〔6〕
通路に出た神崎は、少し離れた先で彼らを待っている四十代半ばの男性に会釈してから、遼と優樹に笑顔を向けた。
「今日は、いろいろと大変だったね。かなり疲れたと思うけど、我々が長いこと探している殺人犯逮捕に繋がる重要な証拠が見つかったんだ。これからも、協力をお願いするよ。それから……」
上着の胸ポケットから手帳を取りだし、私製の名刺を二人に手渡す。
「ここに僕の携帯番号が書いてあるから、警察に来て話すほどでもないような小さなことでも、何か思い出したら教えてくれるかい?」
黙って名詞を受け取った遼と優樹を迎えに来た保護者に渡して、神崎は美術室に戻ろうとした。
教室から出て来た鑑識に道をあけ、ふと証拠の収められたアルミ製の箱に目を留める。
そういえばまだ死体をよく見ていなかったな、と、鑑識を呼び止めようとしたその時……。
突然、眼前が昼間のように明るくなり、足下に冷たいものを感じた。
見ると、自分の足が膝の上まで水に浸かっている。
『見ないで……』
確かに後ろから、女の声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。
振り向くとそこには、何もない。
ただ、呆然と神崎を見つめる秋本遼の姿があった。
「今の声は……君が?」
遼は、首を横に振る。
「ああ、そうだね……そんなはずはない」
一瞬の幻は、跡形もない。だが聞こえた声は、確かに彼の知る少女の声だった。
……どうかしてるな、俺は。
神崎は寂しげに笑って、何でもないと言う仕草で遼に手を挙げた。