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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第三章 不協和音】
24/47

〔5〕

 優樹は一週間以上、写真部の部室に顔を出すこともなく剣道部の部活動に専念していた。

 遼が自分の意志で犯人を突き止めたいといったあの日、何故かライディングに集中することが出来なかった。

 悪天候での運転には自信があったはずなのに、千々に乱れる思考に判断力を奪われ、横殴りの雨と、すくい上げるような突風にバランスを崩して気付いたときには道路下の海岸に投げ出されていたのだ。

 並はずれた運動神経と、雨で身体が滑ったことが幸いして大事には至らなかったが、なかなか痛みの引かない右肘の打ち身を改めて医者に診てもらったところ、上腕骨にひびが入っている事が解り、しばらく激しい練習は止められてしまった。

 包帯を樹脂で固めただけの簡単なギブスではあったが、今は仕方なく左手だけの打突練習や素振りをするしかない。

 優樹が得意とする諸手左上段は、相手の攻めに対して決して動じない気位だ。

 別名「天の構え」または「火の構え」とも称されるそれは、対峙する者を飲み込み焼き尽くす気迫で頭上より見下ろす、強く攻撃的な構えである。

 両手で竹刀を持ち、ゆっくりと振りかぶる。一歩踏み込んで振り下ろした途端、激しい痛みに竹刀を取り落としてしまった。

「……ッ……クソッ!」

 自分の中で燻る未消化な感情を、力任せに振り払うことさえ出来ない苛立ちに歯噛みする。

「無理するなぁ、篠宮! 焦ると怪我が治らんぞぉ!」

 剣道部顧問の熊谷が、優樹に向かって大声で怒鳴った。練習を休んで身体を治せと再三言われているのに、言う事を聞かない優樹に怒っているのだ。

「少し、外を走ってきます」

 優樹は竹刀を拾うと、運動着に着替えるため更衣室に向かった。

 一時間ほどのロードワークから帰り武道館に戻ろうとした優樹は、西棟からクラスメイトの岡田悟が出てくるのを見つけた。

 岡田も優樹に気付いて、挨拶の手を挙げ走り寄ってきた。

「最近、写真部の方に顔出さないんだな」

「えっ? えっと……ここんトコ、剣道部の方をサボりがちだったからさ。少し真面目にやんないと、熊谷がうるさいんだ」

 熊谷が指導熱心で厳しい事を、優樹は時々、岡田に愚痴っていた。

 しかし怪我が治りきらない部員を、無理に練習させるはずがない事ぐらい岡田にもすぐ解る。

 言い訳としては説得力に欠けるかな、と、伺い見たが岡田は無表情に「そうか」とだけ答えた。

「悟、今日はもう終わりか? 着替えてくるから一緒に帰ろうぜ。怪我治るまでバイク禁止されたんだ」

「ああ、いいよ。ここで待ってる」

 岡田は武道館入り口のコンクリート階段に腰を下ろし、鞄を置いた。

 自由にならない腕を、もどかしく思いながら急いで帰り支度をした優樹が武道館を出ると、グラウンドを走る陸上部をぼんやり眺めていた岡田が立ち上がった。

「よっ、待たせたなっ! 帰ろうぜ」

「……おう」

 まだ日は高く、帰宅する生徒の姿はまばらだ。

 二人並んで裏門から断崖を上る階段まで続く遊歩道を歩いていると、海を眺めて談笑する女生徒の集団が幾つかあった。

 その中の何人かが、優樹を見つけて囁きあっている。

「タイピンの色がオレンジだから一年生だな。こっち見てるぞ、手くらい振ってやれよ?」

 岡田に肩を突いてからかわれ、優樹は顔を顰めた。

「ばぁーか、そんな恥ずかしい真似出来ねぇよ。おまえが振ってやればいいだろ?」

「生憎あの子達の視線は、おまえしか見てないよ。自覚無いのか?」

「なんだよ、それ」

 声を殺して岡田が笑う.。

「悟……もしかして、俺に用があったから帰るタイミング合わせたんじゃないのか?」

 歩きながら優樹は、いつもより早い時間に部活を切り上げてきた岡田を不審に思っていた。三階にある写真部から武道館を見ていれば、優樹が帰るタイミングが解るからだ。

 問いには答えず岡田は、岩肌に添った階段登り口で足を止め海に視線を投げた。

「……そういえばおまえさぁ、中学の時、よく部活をサボって海に泳ぎに行ってたよな」

 深刻な話でもあるのかと探りを入れたはずが突然、中学時代の話を持ち出され優樹は肩すかしを食らう。

「あぁ……っと、それは身体を鍛えるためだよ。いろんな運動を経験して筋肉を均等に鍛えないと、いい動きは出来ないんだ」

「よく言うよ、俺にはそうは見えなかったけどなぁ。ただ単に、海で泳ぐのが好きなだけだろう? 真冬でもお構いなしで、付き合ってる俺の方が凍えそうになった」

 岡田は子供の頃からの写真好きだが中学校には写真部が無く、優樹に誘われて剣道部に所属していたので、部活をサボるときは一緒だった。

「ちぇっ、無理に付き合ってくれなくても良かったんだ」

「勝手な事言いやがって、ほっとけるかよ。あの時も、流木燃やして暖まろうって言い出したのは……」

「あっ、勘弁! その話はもう止めてくれっ!」

 狼狽える優樹に構わず岡田は続ける。

「優樹だったんだぜ。それが海岸に引き上げてあったボートまで火が飛んで、すっかり燃やしちまったんだよな」

 つい昨日の事のように、その光景が目に浮かんで優樹は頭を抱え座り込んだ。その頭上から岡田が、たたみ掛ける。

「あんときはホント、焦ったなぁ。海岸に落ちてたペットボトルの空き容器で、海の水を汲んでかけたけど間に合わなくてさ。その上、置いてあった服まで燃やして……『ゆりあらす』が近かったから助かったよ、海パンのままじゃ家に帰れなかった。あとから親父と田村さんに酷く叱られて、ボートの持ち主の家まで一緒に誤りに行ったっけ」

「ううぅっ……」

 唸る優樹に岡田が笑った。

 断崖を伝う石段を上りきり、見晴らしのよい岬の先端に出たところで岡田は優樹を促し村雲神社の境内に誘った。

 海に向かって湾を見下ろすかのように立つこの神社は、室町時代頃からの古い謂われのあるものだ。

 その昔、湾で暴れ、漁に出る者を苦しめた海竜を封じるために身を犠牲にした巫女を祭るものだと聞いたことはあるが、学生である彼等にとっては古い伝説など興味がない。

 だが優樹にとっては、特別な意味を持つ場所だった。

 岡田は、優樹がこの場所から海を眺めるのが好きだと知っているようだ。

 やはり何か、込み入った話をしたいのだろう。

「さっきの、ボートを燃やした話なんだけどさ。あのとき優樹は自分だけが悪いんだって、言い張ったんだよな」

「えっ? そうだっけ? ……でも結局二人の責任だって事になって、叔父さんのペンションでバイトして弁償することになったんだよなぁ。大半は、おまえの親や叔父さんに負担してもらったんだけど」

 二人は境内の板敷き廊下に座り、しばらく黙って海を見ていた。

 珍しく水平線上に雲はなく、太陽から海上にのびる光の柱がきらきらと美しく輝いている。

「優樹さぁ……いつもでも、どんなときでも誰かを庇おうとするよな。だけど、あのとき俺は二人で責任をとるべきだと思ったし、二人で金を返したかった。俺は、おまえの親友だと思ってたからな」

「……ああ」

 あの時、岡田に少しボートから離れたところで火を焚こうと言われたのだが、優樹が風を避けるのに丁度良いと言い張ったのだ。結果、忠告を聞かなかった自分に責任があると岡田を庇ったところ田村は二人を並べて、「両方に責任がある、友達なんだろう」と諭したのだった。

「田村さんが二人の責任だと言ってくれた時、正直俺は嬉しかった。おまえは迷惑だったのか?」

「ばっ、馬鹿言うなよ。……嬉しかった、けどさ」

 素直な岡田の言葉に居心地悪さを覚え、優樹は顔をそらす。

「一人で全部背負い込もうとするの、悪い癖だぜ。例の事件にしてもさ……秋本は、まわりの人間が思ってるほど弱いヤツじゃない。おまえ、自分とは違うアイツの強さが、羨ましいんじゃないのか? だから、放って置けないんだろ?」

 痛いところを突かれ、優樹は何も言えなかった。

「アプローチ、下手だよな」

「何でそんなこと、悟に解るんだよ」

「言っただろ、親友だって」

 岡田が笑った。

「秋本は、俺とは違うんだ。あいつは、おまえに足らないところを補ってくれるパートナーってとこかな……」

 岡田はそれ以上言うのを止めた。

「よく、わかんねぇよ」

「そのうち解るよ、多分な。ところでアキラ先輩が刑事を味方につけたいと言ってた話、あれ、失敗したらしいぜ。秋本の能力のこと、うち明けたらしいけど信用されなかったんだってさ」

「えっ、あの石頭刑事! 何で信じてやらねぇんだよ!」

 優樹が怒って立ち上がると、岡田が呆れ顔で見上げた。

「言ってること、矛盾してるぞ。佐野先輩から聞いたんだけど、信じてもらえるわけないって、おまえ秋本に言ったそうじゃないか」

「……っ、それとこれとは、話が違う」

「何が違うのかねぇ……聞くのも馬鹿らしいや」

 返す言葉も無い優樹は、急いで話題を変える。

「もう、帰ろうぜ。バス、無くなっちまうからな」

 遊歩道に出ると、この時間のバスに乗り遅れまいと急ぐ生徒が何人か走っていた。

 二人はあわてて、バス停に向かって走り出した。

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