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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第三章 不協和音】
25/47

〔6〕

 何人かの女子学生から聞いた情報を元に成田智子の身辺調査していた神崎は、彼女の交際相手と思われる男の姿を未だ掴めずにいた。

 不倫だとすれば、よほど用心深く付き合っていたに違いない。それらしき証拠は何も見つからず、館山や千葉で目撃したという証言さえ怪しく思える。

 今回の事件は十二年前の事件と関係があると言い切った濱田に対し、県警捜査一課は成田智子殺害を別件として扱う事にした。

 神崎は元々、十二年前の事件に関しては濱田と違い専任ではなかったため、成田智子殺害事件の捜査チームに入りながら濱田と石膏像事件の方も担当する事になった。

 館山での聞き込みは、若い女性刑事、早川利津子はやかわ りつこと組んでいる。

 自分のデスクで捜査報告書を書きながら深い溜息を吐くと、落とした肩を濱田が叩いた。

「まがりなりにも教師だからな、そう簡単にはわからんさ」

 ふと脳裏に秋本遼の言葉が浮かび、慌てて首を振る。

「それは駄目だ! 俺の仕事なんだから!」

 思わず口を突いて出た言葉に濱田が、お茶を啜る手を止めた。

「何、ぶつぶつ言ってるんだ? 悩んでる事があるなら、誰かに相談した方がいいぞ。他人の助言から、解決の糸口が見つかったりするもんだ」

「はぁ……いえ、何でもないんです」

 濱田には、遼が見たという榊原江里香の話はしておらず、学生が警察の情報を知りたがっているとだけ報告してあった。

 学生相手に得た情報は全て報告しろと言われたが、茶番に付き合わせる必要もないだろうと判断しての事だ。どちらにしても、遼の話を濱田が信じるとは思えないし、榊原江里香について色々と聞かれるのも嫌だった。

 気を取り直し相方の早川が几帳面に纏めた資料に目を通していると、濱田が肩越しに頭を出した。

「おい、今日は船橋の大手ショッピングモール聞き込みだと言ってたな。そっちは早川に任せて、おまえ館山まで車を出してくれよ。榊原江里香の墓が出来たそうだから、墓参りに行こうと思ってな」

「行きます!」

 神崎は、ポケットから車のキーを掴みだすと勢いよく席を立った。

 市街地から外れた眺めの良い高台の墓地に、榊原江里香の真新しい御影石の墓石があった。

 溢れんばかりの花束が供えられ、住職によると香の煙が絶えることが無いという。

 生前の江里香を偲ぶ者が、いかに多いか思い知らされる。

「本体を見つけてやらにゃぁ、本当の成仏はできんだろうなぁ……」

 線香の束にライターで火を付けながら、濱田が呟く。頭部が見つかったことで葬式を出すことは出来たが、その身体はまだ見つかっていないのだ。

 花束の中には、バラや百合など墓前に供えるのに少々派手と思える華やかなものもあった。今時の女子高校生が好みそうな小物やコスメセットを供えたのは、後輩の女生徒かもしれない。

 これらを見て、江里香の両親は何を想うのだろう。

 神崎も、その中に花束を置き両手を合わせた。線香の煙が、風になびく。

「濱田さんは……幽霊とか信じる方ですか? たとえば成仏できない被害者の霊とか……」

 墓石の前にしゃがんで手を合わせていた濱田が、思案顔を向けた。

「ううむ……信じる、とまでは言わないが……。自分が手に掛け殺した被害者の幽霊が枕元に立って、恐ろしくて自首してきたなんて話は良く聞くな。刑務所に入ってからも、殺した相手の幽霊が見えると言って、気が変になるヤツもいるらしいぞ。まあ、大概は罪の意識ってヤツだろうが、そうとも言い切れないことも、たまにはあるそうだ。何だ? 榊原江里香の幽霊でも見たのか?」

「えっ、いえっ、まさか……」

 神崎が榊原江里香に思い入れがある事を、濱田は気付いているのだろう。だからといって、立ち入ったことを聞かれはしなかった。

 私怨を挟まず、捜査に専念すると信じてくれているのだ。

 信頼に、真摯に応えなくてはならないと思う。

「早いとこ犯人を捕まえてやらないとなぁ、神崎」

「……はい」

 もしも、彼女の声を聞くことが出来るなら。

 だが冷たく光る墓石を見つめても、そこに江里香の姿は映らない。どこかで期待する自らを嗤いながら、過去の姿に思いを馳せた。

「おい神崎、すまんがこれから『ゆりあらす』に寄ってもらえるか」

 濱田の声で、神崎は我に返る。

「ええ、いいですけど……何か新しい事でも解ったんですか?」

「いや、個人的な事でな。実は以前から釣りの方で、田村さんに世話になってるんだよ。事件が解決したら一緒にと誘われているんだが、見通しも立たんしなぁ……一度仕事抜きで挨拶しておきたいんだ」

 いかにも重要な事を頼むかのように、濱田が顔をしかめた。私用を果たす時、いつも取るポーズだ。

「あまり長くならないでくださいよ」

 仕方ないな、と、諦めたように神崎は車に向かった。

 石膏像が見つかった夜、榊原江里香の母親、秋本千絵をはじめ関係者が皆『ゆりあらす』に集まっていたため濱田は警察に出向いてもらわずそこで事情聴取をした。

 田村も、千絵の心情を思って快く申し出を受けた。

 その時に見た限りでも、確かに濱田と田村は旧知の仲のようだ。

 おそらく十二年前の事件の時に知り合ったのだろうと神崎は思っていたが、実はそれ以前から付き合いがあったらしい。

 親しげに談笑する二人の横で所在なさそうに座っていた神崎は、「ちょっと外に出てきます」と濱田に言って席を立った。

 田村家の玄関を出て北にまわると『ゆりあらす』の広いハーブガーデンがあり、田村小枝子が丹精込めて育てた多種多様なハーブが見事に育っている。

 足下に気を付けながら種別に区切られた低い柵の間を抜け先に進むと、その向こうには山吹色のコスモスの花畑があった。

 風に揺れる儚げな花は美しく、少し哀しくも思える。

 暫くの間ぼんやりと、その花を眺めていた神崎は突然、射るような強い視線を感じて振り向いた。

 山吹色の波の向こうに、篠宮優樹が立っている。

「やあ、優樹君。学校は?」

 私服姿の優樹に神崎は尋ねた。まだ学校が終わるには早い時間だ。

「右手の怪我で、病院に通ってるんです。今日は午後から授業に出ます」

「怪我を?」

「バイクで、転倒したんです」

 ああ、と、神崎は微笑んだ。

「気を付けたまえ……。それにしても見事なコスモスの花畑だね、山吹色のコスモスなんて初めて見たな」

 優樹は自分の胸ほどもある花をかき分け、神崎の隣に立った。

「杏子が言ってました。この花は亡くなった江里香さんが好きだった花で、田村のおばさんは『江里香さんが帰ってくることがあれば、この花畑で迎えてあげたかった』と言っていたそうです」

「……そうか」

 十二年の間、榊原江里香を待っていたのは自分だけではない。

 田村小枝子も、この花畑を育てながら友人の娘である江里香を待っていたのだろう。

「江里香さんと、付き合ってたんですか?」

 突然、優樹に尋ねられて神崎は小さく溜息をついた。

「また、その話かい? 遼君にも言ったが違うよ。同じ学園だったから見かけたことはあるけど、綺麗な人だな、と思ってたくらいで……」

「嘘だ」

「嘘だなんて、何の根拠があるんだ?」

 子供の言うことに、本気で取り合うつもりはなかった。

 しかし何故か優樹には、本気で向かい合わずにいられない何かがある。写真部でのやり取りと同じように、誤魔化しきれる自信がなかった。

「大体、君等には関係のないことだろう?」

「関係ある。俺の大事な友達が苦しんでるんだ、力になりたいと思って当然じゃないか。そのためには何だって出来る。あんたはどうなんだよ。彼女のこと、好きだったんだろう? 彼女のために、犯人を捕まえたいと思って刑事になったんじゃないのか?」

「君に、言われる筋合いはない!」

 つい神崎の語気が荒くなった。

「じゃあ、給料のためだけに刑事をやってるのか?」

「……!」

 神崎は言葉に詰まり、拳を強く握りしめた。

 相手が高校生でなければ、殴りかかっていたかもしれなかった。

「神崎、こいつらに力を貸してやってもいいんじゃないか? 案外その方が解決の糸口が見つかるかもしれんぞ」

 いつからそこにいたのか、背後から濱田の声がした。

「濱田さん、しかし……」

「まあ、いいじゃないか。いくら止めても、彼等が事件に関わるのをやめるとは思えないしな。下手に動き回られて危ない目に遭うより、情報を共有して協力した方がいいだろう。それに学園のことは彼等の方がよくわかる。ただし、だ、どんなことでも必ず報告することと、自分たちの判断だけで動かないと約束出来なければ駄目だ。危険なことになるからな」

「約束できます」

 力強い優樹の答えに、濱田は満足そうに頷いた。

「よし、それなら学生探偵さん達に会いに行こうじゃないか。神崎、叢雲学園に行くぞ」

 濱田が楽しそうに見えるのは気のせいか?

 神崎は優樹を一瞥すると、複雑な面持ちで車に向かった。

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