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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第一章 石膏像の少女】
9/47

〔9〕

 田村の家族が生活する場所は、食堂から客室に繋がるエントランスの入り口とは反対側にある。

 遼が優樹の部屋に行くためドアを開けて廊下に出ると、よく知っている少女が所在なさそうに立っていた。

「なんか、大変なことになってるね」

 田村の一人娘である杏子は、叢雲学園では数少ない女子生徒の一人である。

 戦前、海軍士官学校の予備校だったという叢雲学園は元々男子校で、一学年百二十人ほどの生徒の中、女子は二十~三十人くらいしかいない。

 おそらく入浴を済ませたばかりなのだろう、乾き切らない髪からはシャンプーの優しい匂いがする。パジャマではなく普段着のままなのは、今日、遼が泊まりに来ることを知っていたからだろう。

「あの……さ、コーヒー持ってってあげようか?」

 いらねえよ、と、優樹は素っ気なく答えたが杏子は遼に聞きたかったらしい。気づいて遼は、笑顔をつくった。

「ありがとう、杏子ちゃん。お願いするよ」

「うんっ」

 途端、杏子は嬉しそうな顔になる。

「あ、じゃあ俺にも」

「優樹は自分で入れたら?」

 優樹に向かって顔を顰め、杏子は食堂のドアに姿を消した。

 しばらくして、杏子はちゃんと二人分のコーヒーを持ってきたが、母親に邪魔をしないよう言いつけられたのかベッド脇のテーブルにトレーを置くとすぐに部屋を出ていった。

 ペンション自慢のブレンドコーヒーに添えられた多めのミルクは、小枝子の心遣いであろう。高校生といえども、子供はコーヒーにミルクを入れるものと決めつけているようだ。

 いつものように優樹は砂糖とミルクを多めに入れたが、遼はストレートで口に運ぶ。

 その強い香りで、気持ちを落ち着けたかった。

「あれが……僕の姉さんだったなんて……」

「見たんだろ、女の人を」

 視線をカップに落とすと、手が小刻みに震える。

 込み上げる感情は、悲しみと言うよりも悔恨のそれに似ていた。

 遼の様子に、暫く話しかけにくそうにしていた優樹が、「俺が……余計なことをしたから」

 と、小さく呟く。

「君は、関係ないよ」

「なんだよ、それ!」

 明らかに怒りを帯びた強い口調に、遼は驚いてコーヒーカップを落としそうになった。

 顔を上げると、優樹の真っ直ぐな目が睨むように見つめている。

 ビジョンを見たときから、こうなることは避けられなかったに違いない。

 遼が忘れていた姉の存在と、その姉が巻き込まれた不幸な事件。いづれ、わかる事だったのだ。優樹の行動に責任がないと言いたかっただけなのに、そうは受け取らなかったらしい。

「僕が石膏像を見つけたことも、君がそれを壊したことも多分、彼女が望んだことなんだと思う」

 冷静に見つめ返した遼に、優樹は赤面した。

「望んだ事って……それじゃあ、おまえには彼女の望みがわかるってのか? 隠さないで言えよ、ホントは他にもあるんじゃないのか?」

 それは……と、言いかけて遼は黙り込む。優樹の言うように、いままで見てきたビジョンと違う気がしていたからだ。

「おまえ、帰ろうとして美術室を出た時も何か見ただろう? 刑事に話しかけられてたけど、何が見えたんだよ」

 優樹の言葉に、遼は狼狽える。

 何故、わかるのだろう。あの若い刑事、神崎は何かを感じていたようだが、優樹に見えたはずが無い。

 神崎を取り囲んだ深く青い海と、その中に漂う制服姿の少女が。

「優樹、君は……」

 優樹の勘の鋭さには、以前から気付いていた。

 クラスメイトに嫌がらせをされていると、必ず姿を現すのだ。ただ、そんな気がしたから、と言う理由だけで。

 試験の時も、ヤマを張れば八割方は当たる。田村と大貫が釣りに行くときも「今日は釣れないよ」と言えば本当に、まるで当たりがなかった。

 優樹は両親の話をしたがらないが、いつだったか田村に聞いた話では母方が村雲神社の宮司の家系らしいので、少しは関係あるのかもしれない。

 たまたまだよ、と、優樹は笑うが的中率に肌寒さを覚えたことさえあった。

 石膏像を割った事も、意図しないところで彼の勘が働いたのだとすれば……?

「ごめん……そのことは後で話すよ」

 遼はそのまま優樹の方を見ずに、小枝子が用意してくれた簡易ベットに潜り込んだ。

 不満の残る顔をしていた優樹も追及するのを諦め、自分のベッドに入る。

 しかし夜が更けるにつれ、遼の脳裏には止めどもない考えが駆けめぐり、なかなか眠ることが出来なかった。

「遼、寝たか?」

 同じく寝付くことが出来ないらしく、優樹が声を掛けてきたが聞こえないふりをした。

 心配してもらえるのは、嬉しかった。

 だが、どこかで迷惑に思う気持ちに戸惑う。

 これは自分の問題だ、と、遼は心に言い聞かせた。今までのように、頼ってはいられない。

「……寝ちまったのか」

 暫くして、優樹の寝息が聞こえ始めた。

 遼はまんじりともせずに、天井を見つめ続けた。

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