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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第一章 石膏像の少女】
2/47

〔2〕

日が傾き薄闇が迫りつつあるグランドで、ようやく運動部の連中も練習を終いにする気になったようだ。

 篠宮優樹しのみや ゆうきは稽古着と竹刀を肩に担ぎ、剣道部男子の熱気と汗臭さが籠もる武道館から早々に逃げ出した。

 ストレッチで身体を解す陸上部員の脇を駆け抜け、美術室のある西棟へと急ぐ。

 すると器材のハードルを抱えたクラスメイトがその姿を見つけ、大声で呼びかけた。

「おーいっ優樹! 終わったんなら、一緒に帰ろうぜ! バイクのメンテで聞きたいことあるんだけどさぁ!」 

「悪ぃ、今日は用があるんだ! また今度な!」

 優樹は片手を挙げて返事をすると、玄関は通らず渡り廊下から校舎に入った。こちらの方が、階段に近い。

 一気に三階まで駆け上がり、美術室の扉を勢いよく開ける。

「おい遼、迎えに来てやったぞ!」

 しかし、応える声はなかった。

「あれっ、いないのか?」

 やけに静まりかえった教室に足を踏み入れ、友人の姿を捜す。

「トイレかな?」

 今週末、遼は優樹の下宿先に泊まりに来る約束だった。一緒に帰るために、五時に呼びに来ると言ったのだが……。

 ドアの鍵も開いたままだ。先に帰ったはずはない。

「おっかしいなぁ……」

 肌寒さを感じて窓を閉めようとした優樹は、窓際の床に膝を抱え込むようにして座り込んでいる遼に気が付いた。

「なんだ、いるなら返事くらいしろよ」

 呼びかけてみても、まるで生気のない石膏像のように遼は身じろぎもしなかった。その、ただならぬ様子に優樹は慌てて片膝を着いた。

「遼、大丈夫か?」

 反応がない。

「おいっ、遼!」

 肩を掴み軽く揺すってみる。すると微かな声が返ってきた。

「大丈夫、なんともない……」

「何ともないようには見えないぞ。どっか具合悪いのか? ちょっと待ってろ、当直の先生を……」

 遼の手が、弱々しく優樹の手を掴む。

「見たんだ……また」

「見たって何を……あっ!」

 優樹には、すぐに思い当たることがあった。

「だっておまえ、最近は見ないって言ってただろ? もう二年くらい、見てないって」

「うん、そうなんだけど……あれは確かに、いつものやつだった」

 顔を上げた遼は、血の気の引いた青白い顔をしている。

 友人を苦しめる得体の知れない力に、優樹は怒りがこみ上げた。

 他人に見えないものが自分には見える。遼がそのことに気付いたのは、大人との意志疎通が出来るようになってきた四歳ぐらいの頃だと聞いた。

「猫さんが寝てるよ」

「踏んじゃだめ、鳥さんがいるんだよ」

母親と公園に遊びに行くと、何もいないベンチや地面を指さして、他所の子ども達や母親達に気味悪がられたそうだ。

 遼に見えていたもの、それは、かつてその場所で生き死んでいった生物の残像だった。

 もともと言葉の遅いことを母親や周りの人間が心配していたためか、少し変わった言動を、初めのうちは誰もとりたてて問題にはしなかった。

 しかし小学校に上がる歳になり、さすがに心配になった両親は医者に診断を仰ぎ、場合によっては専門の学校に入れることを考え始めた。泣きながら父親の説得に応じる母親の姿を見て、遼は見えるものを見えると言うのを止めてしまった。

 両親は安心し普通に小学校に通う事になったが、成長するに伴い不思議な能力は強くなる一方だった。やがて過去に焼き付いた映像を、より鮮明に目の前に映し出すようになったのだ。

 普段の生活の中、何気ない場所で見える過去のヴィジョン。慣れてしまえば、それほど困ることはなかった。時折、学校やファーストフード店またはゲームセンターでいるはずのない友人に声をかけてしまい、周囲の失笑を買うぐらいだ。

 しかし事故や自殺、あるいは殺人の起こった現場においては、それは言い難い苦痛をもたらした。

 命が失われる瞬間の恐怖、悲惨かつ凄惨な光景を目の当たりに見て悲鳴を上げ、時に気を失うことすらあったのだ。

 その奇行はすぐに噂となり、クラスメイトに避けられるようになって、陰湿ないじめが始まった。

 幼い頃は素直に信じてくれていた仲間さえ、味方してはくれなかった。

 ただ一人、優樹を除いて。

 優樹は遼に手を貸して椅子に座らせると、床に落ちていた上着の埃を払って手渡した。

「それにしても、今にも死にそうですって顔だな」

「えっ、そんな酷い顔してる?」

「あーまあ、それほどでもないけど……少しは耐性が付いたって言ってたしな?」

「うん……久しぶりだったから、ショックが大きかったんだと思う」

「でさ、何が見えたんだ?」

 遼は見たものを思い出そうと、目を閉じる。

「この高校の制服を着た女の子……窓から見える海を描いている。誰か……多分その子と親しい人が教室に入ってきて……」

 息苦しさを覚えて、遼は表情を歪めた。

「彼女の首に手を掛けた……」

 えっ、と、優樹が顔色を変えて小さく叫ぶ。

「まさか……絞め殺したのか?」

「わからない。でも……」

 震える手で頭を押さえ、遼はきつく唇を噛む。

「大丈夫か?」

 心配そうに顔を覗き込んだ優樹に、遼は無理に笑顔を作った。

「無理すんな。ここで殺人事件があったなんて話は聞いたこと無いけど、おまえが言うなら本当のことだよな。その……おまえがヴィジョンて言ってるやつだけど、この場所で見えたのか?」

「……うん、正確にはあの棚の下。ほら、黒い布が掛けられているモノがあるだろ。それが何かなって思って、布を取ろうとしたんだ。そしたら急に……」

「OK、じゃあそいつを見てみようぜ」

 途端、遼は顔色を変えた。

「ちょ、ちょっと待って! たまたま、そのときに重なっただけで関係ないかも……」

 関係があると確信した優樹は、遼の制止に構わず棚の下の黒い布に覆われたものを引きずり出した。

「思ったより軽いな。それに……」

 揺すってみると、中でかたかた何かが動く音がする。慎重に布を外す優樹の肩越しに見ていた遼が、小さく叫んだ。

「あっ……!」

 まぎれもない、あの少女だ。

 真珠のように美しく磨き上げられた、白い石膏像。

 ただ、耳の下にある赤黒い3センチほどの染みから、放射線状に幾筋かの亀裂がはしっていた。

「これ、何かの手がかりかもしれないぜ。石膏像に隠された死体……なんてな」

「もういいよ、早く元に戻して帰らないと成田先生に教室を貸してもらえなくなる」

「あ、そっか、悪い悪い……。でもさ、おまえが見た女の子って、実はこの石膏像そっくりなんじゃないのか? だとしたら……」

「やめようよ、詮索するのは。これが関係あるとは思えない」

 手から布を奪い取った遼に、ふうん、と、優樹は不審な目を向けた。が、布で包み終わるのを待って、横から手を出す。

「俺が戻すよ、出したのも俺だし」

 少し躊躇いながらも、遼が手を引っ込めると優樹は石膏像を持ち上げた。

「そういえば田村の叔父さん、おまえが来るのを楽しみにしてるんだぜ。いっそ俺と一緒に、あそこに下宿しちまえよ。寮なんか出てさ」

「そんなわけにはいかないよ。でも田村さんのロールキャベツ、あれ好きだな。小枝子さんの焼いてくれるパンも」

「おまえが好きだって言えば、毎日作ってくれるんじゃないか? 俺は肉じゃがとか納豆とかの方がいいけど」

 笑いながら優樹は、石膏像を胸に抱え一歩下がった。そして……。

「おっと、手が滑った!」

 わざと、床にそれを落とした。

 ごとり、と、鈍い音がして石膏像は二つに割れる。

「俺に嘘付くなよ。おまえ、これを見たんだろ?」

 動揺を隠しきれない声で言うと、優樹は遼を見た。

 中から出てきたのはひからびた、髪の長い人間の頭部だった。

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