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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第四章 連鎖】
32/47

〔5〕

 今夜は泊まるようにと田村に言われ、遼は優樹と並んで夕食をとった。

 久しぶりの、楽しい食事だ。

 改めて自分が、どれだけ心に負担を感じていたかが解る。優樹もまた同様の想いを抱いていたのだろう、何かが吹っ切れたように明るい笑顔だった。

 賑やかな食卓を喜んで田村は、つい酒のグラスを重ねようとしたが昨夜の品行が災いして小枝子にきつく止められてしまった。がっかりした顔など意にも介さず、娘の杏子がグラスを取り上げると遼が笑った。

「田村さんも大貫の叔父さんも飲み過ぎですよ、いつも母が呆れている。昨夜はいったい、何時まで飲んでたんですか? 僕が寝たのは午前一時頃だったけど、まだ二人とも宵の口って様子だったな」

「うぅむ、そうかなぁ? しかし遼君、大貫は見た目ほど飲んではいないんだ、実はそれほど酒が強いわけじゃなくてね」

「えっ、そうなんですか?」

「と、言うよりクセが悪くなるところがあるんだ。以前、榊原君と……」

 そこまで言ってから田村は、しまった、と、口を閉ざしたが遼は聞き逃さなかった。

「榊原さんは、母の前の旦那さんですね……。教えて下さい。なぜ母は、あの人と離婚したんですか? 姉の、江里香さんのお葬式で会った時とても良くしてくれて、別れるような関係だったとは思えなかった」

 田村は難しい顔をしていたが、やがて小さく溜息をついた。

「詳しい事情は私にもよくわからない……ただ千絵さんは君のお父さん、秋本君のことはとても愛しているように思えるが、前のご主人の榊原君を愛してはいなかったんだ。もう十八年も前のことだよ。二人がどんな別れ方をしたとしても、それを乗り越えるには十分な時間さ」

 にっこりと笑った田村に、うまく誤魔化された気がした。どうやらあまり、語りたくない様子だ。

 遼はそれ以上聞くのをやめて、母が話してくれる時を待とうと思った。

 夕食後、優樹が映画を観ようと言い出した。

 ペンションのリビングには立派なホームシアターが有り、数多くのDVDソフトが揃っている。その内容は一通りの話題作と田村の趣味のアクション物、小枝子の趣味のサスペンス、杏子好みのラブロマンスとバラエティに富んでいた。

 その中から戦場アクション映画を数本選び、最初の一本をプレイヤーにかけたタイミングで杏子が、炭酸飲料のペットボトルとグラスを三つ持って入ってきた。

 途端、優樹が顔をしかめる。

「邪魔するなよ、杏子」

「いいじゃない、あたしも混ぜてよ」

 抗議の言葉を気にも留めず、杏子は遼の横に腰を下ろす。大型の液晶テレビ画面では新作映画の予告編が始まったが、今となっては古い映画だ。

「そう言えば優樹、あのテレビの横に飾ってある帆船模型は大貫の叔父さんが作ったって知ってた?」

「えっ、そうなんだ? 俺はどこかの古道具屋で買ってきたんだと思ってたけど」

 遼が田村から聞いた話を教えると、優樹は立ち上がって立派な帆船模型をしげしげと眺める。

「ちょっとぉ、予告編が見えないじゃない! 座ってよっ!」

 杏子が先ほどの仕返しとばかりに、優樹に抗議した。

「ちぇっ、おまえこの映画のDVD持ってるだろ? よくこんな甘ったるそうな映画、観てられるな」

「余計なお世話。そーゆーこと言う男は、彼女と映画に行けないわよ」

「女と映画になんか、いかねぇよ」

「あっ、そう! 一生独身、格好いいわねぇ。大貫さんみたいな人なら、それも素敵だけど! でも千絵おば様よくぼやいてたな、早く身を固めてくれないと安心出来ないって」

 したり顔の杏子に優樹が呆れる。

「おまえ、変なこと良く知ってるなぁ」

「変って何よ! 茶飲み話は女の特権、あたしも混ぜてもらってまーす!」

「ええっ? なんかおばさんクサ……」

 杏子はむっとした顔で優樹を睨んだ。

「馬鹿にしたもんじゃないわよ? あたしの情報で『ナリちゃん』の不倫のことだって解ったじゃない。あんな事になっちゃったけど……」

 少し言葉に詰まった杏子は成田智子の死を思い出した様子で俯いたが、自分を認めさせようと勝ち気な顔を上げた。

「大貫さんが独身でいる訳だって、知ってるわよ」

「へえっ、たいしたもんだな。それ、教えろよ」

 興味深そうに優樹が詰め寄ると、急に杏子は困った顔になり遼を伺い見た。

 調子に乗りすぎたと、気付いたらしい。

 恐らく気兼ねしなければならない内容なのだ。

「僕も知りたいな、教えてよ杏子ちゃん」

 遼に促された恭子は逡巡してから、ようやく口を開いた。

「千絵おば様、もう五十才近いのに、まるで女優さんみたいに綺麗でしょう? 母さんの話だと大貫さんの理想の女性が、どうやら千絵おばさまらしいのよ。だからそれ以上の女性が現れない限り、結婚しないんじゃないかって……」

 杏子の言う通り、遼の母である秋本千絵は、年齢よりもずっと若く見えた。

 看護師という仕事に従事しているためか、はつらつとして明るく、凛とした容姿の美しい女性だ。

 母親似と言われると、女顔と言われているようで遼は、余り良い気はしなかった。

 だが遺影で見た榊原江里香が、千絵の高校生時代を想像させる美しい顔立ちだったと思い出す。

「しかも、初代ミス叢雲なんだって。千絵おばさまが入学する前年に叢雲学園は男子校から共学になって、初めての学園プリンセスを決めるコンテストが開かれたらしいよ」

「えっ、母さんの母校は東京で……」

 遼は意外な話に目を見開く。

「知らなかったんだ? 二年生まで叢雲学園だったけど、三年生の時に受験のため都心の高校に代わったんだって」

 そこで杏子はまた、何か言いたそうに二人に目配せをした。

「何だ、まだ何かあるんなら、さっさと話せよ」

 優樹が苛ついた声で促すと、杏子は勿体ぶってグラスに入った葡萄色の飲み物を一口飲んだ。

「これはあくまで推測だけど、おば様は弟の大貫さんを避けて学校を変わったらしいの。話を聞いてると、そんな感じなのよね。おば様が榊原さんと結婚したのも、どうやら大貫さんのシスコンから逃げるためだったみたい。だから、あんまり続かなくって……」

「憶測で、いい加減なこと言うなよ!」

 優樹の急な大声に驚いて、杏子は思わずグラスを取り落とした。

「なっ、何よ! 私はただ……」

「知ったかぶりで、つまらない事ばかり言うから女は嫌なんだ!」

 杏子の目に、みるみる涙が浮かんだ。

「優樹の馬鹿ぁっ! 大嫌いっ!」

「杏子ちゃん!」

 遼の声に振り向きもせず、杏子は部屋を飛び出した。

 遼はこぼれた飲み物とグラスを片づけながら、気持ちが収まらない様子でテレビのスクリーンを睨んでいる優樹を伺い見た。

「杏子が悪い。大貫さんを、そんな風に言うなんて俺は嫌だ」

 ふて腐れた言い方に、苦笑する。

「……杏子ちゃんに悪気はないんだし、僕なら気にしないよ。叔父さんだって人間だもの、色々な事があるんじゃないかな。杏子ちゃんの言ったようなことが以前あったとしても今、二人は良い関係だと思う」

「それでも……杏子が軽々しく言うようなことじゃない」

「教えて欲しいと言ったのは、僕の方だ。僕は叔父さんや田村さんが昔どんな付き合いだったのか。何故、榊原さんと母が離婚したのか。知りたいことが沢山ある。僕に頼まれて杏子ちゃんは、あえて言いにくいことを教えてくれたのに、優樹に怒られたら可哀想だよ。謝った方がいい」

 優樹は何か言い返そうとしたようだが、そのまま顔を背けた。

「……わかったよ」

 不機嫌そうな声で、だが素直に返事をした優樹は、まるで先生に叱られた小学生のようだ。

 今までも何度か諭した事があるが、そう言えば反論された記憶はない。

 もし田村の言葉が事実なら……。

「なんだよ、ニヤニヤして気色悪いな」

 優樹が訝しそうな目を向ける。

「別に、何でもないよ」

 いたずらっぽい顔で、遼は笑った。

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