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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第四章 連鎖】
34/47

〔7〕

 かねてからの約束を守りたいと言って、大貫が遼と優樹を外洋のトローリングに誘ってくれた。

 出発が未明になるので、金曜の夜から二人は田村と一緒に館山の大貫の自宅に泊まっている。

 眠った気もしないほど早くに起こされた遼が支度を済ませリビングに行くと、一足先に起きた大貫が作った物であろう、クーラーボックスの上には既に船上で食べるための握り飯が用意してあった。

 そう言えば田村は昨夜少しビールを飲んだが、飲むと朝起きられないと言って大貫は、一滴もアルコールを口にしていなかった。

 かすかに白みかけた空から、星が一つまた一つと姿を消してゆく。

 館山港鏡ヶ浦は夕日の名所だが、墨を流したように黒々と横たわっていた目の前の海が、時間と共に徐々に濃い藍色から鮮やかな空色へと変化してゆく姿もまた美しい。

 大気に漂う霞は穏やかな風と共に去り、やがて一体となった二つの混じり合う色を、「鏡ヶ浦」はその名の通り映しとっていた。 

 デッキの上、強い向かい風に肌寒さを感じた遼が身を震わせると、コクピットから出てきた大貫がパイル地のパーカーを手渡してくれた。

「今日は少し、沖の外洋まで出るつもりなんだ」

 クルーザーは既に埠頭を遠く離れ、内湾を抜けようとしている。

 空気を巻き込んだ美しい波線を後方に引いてスピードが増してくると、舞い上がる水しぶきが朝日にダイヤモンドのように輝いた。

 優樹は一人舳先に立ち、ハンドレールにつかまって気持ちよさそうに海風を受けている。

 凛とした横顔と、日に焼けた肩が眩しい。

「何だよ、人のことジロジロ見て」

 視線に気付いた優樹の問いに、遼は笑い返した。

「そんな格好で、よく平気だなって呆れてたのさ」

 この地方が温暖な気候に恵まれてるとはいえ、今の時期、海の上でタンクトップとハーフパンツ姿は寒々しい。

「ええっ? おまえ寒いのか! 軟弱なヤツだなぁ」

「君とは違うよ」

 遼は優樹の嫌味を軽くいなす。

「こら、優樹! おまえ、まさかその格好で泳ぐつもりじゃないだろうな」

 後方デッキで釣り竿の組み立てをしていた田村が首を出して大声で叫んだが、優樹は敢えて聞こえないふりをしてコクピットの大貫をのぞき込んだ。

「大貫さん、そろそろ止めてくれよ」

 大貫も心得たとばかりにエンジンを止める。

「あっ、おいっ! 優樹! ポイントはまだ先だって……」

 田村の制止の声を振り切り、優樹は洋上に身を躍らせた。

「まったく、困ったヤツだな……。船から離れるんじゃないぞ!」

 口では不満を漏らしても、波間に水しぶきをたてる優樹の姿を田村は嬉しそうに目で追っている。

「それにしても、優樹君には驚かされるな」

 コクピットから大貫も出てきて、遼の横に立ち海上を眺めた。

「そうですね、本当に……。この時期外洋で泳ぐなんて、彼ぐらいだと思いますよ」

「いや、違うんだよ。釣りをする予定のポイントはもう少し先なんだが実はそこは潮の流れが速くてね、もし泳ごうとするのであればこの場所が一番いいのさ。だから私も船を止めたんだが……優樹君は海流が読めるかな? とても偶然とは思えない」

 遼の鼓動が、大貫の言葉で早くなる。

 得体の知れない、胸騒ぎ。

 それは、あの石膏像を見つけた夜に感じたものと似ていた。

 わだかまりを取り払ってから遼は、優樹の背後にある何か強い力を漠然と感じていた。

「優樹君のお母さんは村雲神社の巫女だったそうだが、彼は海神の申し子かもしれないね。海や大気に、とても好かれているようだ」

 冗談めかして言った大貫の言葉に、遼の心臓は波打つ。

『この世の全ては必然から導きだされたものであり、そこに偶然の要因は存在しない』

 誰かが、そう言ったのを覚えている。

 いつのことだったのか? 誰の言葉だったのか? 

 大事な人から伝えられた言葉だった気がするのに、思い出すことが出来ない。

『この宇宙に存在する自分自身も、経験する全てのことも、成すべき目的がある』

 目的……理由。

 今までの一連の出来事は、何かに繋がっているのだろうか?

 姉を殺した犯人探しが道標だとしたら、その先に何があるのだろう? 

 そしてなぜ今、その言葉が頭に浮かんできたのだろう? 

「どうした? 浮かない顔をして。まだ悩んでる事でもあるのか?」

 心配そうに顔を覗き込んだ大貫に、遼は笑顔を返した。

「あっ、いいえ何でもないんです」

「そうか、それならいいが……おまえが優樹君と、また以前のように付き合えるようになった事を田村はすごく喜んでいたよ。むしろ前よりお互い踏み込んで話せる仲になったようだな、良いことだ」

 改めて経緯を思い返した遼は、体裁が悪くなって俯いた。

「田村さんに言われたんです。目に見えるものだけが真実じゃない、他人を理解できると思うことは傲慢だと。優樹を、一人の人間として信じて受け入れることが大事なんだって……」

「田村が、そう言ったのか?」

 大貫は目を細め、後方の田村を見やる。

「遼……おまえは、いつだったか私と田村のようになりたいと言った。全てに対等で、信頼しあえる仲が羨ましいとも。だが私からすれば、この先いくらでもやり直すことが出来る君たちの方が、羨ましいよ」

 そう言った大貫の笑顔が、心なしか寂しそうに見えたのは気のせいだったのか? 

 それがどういう意味なのか、その時遼は聞くことが出来なかった。

「さあ、田村がしびれを切らす前にポイントに向かおう。優樹君を呼んでくれるかい?」

「あっ、はいっ!」

 大貫はコクピットに滑り込み、遼は舳先から優樹の姿を探した。

 かろうじて声の届くところに水しぶきを見つけ、呼び掛けようとしたその時。

 突然海上から、四本の水柱が突き上がった。

 渦を巻きながら水の柱は高く空を突きあげると、巨大な蛇の姿に変わり海上に落ちる。

 その中心に、優樹の姿があった。

 のたうち、海水を波立たせ、優樹の身体を絡め取る水流の渦。

 一瞬、驚いた顔をした優樹は、すぐに我に返り海中に引き込まれまいと必死に腕で水を掻いた。

「優樹っ!」

 悲鳴にも似た遼の声に、大貫がコクピットから飛び出してきた。非常の事態を察知した田村も駆けつける。

「どうしたっ!」

「叔父さん、優樹がっ! 優樹が引きずり込まれる!」

 優樹の姿を追う遼の目の前で、海が裂けた。

 巨大で、深く暗い穴が出現し、宙に浮いた状態で優樹の身体が落ちていく。

 身体が闇に呑まれた途端、海水が渦巻き亀裂が消えた。

「田村、頼むっ!」

 大貫は大声で叫び、ポロシャツを脱ぎ捨てると優樹が消えた海面に向かって甲板を蹴った。

 鮮やかに水をかき、当たりをつけた場所に深く潜水する。

 心得て田村は、大貫が潜った近くに船を寄せ、救命浮環を放った。

「優樹!」

「大丈夫だ、大貫に任せろ。あいつは優秀なライフセイバーだ、必ず優樹を連れて帰る」

 でも、と、言いかけて遼は言葉を飲んだ。

 いくら大貫が優れたライフセイバーだとしても、優樹を取り巻く力に太刀打ち出来ないのではないか?

 正体の知れない力が、優樹だけでなく大貫までも捕らえて、海底へ深く引きずり込んでしまいそうな気がした。

 艇を叩く水音の中から、声が聞こえた。

『カエ……レ……オマエノ……イルベキトコロニ……カエレ……レ……』

 低く、不気味な声。

 海底の深層から、細かい泡に乗って水面へと浮上してくる。

『カエレ……ハヤ……ク……カエ……レェ…………!』

 背を伝う悪寒、優樹を深い深い水底へと誘う声。

「ダメだ、渡さない!」

 矢も楯もたまらず遼は、パーカーを脱ぎデッキから身を乗り出した。

 田村が慌てて背後から抱きとめる。

「いかん、遼君! 君が行っても役には立てん!」

「でも田村さん、優樹が……優樹が連れて行かれてしまう!」

 二人の姿は、海面に上がってこない。

「優樹っ!」

 声の限り、遼は叫んだ。

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