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私立叢雲学園怪奇事件簿【第一部 青龍編】  作者: 来栖らいか
【第二章 太陽と叢雲】
15/47

〔6〕

 この学園には、何層にもわたる地下通路と秘密の地下室が存在する。

 そんな噂が囁かれ始めたのは、第二次大戦後まもなくの事だった。現在に至っても、戦時中の捕虜収容所だ、人体実験室だと、まことしやかに学生達の間で囁かれ話を聞きつけたワイドショー番組が調査に入ったことさえある。

 実際、学園の地階は確かに存在し、倉庫と防空壕に使われていたらしい。

 大半は重い鉄の扉に頑丈な閂が掛かり立入禁止となっているが、幾つかは学園の倉庫代わりの不要品置き場となっていた。閂の掛かる、開かずの扉向こうに何があるのか知る者は、今や誰もいない。

「二人とも、石膏像を仕舞い込んだ地下倉庫が、どこにあるか知ってるか?」

 アキラの質問に優樹は首を横に振る。しかし遼は、知っているという顔で頷いた。

「秋本は美術部だから、倉庫に資材を取りに行ったりする事もあるだろうが、運動部の篠宮のように用がない限り誰もが倉庫の場所を知ってるわけじゃない」

「どこにあるんですか?」

 ふてくされ気味に、優樹が聞き返す。

「体育館のステージ下に地下倉庫に繋がる入り口があるんだ。倉庫は、そこを通った裏の断崖の中にある」

「えっ、やっぱり秘密の実験室とかが……?」

「それはどうか解らないが、結構奥行きがあって長い廊下づたいに使途不明の部屋が幾つかあることは本当らしいよ。残念ながら、倉庫から先には行けないようになってるけどね」

 噂を耳にしていたのだろう、がっかりした様子の優樹にアキラが笑う。

「いずれにしても、倉庫に使用されてる部屋は三部屋あるし、それなりの広さがある。犯人はどうやって、石膏像が置かれた場所を知ったんだろう? 何故、誰にも知られずに持ち出し、美術室に運び込むことが出来たんだろう?」

「学園の関係者がやったんじゃないかって、言うんですね」

 遼の言葉にアキラは微笑んだ。

「まっ、そういうこと。少なくとも学園の事をよく知る人間、もしくは協力者がいるかだな。興味ないか?」

「先輩は、犯人探しをするつもりなんですか?」

 優樹が再び身を乗り出す。

「いやぁ俺は単に、好奇心からなんだけどね。実は、うちのOBに県警報道部の人間がいてさ、この事件に関して何かネタがないかって言われてるんだよ。それで今日これから、佐野と倉庫に行って写真でも撮ってこようと思ってるんだ。どうかな、君等も行ってみないか?」

 興味をそそられたらしい優樹が、遼を伺い見た。

 倉庫に行ってみれば、何かが解るのだろうか? 

 もしかしたら、また何かが見えるかも知れない……。

 出来れば見たくはないし、恐らく優樹もその事を心配しているのだろう。それでも姉を殺害した犯人の手掛かりを見つけられるのなら行ってみようと、遼は決意した。

 自分の事は、自分で解決すると決めたのだ。

「……行きます」

「おっ、俺も!」

 うつむいたまま考えていた遼が顔を上げて答えると、優樹も慌てて同意した。

「OK、んじゃあ決まりっ……と」

 アキラは足下のカメラバックを肩に担いだ。

 体育館まで来ると、文化祭で写真展示に使うパネルを取りに行く名目で倉庫の鍵を職員室から借りた佐野和紀が、一足先にステージ脇で待っていた。

「待ちくたびれて、眠くなった」

 大きく欠伸をした目に涙が滲んでいる所を見ると、どうやら本当に、うとうとしかけていたらしい。

 いつもくだらない冗談を飛ばし半ば皆に呆れられている佐野だが、どういう訳かアキラとは気が合うようだ。

 佐野はアキラより年齢的に一年下であったが、気兼ねするところは全くなく対等な物言いをする。部室で話に出た県警報道部にいる写真部OBは、佐野の叔父に当たる人物だ。

 ステージ上で、文化祭の公演に向け演劇部が、熱の入った練習をしている。

 下手から階段を下りた広い控えの間には、山のような衣装や大道具小道具が所狭しと置かれてあり足の踏み場も無い。

 瓦礫の描かれた段ボールを脇にどかし、アキラは辺りを見渡した。

「おーい、藤堂いるか?」

 アキラの呼びかけに答えて、大道具の影から縁なし眼鏡を掛けた少し小柄な学生が、台本を片手に姿を現した。

 演劇部副部長の藤堂光樹である。

「あれっ、アキラさん。俺に何か用ですか?」

「ちょっと聞きたいことがあってねぇ。忙しいトコ悪いんだけど、今いいかな?」

「ええ、かまいませんよ」

 藤堂も、美術室の事件を知っているらしい。アキラの後に立つ遼と優樹を見つけ、興味津々といった様子で近付いてきた。

「君達だろ? 美術室で死体の入った石膏像を見つけたのは。その時の様子を、よかったら教えてくれないか? 是非参考にしてシナリオを書いてみたいんだけど……」

「待った! おまえが仕事熱心なのは良いけど、当事者の気持ちに配慮できないようじゃ良い脚本家にはなれないと思うけどなぁ」

 遮るように前に立ったアキラに言われ、はっ、と、表情を変えた藤堂は決まり悪そうに頭を掻いた。

「やあ、そうでした……つい、興味本位が先に立ってしまって。悪かったね、二人とも」

「いえ……大丈夫です」

 遼は小さく応えたが、優樹は不機嫌そうにそっぽを向いている。

「それで、聞きたい事って何ですか? 出来れば手短に頼みます、実は美術室の一件で台本に手直しが必要になっちゃって……もう日もないのに大変なんですよ」

「まあ、そう、ぼやきなさるな。あの二人に責任はないんだし、手直しが必要な題材を選んだのは、おまえなんだろ?」

 アキラと同じ三年で、演劇部では脚本と演出をしている藤堂も、他の生徒同様にアキラを「さん」付けで呼んでいる。

「実は今年の文化祭公演は『スローターハウス5』というSF小説を題材にしたものなんですけどね……タイトル和訳の「屠殺場」という名が教師間で問題になって、公演を中止するように言われちゃったんですよ。でも部長とOBが説得に当たってくれて、タイトルと脚本手直し条件に、どうにか公演に漕ぎ着けたんです」

 小さく溜息を吐いて藤堂は、縁なし眼鏡を指で押し上げた。

「ところで聞きたいことって言うのは大方、警察に話した夏休みの練習のことでしょう」

「ご明察」

「やれやれ、その物好きな性格が災いして留年することになるんですよ」

 言いながら藤堂は、ズボンのポケットから手帳を取り出した。

 几帳面にも夏休みの練習を全て記載していたようで、練習に来ていた生徒名と時間が事細かに記録してある。それによると、ほぼ毎日のように誰かが体育館に来ていたらしい。

「揃っての練習は平日午後からで、ヘタをすると夜の九時、十時なんて事もありました。でもコーラスやダンスの連中は休日や午前中に自主練習してたし、運動部と掛け持ちの多い大道具小道具の奴らなんかは早朝に集まってましたよ」

「と、なると、誰もいないのは深夜だけか」

「聞き込みにきた刑事さんも頭を抱えてました。深夜倉庫にはいるには、学校の鍵、職員室の鍵、体育館の鍵、倉庫入り口の鍵、四つの鍵が必要ですからね。正門からはいるのは無理ですが、裏門からは塀を乗り越えられないこともない。その現場検証もしてたようですよ。でもやっぱり……」

「そういうことだろうねぇ」

 外部の人間ではないと、アキラは確信したようだった。

「俺も実は現場検証に来たんだ、ちょっと倉庫まで行ってみるよ」

 お好きにどうぞ、と、藤堂は肩をすくめた。

 四人が倉庫に続く階段に向かおうとしたとき、衣装らしき軍服を身につけた長身の女生徒が顔を出した。

「ねえ今、秋本遼がいたでしょう? あたし前から彼を演劇部に誘ってるんだけど、振られっぱなしなんだ。是非、秋本君にキュパリッソスを演じてもらいたいなぁ……ヒュアキントスでもいいけど。で、あたしがアポロンを演るの」

「倉持、おまえ部長だろ? その趣味何とかしろ」

 藤堂が言い終わる前に、長い黒髪の美女、倉持美沙都の姿はもう無かった。

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