨露(あまつゆ)と遠出してくる。お前は面倒事に巻き込まれるだろうけど、まぁせいぜい頑張れ』

 クソ親父のやつ、飲ませるだけ飲ませて、どっか行きやがったよ。

 しかも不吉な言葉を残して!

 冴え渡った頭に再び頭痛が戻ってきた。

 それも今度は治せないやつだ。

 お袋まで連れてくってことは、多分仕事だな。

 だから当たっても仕方がないのだが、仕方がないのだが……

 しかし……面倒事かぁ……

 親父が言うんだから何かあることは間違いなくて、朝からの幸先の悪さに、俺は思わず大きな溜息をこぼす。

 そうしていつまでも家にいるわけにもいかないので、いそいそと支度を済ませて、時間ギリギリになってようやく学校へと向かうのだった。


「派世ぇ〜〜〜〜」

 そう言いながら、日溜(ひだまり)優日(ゆうひ)が背後からもたれかかって来る。

「やめろ。暑苦しい」

 そう言って押しのけ、大きなあくびをする。

 7月が近づくと暑さで眠気が…。

 そんなことを考えていると、再び大きなあくびをする。

「ヒロ君は今日も眠そうだね〜」

 のんびりとした調子で、幼馴染みの佐鳥(さとり)夢花(むか)が隣の席に座る。

 心外だな。そんな言い方じゃあ、まるで俺がいつも眠そうみたいじゃないか!

 まあ、そのとおりなんだけど。

「派世よぉ〜〜映画見に行こうぜぇ〜」

「金がねぇ。行く気もねぇけどな」

「最近話題のナイトメアシリーズ最新作、ナイトメア〈デスマリッジ〉だぜ?」

 過去何度か出現した、人を救った悪魔《黒騎士》が活躍する映画だったな。

「だから、行かねぇって。俺補習あるし」

「あー、そういえばそうか。お前さん無能力者だもんな」

「どうだ、すごいだろ」

「そこは誇るところじゃないんだよなぁ」

 この世界には階級(クリアランス)というものがあり、俺はその最下層、〈紫〉に割り振られている。

 ちなみに、階級は下から順に、紫、青、緑、赤、黒、白とあり、〈白〉には階級のほかに、順位までつけられている。

 階級によって開示される情報量は変化するし、使用できる施設なんかも変わってくる。

 だから、階級による差別が日常的に行われている。

 うちは私立だからあまり階級での差別はないが、公立のそれはひどく、教師が生徒をいじめる、なんて話はよく耳にする。

「しかしよ、補習なんか受ける意味ないだろ。無能力者が能力について教えられたところで、使う能力がないのにさ」

 その通りだな。

 〈紫〉に振り分けられている以上、これ以降能力が目覚めることはないとされている、ということだからな。

「それでも、受けなきゃ駄目だと法律で決められている」

「そいつはどうしようもないな。それじゃあ、佐鳥(さとり)さんと二人で見にいくよ」

「ごめんね」

 秒で断られたな。

「いや、断られるのはわかってたけどね?」

「何か用事があるのか?」

 夕飯を作ってもらおうと思っていたんだが、夢花の都合を聞いてなかったな。

「何もないよー。ただ単純に映画に興味がないだけだよー」

 夢花はテレビすら見ないからな。

 普段は割烹着を着て家事してるしな。

「なら、今晩の夕食を頼んでもいいか?」

「任せて!腕によりをかけて作るから、期待しててね!」

 やっぱり料理のこととなると、いくらか気分が高揚するようだな。

 そんな夢花を見て、日溜は微笑ましげに笑う。

「どうした?そんなだらしない顔して」

「いやー、青春してるなって」

 料理作れる→やったー、のどこに青春の要素があるのだろう?

 そうして困惑しているうちに、始業のチャイムが鳴る。

 同時に担任が入ってきて、ホームルームが始まった。


「なあ八田月(やたづき)ぃぃ〜。俺らの事情知ってんだから、補習免除にしてくんねー?」

「学校では先生と呼べ」

 うちの担任八田月狼破(ろうは)は、今年で19の新任教師。

 うちの卒業生だ。

 法律が変わり、高校のうちに教員免許を取れるようになって、そのおかげで現在教師をやっている。

 新任だが担任になれたのは、今年の2年に問題児が多いからだろう。

「おれも派世くんに賛成です。おれたちに能力を教えたところで、全くの無駄でしょう」

「しかし、法で定められていてはな」

「委員長の言う通りだ。こればかりは俺にもどうしようもない」

「先生にも浸透していたのか、その呼び方…」

 委員長と呼ばれているのは、逆見(さかみ)蓮葉(れんは)

 黒髪ロングできっちりしていて、自分にも他人にも厳しいことから、日溜がそう呼び始めた。

 実際のクラス委員長は、一緒に補習を受けているもう一人の生徒、中木(なかき)湧太(ゆうた)だ。

 この2人も〈紫〉だが、こいつらには能力がある。

 八田月もそれを知っているが、何度測定しても変化がないのでは、〈紫〉だと認めざるを得ない。

「俺だって我慢してずっと受けていた。お前らも我慢しろ」

「終わったことにできないか?」

「ナイスアイデアだ、派世くん!」

「その手があったな!」

「俺がクビにされるわ!」

 無駄話を聞いて時間を潰されるとか、生産性や合理性のかけらもねえな!

「俺だってしたかねぇけどさ、お前らに変化がねぇからなぁ」

「使ったら機械が壊れました」

「私のは人のとは随分と違うみたいでな」

「体質は測れないんだとよ」

 三者三様の返しだ。

 実際、俺たち3人はそれぞれがまったく別物の力を持っているからな。

「わかったわかった。なるべく早く終わっから」

 そうして始まった補習は、結局1時間かかった。


 夢花の家での食事を終え、俺は帰路につく。

 ついでにコンビニに寄って、替えの歯ブラシでも買おう。

 そう思い立って、少し寄り道をする。

 若干周囲を警戒しながら、そんな様子を隠すようにのんびりと歩く。

 夜は人の時間ではない。

 明るい繁華街であろうとも、裏路地に入れば人以外の危険も多分に含まれている。

 閑静な住宅街であればことさら警戒が必要である。

 コンビニに入って歯ブラシと飲料水を買う。

 やる気のない店員に癖付いているお礼の言葉を言いながら、スマホで決済を済ませると、程なくして誰かからメールが届いた。

 立ち止まってメールを読む。

 日溜からのメールだ。

『悪魔の動きが活発になってるらしいぜ。俺も悪魔退治を先輩に頼まれた。お前も見かけたら倒してくれ』

 日溜の言う先輩とは八田月のことなんだが……八田月のやつ、生徒に何頼んでんだよ!

 そして日溜も、無能力者に何頼んでんだよ!

 なんて日溜にも思わずツッコミを入れそうになったが、まあ日溜と俺との関係を考えれば自然なことだ。

 はぁ……

 小さな溜め息が漏れる。

 見かけたらって、夜出歩かなければ見かけることは本来起こり得ないのだから、なんで日溜の中では俺が夜出歩いていることが通説になっているのか。

 ほとほと呆れてしまうのは、自分に対してだ。

 こんなメールが届いたからには、絶対に無視できないよなぁ。

 コンビニと居酒屋の間の細い路地から、微弱ながら魔力を感じる。

 面倒だと思いながらも見に行ってしまうのが俺なんだよなぁ……

 メールが届いていなくとも見に来ていたであろう俺を残念に思いつつも、そこを覗いて目を凝らす。

 予想通り、そこには小さな魔法陣が1つ。

 本来なら人間には、魔力も魔法陣も感じ取れないんだけどね。

 さてと、単純な術式だから少し見ただけですぐに分かった。

 この術式だと基本転移魔法だな。

 一方通行の術式で、現在地と送り先の二箇所に術式を設置しておく必要がある。

 消費魔力も少なく、移動にもさまざまな制限があるため、使う悪魔は魔力の少ない悪魔だと相場が決まっている。

 おそらく、この先に下級以上の悪魔はいないだろう。

 そして転移先はどこか。

 基本術式では、とばせて半径200メートル以内だ。

 この辺りで悪魔がいそうな場所は、コンビナートぐらいしかないな。

 あたりをつけてもう一度術式をよくよく見返しておいて、それから覚悟を決めて小さく頷く。

 とりあえず入るか。


 ふむ?予想通りの場所に出たが、悪魔の数が随分と多いな。

 これは日溜に任せた方が良かったかな?

 悪魔たちは、とばされてきた俺を見て、下卑た笑みを浮かべている。

 月明かりだけが頼りの現状では、相手の表情は読み取り辛いが、今のこいつらが何を思っているのかは非常に分かりやすい。

 しかし、手元にナイフがあれば別だが、多人数相手だと時間がかかるんだよな。

 数というものはそれだけでも厄介なのだら。

 しかし、来てしまったのだから仕方がない。

「ヒャハハハハ!!!何が起きたか分からないって顔してんぜ!!!!!」

 そんな顔はしてない。

 むしろ、来る前から分かっていた。

「ふっはははははは!こいつは滑稽だ!」

 それはこっちのセリフなんだよなぁ…。

 本来人間は魔力を感知できないから、悪魔がそう思うのも仕方ない、のか?

 多分あれだ、今回初めて仕掛けて、人間を連れて来れたのが嬉しくて、正常な判断が出来ないとか、そういうあれだな、うん。

 でなければここまで敵の前で無防備晒すなんて失態がおかしい。

 悪魔たちはニヤニヤと笑いながら、それでも警戒はしているのか、周囲を囲むようにしてから、徐々に包囲を狭めてくる。

 それでもただ散開しただけという側面が強そうだ。

 まさか一人でも戦えそうだという理由はないだろうな?

 ともあれ、ある程度狭めたところで、悪魔たちが姿勢を低くして、一斉に俺へと仕掛けてくる。

 その刹那、紅い光が視界を横切った。

 それと同時に、悪魔たちのいくつかが、鮮血を撒き散らしながら倒れる。

 俺は悪魔たちの攻撃を軽く受け流して、その主へと目を向ける。

 紅い髪の少女は、細身の剣を右手に握り、コンテナ上に佇む。

 能力……ではないな。

 その少女の流れは不自然な程自然だ。

 俺の知るどんな力とも違う。

 こいつは、何者だ?

はじめまして、ぶいです。

開幕というタイトル、やはり初めは物語であることを強調するようなワードである「開幕」を使いたくて、このようにしました。

今から物語が始まるぞって感じでいいのではと、そしてサブタイトルはやはり作品に対してメタ的な視点で見れる唯一の表現場所だと思います。ともあれ、視点は作者である私、ぶい視点ってわけではないんですけど。

もし気に入っていただけたら、続きもどんどん読んでいっちゃってください。

不思議な少女との出会いから始まった物語、もう少しだけ先まで、読んでいただけると嬉しいです!

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