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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第三章 不協和音】
21/47

〔2〕

 高校生を相手に事情聴取するのは、正直なところやりにくい。

 神崎は正門から少し坂を下りたところにある職員用駐車場に車を止め、眠い目をこすりながらドアを開けた。

 昨夜は叢雲学園地下倉庫で見つかった死体の現場検証後そのまま県警本部に戻り、今日は朝早く開かれた捜査会議に出たため、ろくに寝る暇もなかったのだ。

 学園に着くまで隣でいびきをかいていた濱田は、神崎を待たずにさっさと正門に向かっている。

 長く捜査一課にいるためか子供を相手にするのが苦手な濱田は、「若い者の相手は、やはり若いヤツでないとな」と、学生の相手を全て神崎に任せるつもりだ。

 子供でも大人でもない多感な年頃の彼等に不安や動揺を与えないよう気を配り、必要なことを聞き出すのは難しい。

 ましてやそれが、女子学生となると……。

 神崎は昨夜の事情聴取に答えた、印象的な女子学生を思い出した。

 おそらく気丈な性格なのだろう。質問に答える言葉は明確で、良く知る女教師の変わり果てた姿を目の当たりにした当人とは思えないほどだった。

 だがさすがに迎えに来た両親の前では、堪えきれずに泣きじゃくっていたが……。

 倉持美沙都の美しい黒髪が、神崎の知る少女と重なる。

 榊原江里香……。

 神崎が叢雲学園に入学したとき、この学園には三人のミス叢雲と呼ばれる女子学生がいた。

 知的でクールな三年の山本葉月、マスコット的な愛らしさを持つ一年の乾陽子、そして誰にでも優しく姉のような存在だった二年の榊原江里香。

 当時一年生だった神崎は、密かに榊原江里香に憧れていた。

 美術室の窓際で、彼女はよく海の絵を描いていた。

 入り口でたびたびそれを覗いていた神崎の姿に気付いて、いつしか江里香は微笑みかけてくれるようになった。

 しかし彼女は、もう戻らない。

 刑事という職業について犯罪者を追う事に馴れ、最近怒りを忘れてはいなかったか。

 何のために今、自分はここにいるのだろう。

 犯人は必ず、俺が捕まえる。

 神崎は改めて、自分に誓った。

 警察が校舎内を歩き回ることに難色を示した学園側は、図書館で用のある学生に話を聞くように申し入れてきた。

 神崎としても、その方が仕事がやりやすい。職員室での情報集めが終われば、濱田も図書室にやってくる手筈になっていた。

 朝一番に招待する生徒達は学園側に伝えてあるが、図書館入り口から見える駐輪場に見知った姿を認めた神崎は、そちらに歩を進めた。

「おはよう、優樹くん! あのバイクは君だったのか。出来ればもう少しゆっくり走ったほうがいいと思うよ、バックミラーで僕の車を見てからじゃなくてね」

 美術室で見つかった死体の件で事情聴取をした少年、篠宮優樹。

 学生達の不安を、これ以上は煽りたくなかった神崎は、警察車両であるグレーのセダンで学園に来た。

 途中、中型のオフロードバイクを追い越したが、フルフェイスヘルメットのため誰だか解らなかったのだが……。

 バイクのスタンドを立てヘルメットを脱いだ優樹に、やんわりと速度超過を指摘した神崎は、次は見逃さないとの意味を含め微笑む。

 優樹は苦い顔で神崎に軽く頭を下げた。

「あの……俺に何か用があるんですか? 成田先生のことなら知っているけど、今回は関係ないですよ」

「まあ、直接はね。ああ他の連中も来たようだから、これから図書館まで御足労願えるかな? 学園側には、もう伝えてあるから授業の方は大丈夫だ。僕は彼等と先に行ってるよ」

 神崎は図書館入り口に向かう数人の学生に手を上げて挨拶したが、そちらに目を向けた優樹の表情が気になった。

 怒っている?

 警察である自分に対してではなく、友人に対して感情を顕わにしている。

 何があったか知るところでは無いが、諍いがあれば事情聴取に影響が出るかもしれない。

 面倒なことになら無ければ良いがと、神崎は気が重くなった。

 図書館は、各科目教室や文化部部室のある西棟から渡り廊下で繋がった独立棟だ。赤煉瓦造りのレトロな建築様式は、横浜などにある倉庫群を彷彿とさせる。

 膨大な数の書架群から離れた窓際の明るい閲覧机で、神崎は学生達と向き合っていた。

 秋本遼、篠宮優樹、そして須刈アキラと佐野和紀の四人である。

「ところで君達は、いつあの倉庫に調査に入ったのかな?」

 一見にこやかに、神崎は学生達を見渡した。

「どういう事ですか? 別に調査なんて……!」

 言葉を真に受け、優樹がムキになって言い返す。

「落ち着けよ、篠宮。新しい指紋の中に、俺たちの物があったからでしょう? 神崎さん」

 そう言って平静な目で見つめ返した少年に、神崎は他の学生とは違う何かを感じた。

 穏やかそうな外見とは裏腹に、その瞳の奥には刑事である自分にしか解らない、鋭利な刃物のような光がある

「その通りだよ、須刈くん」

 神崎は、それをやんわりと笑顔でかわした。

「石膏像事件の時、鑑識は倉庫の指紋を残らず採取しているんだ。部外者を判別するため君達の指紋も、そのとき採取させてもらっているはずだね。実はその後、参号倉庫に出入りした者は誰もいなくて、付いていた指紋は君達と今回の発見者、藤堂君に倉持君、そして成田智子先生の物だけなんだ」

「俺たちは文化祭用のパネルを取りに行っただけですよ。二日前、午後の五時半過ぎくらいかな、倉庫に入る前に藤堂に会っていますから聞いてみてくださいよ。篠宮と秋本には手伝いを頼んだだけで、出てきたのは六時半くらいだったと思います。そしたら外は、ひどい雨で……」

 とぼけた口調のアキラに、神崎は鋭い視線を向けた。

「では、パネルを運ぶのが大変だっただろう?」

「そりゃあ、もう」

「しかし何もわざわざ、雨の日に取りに行かなくても良さそうなものだが」

「美術部のデザイン科とパネルが共用だから、早めに確保したかったんですよ」

「それで一時間も倉庫に?」

「なっ、なかなか丁度良いサイズが見つからなくって、なぁ、須刈」

 佐野が口を挟むと、余計な事を言うなとばかりにアキラは目配せした。

「二日前、五時半頃に倉庫に入り六時半頃に出たんだね?」

「はい」

「鍵はその時、間違いなく掛けたかな?」

「鍵は佐野が掛けましたが、職員室に返しに行ったのは俺です。雨でひどく濡れたので、一旦寮に帰って着替えてから八時ぐらいに当直の先生に返しました」

 まるで渡り合おうとするかのように、アキラは一人で質問に答えている。他の三人は、その奇妙な緊張感に落ち着かない様子だった。

 神崎は手帳に必要な情報を書き留めると彼等を順に見て、最後にアキラに目を止めた。

「子供の好奇心で、余計な興味を抱かない方がいい。相手によっては、怪我では済まなくなるからね。事件との関わりは不明だが、現に一人死んでいるんだ。解ったかい?」

「もちろん解っていますよ、刑事さん」

 その視線を受け止めてアキラが答える。

 牽制に臆したそぶりは欠片もない。

 神崎は小さく苦笑した。

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