〔3〕
事情を田村に話し事務室コンピューター前に座ったアキラは、来栖のブックマークにあるサイトを開いた。
「フィギュア関連サイトの掲示板を幾つか覗いたら、ハンドルネームを変えてあるけど明らかに来栖の書き込みと解るものがあってね。ログ内容から推察して、裏サイトの存在を知ったんだ。来栖が約束の日に来なかったから結局自分で調べて裏サイト自体は苦もなく見つかったんだけど、隠しページを見つけるのが大変だった」
開いたサイトから裏サイトに飛び、コンテンツを幾つも巡って隠しページの入り口をようやく開くと、パズルのような数字と英字を打ち込む。
「ほら、開いた」
「君には敵わないな、まったく……」
呆れて神崎が苦笑した。
「裏サイトのハンドルネームは『アンテロース』。ギリシャ神話に出てくる英雄の名だけど、そのままあいつの趣味が出てる。でも、やってることを知ったらプラトンが顔面蒼白になりそうだけどな」
隠しページの中は、かなりマニアックな趣味に偏ったアダルトフィギュアの売買が中心になっている。横からモニターを覗いていた優樹は、すぐに不愉快そうな顔になり、ふい、と横を向いてしまった。
掲示板のパスワードを入れスレッドを調べてみると、来栖の一番最近の書き込みは先週金曜日の深夜になっていた。
”フィギュアヘッドの女神が見つかった。制作者に会って、今度こそ欲しいものを手に入れてみせますよ!“
「どういう……意味だろう?」
首を傾げた神崎の後ろから、モニターを覗き込んでいた田村が説明する。
「フィギュアヘッドとは、帆船の艦首に付いている彫刻像のことではないかな? 女神や軍神をシンボルに利用した物が多いですし……。帆船模型を作る者の中には、フィギュアヘッドのシンボルを別に作ってもらう人もいるようですよ。模型作りとは、別の技術が必要ですから……」
「では、フィギュアヘッドの売買ルートもあるわけですか?」
神崎の質問に田村は、考え込むように眉を寄せた。
「……さあ、どうかな? 詳しくは知りませんが。ところで私は今から、ちょっと出かけなくてはならないんですよ。須刈君にならマシンを任せても大丈夫そうなので、このまま自由に使ってください」
「ありがとうございます、このマシン使いやすいですよ。まだ調べてみたい事があるのでもう少しお借りしますが、篠宮みたいにフリーズはさせないから安心してください」
嬉しそうに応えたアキラに、田村は笑って頷き部屋を後にした。
田村が去って、数時間。
掲示板を過去に遡っても、これといった手掛かりは見つからなかった。
来栖の書き込みには誰もレスを入れておらず、アキラは「打つ手なし」と言って肩をすくめる。
「来栖くんの欲しいものとは、一体なんだろう?」
思案顔で呟く神埼に、アキラが苦笑した。
「俺は秋本のことだと思いますよ……あいつ秋本のストーカーだから。秋本の話では大貫さんに注意されてから、おとなしかったようですが……それぐらいで諦めるようなやつじゃない」
「遼君を? ああ、さっき聞いたモデルの件だね。しかしフィギュア制作者との接点は何もないだろう? もしかして遼くん、過去に誰かフィギュア制作者のモデルになったことがあるのかい?」
問いかけに遼は、不機嫌な顔で「ありません!」と応じる。
来栖が心配ではあるが、神崎にまで興味本位な目で見られたくないのが正直なところだ。
「取り敢えず、石膏像制作者はフィギュアヘッドの制作も手がける人物と考えて間違いないだろう。須刈君はネットで……」
言いかけて突然、神埼は胸ポケットの携帯を取り出した。
着信音はなかったので、マナーモードにしてあるようだ。
「あっ、濱田さん……はい。……はい、解りました」
用件だけを聞いて、すぐに電話を切る。
「……ようやく、殺された成田智子と付き合いのあった男が浮かんだよ。サーファーのような、肌と髪の色が潮焼けした四十代半ばの体格の良い男性で、クルーザーを所有しているらしい。彼女が最近よく利用していた、船橋にあるショッピングモールのテナント店員が覚えていたそうだ。その男性と石膏像制作者が同一人物とは限らないが、石膏像が美術室に置かれたことから何か関連性があると見ていいだろう。成田智子に関わる人間の中には、捜査上で疑わしい人物が他にいなかったからね」
神崎の言葉を受けてアキラが呟いた。
「クルーザーを持つほどだから、それなりに社会的地位があり、なおかつフィギュア製作に関わる者ということか……? 来栖は館山に行くと言って帰らなかった。その男が疑わしい人物と同一だとしたら、館山に住んでいるか、もしくは職場があるということになりますね。フィギュアヘッドの女神がどんな物かわかると、制作者を捜すのが楽なんだけどなぁ……そうだ、警察で来栖のコレクションを調べてみては?」
「そうだな、管轄は違うが直ぐ所轄に連絡して……」
その時突然、今まで部外者のような顔をしていた優樹が叫んだ。
「あっ、そうだっ! リビングのテレビの上にある帆船模型に、胸がでかくて羽の付いた女の人形が付いてたけど、それのことをフィギュアヘッドっていうんじゃないのか? あれって、やっぱり大貫さんが自分で作ったものなのかな?」
それは、優樹にとって他意のない思いつきから出た言葉だった。
しかし遼の背に、冷たい戦慄が走る。
成田智子と交際していたらしい相手の風貌、帆船模型のフィギュアヘッド、館山で消えた来栖の消息。
遼には覚えがあった……リビングにある帆船の女神像は、誰かに似ている。
「神崎さん……僕は以前、田村さんから聞いたことがあります。大貫の叔父さんは、制作物の全てを自分の手で完成させる人だと……」
神崎の鋭い視線が、遼に向けられる。
「待ちたまえ、遼君……私も一つの可能性を考えてはいるが、あくまで推測に過ぎない。来栖君のコレクションを調べて同一制作者と確認できたとしても、まだ確証を得た証拠と言いきれないんだよ」
「でも……僕は……すぐにでも直接会って確かめたい」
複雑な表情で、神崎は黙り込んだ。
アキラも察して顔を俯ける。
異様な空気に困惑していた優樹だが、遅れて気が付き勢いよく立ち上がった。
「なんだよ! まさか、みんなで大貫さんを疑ってるんじゃないだろうなっ? ふざけんなよっ、俺は信じねぇぞっ!」
遼は冷静な目で、まっすぐに優樹を見つめた。
「神埼さんの話と、今まで得た情報からすると可能性が否定できないんだ……優樹。僕だって、そんなはずはないと信じたい……でも、悪い条件ばかりが当てはまる。だから今すぐにでも叔父さんに会いにいって、否定の言葉が聞きたい。だって、そんな事……」
あり得ないと、信じたかった。
疑う自分を否定したかった。
それでも一連の可能性が胸を締め付け、優樹を睨んだ双眼から涙が溢れそうになる。
「悪ぃ……また怒なっちまった。おまえの気持ちも、考えないで」
優樹もまた、決まり悪そうに目を伏せた。
「頼むからさ、そんな顔するなよ! ええっと……そ、そうだ! 田村さんに確かめてみればいいじゃないか、中学校からの親友なんだし。違うって言ってくれるよ、きっと……」
だが優樹の言葉に、アキラが「あっ!」と、声をあげた。
「もしかして田村さん、大貫さんのところに行ったんじゃないか? 俺達の話を聞いてた時、妙に深刻な顔してたぞ?」
「そうだとしたら急いだ方がいい、三人とも車に」
すっと席を立った神崎の、無意識に銃の所在を確かめる仕草に気付き、遼に緊張が走った。




