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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【最終章 蒼天の龍】
47/47

〔1〕

 『叢雲青龍祭』当日は、必ず晴れるというジンクス通りになった。

 蒼天には雲一つなく、澄んだ空気は秋の終わりを匂わす冷たさがある。

 正門上で青龍のオブジェをセッティングしていた遼は、来客用駐車場から学園に向かってくる招待客の中に神崎の姿を見つけ梯子を降りた。

「来てくれたんですね、嬉しいです」

「ああ、今日は非番にしてもらったんだよ。この学園は母校でもあるし、卒業以来『青龍祭』には来たことがなかったから……懐かしくてね」

 江里香の思い出が、神崎を学園から遠ざけていたのだろうと遼は思った。

「それで……大貫さんの件はどうなりましたか?」

「田村さんが、よく協力してくれているけれど物的証拠がないんだ。状況証拠だけで立件することになると思うが……その時は、また君達に色々と迷惑をかけてしまうね」

「迷惑だなんて事、ありません。叔父に代わって僕が、少しでも被害者家族に償うことが出来るなら……田村さんも母さんも、同じ思いです」

 大貫の動機は大方、田村が警察に話してくれたため遼は辛い話を繰り返す事なく済んでいた。

 裁判では田村も遼も、大貫の精神状態を異常と決めつけたがる弁護人に反対の態度を取るつもりだ。狂人の犯行で終わらせず、身内の者として、しっかり責任を取りたいからだった。

 その強い決意に、神崎は協力してくれている。

「それにしても見事な青龍だね。僕等の時代は、ここまで立派なオブジェを制作出来なかったよ」

 沈んだ空気を払うように、神崎は明るい口調で感嘆の声を上げた。

「デザイン画を描いたのは来栖先輩です。人格的にはともかく、美術的な才能は確かにすごいと思いますよ」

「人格的に……ねぇ?」

 来栖の行動が思い当たり、神崎が笑った。

「裏サイトの件は僕の担当じゃないから詳しく解らないけど、厳重注意だけで済んだようだよ。大貫さんを失って、来栖君もかなり気落ちしてたようだ」

 遼も、少し寂しそうな顔で笑う。

「遼っ! 手伝いに来てやったぞ……っと、あれ、神崎さん来てたんですか?」

 数人の友人達と連れだってやってきた優樹に、神崎は手を挙げて応えた。

「久しぶりに学生気分に戻りたくてね」

「へえっ、神崎さんが? じゃあ俺が、学園内を案内してあげますよ!」

「ありがとう、お願いするよ。ところで須刈君に会いたいんだけど、どこかな?」

「アキラ先輩はまだ来てませんよ、多分。あの人、朝が苦手だから」

 優樹に代わって遼が答える。

「後で聞いた話だが、彼は合気道の有段者なんだって? 優樹君が払い倒されるなんて思わなかったよ」

「ちぇっ……知ってたら、あんなに簡単にやられなかったさ」

 優樹は面白くなさそうに呟いた。

 考えてみれば、以前地下倉庫で優樹に胸ぐらを掴まれたアキラが抵抗しなかったのは、故意だったのだろう。

 合気道の試合や大会の話は聞かないが、その強さはどうやら武道部で一目置かれているらしかった。

 神崎が笑いを堪えていると突然、優樹の表情が硬くなり挑むような目付きに変わった。

「そんなに怖い顔をしなくてもいいでしょう、優樹?」

 海を渡る風のように心地よく、心の琴線に触れるような響きのある声が背後から聞こえて神崎が振り向くと、すらりと背の高い、まるで一輪の百合の花のような女性がそこに立っていた。

「何しに来たんだよ、あんたには用のないところだろう?」

「本校の代表としてきたのよ、私の勤めですからね。たまには横浜の本家に顔を出しなさい。おじいさまが、会いたがっていらっしゃるわ」

「真っ平だね!」

 くすり、と、彼女は笑って二人の男子生徒を伴い正門を通っていった。

 が、足を止めて青龍のオブジェを見上げる。

「目障りな飾り物ね」

 その言葉に怒るのではないかと遼は思ったが、以外にも優樹は冷静だった。

「あの人……」

「ああ、姉貴だ。横浜の本校、朱雀校の生徒会長だよ」

 話には聞いていたが、遼も会うのは初めてだ。

 優樹よりも、きつい感じはするが美しい人だった。洗練された、触れがたい印象を強く感じる。

「あぁーっ、朝から厭なヤツに会っちまった! さっさと、ここを終わらせて遊びに行こうぜ! そういえば、さっき演劇部の倉持女史が、おまえのこと探してたぞ。公演の後でコスプレ撮影会があるから、どうしても来いってさ」

「ええっ! 厭だな……それは。何を着せられるか、わからないもの」

「まあ、上手く逃げろよ!」

 優樹はそう言うと、オブジェをワイヤーで固定するのを手伝うために梯子を登った。

 深く溜息をつく遼に、神崎が尋ねる。

「優樹君には、随分と綺麗なお姉さんがいたんだね。三年生とは思えないような、大人びた女性だったな」

「優樹は、あの人のことを話しませんし僕も会うのは初めてです。あまり仲が良いようには見えませんでしたね」

「どうやらそのようだね……さてと、僕は優樹君が案内してくれるまで、その辺を歩いてみるよ。あと、どのくらいかかりそうだい?」

「そうですね、二十分くらいかな?」

「じゃあ二十分後には戻るよ」

 神崎は正門を通ろうとして、ふっと、振り返った。

「君は、まだ彼女の姿が見えるのだろうか? もし見えるのなら、僕にも教えてくれるかい? 今、どこにいるのか……」

 遼は首を横に振った。

「僕にはもう、見えません。きっと姉さんは、行くべき所に行ったんです」

 神崎の顔が、複雑に歪んだ。

 しかし何かを吹っ切るように微笑み、背を向ける。

 その後ろ姿に遼は詫びた。

 なぜならまた、江里香の姿が見えたからだ。

 正門の前に立つ江里香は、いままでのような残像では無く何かを伝えたそうな瞳で遼を見つめている。

『……』

 石膏像を見つけた時と、同じ声が頭に響いた。何を言ったのか、良く聞き取れなかった。

 そして江里香の手が、ゆっくりとあがる。

 彼女は、優樹を指差していた。



              【第一部・青龍編 完】 


【あとがき】


 本作を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

「叢雲」は現在、「第二部・魄王丸編」まで完結していますので、十月一日より順次掲載していく予定です。掲載のお知らせは「活動報告」等で告知いたしますので、遼くんと優樹くんを引き続き、よろしくお願いいたします。


 また、番外編として数本、短編を掲載するかもしれません。「入院している来栖くんを見舞うアキラくん」とか書こうかな……?

 他のキャラの話も書くかもしれないので、お気に入りがいたら気軽にリクエスト下さいませ。


 御意見ご感想も、お待ちしております。

「読んだ」の一言で良いので、是非お寄せ下さい。

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