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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第四章 連鎖】
36/47

〔9〕

 大貫が手を回したおかげで土曜日にもかかわらず、優樹は大手病院で直ぐにきちんとした診察を受けることが出来た。

 深い水深に長くいたはずだが身体には何も異常はなく、診察した医者も驚いていた。

『バウスピリット』から田村の車を店の者に回して貰い、優樹は病院からそのまま『ゆりあらす』に帰ることになった。

 大貫は遼を館山の実家まで送り届け、秋本家の夕食の誘いを「仕事があるから」と、丁重に辞退して会社に車を向ける。

 時間は既に夕方に近く、朝からの忙しさで大貫も、かなり疲労感を感じていた。

 戻る時間を伝えるため『バウスピリット』に携帯から連絡を入れると、電話を受けた女子社員に来客が帰りを待っていると告げられた。

 しかし大貫には、思い当たる人物がいない。

「今日、誰かと会う約束はなかったはずだが? 私は少し疲れていてね、出来ればお引き取り願いたいが……」

 その時、脳裏に以前訪ねてきた若い刑事の顔が浮かび思い直す。

「その方の、お名前は? もしかして警察の方かな?」

「……申し訳ありません。応対は別の者がしたので私はお名前を伺っていないのですが、学生の方のようです。お引き取り、願いますか?」

 しばらく、彼は頭を巡らせたが、「いや、会おう」と言って、電話を切った。

『バウスピリット』に帰ってきた大貫は、自社ビル裏手の従業員用駐車場に車を止め、非常階段から事務室に入った。

 来客を応接室に案内するように告げ、三階に上がる。

 シーズンオフでも店内には多くの客がおり、知人に見つかって時間を取られたくなかったからだ。

 暫くするとドアをノックする音がして、女子従業員が一人の小年を伴って現れた。

「ああ水落君、後は私がやるから君は帰ってかまわないよ」

 水落と呼ばれた長い黒髪の美しい女性は、軽く会釈して部屋を出ていった。

「何か、冷たい物でもいかがかな? それとも暖かい方がいいかい? 客が君だとは思いも寄らなかったが……私に何の用かな、来栖君」

 来栖弘海は、大貫に勧められソファーに腰を下ろした。

「最近は、日が落ちると随分涼しくなりましたから……出来たら暖かいものをいただけますか?」

 大貫は壁際にしつらえたミニバーのカウンターで、コーヒーメーカーの用意をする。

「私には、君の来訪を受けるような理由などないはずだ。それとも以前、館山で会ったときの件で怪我の治療代でも要求に来たのかな? 手加減したつもりだったが……」

「とんでもない! 僕は、あこがれの大先輩に会いたくて来たんです」

 テーブルに肘をつき、両手の指を組んで上目遣いに見つめる来栖の口元には意味深な笑みが浮かんでいる。

 大貫は笑顔でテーブルにコーヒーを置いたが、来訪者を見つめる目は冷たかった。

「確かに私は、叢雲学園のOBだ。しかし、あいにく美術部に在籍したことはなくてね。君に、先輩呼ばわりされる覚えはないよ」

「では秋本遼の事で、お訪ねしたと言ったら?」

「遼に、近づくなと言ったはずだ。警告が足りなかったかね?」

 やれやれ、と、来栖はソファーの背にもたれる。

「どうして秋本には、お節介な保護者が何人もくっついているのかな? 大貫さん、あなたといい篠宮といい……須刈までがそうだ。まあ、それだけあいつには人を引き付ける何かがあるんだろうけどね。でも貴方にとって秋本遼は、何か特別な存在だったのでは?」

「どういう、意味かな?」

 来栖はしばらく無言のまま大貫を見つめていたが、やがて意を決したように口を開く。

「榊原江里香……例の石膏像を製作したのは、貴方でしょう?」

 一瞬、大貫は呆気にとられたように目を見はり、すぐに困惑の笑みを浮かべた。

「何を言い出すかと思えば……一体どこから、そんな話になるのかね?」

「誤魔化さないで下さい。僕はもう、フィギュアモデルを作り始めて長いんですが、そもそもこの世界に興味を持った切っ掛けは小学一年の時に偶然手にした雑誌だったんです。それから毎月買うようになったフィギュアモデルの専門誌で一番の目的は、毎号グラビアページを飾っている憧れの人の新作だった」

 来栖は、いったん言葉を切り大貫を見つめた。

「その人の本名や素性は決して明かされませんでしたが、長い黒髪の美しい女性をいつもモチーフにしていたんです。緻密で、美しくて、いつかこれ以上の作品を創ることが目標になった。でも突然、彼は本誌から姿を消してしまった。がっかりした僕は、雑誌のバックナンバーまで探し歩いたくらいです。ところが数年前、都内のガレージキットの即売会に行った時、参考作品で展示されていた帆船模型を見て驚きました。その帆船のフィギュアヘッドを飾る女神の像は、間違いなく同じ人が制作したものだとわかったからです。僕が、見間違うはずはない」

 無言で来栖の話を聞いていた大貫の口元が、少しだけ弛む。

「まさか、それが私だとでも? 私はマリンレジャー会社の経営者だ。そういったマニア的な趣味とは無縁だよ」

「本当に、そうですか? その帆船模型を所有しているのは僕のネット友達なんですが、実はそいつから聞き出したのが貴方の名だったんですよ。友人はフィギュア雑誌の編集部にツテがあって、わざわざ調べてくれたんだ。不思議な繋がりですね? その人物が榊原江里香の叔父だったなんて……もしかしたら、貴方は自分の創る女性像を彼女と重ねていたのでは? だがやがて満足しきれなくなって本物のマスクが欲しくなったとしたら? 僕もブロンズを造るとき型どりをしますが、呼吸出来るようにすると肝心の唇や鼻の形が綺麗にとれない。デスマスクなら恐らく……」

「下らない発想だな。もし君が、遼をそういった目で見ているのだとしたら実に不愉快だ。これ以上、君の話には付き合いきれないよ、帰りなさい!」

「いいんですか? 僕の友人や警察は、榊原絵里香に絡んだフィギュアモデルの制作者を捜している。僕が黙っていれば、たぶん貴方まで行き着くことはないでしょう。貴方が殺人犯かどうかなんて、どうでもいいことなんだ。僕は秋本が欲しい、それだけです。貴方が口を利いてくれれば、たぶん秋本は嫌と言わない。どうです? 取り引きしませんか?」

「大人しく、帰ってくれればよいものを……」

 大貫は深く溜息をついた。

「確かに君の言うとおり、私は以前フィギュアを制作していた。しかし随分と昔の話で、モデルは江里香じゃなく私の姉なんだよ。たとえ、それが警察に知れたとしても、困ることなど何もない……今となってはね」

 期待した結果が得られないと解ったのか、ようやく来栖は諦めたように席を立った。

「わかりました……帰ります。今の話は、どうか無かったことにして下さい。秋本をモデルに欲しくて、ちょっとしたハッタリを賭けただけです。貴方のことを他の人に話したりはしませんから」

 ドアに向かう来栖の背を、暫く黙して見送っていた大貫は、思うところがあって声をかけた。

「……待ちたまえ、来栖君。君の言動は腹に据えかねるが、熱意だけは認めてあげようじゃないか」

「えっ?」

 意想外の言葉に驚いて来栖が振り返ると、傍に大貫は歩み寄った。

「そう……せっかく来てくれたんだし、良かったら私の作品を見ていかないか? 遼から聞いているが、君は美術的才能に長けているそうだね、憧れていると言われたら悪い気はしない。私の作品が君の向学の為になれば嬉しいよ」

 少し、迷うように来栖は視線を泳がせた。

 が、手を肩に置き親しげに笑いかけると、嬉しそうに頷く。

「あの、さっきは変なこと言ってすみませんでした。本当に作品を見せて貰えるんですか? 本物が見られるなんて、願ってもないけど……」

「もちろんだよ、では私の自室に案内しよう」

 大貫は、来栖を促し部屋を出た。

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