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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第二章 太陽と叢雲】
19/47

〔10〕

 遅くなって遼が写真部に赴くと、おそらく剣道部顧問の熊谷くまがやに練習を止められたのだろう、優樹の姿が既にあった。

 他には須刈アキラと岡田悟、そして何故か田村杏子が話に加わっている。

 いつもはこの時間でも何人か男子学生がいるが、アキラに追い返されたのか他の生徒は見当たらない。

 いち早く遼の姿を見つけ、杏子が駆け寄ってきた。

「遼くん! 待ってたんだよ。今、アキラ先輩から話を聞いた所なんだけど、あたしにも何か手伝える事無い? 頭を使うのが苦手な優樹なんかより、絶対、あたしの方が役に立つ自信があるんだけどな。それに優樹ってば最近、なにか考え込んじゃって元気ないし……まぁ、どうせつまんない事だと思うけど。何悩んでるのか知ってたら教えてくれる? 母さんが心配してるんだ」

 どうやら杏子は、優樹の様子がいつもと違うことを心配する田村小枝子のため、自ら原因を確かめに来たようだ。

 無邪気な笑顔に、針で突いたような胸の痛みを感じた。

「僕には……」

 返答に詰まっていると、皆と少し離れて座っていた優樹が立ち上がった。

「うるせぇよ、杏子。おまえ、これ以上余計なお喋りするんだったら、とっとと帰れ。俺たちは遊びで集まってる訳じゃねぇんだ」

 抑えた声だったが、杏子はびくりと身を縮める。

「な、何よ! だって最近、優樹がいつもと違うから……」

「同じだよ、だから余計な心配はいらないって小枝子さんにも言っといてくれ。それより今日、自転車で来てるんだろう? 外暗くなってきたから、もう帰った方がいいんじゃないか? おまえの方が心配かけるぞ」

「イヤよ! あたしだって関係者だもん、のけ者にしないでよっ!」

 負けじと杏子は、優樹にくってかかった。

「それは、どうかと思うけど……」

 優樹が困惑の表情を浮かべたところで、すかさずアキラが助け船を出した。

「いいんじゃないの? 結構、女子のカンが役に立つことも多いんだぜ。帰りは篠宮が、バイクで伴走してやればいいんだし」

「ええっ! ママチャリと並んで走るのなんか、冗談じゃないですよっ!」

 迷惑そうに顔をしかめた優樹を、杏子がしたり顔で見上げる。

「あら、安全運転でいいでしょ? 昨夜転倒して右手をかなり痛めたのに今日は無理にバイクで来たりして……ホントはアクセル開くのやっとなんじゃない? 部活の時も左手片手素振りしかしてなかったの、弓道場から見えたわよ」

 杏子が所属する弓道部は、剣道部と同じ武道館で練習している。優樹の事が心配で、ずっと見ていたに違いなかった。

「余計なこと、言うなよ!」

「何よ、心配してるんじゃない!」

「だからっ……!」

 優樹が、ちらっと遼を見た。

「酷く、痛めたの?」

 かすり傷と聞いた遼が心配になって気遣うと、「何でもねぇよ」と言って優樹は顔を背ける。遼には聞かれたくないらしい優樹の様子を、ようやく杏子も悟ったのだろう。

「あのっ、優樹にとっては大したこと無いんだよ。こいつ、身体だけは丈夫に出来てるから……」

 取り繕うように、小さく呟いた。

「それじゃぁ、そろそろ本題に入ってもいいかなぁ? ご両人」

 笑いを堪えて三人のやり取りを眺めていたアキラが、遼に片目をつむって見せた。

 早速、遼が八街から聞いた話を伝えると、場の全員も成田智子に対する不信感を抱いたようだ。

「在るべき場所に在るべき物がないと、気が済まない性格だからなぁ、あの先生は」

 アキラの言葉に遼は頷き、優樹は身を乗り出した。

「それじゃあ、成田先生が犯人なのか?」

「だからそう、結論を急ぎなさんな。篠宮みたいなのが刑事になったら、誤認逮捕で始末書の山だな」

 逸る様子をからかわれ、ふて腐れた優樹は椅子に座り直す。いつもの様子に少し安心して遼は、アキラに視線を戻した。

「でも、何か知っていそうな気はしますね」

「秋本は、冷静だねぇ」

 追い打ちをかけるような言葉に、優樹が顔をしかめる。

「ナリちゃんの事なら最近、女子の間で噂になってるわよ」

 遼の笑顔に安心したのだろう、杏子が怖ず怖ずと口を挟んだ。

「ナリちゃん? それ、成田先生のことか?」

 驚いたようにアキラが聞き返すと、途端、杏子は得意そうな顔になる。アキラだけでなく、遼も女子学生が成田をそう呼んでいるとは知らなかった。

「ナリちゃん最近綺麗になったって、女子の間では噂の的なんだから。ほら、以前はいつも同じ色合いのニットのトップに……黒とか、紺とか? あわせてセンスの悪いロングスカートはいてたでしょ。おまけにあの、引きずるような白衣。背が低いんだから似合わない、最悪ってみんな言ってたんだけど……」

 杏子は、四人が自分の話に興味を示しているのが嬉しいらしく、少し勿体ぶるように間をあけた。

「ところがね、夏休みが明けてからタイトな服に変わったの。コーディネイトするブランドも三つくらいに絞ってあるようだし、確かあれは……」

「ブランド名は置いといて、それがどういう事か教えてくれると助かるんだけど」

 アキラが困ったように杏子に頼む。

「あら、そんな事すぐにわかるじゃない。彼氏が出来たのよ、間違いなくね」

「ええっ!」

 男子四人は同時に声を上げた。

「成田先生、既婚者だぞ」

 まるで夫以外の男性が存在しているといった口振りに、今まで黙っていた岡田が言ってはいけない事のように低い声で呟いた。

「不倫よ、決まってるじゃない」

 自信満々で、杏子はくるりと男子を見回す。

「ナリちゃんの旦那様って市役所勤めなんだけど、お見合い結婚してもう、五年目なんだって。それで、お子さんもいないし……そろそろ倦怠期になりやすい時期なのよね。ナリちゃんは子供を欲しがってるのに、ご主人は乗り気じゃなくて……あっ!」

 自分以外の四人が全員男子だということに改めて気付き、杏子は顔を赤らめた。

 調子に乗って、女子の間でしかできないような話までするところだったらしい。女の子同士がどれほど際どい話をしているか遼にはわからないが、羞恥心から口籠もる様子で、ある程度の想像は出来た。

 遼と岡田は体裁悪そうに苦笑したが、優樹だけ場の空気を読めていない。アキラが笑いを噛み殺しながら杏子に尋ねた。

「ナリちゃんの御主人の話は、またの機会にお願いするよ。それで杏子ちゃん、不倫の話だけど本当の事なのかい?」

「もちろん本当! ……だと思うんだけど。だって千葉でナリちゃんが旦那様以外の人と買い物してるとこ、友達のママが見たっていってたもの」

「うーん、それだけじゃあ確証に欠けるなぁ」

「でも、絶対にそうよ! 女子のカンは役に立つって、アキラ先輩言ったじゃない!」

 ムキになる杏子に、アキラがたじろぐ。

「はいはい、わかりました。頼むから、そんな顔しないでくれるかなぁ? 美人が台無し。じゃあ『ナリちゃん』の近辺と、その男性の事を調べてみるとするか。もしかして警察の知らない手掛かりを、先に見つけられるかもしれない」

「でもどうやって?」

 遼がアキラに聞き返す。

「杏子ちゃん、『ナリちゃん』が着ている服のブランドがわかるなら、千葉に買い物に行ったときにでも店を当たってみてくれないかな。確率は少ないが、上手くしたら見かける事が出来るかも知れない。俺達は学校で彼女のことを、もう少し詳しく調べてみるよ。篠宮は……早いとこ怪我を治すことだな。凶悪犯がわかったら、おまえの腕が頼りになるんだからさ」

 アキラの言葉を本気か冗談か判断しかねて優樹は不満そうな顔になったが、調べ物には向かないと納得したらしく無言で頷いた。

 その姿を見て、心のどこかでやはり優樹を必要としている自分に戸惑いながら、遼は安堵していた。

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