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やばい。これはもう、思いだせないパターンだ。ダメ、落ち着いて。焦ったらなお思いだせない、落ち着かないと。
目の前に、わたくしをじっと見つめる彼がいる。
エドガー様が、わたくしを、じっと………!! 無理……!! ……落ち着くなんて絶対無理……!!
どうしよう、どうしよう。
でも、諦めたらそこで試合終了だって誰かえらい人が言ってた気がする。わたくしはなんとしても思いださなければいけない。だって私の人生がかかっている。わたくしと、エドガー様の……!!
よみがえれ、わたくしの記憶……!! 意地でも絞りだせ、私の発想力……!! 思いだせなくても良いから、今大正解を導きだして、乗り切るのよ……!!
わたくしは口をつぐんだまま、必死に考えた。
結婚してくだされば……えっと、何だっけ、何だっけ、なんて言おうと思ってたんだっけ…。結婚してくだされば、結婚してくだされば………。
シェルマ、落ち着いて考えるのよ。エドガー様と、結婚したら、わたくしはエドガー様の妻になって、そしたら公式の場で堂々と隣にいることが出来て……それで、それで、だから、わたくしはエドガー様にふさわしくなりたくて、えっと、それで、わたくしと結婚してくだされば、えっと、なんて言おうとしてたんだっけ、何だっけ、思いだせない、どうしよう、エドガー様がわたくしと結婚してくださったら……えっと、は、早く何か言わなきゃ。何だっけ、落ち着かないと。どうしよう思いだせない、早く言わないと、無言のままいつまでもいたらエドガー様に失礼だし、面倒って思われたらやだ……早く言わないと、えっと、何だっけ……エドガー様がわたくしと結婚してくださったら……エドガー様が結婚……わたくしと……そしたら、わたくしは……わたくしは……
沈黙が辛い。とりあえず、何か言ってみよう、そうすれば何か思いつくかもしれない。
「エドガー様が、わたくしと結婚してくだされば………わたくしは……わたくしは………………………………………………………幸せです……………………」
……うん、間違いない。エドガー様と結婚出来れば、わたくしは間違いなく幸せだ。うん、幸せだ。間違いない。
でも、わかる。正しくわたくしは間違ったのだと、確信を持って、わかる。
これは違う。うん、違う。…………違ううぅ――――!!!!! あああああ!! わたくしの、ばかぁぁぁぁ!!
全力で頭を抱えたいけれど、エドガー様を前にそんなことを出来るはずもない。
うつむいて、だらだらと流れる冷や汗に、肝が冷えるどころか、体中が凍ってしまう。
思わず本音がもれたたけど、これは違う!! 断じて違う!! 確かに言おうとしていた言葉は忘れた! 忘れたけど、これだけは確信を持ってわかる!!
わたくしが言おうとしてた言葉は、絶対に、これじゃない……!!!
ぶわっと涙がこみ上げる。
そうだ、逃げよう。
立ち上がろうとした瞬間、目の前から「ク……っ」とこらえきれなくなったように吹きだす声がした。
「そ、それは、予想外、な、つ、つづき、だ、ね……っ」
途切れ途切れの声が、彼が笑いを必死にこらえようとしているのを教えてくる。そんなにもこらえきれないぐらいおかしいのなら、いっそ思いっきり笑ってくれた方がマシだ。
違う、違うんです、そんなこと言いたかったわけじゃないんですっ。
「ち、ちが……っっ」
「………ちが?」
違うんです、これは……と言おうとして、あれ、何が違うの?ってふと頭の片隅で疑問がもたげる。
「……いません」
ぐほっと、彼が吹きだした。
しまった! 思わずバカ正直に……!!
もう、消えたい、今すぐ、ここで消えてしまいたい。彼が吹きだした瞬間、違うって言えば良かったんじゃない? って気がついたけど後の祭りだ。そんな簡単なこと、どうしてわたくしは気付かないの!! いやだって、さっきの瞬間はパニックになって、違わないと思っちゃったから……!
頭の中で言い訳がぐるぐるぐるぐる回る。
違わないのが真実だったのが、わたくしの不幸の一端をになっている。間違いない。
彼が、もう耐えきれないというように、ついに声をあげて笑いだした。
もうやめて!! わたくしがかわいそうだから、これ以上はやめてあげて……!!
「き、君は、予想外に、真っ直ぐだね……!!」
意外だよ、と、彼がおなかを押さえながら、目元をぬぐって言う。
涙流すほど楽しんでもらえたのなら、良かった……とは、死んでも思わない。というよりも、今すぐわたしは死んでしまいたい。
「こんなに、淑女然として、聡明そうな顔をして、その冷たそうな瞳で見つめられたら大変そうだと思っていたんだが………」
もう、やめてください、お願いします。
目の前は、もう霞んで歪んで、涙がこぼれる寸前だ。
「こんなにかわいらしい方とは、本当に予想外だ」
え?
「いや、いいね。うん、いい。うれしいよ。……じゃあ、結婚しようか」
「…………………………は?」
たまっていた涙が、衝撃でぽろりとこぼれた。そして、そのまま涙は引っ込んでしまった。
顔を上げると、いつものポーカーフェイスの笑顔とは違う、楽しそうな笑顔を浮かべて、エドガー様はにこにことしながらわたくしを見ている。
「シェルマ殿は俺と結婚すれば、幸せになれるのだろう?」
「……はい」
ずいぶんと答えにくいことを聞かれたけれど、今更なので、仕方なくうなずく。旅の恥はかきすてというではないか。……わたくしは今、全力で旅立ちたい。そうだ、今は旅の途中だ。人生という長旅の………………ああ、わたくしは今すぐ人生の長旅を終了して別の世界に旅立ちたい。
「俺も、結婚するのなら、自分の隣で幸せに笑ってくれる妻がいるとうれしい」
……それならば、間違いなく実現可能だ。全力で立候補出来る。
「……ありがとう、ございます……?」
「どういたしまして?」
エドガー様は楽しそうに肩を震わせながら笑っている。
何だろう、頭がふわふわする。何も考えられない。とても今起こっていることに現実味が感じられなくて、他人事のように思えてしまっている。
大好きなエドガー様がいる。私のすぐそばで、私と一緒にいて、楽しそうに笑っていて………なんて幸せなんだろう。
しばらくしてエドガー様が立ち上がってわたくしに手を差し延べてきた。「ここは寒いから」と、わたくしを控えの間に案内してくれ、そして挨拶を済ませ両親に声をかけた後、まだ新年を祝う広間を二人で後にした。
「それでは婚約者殿」
と、わたくしを送り届けた後、そう挨拶をして去ったエドガー様の後ろ姿を見送ったのだけれど、わたくしは、今、一体何が起こっているのか、全く理解が追いつかない状況だった。




