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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第四章 連鎖】
28/47

〔1〕

 館山港から少し離れた所にある小さなマリーナに、大貫直人の経営するマリンステーション『バウスプリット』があった。

 海を気軽に楽しみたい観光客からマリンスポーツのプロに至るまで、様々な需要を満たす大型店で、浜辺でのキャンプやバーベキューのためのレンタル用品が豊富に取り揃えてあり、ウインドサーフィン、ウェィクボード、ヨットなどの体験スクールや、小型クルーザーでの外洋クルージングなども行っている。

 田村のペンション『ゆりあらす』の釣り客を乗せるクルーザーも、大貫が回していた。

 三階建ての自社ビルは、一・二階が店舗兼事務所になっていて、三階が大貫の居住区だった。

 一人暮らしには広すぎて、と、笑う大貫の言うとおり招き入れられたリビングは仕事柄多くの来客を迎えるためか、かなりの広さがある。

 頻繁に遊びに来る遼や優樹にとっては馴染んだ部屋だが、大貫に進められるまま本革張りのソファーに座った神崎刑事と須刈アキラは居心地が悪そうだ。

「忙しいところを、申し訳ありません」

 神崎の丁寧な挨拶に、「とんでもない」と胸元で手を横に振りながら、大貫は正面のソファーに腰掛けた。

「忙しいのは従業員だけで、私の方はそれほどでもないんですよ。おっと、こんな事を言うと専務に怒られるかな? 今日は、江里香のことでいらしたわけではないそうですね。こいつらから聞いていますよ」

 日に焼けた健康的な笑顔で大貫は、遼と優樹を顎で指した。

「ええ……実は先日、叢雲学園で殺害された成田智子さんのことで伺いました」

「クルーザーをレンタルした会社を知りたいとの事でしたね。同業者に当たるまでもなく、彼女がクルーザーを借りたのは当社ですよ。これが、その日の書類とメンバーです」

 大貫が差し出した書類には、成田智子を含め、五人の女性と三人の男性の名があった。

「クルーザーを操縦したのは従業員の方ですか?」

「いえ、確かこの中の一人が……ああ、この久保田さんですね。この方が一級船舶免許を持っていらしたので、ご自身で操縦なさったんです。ただ、サポートという形で私が一緒に乗船しました」

「えっ、ではこの三人の男性の様子がおわかりですね? 誰か特に、成田智子と親しくしていた男性がいませんでしたか?」

 期待を込めた神崎の言葉に、大貫は困ったような顔で溜息をつく。

「そうですね……あまり良くは覚えていないんですよ。なにしろ、久保田さんの慣れない操縦の方が気になっていましたから。しかし男性の方は皆さん、女性の方の御主人だったようですよ。ほら、上の姓が一緒でしょう?」

 書類を一緒に覗き込んでいた遼も確認したところ、確かに大貫の言うとおりだった。

 失望感を顕わにした神崎に、アキラが苦笑する。

「そう簡単に成田先生の不倫相手が解ったら苦労はないですよ、神崎さん。相手も不倫なら、奥さんがいても不思議じゃない」

 すると神崎は少し不愉快そうな目をアキラに向けたが、大貫を訪問した意図を端的に示した言葉に頷いた。

 大貫も、気が付いたようだ。

「不倫、とは?」

 いぶかしそうに聞き返した大貫に、遼が答える。

「成田先生が付き合っていた相手は、もしかしたら……いえ多分、姉の榊原江里香を殺した犯人に関係があるんです」

「えっ?」

 これまでの経緯を遼が話す間、眉根を寄せ思案顔をしていた大貫の表情が、犯行目的に触れると見る間に怒りで紅潮した。

「ううむっ、なんて事だ! あの子は私にとっても大切な子だった……小さな頃から良く懐いてくれて、とても可愛がっていた。それをっ……!」

 先を続ける言葉に詰まり両手で顔を覆った大貫に、神崎が問いかける。

「お気持ちは、察します……犯人を捕まえるため、僅かな手掛かりでも構いません。思い出して頂けませんか? 成田智子に、変わった様子はなかったでしょうか?」

 大貫は俯いたまま、唸るような声で答えた。

「申し訳ないが今は何も……しかし思い出したら、すぐに連絡します。どうか……」

 大貫の願いを諾して、神崎が頷く。

「犯人は必ず、私が逮捕します」

 ようやく大貫は、顔を上げた。

 新たな情報を手に入れ少し雑談をした後、遼は他の三人と別れ『バウスプリット』に残った。大貫と一緒に館山の実家に帰るためだ。

 神崎は車で優樹とアキラを送ってから『ゆりあらす』で待つ濱田を拾い、千葉に戻るらしい。

 駐車場に向かう三人の姿を窓から見送る遼の肩に、大貫は手を置いた。

「いい友人に恵まれているようだな、遼」

「うん、まあね。ちょっとお節介すぎるヤツもいるけど……」

「優樹君のことか? 罰当たりなことを、言うもんじゃない。友人の大切さは、失ってからでは取り返しがつかないんだぞ? 大事にしなさい」

 車に乗り込む前に、優樹がこちらを見上げた。

 遼は、手を挙げかけたが途中で止める。片意地を張っているのは自分の方だと解っていた。

 だが、まだ気持ちの整理が出来ない。

「叔父さんと田村さんみたいに、すべてに対等で信頼しあえる仲が羨ましいな。いつも誰かに助けて貰っている自分が情けなくって……何とかしようと思っているのに、結局一人じゃ何も出来ない」

 遼の肩に置かれた大貫の手に、心なしか力が入った。

「何もかも一人で解決する必要など、ないと思うがね。頼られる事に応えるのは、友人としての喜びだよ」

「でも、一方的に頼ってばかりじゃ厭なんです。僕に出来る事は何もないんだって、思い知るばかりだ」

「それは、違う」

 断固とした口調に驚いて、遼は大貫に向き直った。

「友人に手を貸してもらい何かを乗り越えた時、それは信頼に応えた事になるんだ。応えてくれると、信じているから力を貸してくれる。今のおまえの考え方は、一方的な受け身だ。彼はそんな事を……望んではいないと思うよ」

「……」

 的を射た指摘に赤面する遼を、大貫が笑う。

「おまえには、おまえの役割がきっとある……焦らん事だ。信頼に応え続けるのは、手を貸す方よりも難しい。焦って方向を見誤れば、取り返しの付かない事になりかねん」

「叔父さんと田村さんのように、なれるかな?」

「私たちのように、か? そうだな……」

 一瞬、眉を曇らせ大貫は黙したが、直ぐに笑顔に戻る。

「同じにはならんよ、多分ね……」

 失望感から遼が目を伏せると、大貫は補足した。

「そんな顔をするな、遼。もっと、良い関係が築けると言いたかったんだよ。しかし、いつまでもガキだと思っていたが一人前の悩みを抱えるようになって……そのうち女性関係の相談をされるかもしれんな」

「その時は、叔父さんになんか相談しません」

「ははは、そうか。生意気なことを言うようになったな。さあ、お母さんが待ってるぞ。今日は君の親父さんと朝まで飲み明かす約束でね、酒を仕入れていかなきゃならん。市街の方を廻っていくよ」

「あっ、それなら僕も欲しい画材があるんです。寄ってもらえますか?」

「いいとも。しかし君の親父さんは、近頃酒が弱くなったんじゃないかね? つぶれて寝てしまう事が多くなった」

 叔父さんは飲み過ぎですよ、と、言いかけて、遼は言葉を飲んだ。

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