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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第三章 不協和音】
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〔8〕

 写真部の部室で学生達と向き合った神崎は、まるで取り調べを受ける加害者のように居心地が悪かった。

 自分から情報共有を言い出しながら、「やはり若い者の相手は若い者が」と濱田は勝手な理屈を言って、離れたところから様子を伺っている。

 努めて平静を装っていても、優樹との大人げないやりとりが心情に差し響いていた。いつもの調子が出ない、この状況を苦々しく思いながら神崎は口を開いた。

「それで……君達はいったい何が知りたいのかな? ただし何度も言うようだが、江里香さんと僕は付き合っていたわけじゃない……これは本当だ。彼女に好意があった事は否定しないけど、時折、美術室に姿を見に行っていたくらいなんだ」

 言い終えて神崎は、大きく息を吐いた。

 まさか高校生相手に、過去の恋愛話をする事になろうとは。年甲斐もなく恥ずかしくなり、脇に冷や汗が滲んだ。

 神崎を見つめていた須刈アキラが、態度の軟化を認めたらしく小さく笑ってから真顔にもどる。

「神崎刑事が僕等の質問に正直に答えてくれたことに感謝して、こちらからも一つ、最近解った情報を提供します」

 アキラの言葉に、神崎は表情を変えた。彼等は思いの外早く、戯れ言から解放してくれるようだ。

「警察は成田先生がこの春、都心のホテルで開かれた大学の同窓会に出席したことを知っていましたか?」

「いや、初めて聞く話だ」

「御主人も知らなかったようですからね……。ところで成田先生は、あまりパソコンが得意なほうではなくて職員室のPCは決められたプログラム以外絶対にいじらなかったんです。それが昨年夏くらいから図書館のPC室で、よくネットを利用するようになった。操作方法は学生に聞いていたらしいので、その学生を特定し何を調べていたか聞いたところアクセスしていたURLは彼女の出身大学のホームページ。同窓会用の掲示板が設けられていました」

「調べてみたのか?」

「掲示板を開くためにはパスワードが必要でしたが理学部の友人が、なんとかしてくれたんです」

『なんとか』が、どういう意味なのか……この際聞くまい。

「掲示板の内容ですが、同窓会前の記録は打ち合わせと近況報告、同窓会後からはコミュニケーション用になっていました。実は、その中にこの夏、房総半島旅行計画グループのものがあったんです。成田先生は、どうやら幹事の一人だったようですね」

 いつかは警察も辿り着けた情報だろう。だがやはり、学校での調査は学生にかなわないようだ。濱田を伺い見ると、感心したように頷いている。

「旅行は二泊三日。館山での宿泊場所やスケジュール、メンバーなどはこの中に入っています。男性も数名いましたよ。ちなみに成田先生のご主人は市の観光課のリゾート視察とかいう名目で、海外出張中でした」

 一本のメモリースティックを、アキラは神崎に渡した。

「かなわないな……ここまでやられたら、立つ瀬がないよ」

「いえ、僕等に出来るのはここまでですから」

 アキラが微笑む。

「それじゃあ、僕の方は何を話せばいいかな?」

「検死報告を、教えてください」

 神崎は頷き、手帳を取り出した。

「詳しいことが知りたければ後で書類を用意するから、くれぐれも警察のコンピューターにハッキングなどしないでくれよ」

 念のためアキラに釘を差し、手帳を開く。

「ミイラ化した頭部からは、余り多くの手掛かりを得られなかったんだが……榊原江里香の髪と皮膚から微量のシリコン化合物と無発泡ポリウレタンが発見された。これは二人目の被害者、山本葉月の髪に付着していた物と同じだった」

「両方とも、フィギュアモデルに使う物です」

 遼が呟くと、神崎が鋭い視線を向けた。

「遼君は美術部だったね、じゃあ良く知っているんだ」

 しかし遼は、首を振る。

「美術部では普通、そんな物は使いません。シリコンで型どりして樹脂を流し、フィギュアモデルを作っているのは来栖先輩だけです。あの人、映画の特殊メイクアーティストを目指していて、よく美術室でモンスターのマスクとか縮小スケールフィギュアとか制作してますから」

「それじゃあ、来栖が関係あるんだな?」

 納得顔の優樹を、呆れて佐野が小突く。

「篠宮、十二年前来栖はまだ六歳だぜ。いくら何でも無理だろう?」

「えっ? あっ、そうか!」

 『ゆりあらす』で感じた、優樹の威圧的な雰囲気。今それは微塵もなく、素直な学生の姿に神崎は苦笑して先を続けた。

「警察の方でも、犯人は薬物で被害者を昏睡状態にしてからマスクの型どりをしたと見ている。血液からモルヒネらしき成分が見つかってね、意識のないまま型取り中に窒息した可能性が高い。山本葉月の首には幅の広い布のような物で絞められた痕があり、一度気絶させられてから薬物を皮下注射されたようだが、榊原江里香のケースは不明だ。乾陽子の場合は、成田智子と同じく首の骨が折れていた。同一犯人だとすれば、気絶させるつもりが力余って首の骨を折ってしまい、痕跡を消すために『村雲神社』境内から投げ捨てたと思われている」

「では犯人の目的は……生きた女性の頭部像制作?」

 アキラの言葉に、その場の全員が黙した。

 高校生相手に話すべきではないと神崎は再び濱田に目を向けたが、その表情は隠し事は無用だと言っている。

「……おそらく、須刈君の考えた通りだ。科捜研の話では石膏像の表面からも同種のシリコンが見つかっていてね。型取りしたマスクで顔を作り、首から胸部と髪の造形は犯人自身が制作したと思われている。どうやら犯人は、かなりの美術的才能の持ち主らしい」

「それもかなり、特殊な嗜好の持ち主ということか……。神崎刑事、学園の卒業生で過去に来栖みたいなヤツがいなかったか、俺たちで調べてみますよ。それから石膏像を運んだ人物に必ず成田先生は協力しています。あの先生が、自分の管理しない物を美術教室に置いたままにしておくことはあり得ませんから」

「了解したよ、須刈くん。県警に帰ったら成田先生の事件と十二年前の事件を関連づけて捜査するように上に進言するつもりだ。では、今日の所はこれで失礼するよ」

 時計に目をやってから手帳をしまい、神崎は席を立った。

 学生相手の捜査会議が終わった事を濱田に告げ、連れだって出口に向かおうとしたとき。「あっ、そうだ神崎さん」

 呼び止めたアキラが、駆け寄ってきた。

「先ほど渡したメモリーを調べれば解る事ですが、成田先生の旅行日程には外洋クルージングが含まれていました。実は、海洋レジャーのレンタル会社を経営している秋本の叔父さんが、クルーザーを借りた場所を調べてくれるそうなんです。それで……出来れば神崎さんに同行して貰いたいんですよ。義理堅い篠宮が、濱田さんの信頼を絶対裏切りたくないって言うものですから……」 

 優樹が濱田と約束した件を、アキラも聞いているのだろう。たとえ危険性のない調査でも自分たちだけで動いては、せっかく得た信頼を失う事になると案じての提案だ。

 確かに、これから警察でメモリーを検索したのでは彼等ほど迅速に動けない。

「そうだね、僕も同行しよう」

 神崎の了解にアキラは優樹と顔を見合わせて、ほっとした表情になった。

 好結果を得た判断に満足顔の濱田が、報告のために戻った神崎を見上げて、にやり、と笑う。

「面子なんざくそ食らえ、だ。どんな手段を講じても、必ず犯人を捕まえてやる。いいな、神崎」

「はい……!」

 当時、愛と言うにはあまりに幼い感情だった。

 ただ、憧れの女性だった。

 それでも守れなかったという悔恨の想いが、刑事という職業を選ばせた。

 優樹に指摘されて怒りを覚えたのは、紛れもない事実を突きつけられたからだ。たとえ時効が来ようと、何年かかろうと、自分一人でも必ず犯人を見つけるつもりだった。

 しかし同じ想いを抱く者がいる。神崎にはそれが、嬉しかった。

 見送りに出た四人に挨拶して駐車場に向かった神崎は、正門を出たところで、ふと通り過ぎた風に学生だった頃の記憶が蘇った。

 改めて学園を振り仰げば、夕日を照り返し茜色に染まる白壁に、好んで夕日の沈む海をスケッチしていた江里香の端正な横顔が西日に染まって美しかった事を思い出す。

 意識して触れまいとした幻の話を気まぐれだと心に言い訳しつつ、神崎は遼に聞いてみる気になった。

「君には、何が見えるんだ? もし本当に彼女が見えるなら、なぜ犯人がわからない? いったい誰が江里香さんを……」

 遼は、悲しそうに微笑んだ。

「僕が見えるのは、亡くなった人の強い想いやショックが焼き付いた断片的な空間です。だから残念ながら犯人を見ることは出来ませんでした……。でも姉さんは多分、神崎さんが好きだったんじゃないかな? だって貴方の近くに浮かぶ姉さんの姿はいつも、優しい顔をしているから」

 神崎は目を伏せ、踵を返した。

 まなじりに込み上げてくるものを、彼等に見られるわけにはいかなかった。

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