〔1〕
『秋の日は、つるべ落とし』とは、よく言ったものだ。
藤堂光樹は、体育館のギャラリーから茜色に染まりつつある空を見上げた。
彼方に目を移せば、つい先ほどまで完璧なブルースクリーンのようだった海上の空に瞬く間に叢雲がわき、水平線上の太陽を覆い隠していく。そして雲間からもれる残照は、夏の日ほど地上に明るさを留めていてはくれないのだ。
身支度を終えて帰宅する演劇部員達が、ぱらぱらと体育館から出て行くのが見える。そう言えばと思いついて藤堂は、その中に部長の倉持美沙都の姿を捜した。
「おーい倉持、参号倉庫に使えそうな油絵があるって言ったの、おまえだったよな!」
まさに体育館から出ようとした後ろ姿を、大声で呼び止めた。
「えっ、なに? 何の事?」
美沙都は面倒くさそうにギャラリーを見上げる。
「相変わらず無責任なヤツだな。おまえの出番、ドレスデンのシーンで使いたいって言ってた油絵の事だよ! これから取りに行くから、一緒に来て教えろよ」
「ええっ! 今から倉庫に行くの? イヤよ、あの倉庫気持ち悪いんだもん」
不満そうに口をとがらした美沙都に、藤堂は苦笑した。
「おまえ部長だろ? 真面目に協力しろよ。まさか、幽霊が出るとでも思ってるのか? ガキじゃないんだからさ」
「別にそう言う訳じゃないけど……わかったわよ、行けばいいんでしょ? せめて、もっと明るいうちに言ってよね」
藤堂の譲らない態度に美沙都は、渋々ながらも倉庫への同行を承知する。
「だったら早く降りてきなさいよ、藤堂! 暇さえあればギャラリーで外ばっかり観てるんだから、不真面目なのは君の方でしょう?」
「俺の場合は、ここで創作意欲を掻き立ててるんだよ! おまえのサボりと一緒にするな!」
階段へと向かった藤堂に、美沙都のしかめっ面は届かなかった。
事あるごとに美沙都に対して冷たい口の利き方をする藤堂だが、内心ではその舞台センスを高く買っていた。それゆえ美沙都が使いたいと言った油絵を、是非見ておく必要があったのだ。
そもそも演劇部部長でありながら、美沙都はこの舞台にあまり気乗りしていなかった。
『ギリシャ神話』や『イリーアス』のような題目を演じる方が趣味に合うと言い、藤堂の書く脚本を難解だと主張しては不満を漏らす。
ただ今回の演目に関してはドイツ軍将校の衣装につられ喜んで賛成したので、その偏った趣味も藤堂には理解しかねた。
演劇部入部当初、美沙都の自信過剰ともいえる態度が鼻について仕方がなかった。
しかし、女性としては高すぎる身長にコンプレックスを持ち、それを克服するために演劇に打ち込んでいるのだと解ってからは、かえって彼女が舞台女優として成功することを願うようにさえなっていた。
「あぁーあ、せめて藤堂の背がもう二十五センチ高いと様になるのになぁ……」
然れども、この口の悪さがなければもう少し素直に応援してあげられるのだが、と、諦めの溜息をつく。
どうやら藤堂の言葉は必ずしも外れてはいなかったらしく、地下倉庫へと続く暗い階段を小柄な藤堂の影に隠れるようにして下りる美沙都は、まるで幽霊を怖がる子供のようだった。
少しは可愛いところがあるのかもしれない……そう思いかけたとき。
「舞台以外の暗いところと狭いところは苦手なのよね、君の体格じゃ気にならないと思うけど」
再度、身長を持ち出されて「むっ」とする。
「頭気を付けろよ、本番前にオデコに傷つけたらデカイ身体を恨む事になるからさ」
「嫌みなヤツ!」
それはこちらの台詞だと、言いたいところを我慢して藤堂は扉の鍵を開き、倉庫に通じる廊下に入った。
途端、ひやりとした空気が身体を包み込む。
美沙都は、まだぶつぶつと文句を言い続けていたが構わず通路の明かりを付け、参号倉庫に向かう。
「……? 誰かいるのかな」
部屋の電気をつけようとして藤堂は、奥にある棚の陰に人影らしきものを見つけた。
「うっ、嘘でしょ。脅かそうったって、そうはいかないんだから」
慌てて美沙都が電気のスイッチを入れる。すると確かに、棚の横に誰かがうずくまるように座っているのがわかった。
見覚えのある、あの白衣は……。
「なぁんだ、あれ成田先生じゃないの? こんなとこで具合が悪くなったのかしら……成田先生!」
声を掛け、近づこうとした美沙都の腕を掴んで止める。
「待てよ。入り口、鍵が掛かってたし電気も消えていた」
「えっ、そうだけど……」
来るなと言うように、藤堂は美沙都の肩を入り口の方に軽く押した。厭な予感がしたからだ。
「成田……先生?」
声を掛けながら、屈んでその顔を覗き込む。
「先生?」
肩に手を掛けると突然、身体がガクリとくずおれた。
「い、いやぁっ!」
向けられた死者の形相に、美沙都の叫びが木霊した。




