〔6〕
秋の文化祭、『叢雲青龍祭』まで残り二週間を切り、学園内は慌ただしく、ざわついた雰囲気に包まれていた。
毎日、早朝から夕方遅くまで準備に追われる学生達で、校内も校庭も賑やかだ。
『青龍祭』とは、本校である横浜校の別名『朱雀校』と並んで館山校が『青龍校』と呼ばれているからである。
正門の前では、巨大な青龍のオブジェを各クラス有志と美術部部員が制作していた。
針金とキャンバス地で造形し、耐水性の塗料で鮮やかに色付けされた強大なオブジェは、完成を待って高い位置に取り付けられる。
『叢雲青龍祭』当日、青龍は優雅に大空を泳ぎ入校する者を威嚇するように見下ろすだろう。
来栖弘海は、両手に抱えていた大量の白布を第二体育館入り口に投げだし腰を伸ばした。
展示用の長机に掛ける布は、思いのほか重い。
こんな事なら最初から誰かに手伝わせれば良かったと、布の束の脇に座り込み辺りに手すきの者を探した。
ステージがあり球技コートが三面取れる第一体育館と違い、第二体育館は卓球やバトミントン部が使うステージが無しの小さなフロアだ。バスケットのゴールなどが設置されていないため、文化部の展示会や軽音学部のミニコンサートなどによく使われている。
『青龍祭』では美術部の他に書道部、華道部、写真部が分割して展示利用するのだが、美術部部員のほとんどはオブジェの制作の方に行ってしまうので、与えられた一角に人影はまばらだった。
手伝いを頼めそうな部員を見つけられず、諦めて来栖は布を抱え直す。
「や、来栖くん! 手伝ってやろうか?」
「……結構ですよ、アキラさん」
頭上からの声に顔を上げると、アキラが腕を組んで見下ろしていた。
「めずらしいですね、アキラさんが始業前にいるなんて。朝が苦手で、寮住まいなのに遅刻常習犯でしょう? 青龍祭の日に、槍でも降られたら困るなぁ……」
来栖の嫌味に、アキラは肩を竦め笑った。
「言ってくれるねぇ……ま、その通りなんだけどさ」
「で、俺に何か用ですか?」
アキラが自分に声を掛けるとしたら、何か特別な理由があるに違いない。抱えた布を一端置いて立ち上がり、油断なく来栖は身構えた。
「そう、警戒するなよ。実は、おまえの副業の事を聞きたくてね。ネット仲間と一緒にフィギュア制作して、イベントで販売とかしてるんだって?」
「お生憎様、知られて困るような事なんかしてませんよ。なんなら調べてみたらどうです?」
間近に迫るアキラから目線を外すように、来栖は顔を背けた。
どうも、アキラの目が苦手だ。
穏やかそうな笑みを浮かべていても射るような鋭さがあり、隠し事や偽る事が出来なくなる。
冷酷に纏うもの全てを引き剥がされ、素にされてしまう気がするのだ。
「あぁ、調べてみたいねぇ。出来れば君が手を貸してくれると、有り難いんだがなぁ……」
来栖は目線を避けたまま、嘲笑の笑みを浮かべる。
「冗談でしょう? 調べたければ御自分でどうぞ」
「うーん……多分、協力してくれた方が良いと思うよ。そのネット仲間の中に、学園関係者がいないか探したいんだけど……あまり的はずれな調べ方をして、君の大事な御仲間に迷惑を掛けたら悪いだろう?」
アキラの柔らかな言い方の裏には、有無を言わせない威圧感がある。逆らいきれる自信が、来栖にはなかった。
「思ってたとおり、あんたは狡い人だ」
「君に、言われたくないねぇ」
心外だ、と言うようにアキラは眉をひそめる。
「それじゃあ了解してくれたと言うことで、なるべく早い方が助かるんだけど……今日の放課後は?」
「放課後はブロンズ制作のために、館山の鋳物工房に通ってるから無理です。文化祭前で、忙しいんですよ。そうだな……今週末、日曜の午後ならいいですよ。その日は準備で学園にいますから」
「日曜日の午後だな? 俺のパソコンで用が足りるか?」
「アキラさん、確かMacですよね? 自分のノートPC持って、寮までいきますよ。目的が何かは知りませんが、メンバーのデータが必要みたいだし。でも、個人情報は開示しませんからね」
「了解。ちょっと尋ね人の情報が欲しいだけだからさ、心配すんな。日曜日、寮で待ってるよ」
アキラはその場を立ち去り掛けたが、思いついたようにまた、声を掛けた。
「それ運ぶのなら秋本、呼んできてやろうか?」
しかし、来栖は慌てて首を横に振る。
「おや? ストーカーらしからぬ反応だな。秋本のことは諦めたのか?」
「言ったでしょう、忙しいんですよ! 用が済んだら出てってください」
ふうん、と、疑わしそうにアキラは来栖を見たが、それ以上は何も言わなかった。
その姿が消えるのを待って布の束をようやく長机まで運び、来栖は写真部のパネル設置をしている佐野のところに行った。
「なあ、佐野。アキラさんはいったい何を調べてるんだ?」
同じクラスの佐野は誰彼の隔てなく同じ態度で接し、来栖に対しても特に構えた口の利き方はしなので話しかけやすい。しかも隠し事が出来ない性格で、聞かれたことは相手を選ばず答えてしまう。
同じ写真部のアキラと、仲が良いことも知っていた。
「須刈はさ、例の石膏像を作った人間を調べてるんだよ。警察は最初、美術品の制作者から当たってたんだけど、どうやらそうじゃなくてフィギュア関係の人間らしいんだな。つまり、おまえと同じ畑の人間さ。だからそれを聞きたいんだろ?」
アキラに目を付けられ気の毒に……と言いたげな目をして佐野が応える。
「……なるほどね」
佐野の同情をよそに来栖の頭は、このチャンスを生かす手を探っていた。
もし自分が先に有力な手掛かりを得ることが出来れば、そのカードを上手く利用できる。
面白い事になりそうだ……。
来栖は蛇のような執念深い目で、佐野の横で作業をしている遼を眺めた。




