03 鬼天竺鼠
「よし! 行くか!」
森林地帯をアルフオータ方面に出るべく、南に向かって歩き出した。
向こうの世界でトラックに跳ね飛ばされたときは会社帰りの夜だったが、こちらはまだ早朝のようだ。
いろいろスキルや魔法の確認も行いたかったが、日が落ちる前に人里に着きたいということもあり、移動しながら行うことにする。
「まずは、契約獣召喚だよな。ビーストマスター的には」
ポーチから召喚石をひとつ取り出して、スキル「召喚」を発動する。
召喚石が魔力光を放ち、大型のげっ歯類モンスターが森の中に実体化した。
「キュー!」
モンスター名、鬼天竺鼠。
体長80cmほどの長毛鼠は、日本で言うカピバラのような姿をしていた。
まぁ、鬼天竺鼠という名称自体がカピバラの和名なんだけど。
「おー! アッサム、久しぶり! また会えて嬉しいよ!」
膝をつき、両手をひろげ鬼天竺鼠を抱擁する。
種族名:鬼天竺鼠、個体名:アッサムは「キュ! キュッ!」と短い鳴き声を上げながら、俺の胸に頭をこすり付けてきた。
俺にとっては半年ぶりの再会、アッサムにとってはどれくらいになるのだろう。
懐かしさで目頭が熱くなる。
「あ、イタイイタイ。噛むな、噛まないで! ごめん、ほっぽらかしてたわけじゃないんだって!」
ドラゴンファンタズムではほぼ毎日顔を合わしていたウチの子はどうやらいたくご立腹だった。
俺が契約した三匹のうち、一番温厚でのんびり屋のアッサムですらこんな風になるのか。
残り二匹はもっと怒るだろうな……。うん、今は呼び出すのはやめておこう。
ビーストマスターは、契約したモンスターと共に戦闘を行う特殊なジョブである。
最大三匹の契約獣と共に疑似パーティを結成することができるため、ソロでの戦闘に最も適していると評価されていた。
ただし、バトルで得ることのできる経験値は呼び出した契約獣と等分。
契約獣もレベルアップするため、経験値が無駄になるということはないが、他のジョブに比べてビーストマスター本人の成長には膨大な時間と経験値が必要となる。
契約獣を3体出して戦闘行うと、ビーストマスターに入る経験値は通常のパーティ編成戦闘で得られる値の四分の一。
単純計算で通常のパーティプレイをしているプレイヤーの4倍の経験値を稼がなければならない。
それに3体の契約獣と疑似パーティを組めるとはいっても、通常の6人パーティよりは総合火力が劣るため、戦って勝利できる敵のレベルも低くなる。メリットに比例したデメリットではあったが、多くのプレイヤーにとってはデメリットの方が大きく感じられるようで、ソロ活動に適しているという評価は高いものの、実際にはビーストマスターをジョブに選ぶ人口はそれほど多くはなかった。
MMOの神髄は他プレイヤーとパーティを組んでの冒険にあり、と主張するプレイヤーからは邪道とまで言われることもあるジョブである。
だが、その世界に「立っている」だけで新鮮な感動を与えてくれるドラゴンファンタズムに夢中になった俺は、一人で自由気ままにユランスティア中を旅することができるジョブを求めた。
それがビーストマスターだった。
「そろそろ許してもらえないでしょうか、アッサムさま」
ポーチから鬼天竺鼠の好物である解毒剤を取り出して機嫌をとると、ようやく彼も怒りをおさめてくれた。
ウィンドウで確認すると俺のHPは一割以上減っている。
防御型とは言え、さすがレベル上限150に達している鬼天竺鼠。甘噛みでここまで削るか。
うん。この感じだと、残り二匹はやっぱり呼び出さない方がいいだろう。
下手をするとマジで噛み殺されかねん。
「あー……アッサムさん? 回復、お願いできるかな」
解毒剤を飲み干して上機嫌で口の周りをなめていた鬼天竺鼠は、キュ!と小さく鳴くと、回復魔法を発動した。
ウィンドウに表示された俺のHPがみるみる回復していく。
魔法が使えず、回復手段をアイテムに頼るしかないビーストマスターの必須契約モンスターと言われる所以である。
その後、召喚石に戻ることをアッサムが嫌がったので共に歩きながら森を進んだ。
歩いた跡通りにマップが更新されるのを確認しながら、エンカウントしたモンスターと戦いを重ねる。
「お、門発見」
フィールドにぽつんと存在する異質な石造りのアーチ門。
アーチの中には濃紫色の闇が渦巻いており、その中をくぐるとインスタンスダンジョンに突入できるというギミックである。
9年目の大型バージョンアップ時に導入されたこの門は、大体十~十五階のダンジョンを内包し、最下層のボスモンスターが倒されると消滅して、また違う場所に発生する。
ボスモンスターはレベル80以上と高めだが、上限であるレベル150まで育っている冒険者にとってはアイテムが揃っていればソロでも倒せる上、ドロップアイテムも魅力的なため、レベルカンスト冒険者は門を見つけると飛び込むのが通例であった。
束の間、飛び込んでみようかな、という誘惑に駆られたが、手持ちのアイテム不足やクリアにかかる時間のことも考えて、今はやめておこうと、マップにマーキングだけしておくことにする。
その後もアッサムと共に南へ歩き続け、ある程度距離を稼げたところで、大蜘蛛や森トカゲを相手に竜魔法の試し打ちを行ってみた。
やはりどの竜魔法もLv1のせいか、モンスターを一撃で倒すほどの威力はなかったが、武器の持ち替えを行わずに属性攻撃ができるようになったのはありがたかった。
特に銀竜リンドヴルムから授かった電撃魔法、勇者の槍は呪文詠唱が極端に短く(魔法の名前を口にするだけ!)、属性が雷のため、麻痺状態を誘発する可能性もあり、牽制などに大活躍しそうな感じである。
ちなみにアルギュロスとは古代ギリシャ語で銀を意味する人名で、ドラゴンファンタズムでは遥か昔に銀竜リンドヴルムと共に異界の軍勢と戦ったといわれるエルフの勇者の名前である。
ドラゴンファンタズムには彼の名を冠した高レベル装備がいくつか存在していた。
俺もアルギュロスダガーという雷属性の短剣をもっていたが、グランディア皇国のマイホーム倉庫にしまいっぱなしである。
マイホームの扱いってどうなっているのかな……。
アイテムストレージが使えなくなっているので、倉庫ストレージも使えない可能性が高いが、いつかグランディアにも行って確認してみなければ。
道中はまったく危なげなく進んだが、最初に困ったかもと感じたのは喉の渇きと空腹だった。
VRMMOドラゴンファンタズムのゲーム中では、演出としての空腹感やゲーム内娯楽のひとつとして食事をすることはできたものの、一切食事をとらなくてもプレイに支障をきたすことはなかったが、この世界ではそういうことはないらしい。
普通に喉も渇き、腹が鳴った。
渇きは、森になる果実と白竜クエレブレからのプレゼント水魔法「妖精の泉」が解決してくれた。
この白竜魔法は水のボールを手元に発生させ、そのまま、もしくは分裂させて敵にぶつけるものだ。
ただの水の塊なのでLv1の状態では物理攻撃力はあまり期待できず、ほぼ対火属性として使うか、アンデッド系に効果があるのか検証しなければと考えていたのだが、水の塊は敵に向けて放つだけではなく、そのまま口をつけることができた。
守護竜のいる六ヵ国の中でも、面積的にはもっとも小さい国である商業国家アルフィス。その守護竜である白竜クエレブレの巨体と、傍らに寄り添う水の妖精シャナの姿を思い出す。
あの二人は泉のそばの洞窟で、今も仲睦まじく暮らしているのだろうか。
アルフオータを目指すのならば、そこから一番近い場所にいる八竜だし、様子を見に行くのもいいかもしれない。
ゲームの中ではクエレブレと会話するようなイベントはなかったが、その細君である水の妖精シャナとは何度も会話をしたことがあった。
奥さんになら、現状や今後の指針について相談できるかもしれない。
彼女のお願い《クエスト》を何度も何度も聞いたのだから、今度はこちらの番だ。
でも、最初のクエストのときみたいに、まずはクエレブレに勝ってからでないと話は聞きませんよ!とか言われたら、どうしよう。
対水属性装備はグランディアの倉庫だし、アルフオータで同じ物を揃えようとしても出物があるのか心配だ。
まぁ、それは今悩んでもしょうがないか。
そして、空腹については、喉の渇きへの対処と同様に森で採取できる果実でしのいだ。
VRMMO時代、片っ端から野生の果物や野菜を試食した経験が活きる。
また、兎種モンスターのラピッドラビットを倒した後には、ナイフで血抜きと解体を行い、炙ってかぶりついた。
薪拾いや火打石をパスして、岩の上に置いた兎肉を火属性魔法「イグニスストライク」で調理したのは炎武帝赤竜さまには内緒である。
獣の解体や調理、採取に食事といった行為はドラゴンファンタズムの初期プレイヤー達が最も嵌った要素のひとつであった。
それまでのMMOゲームと異なり、フルダイブVRならではの、「その世界での生活」を実感することができる格好のギミックであり、どこまで作りこまれているのか、何ができるのかと、多くのプレイヤーによって様々な試行錯誤がなされ、知見の共有が行われた。
採取、調理だけでなく裁縫や彫金、錬金や鍛冶といった分野も冒険者による研究が進み、いわゆる「生産職」として街中で生計を立てるプレイヤーも多かった。
冒険者は街中でパーティメンバーを集い、ダンジョンや狩り場へ移動、その日の冒険を終えるとそれぞれのホームタウンへと帰還して次の冒険に備えるのが常であったが、単独行動スキルが高いビーストマスターは街への行き来にかかる移動時間を嫌い、狩場で野営をすることを好んだ。
モンスターが闊歩するフィールドやダンジョンで安全地帯を探し出し、長い時には1ヵ月以上街に帰ることなく生活する。
そのため、自然とサバイバルスキルも上達し、ビーストマスターの多くは採取、調理スキルが高レベルとなっていることが多かった。
日も中天を過ぎた頃、森林地帯を抜け街道に突き当たることができた。
街道といっても、都市部周りにあるような煉瓦敷ではなく、人や馬が行き来して自然に出来上がった小道だ。
方角的には今立っているあたりから真南がアルフィスの首都アルフオータのはずだが、道は東西にのびていた。
「『どちらか悩んだときは最初にピンときた方が正解』っと」
二者択一で悩んだときのプレイヤー達の定番セリフであった白竜クエレブレの細君、泉の乙女の口癖を思い出し、ティン!ときた東の方を眺めてみる。
「あら、向こうのほうに雨雲っぽいものが見えるな……」
さて、どうしたものかと腕を組み思案する。
「アッサム、どうしよう?」
そう声をかけると、鬼天竺鼠アッサムは反対側の西の方を眺め、鼻と耳をピクピクさせていた。
「ん。西の方にも何かあるのかい?」
振り向いて目をこらしてみると、西方に伸びた道の遥か先に何やらうごめく影が見えた。
数台の荷馬車の周りに多くの大小の人影や大型の犬種っぽい影が見える。
風にのって剣戟の音がかすかに聞こえてくた。
「どちらか悩む必要はなくなったみたいだ、シャナ」
そう呟き、俺は西へと駆け出した。




