覚という名前
あとがきにかなり私の思想が入ってます。
不愉快に思われる方は多い筈ですので、予めご了承下さい。
男の子は…………怖い。何もしていないのに、からかい、玩具にして来るから。大嫌いだった。
「こんにちは。夜久宵光と言います」
彼は丁寧に頭を下げて、にっこりと微笑んだ。まだあどけなさの残る、少年らしい笑みだったと思う。
突然引っ越して来た、男の子。黒い髪に、瞳。幼いながらに賢く、穏やかな表情は、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、私の心にゆとりを持たせてくれた。
其れに対し、私は警戒心の残る強張った表情で見返した。
「そう。感見…………覚………………です」
私の漢字表記が、妖怪の“覚”と全く同じ書き方をするもんまだから、学校では“妖怪”なんて呼ばれている。
ちゃんとした、人間なのに…………。女子はちゃんと“覚ちゃん”って呼んでくれているのに、男子ばかり私を“化け物”扱いする。
先生からは『気にするな』と言われた。けれども心に付けられた傷跡は、そんな事じゃ消えてくれなかった。
誰に相談したって結果なんか一緒。少し収まったらまたすぐに再来する。男子なんて…………そんなものだ。
口止めとして、最大限の威嚇を込めてじっと少年を見返す。そんな事しか出来ない程、私は弱っちい人間だったのだ。
しかし彼はその柔和な顔をより、穏やかに歪め、こう言った。
「妖怪の“覚”と同じ名前」
そう言われた時、相手を睨みながら目に一杯の涙を浮かべた。泣きそうだった。『お前もなのか』と失望した瞬間だった。
けれど彼はポケットからハンカチを取り出し、目元に当てながら、戸惑っていた。
「なっ……なんで泣いちゃうの……!? 人の心を良く見て、感じ取れる、良い名前だと思ったのに」
散々泣かされてきた、男という生き物に、今度は慰められている。うろたえ、齷齪している。それが滑稽と言わずして何と言う。
私は少年の問いには答えず、ただひたすらに泣き続けた。
「おはよう御座います」
「あー……………………」
目覚めた場所は絶賛宵光のベッドの上。因みに宵光には馬乗りという形で見下ろされている。ついでに言うと、顔も近い。
私はそんな彼に死んでる目を寄越し、額に触れた。それからずいっと力を込めて押す。
「良い夢見ているなぁって思ったら、突然魘されるんだもん。心配しちゃった」
彼の所有地の上なのに、邪険にされた彼は、ベッド縁に腰を下ろし、がしがしと頭を掻き回した。それから横目で此方に視線を寄越す。
「貴方と会った日の夢を見ていた」
「そう」
「とても幸せ…………だけど、凄い不幸せな夢だった」
其れに対して、何時も通りの微笑を浮かべて来たのは言うまでもない。
─終─
おまけ
男子と覚。
「感見さん」
「えっ……あぁ…………はい…………」
(怖い怖い怖い…………。何!? なんなんですか!? 私何かしましたか…………!?)
男子って女子からしたら、かなりの脅威なんですよ。
(小学生なんか特に。小学生女子の心は存外脆いものです)
からかいを遊んでいるだけだと感じている人が居たら、大きな間違いです。
大人になっても傷を引き摺らせる事になります。
という思いから書かせて頂きました。
不愉快な思いをさせたのなら、申し訳ないです。