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06 酒場での

「ふむ。聞かせてもらおうか」


 オウガとエルに俺は事のあらましを語った。


 俺は別の世界の住人であり、この世界には投影体を通して何度も訪れたことがあったと。

 その訪れていた世界が本当にこの世界と同じなのか、似通った異なるユランスティアなのかはわからない。


 ただ、俺が訪れていた世界にも「始原の八竜」がいたし、アルフオータ、ノックス、ティオリア、国の名前も同じだった。

 そして、力試しとして八竜とも何度も戦ったと。


 この「八竜と何度も戦った」というくだりで、エルが息を呑み、オウガの片眉が上がり何か口を開きかけたが、今は話を聞くことにしたのか、先を促された。


 向こうの世界で俺は死に、気がつくとこっちの世界の森の中にいて、ステータス画面で確認するといくつかのことがわかった。

 八竜の加護を受けていたこと。

 八竜の魔法を使えるようになっていたこと。


 「ステータス画面」「メニューウインドウ」という単語や概念は二人には通じなかった。

 どうやらこちらの世界ではそのような便利なシステムはないようだ。

 では、これも竜の加護ならではなのだろうか。


 腰から小剣を外し、テーブルの上に置く。

 このブレードファフニールの銘をもつ剣が、蒼竜ファフニールからメッセージ付きで目覚めた場所に置かれていたことを告げる。


 その後は、今までの話に較べれば、オウガとエルにも理解しやすいものだった。

 竜魔法が本当に使えるかを試しながら、森を抜け、街道でゴブリンに襲撃されている荷馬車を発見し、二人に出会った。


 俺の身に何が起きたのか、それを確かめるためにも八竜に会いに行こうと思っている。


 そう締めくくって、二人の顔を見ると、その表情は対照的だった。

 エルは整った眉を八の字にして何かを思索しており、オウガはただ泰然としていた。


「お前さんが八竜の加護を受けたのは、力試しで何度もドラゴンと戦い勝利したからだと?」


「多分?」


「そうそう気軽に会えるような存在でも戦える相手でもないはずなんだがな、ドラゴンは。エルは何か聞いておらんのか?」


「銀竜リンドヴルムからは何も。そもそもこの10年は冒険者としてティオニアからも銀竜の神殿からも離れていたし。オウガ、その」


 言葉を区切ったエルが、オウガに視線を向ける。

 二人が何か目だけで語り合い、相談しているっぽい。


 なんだろう。やっぱり荒唐無稽すぎたかなぁ。


「ふむう……ワシには、ワシとエルには……お主に事情を説明をしてくれるかもしれない相手に心当たりがある」


 初めて聞く奥歯に物の挟まったような物言いで、腕を組んだドワーフが語る。


「え? そうなの?」


「今は、ワシの口からはそれくらいしか言えん。そのことについて、口外せぬと誓いを立てているのでな。心当たりがあるとお主に伝えることすらギリギリじゃ」


「あ、いや、なんかこっちこそごめん。八竜の加護受けているなんて俺の言葉でしかないし、信用しにくいよね」


「エルが、お前がリンドヴルムの加護を受けているというのなら、それは本当のことなのじゃろう」


 オウガの言葉に、エルが胸に手をあてて頷く。


「あの光は確かに銀竜リンドヴルムの勇者の槍でした。そして銀竜は決してその力をみだりに人に託すことはありません。それに……」


 テーブルの上の小剣に視線を落とし、鞘にそっと手を置く。


「ケイスケが持つこの小剣。この剣には、強い竜気が見えます。触れてみるとその強さが本当によくわかる」


「俺にはその竜気?ってのがわからないし、見えないけど。エルフはそういうのがわかるの? 竜の巫女だから?」


「万物がもつ(アウラ)の色、わたしはそれを見ることができます」


「あ、ドルイド……」


 俺のつぶやきに、エルが頷く。

 ドラゴンファンタズム28種のジョブのひとつ、自然や精霊を友とする森の人。

 木々や大地の声を聞き、多彩な精霊魔法を駆使し、武器や弓矢をも使いこなす限りなく中衛に近い後衛職。

 ゲームではモンスターの気配を察し、見えないところにいる敵の状態や位置を正確に割り出すことのできるその能力で、指示出し役を担うことも多かった。そのときに(アウラ)という単語を使っていたような記憶がある。

 そういえば、ドルイドはアイテムや鉱石の鑑定スキルも持っていたが、それも(アウラ)を見ていたということなのだろうか。


「貴方からも竜気を感じるのです。初めて会ったとき、その光を見てまさかと思い、この剣やケイスケに触れて確認しました。試すようなことをして申し訳ありませんでした」


 エルが椅子を引き、立ち上がって頭を下げた。

 俺もあわてて、立ち上がって手を振る。


「いやいや、問題ないって。冒険者なんだし、ちゃんと警戒心もってそれくらいの心構えでいないと」


「ありがとうございます……私は八竜の加護をうけているというケイスケの言葉に疑いを持ちませんが、ケイスケがその証を立てたいというのならば方法があるかもしれません」


 そういうとエルは首元からペンダントの鎖を外し、服の内側から小さな透明鉱石を取り出した。


「これは竜刻石と呼ばれる、竜の加護を受けし者に授けれらるクリスタルです」


 そういうと、エルは竜刻石を両の手のひらにのせ、そっと目を閉じた。

 無色透明だったクリスタルに銀色の魔力光が灯る。

 それは、リンドヴルムの色だった。


 ゲームドラゴンファンタズムでは、竜刻石は八竜との戦闘を起動するアイテムであり、竜の神殿で神官から授かるものだった。


「なるほど……それってエルの石でも俺が試せるの?」


「ええ。竜刻石自体は加護竜によって違いはありません。石を持って加護をうけるドラゴンに祈ってください」


 エルから竜刻石を受け取り、手のひらにのせる。

 八竜たちの姿を思い出し、祈りをこめると、石がぽうっと輝きだした。


「ほう……ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……数えにくいな」


 オウガが竜刻石を覗き込み、灯った色の数を数える。

 黒い光もちゃんと交じっていた。

 赤や蒼の光はクリスタルの中で激しくランダムに動きまわり、白や黄色はゆったりと、翠に至っては全く動く気配はなかった。

 竜の性格が表れているようだ。


「……これで、証明できたのかな?」


「ええ。このような単色ではない輝きを見るのは初めてなので、多分としか言えませんが」


 ペンダントをエルに返し、俺たち三人は改めて席についた。

 誰も口を開かず、沈黙が場を支配する。

 静寂を破ったのは、またもや腕を組んだドワーフだった。

 今度ははっきりと言葉を紡ぐ。


「ふむ。ケイスケ、先ほど言った心当たりに会うために、ワシらとアルフオータへ行かんか」


「そうだな……八竜を訪ねて歩くにしても情報や、なにより元手がないとだし。お願いするよ」


 最初に出会ったときはドワーフから手を差し出されたが、今度は俺の方から右手を差し出した。




 その後、ゴメスさん達六人が店に合流して、俺たちもテーブルを移し、店の真ん中で大宴会となった。

 改めて挨拶とメンバーの紹介をしてもらうと、商人が四人、若い二人が見習い商人ということだった。

 ゴメスさんと見習いの二人は人間(ヒューマン)、小太りのアルバンさんは熊人族、女商人のティカさんは狼人族、口髭ダンディのイグナーツさんはハーフエルフとアルフオータを象徴するような多種族の組み合わせだ。

 皆、ドワーフのオウガに負けるとも劣らずに飲み食いした。

 

 オウルベアのカツレツにありつけなかった反動か、店のメニューを端から全部注文する勢いである。

 ゴメスさん達も店の主人や給仕さんと知り合いだったようで、獣人の給仕さんと商人さんが、たまにフロアの真ん中でダンスを踊っていた。


「ケイスケさま、アルフオータまでの短い道のりですが、よろしくお願い致します。まぁ、車軸の修理に時間がかかりそうで、すぎに出発とはいきませんが」


 隊商の責任者、ゴメスさんがそういって木製のジョッキを掲げる。

 オウガから俺が隊商に加わる件について相談されたゴメスさんは一も二もなく受け入れてくれた。


「ケイスケ、でいいですよ。こちらこそ、助かります」


「ゴメスは商人のときは、誰にでもさん付けだからな。気にするな、ケイスケ」


 オウガの言葉に、ゴメスさんは苦笑を浮かべる。

 商人のとき? 違う顔もあるのだろうか。

 質問をしてみたら、アルフオータ商人の間で顔役みたいなこともしてます、とのことだった。


 長く続いた大宴会も、一人、二人と酔いつぶれ、残るメンバーがオウガを中心に数名となると酒場のざわめきもようやく落ち着いたものとなってきた。

 俺はドワーフに潰される前に、早々と壁際のテーブルに退避して果実酒をちびちびと舐めていた。

 潰されるのを回避できたというだけで、結構危ないところまで飲まされていたのだが。

 酔いでほのかに顔を赤らめたエルが、革袋を手にテーブルの向かい席へ腰をおろす。


「みんなすごいね。商人の旅って、いつもこうなの?」


「普段はここまでにはなりません。この宿場村まで来るとアルフオータまではあと一日程度の距離なので、到着直前の慰労会ですね。到着した後は、そんな暇もなく皆さんすぐに仕事に追われるから」


 わたしは宿泊の度にこれでもいいんですけどね、と笑いながら革袋に口を付けるエル。

 あ、革袋の中身は水かと思ったら、葡萄酒でしたか。

 エルさん豪快っすね。


「ケイスケは、世界中を旅して周ったと言っていましたが、テル・フレイラや北の果てにも行ったことがあるのですか? わたしはまだ行ったことがなくて……」



 テル・フレイラは光竜ティアマトが守護するユランスティア最南の国、北の果てはその名の通り、人の住まわぬファフニールが御座す氷の大地である。

 大陸の中央部に位置するティオリア出身で拠点がアルフオータだと確かにそうそう訪れる機会もないだろう。

 俺は、この世界と同じかはわからないけど、と前置きしてドラゴンファンタズムでの十二年間で訪れた地での冒険の数々をエルに語った。


 それなりに酔っ払っていたので、時系列や場所は飛び飛び、思いつくまま思い出すままに語る。

 エルが特に興味を持ったのが、銀竜リンドヴルムとの戦いの描写と、意外にもファフニールについてだった。


 「始原の八竜」のうち、黒竜アジ・ダハーカと蒼竜ファフニールは守護する国と民を持たない。

 人々の生活に溶け込み、神殿や神官を持ち、様々な伝説が語り継がれている守護六竜とは対象的に、黒竜と蒼竜の逸話は極端に少なかった。

 それでも黒竜は死後の世界とも言われる闇の都を統べる存在として語られ、ウソをつくと黒竜に舌を抜かれるとか、悪い子がいたら黒竜の仮面を被った鬼がさらいにくるなどの民間伝承がある。

 蒼竜に関しては、北の大地で何某の封印を見守っている、以上の話を人々の口から聞くことはなかった。

 エジプト神話のメジェドかドラゴンファンタズムのビーストマスターか、というくらいの謎の生命体扱いである。


 旅の話をしながらも、エルに付き合って葡萄酒のジョッキを空けていたからか、エルが二人に見えてくる。

 同じ話も何度か繰り返したかもしれない。

 エルさん、うわばみっすね。


「ケイスケは八竜との戦いを本当に楽しそうに語りますね。特に蒼竜ファフニールの話は」


「ん……そうかにゃ?」


 呂律も怪しくなってきてた。

 ブレードファフニール、蒼竜の小剣を抱きかかえ、その柄に額をこつんと当て、まぶたを閉じた。

 ひんやりした感覚に、少しだけ頭がすっきりしてくる。

 さすがファフニール、氷属性。


 北の果ての果て、冒険者もほとんど寄り付かないファフニールのねぐら、細い洞窟を抜けた先に広がるクリスタルの大広間。

 ファフニールの再ポップ時間を待つ間、カピ太郎たちと対蒼竜作戦を立てたり、野営をしたり、洞窟の外で狩りをして、お遊びで蒼竜への供え物の祭壇を作ったり。

 ユランスティアでも一二を争う俺のお気に入りの場所だった。


「そうだな。八竜はみんな強かったし、戦い甲斐があったけど、あいつ(ファフニール)との……」


 蒼竜と繰り返した1072回の戦闘。

 負けることも多かったが、悔しい戦いばかりではなかった。

 やりきって届かなかった、蒼竜も全力で応えてくれた。そんな充実感があいつとの戦いにはあった。


「色々と共感? するところもあったし、一番最初に単独で戦った竜だし……いや、違うか。なんだろう、うまく言葉にできないや」


 八竜の中でも孤独な存在であった蒼竜に、ビーストマスターの姿を重ねたのか。

 全ての攻撃が全力全開なその姿勢に憧れたのか。

 俺は、一方的にだが、ファフニールとあの場所への「繋がり」のようなものを感じていた。

 ファフニールが俺に与えてくれた加護の名は「蒼竜の絆」、あいつもそう感じていたと思ってもいいのかな。


「『うまく言葉にできないときは、難しく考えず、ただ一言で表せばいい』」


 剣を抱きかかえながらフラフラと頭の揺れる俺の話を、ただ黙って聞いていてくれたエルが言った。

 酔っ払いの話に付き合わせて申し訳ない。


「あ……たしか……勇者アルギュロスの言葉?」


 エルが優しく微笑んでいるところを見ると、正解だったようだ。


「ん……一言か。そうだな、うん、好きだった。あいつが、あの場所が」


 剣の鞘を頬にあてる。

 冷たさが心地よかった。


「あぁ、また会いたいな……」


 二度目のユランスティアの世界。初日の記憶はここまでだった。

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