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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第五章 女神の彫像】
44/47

〔8〕

 館山湾を大きく西に回り込んだクルーザーが、叢雲学園のある岬に向かっている事に遼は気付いた。

 海上保安庁の巡視船やヘリコプターから逃れるなら一端、外洋に進路を取るはずだ。

 大貫は、何を考えているのだろう……。

「江里香を、還してあげようと思ってね」

 突然、それまで黙っていた大貫が口を開いた。

「還す?」

 頷いて大貫は、足下のシステムバッグに手を置いた。

「あの子の身体は、叢雲学園下の岩礁に眠っている。本当は、あの石膏像を還してやるつもりだったんだが……おまえが見つけてしまったために出来なくなった。バックを開けてごらん」

 黒いナイロン製のシステムバックを開くと、クッション材で丁寧に包まれた造形物が入っている。

 顎で促され、遼は包みを解いた。

「あ……っ!」

 真珠の光沢を持つ、純白の少女……。

 それは紛れもなく、榊原江里香の頭部像だった。

 あまりの美しさに、遼は言葉を失う。しかし我に返ると、込み上げる絶望に唇を噛んだ。

 どこかでまだ、間違いであって欲しいと願っていた気持ちが無惨に打ち砕かれたのだ。

「……つっ!」

 大声で叫びたいのを堪えると、初めて怒りで身が震えるのがわかった。

「叔父さん……あなたは、何故!」

「おまえは、死者の幻を見ることが出来るのだろう?」

 虚を衝かれ、遼は大貫を見つめ返した。

「おまえがまだ幼いとき、姉さんと秋本くんが相談に来た事があった。虚言癖に、悩んでいるとね。私は、ありのまま受け入れ信じてやれと言ったが、二人は悩んだ末に医者を頼ろうとしたんだよ。だから私だけでも、おまえの言うことを信じようと思った」

 大貫の言葉に遼は、息を呑む。

 そうだ、遼の言葉をそのまま頷いて聞いてくれた大人は、大貫だけだった。

 優樹に出会うまでは……。

「……親にさえ拒絶された本当のおまえを、優樹君はあっさり受け入れた。それが、どれだけ幸せなことか解るかい? 私は姪としての江里香を愛していたのに、彼女は姉さんの忠告で私を避けていた。姉さんは私を怖がっていたんだよ、江里香に何かするんじゃないかとね。姉さんと江里香に拒絶され、私はとても孤独で、すがるものが欲しかった……そして、せめて頭部像を造り身近に置こうと思った。だが、何度造り直しても満足のいく物は出来なかった……」

「嘘だ……! 母さんは弟である叔父さんを大切に思っている」

 くっ、と大貫は喉で笑った。

「あの人も、歳をとったのさ。年を経れば忌まわしい過去を全て水に流し、思い出に換えられると錯覚しているんだよ。前夫の榊原くんと離婚してから、君のお父さんの秋本くんと結婚するまで、姉さんは私を疎んじていた。姉さんに対する私の敬愛を、変質的に捉えて逃げていた。だが愛する人と結婚し、仕事と家庭で精神的に満たされた時、ようやく間違った思い込みだったと私に詫びたんだ。会える機会が増えた江里香も、心を開き懐いてくれるようになった。だが私の中では、別の感情が育ち抑えられなくなっていった……」

 これ以上、聞きたくないと遼は思った。

 信頼していた、尊敬していた叔父が、闇に落ちていく過程など知りたくはない……。

 しかし視線を遠くに投げたまま、大貫は話し続けた。

「あの人は、既に私の愛した姉ではなかった。完全な美しさを、生きた人間に求める事は不可能なんだ。私は私の理想を形にしたかった。そして思いついたんだ、完全なる美のベースとして江里香のマスクを取ることを。生きた人間のマスクを取るのは難しい。しかも、江里香をモデルにしたいと言えば、また姉さんが私を警戒するかもしれなかった。頼めるとしたら、一度きりだ。失敗は許されない。私はまず、誰か他の女性をモデルにして試そうと思った」

「なんて酷い事を……マスクを取る練習で、二人の女子学生を殺したんですか!」

 声を荒げる遼に、大貫は口元を歪める。

 背筋が凍るような、冷たい笑顔。

「二人とも、殺すつもりは無かった。当時、我が社は演劇部に頼まれたレジャー用品を貨し出していてね。出入りしていた私の申し出を、山本葉月は快く引き受けモデルになってくれた。薬で眠らせマスクを取り、そのまま帰すつもりだったが呼吸穴が塞がり、途中で窒息してしまったんだよ。乾陽子は言葉巧みに村雲神社まで誘い出したが直前になって依頼を断られ、争っているうちに神社の境内から落ちてしまった……。後戻りが出来なくなった私は、今度は周到に計画を立て江里香を呼び出した。江里香は私の依頼を快く引き受けてくれた……だが、私のしたことを、全て知っていたんだ」

「知って……いた? 知っていたのに、なぜ姉さんは!」

 なぜ、と聞きながらも遼には理由が解っていた。大貫は、遼の予想を肯定するように頷く。

「そう……知っていたからこそ私に、会いに来た」

 自首を、勧めるために……。

 遼から目を逸らし、大貫は話し続ける。

「乾陽子はね、競争心と嫉妬心が強い女性だった。だから、それを利用し説得した。ミス叢雲を差し置いての依頼だからと堅く口止めしたんだけどね、虚栄心が勝り江里香に自慢したらしい。乾陽子の死で江里香は当然、私に疑いの目を向けた。問われて素直に、二人を殺したと認めたよ。彼女は私に自首を勧め、私は江里香がマスクを取らせてくれたら自首すると約束した」

「あなたの嘘を、姉は信じた……あなたは、自首するつもりなんて、無かったんだ」

「当然だ。警察に捕まっては、私の理想を実現できなくなる」

 美しく優しかった姉、江里香は大貫の狂った欲望の犠牲になった……。

 怒りに胸が焼け、血液が沸騰する。

 その感情の渦中にありながら、もう一人の冷静な自分が大貫を観察していた。

 大貫はわざと自分を、残忍で独りよがりな殺人犯に思わせようとしているのでは無いだろうか?

「それは本当に、あなたの本心ですか? 後悔が、あったのではありませんか? 最初の犠牲者、山本葉月は予想外の事故で死んでしまった。乾陽子も、殺すつもりは無かった。全てを知った姉さんが自首を勧めたとき、あなたは本気で姉を殺そうと思ったんですか?」

「おまえに何が解る! 私は、私に出来る最大の裏切りで、私を疎んじ避けてきた実姉と親友面の田村を苦しめてやりたかったんだよ! 綺麗なマスクを取るには顔の筋肉が動くと困る、リラックスする薬だと言ったら江里香は疑うこと無く私に腕を差し出した……私は致死量を超える投薬をっ……!」

 大貫は、苦悶に歪んだ顔面をステアリングホイールに叩き付けた。

 額が切れ、涙と混ざり合った血が頬を伝う。

 怒りも、悲しみも、憐れみも今の遼には無かった。

 ただ、辛かった。

「叔父さん……自分を追い詰める前に全て田村さん打ち明けていれば、きっと助けてくれたはずです。なのに……あなたは自分から拒絶した」

「あいつに、言えるわけがない。あいつの理想とする私は、明朗快活で仕事も私生活も充実している人間だった。本当は陰鬱で人間嫌いなうえに、異常な性癖があるなんて、受け入れられるはずがない」 

 大貫の苦悩が、遼の胸を刺す。

 自分も気付くのが遅ければ、大貫のように闇の部分に取り込まれ、逃れられなくなっていたかもしれない。

「取り返すことが出来ます、遅いなんて事はない。田村さんを信じてください、必ず力になってくれます。帰りましょう、叔父さん」

「……手遅れなんだよ、遼。私はもう、由起夫の元に帰れない」

 間に合うと、言おうとした時。耳元で突然、空気が激しく切り裂かれた。

 驚いて後ろを振り返った遼の目に、真後ろに迫るクルーザーのフライブリッジ上で銃を構える神崎の姿がうつった。

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