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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第四章 連鎖】
30/47

〔3〕

 遼の心配をよそに、大貫は来栖との件を両親に話さなかった。

 ただ、かなり怒っているらしく「あの手の人間には近づくな」と、遼が驚くほど強い語調で忠告された。

 利用客の多い夏が終わり、開店休業状態のペンション『ゆりあらす』から田村も加わり、夜はいつもの宴会になる。

 しかし以前と違って最後には皆黙り込み、今は亡き江里香の想い出話となるのだった。

 あの事件から、ほぼ一ヶ月が過ぎた。大貫や田村夫妻の気遣いのおかげで母、千絵も徐々に元気を取り戻しつつあり、遼はそれが嬉しかった。

 翌日、昼近くなってやっと飲酒の痕跡から抜け出た田村が帰り支度をしているところに遼は顔を出した。

「田村さん、僕も『ゆりあらす』まで乗せてってくれませんか?」

「ああ、構わんよ。優樹に用があるのかい?」

「はい、どうしても彼に会わなければいけないんです」

 遼は、優樹に会って確かめたいことがあったのだ。

「そうか、それがいい」

 心得たとばかりに、田村が笑った。 

 遼は車の中で、田村に聞きたいことがあった。しかしなかなか話を切り出すことが出来ない。

 優樹の母親は、もう十年近く意識の無いまま寝たきりで、千葉の大学病院に入院している。そのため母親の弟である田村と妻の小枝子が、仕事で不在がちな優樹の父親に頼まれ小学校の頃から親代わりになっていた。

 だが唯一の身内である父親も、数年前に病気で亡くなっていた。

 遼とは違った意味で、辛く、悲しい思いをしているはずなのに優樹はそれを表に出さない。

 他人に優しく、自らに厳しいのだ。

 なぜ、そんな風に生きられるのか? 遼には、理解できない事だった。

「どうした、遼君? 元気がないな」

 海岸沿いを走る車の窓から、ぼんやり海を見ていた後部座席の遼に田村が声を掛けた。

「田村さん、僕は……優樹に必要な人間なんでしょうか?」

 田村が、ふっと、笑みを浮かべたのがバックミラー越しに見えた。

「うーん……遼君は、優樹をどう思う?」

「えっ?」

「自信家で、迷いのない人間だと思っているんだろう?」 

 胸の内を見透かされ、遼は黙り込んだ。

「優樹は中学に上がる少し前に、お父さんを亡くしている。あれからかな……あいつの正義感が、見ていて危ないくらいに表に出てきたのは。いつも理不尽なことに挑戦的で、真っ直ぐすぎるんだ。周りから見ると、煩わしく思うぐらいにね。だが、あいつが自分の中の正義や真実が解らなくなって間違った方向に暴走した時、止める事が出来るだろうかと時々心配になる」

「そんな事、あり得ない」

「そうかな? 君が考えているほど、優樹は強くない。抑え込んだ強さは、実はとても脆いものなんだよ。むしろ自分の弱さと折り合いながら生きてきた者の方が、よほど強い心を持っている。例えば遼君、君のようにね。だからこそ、優樹の振り下ろす切っ先を止める事が出来る」

 思いがけない田村の言葉に、遼は息を呑んだ。

「僕……が? まさか、だって、僕は何も……」

「何故だろう、私にも良く解らないが……ただ言える事は、君の中にある強さに優樹は逆う事が出来ないようだね。気付いていないのかい? 私が見る限り、遼君の主張にはいつも驚くほど素直に従っているんだよ? 普段は意外と、文句や言い訳が多い方なんだ」

 ミラーに、さも可笑しそうに笑う田村が映った。

「君と優樹には、ただ行動を共にするだけの友人関係ではなく、お互いを支え合えるような強い友情を育ててほしい。二人とも私にとっては大事な息子のようなものだからね。大貫とも、よくそんな話をしているんだ」

「叔父さんと、僕たちの事を?」

「ああ、大貫は特に君が心配らしいね。優樹には、君を託せる友人になって欲しいと望んでいるようだ」

 思えば大貫は、いつも父よりも身近にいて遼の面倒を良く見てくれた。そして理解しようとしてくれた。

 両親さえも疎んじた、遼のヴィジョンの話さえ黙って聞いてくれたのだ。

 その大貫が、庇護のひさしを閉じようとしている。

 これからは全てを、自分の力で乗り越えろという事なのだろう。

 果たして自分に、それが出来るのか? 自信が持てない。

「大貫の叔父さんと田村さんは……いつから親友なんですか?」

 田村と大貫の関係が、優樹との軋轢を崩す手掛かりになるかもしれないと期待し、遼は尋ねた。

「そうだな……中学校に入ってからだね。実は、そのころの大貫は家に引きこもりがちで、暗い男だったんだよ。今じゃ想像もつかないだろうけど」

 初めて聞く話に、遼は驚いた。

 経営者の立場でありながら自ら率先して海に出てゆく大貫が、過去に田村の言うような少年だったとは思えない。

「自分の部屋で帆船模型ばかり組み立てていたんだが、中学一年の時の帆船模型コンクールで海洋冒険小説をモデルにした大貫のジオラマ作品が最優秀賞をとってね。その展示会を見に行き、あまりに見事な作品に感銘を受けた私の方から、大貫に声を掛けたのさ」

「あっ、じゃあもしかして『ゆりあらす』に置いてある帆船模型は……」

「知らなかったのかい? 大きいのは全部、大貫の作品さ」

 遼はペンションのリビングや食堂、玄関に置いてある見事な帆船模型を思い出した。

「大貫ほどではないが、私の作品もあるんだよ。ボトルに入っているのがそうだ」

 食堂の各テーブルの上にある、ブランディやウィスキーの中の帆船模型は、いかにも大酒飲みの田村らしい作品だ。

「話すうちに、二人とも同じ海洋冒険小説のファンだと解って意気投合したんだ。それからはずっと腐れ縁で、大貫は模型作りを私に教え、私は大貫に釣りを教えた。当時、私の父が小型漁船で漁をしながら民宿を経営していたから、結構本格的に手伝ったりしたんだよ。最初は渋々だった大貫も、終いには船舶免許を取るほどになって……まさかそれが元で、あの会社を興すことになるとは思わなかったけどね」

 明く笑った田村に対して、遼は再び暗い顔になった。

「やっぱり……僕に出来る事なんか無い。悔しいけど、叔父さんと田村さんのようにはなれないと思います……」

 やれやれ、と、田村が溜息をつく。

 大貫も、田村も、アキラでさえ遼には遼の役割があるという。

 しかし、それが何か解らない。

「どうやらまだ、私の言葉が信じられないらしいね。君は、自分の価値観だけで優樹を見ているんだよ? こういう人間だと決めつけている。それではあまりに優樹が気の毒だな……目に見えるものだけが真実ではないんだ」

「優樹の、見えない部分……」

「そうだ、他人の全てを理解するなんて出来るわけがない。出来ると思うことは傲慢だ。しかし一人の人間として受け入れることは、出来ると私は思っている。彼を信じて、受け入れてごらん。そして、自分を信じるんだ。君にしかできない事が、必ずあるってね」

 優樹を信じて、受け入れる……。

 心のどこかにずっと、わだかまりがあった。

 優樹は、自己満足のために遼を擁護しているのではないか?

 いつからか、そう疑うようになった。

 信じることが、出来なくなっていた。

 初めて話しかけられた幼い時の記憶が、鮮明に脳裏に甦る。

 幼稚園の年中組だった五歳の時。遠足で行った広い公園で遼は、居るはずのない動物の幻に脅え、友達と遊ぶ事が出来ずにいた。

 お砂場で蹲る犬。芝生で羽を休める鳩。ジャングルジムのカラス。滑り台の雀。そしてベンチに横たわる、年老いた猫。

 ベンチに置かれたリュックや砂場道具に押しつぶされ、遼には猫が苦しんでいるように見えた。

 怖くて、悲しくて、でも誰にも言えずに泣いていたのだ。

 その時、優樹が遼に話しかけてきた。

 なぜ泣いているのか尋ねたのだ。

 遼が見たままを話すと、優樹はいきなりベンチのリュックや砂場道具を全て放り投げ始めた。気が付いて駆けつけてきた先生は、最初は怒っていたが優樹の話を聞いて、荷物を隅に片づけてくれたのだった。

 先生が行ってしまうと、優樹は遼に言った。

「あのさ、もう猫は苦しんでないかな?」

 喧嘩ばかりする乱暴な、お友達。そう思っていたから遼は優樹を避けていた。

 泣いていた理由を話したのは、黙っていたら叩かれると思ったからだ。

「猫、もう平気だよ。ありがとうって言ってる」

 遼が恐る恐る小声で答えると、優樹はとても嬉しそうにニッコリと笑った。

 そうだ、あの時からずっと、優樹は遼を信じてくれていた。

 溶けるように、猜疑心が消えていく。

 友達を助けたいと思う、優樹の不器用なアプローチは子供の頃から変わっていなかったのだ。

 一時も早く会って、話をしたかった。

「僕にしか出来ない事が何か、今は解らない……だけど、優樹を信じます。もう迷わない」

 しっかりとした遼の言葉に、田村は無言で頷いた。

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