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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第四章 連鎖】
35/47

〔8〕

 どれほどの時間が過ぎただろう。

 遼には時が止まったように感じられたが、正確には数分の出来事だった。

 田村に肩を抑えられ、祈るような気持ちで海上を睨んでいた遼は、水のうねりに小さく波立つ気泡を目敏く見つけた。

 気泡のあと、海面が大きく揺らぎ大貫と優樹の姿が浮かび上がる。

 救命浮環を捕らえた大貫を、田村が満身の力を込めて引き寄せた。

 先に船上に引き上げられた優樹は激しく咳き込んではいたが、意識ははっきりしているようだ。

 遼はほっと胸をなで下ろす。

「どうやら救命手当ては必要ないようだな……」

 田村も大きく安堵の息をもらした。

 毛布を取りに行った大貫が戻って来て、困惑の表情を浮かべる。

「それにしても、優樹君が溺れるとは……一体どうしたんだ? 痙攣か? 気分が悪くなったのか? どちらにせよ、すぐに帰ってちゃんと病院で診てもらわなければ」

「……すみません、迷惑かけてしまって。俺にもわかんないんだ、急に体が利かなくなって、まるで……」

 続く言葉を、優樹は言い淀んだ。

 だが、その理由を遼は知っている。

 優樹は、何かに引きずり込まれたと感じているのだ。

 おそらくあの水柱の化け物が見えたのは遼だけで、田村にも大貫にも見えてはいない。引き込まれた力を感じたのも、優樹自身だけだろう。

 正直に話しても信じてもらえるはずもなく、痙攣で体が利かなくなったのだと言われるだけだ。

「とにかく、大事に至らなくてよかったよ。優樹に何かあったら、亡くなったお父さんに申し訳ないからな」

 田村は、少し涙ぐんでいるように見えた。

 優樹が申し訳なさそうに顔を俯けると、大貫が励ますように肩を叩く。

「釣りはまた仕切直しだ。港に帰ったら私が病院まで送ろう、先に無線で連絡を取っておくよ」

「ありがとう、直人」

 田村の感謝の言葉に、大貫は笑顔で頷いた。

 港に進路をとったクルーザーの後方デッキで、毛布にくるまった優樹は意気消沈の面持ちだ。

 遼は田村から温かい紅茶をもらって、その横に腰掛ける。

「助かって良かったよ……本当に」

「……ああ」

 俯いたまま、優樹は無愛想に返事を返した。

「僕は……もしかしたら君が、このまま帰らないんじゃないかって怖かった……」

「馬鹿だなぁ……縁起でもないこと言うなよ。俺は大丈夫さ。でも……」

 優樹は少し口ごもったが、顔を上げると遼を真摯な瞳で見つめた。

「正直いうと俺は、もうダメだ、これは死ぬなって思った……。信じられないかも知れねぇけど、誰かが俺の背中に張り付いて、凄い力で深く、深く……真っ暗な穴の底のような海底に引きずり込もうとしたんだ。幽霊……だと思うか? おまえ」

「幽霊……か、どうかはわからないけど、何かが君を掴んで海底に引き込もうとしているのが僕にも見えた。あれは、いったい何だったんだろう?」

 二人は無言で海面を眺める。

 陽光に眩しく輝く水面に、彼等の見た不気味で恐ろしい影は今や微塵もない。

「あの…さ、俺、聞こえたんだ」

「えっ? 何が?」

 遼は、海底から浮かび上がる奇怪な声を思い出した。

 優樹にもあの声が聞こえたのだろうか? あの声の主が、海底に連れ去ろうとした者の正体なのだろうか? 

 しかし、それは何だろう?

「身体は、どんどん重くなって水圧で胃が口から飛び出しそうだった。意識が遠のいていくのに、酷い耳鳴りで頭が割れそうになって……もうダメだと諦めかけた。でも、死ぬもんかって思ったとき……俺の名を呼ぶ、おまえの声が確かに聞こえた。そしたら急に身体が動くようになった」

「あっ……」

 夢中で叫んだことを思い出し、遼は赤面する。

「おまえが、呼び戻してくれたのかもな……おかげで助かったよ。ありがとう」

 照れたように、優樹が笑った。

 守護とわざわい……優樹を取り巻く二つの力。

 その笑顔に安堵しながら遼は、優樹を攫おうとした力の正体に不安を覚えた……。

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