01 おかえりログインボーナス
目を開けると、敵が目の前にいた。
「わぉ!? いきなり?」
目の前には腕を振り下ろそうとする岩ゴーレム。
とっさにバックステップで攻撃を回避する。
「ちょっと、待ってくれない、かな?」
ぶんぶんと振り回されるゴーレムの腕を避けながら提案をしてみるが、魔力光を目に灯した石男は聞く耳を持ってくれなかった
3メートルの体躯から繰り出される振り下ろしが轟音を立てて空をきる。
ステップを繰り返しゴーレムとの距離を保ちながら、ざっと自分の体をチェックする。
目に映ったのはVRMMOPRGドラゴンファンタズムで最後に装備していた防具と右手に握られた片手斧。
だが、装備の合間に見える肌は、ゲーム中で設定したアバターの浅黒い肌ではなかった。
グランディア皇国の冒険者「Kスケ」ではなく、横須賀出身のIT会社勤務プログラマ、不和啓介の身体。
でも。
身体は、動く。動いた。
ゲームのときのように。
ゲームのとき以上に。
森の中。
木々の種類から追加エリアではなく、初期エリアだと目星をつける。
大陸中央の大森林地帯?
目の前の岩ゴーレムのレベルは40あたりだったか。
装備は最終プレイのときのままだが、俺のレベルは引き継がれているのだろうか?
メニューウィンドウで確認しようと、視界の端のタブを探すが、それらしきモノは見つからなかった。
「あれ? ……『メニューオープン』」
音声コマンドを試してみるが、何も起きない。
ドラゴンファンタズムの世界っぽいけど、システムが違うのかな?
とにかく、目の前の岩ゴーレムをなんとかしないとどうにもならない状況のようだ。
「近すぎず、遠すぎずっと。こんなもん? どうかな?」
ゴーレムにも聞いてみたが、もちろん返事はなかった。
ゴーレムを移動に移らせず、大振りの攻撃を誘う距離で一度足を止めタイミングを計る。
大振りの左打ち下ろしを誘うことに成功。
サイドステップを重ね、攻撃を避けると同時にゴーレムの背後に回り込み、左脇へ斬上げを叩き込んだ。
ゴーレムの左腕がゴトリと落ちる。
一撃でこのダメージが出るということは、レベル1から、とかって状態ではなさそうだ。
多分、岩ゴーレムの攻撃を受けてもほとんどダメージを受けることはないだろうが、試すのは危険、かな?
「ウェポンスキルは……」
メニューウィンドウを開けなくても、起動モーションから発動できる攻撃スキルはどうだろうか。
十二年間で何度も繰り返した技は、半年のブランクなどはものともせず、記憶を手繰る必要もなく自然と身体が動き出し、発動した。
「行くぜっ! スマッシュ!」
いや、うん。
声に出す必要はないんだけどね。
現実世界では再現出来るはずもない、中ジャンプからの打ち下ろし攻撃が岩ゴーレムの頭部を一撃で砕く。
魔力光の輝きを失くしたゴーレムが大きな音と共に地に伏せた。
「ふう……」
岩ゴーレムが完全に沈黙、再び動き出さないことを確認して、片手斧の構えをとく。
「ちょっといきなりすぎないかな? どうなってるの?」
宙に向かって声をだしてみるが、白い空間であったような声が返ってくることはなかった。
「うん。まぁ、返事は期待していなかったけどさ」
改めて周りの風景を確認してみる。
森の中にぽっかりと出来た広場の端には、小さな石碑があった。
日本の街中にある小祠のようなサイズで、幅1メートル、高さ2メートルほど。
ゲームの中では街道の分岐路や村の入り口などに設置されていた、地名や町名が刻まれた石碑である。
このような森の中にポツンと存在するものではなかったはずだ。
そういった道標の石碑にはその国を守護するドラゴンの姿が刻まれているのが通例だった。
俺の憶測通り、ここが大陸中央の大森林地帯ならば、刻まれているべきドラゴンの姿は翠竜ククルカン、赤竜イグニスドレイク、白竜クエレブレのいずれかである。
だが、石碑にはドラゴンの姿は刻まれておらず、地名の代わりに記されていたのは──
『フワケイスケへ。
おかえりなさい。
北の果ての孤影』
という言葉だった。
石碑のもとには一本の小剣が供え物のように置かれていた。
「これは……おかえりログインボーナス?」
そこに記されていた文字は日本語だった。
ドラゴンファンタズムのゲーム内で記される文字はユランスティア各国の文字が使われ、プレイヤーがそれを目にするときにはシステムが翻訳するという形をとっていた。
書き文字で英語や日本語が使われることはなかったはずである。
そして、ドラゴンファンタズムでの「北の果ての孤影」という言葉は「始原の八竜」蒼竜ファフニールを指すものであった。
「ファフニールからの贈り物、ってことでいいのかな」
小剣を手にとり調べる。
まったく見覚えがない装備だ。
まぁ、俺の場合、武器は片手斧かポールウェポンがメインだったので、剣に関してはあまり自信がないのだが。
それでも、かなり高レベル帯のアイテムであろうということは容易に想像できた。
RかSRかで言えば、SR。SSRまであるかもしれない。
鞘にはファフニールの姿が彫刻され、柄にはドラゴンの羽根と爪がデザインされている。
ファフニールのドロップ装備やドロップ素材から作れる武器にこんなのあったっけ……。
千回を越える死闘を繰り広げ、勝利の都度、俺のお財布を潤してくれたレアドロップアイテムの数々を思い返してみるがまったく心当たりがない。
もしかして、これは転生者に与えられるというチート武器というやつなのか?
俺、名指しで配布ぽいし。
ネットで読んだいくつかの異世界転生小説の記憶から、そんな可能性にも思い当たる。
鞘から剣を抜いてみると、刃は見たことのない輝きを携えていた。
アダマンタイトでもミスリルでもない。
かすかな冷気を感じさせる濃青だった。
刀身は長さ50センチ程度の両刃で、刃幅は細め。
先端が鋭く尖っており、突き攻撃や投擲に向いていそうだ。
片手斧と二刀流で使えるかもしれない。
レベルが低いうちは入手しやすい片手剣を使うことも多かったが、二次職になって以降はほとんど握った記憶はない。
使い慣れた片手斧やポールウェポンとはまた異なった間合いや戦い方となる武器の感覚を思い出そうと軽く左手で素振りをしてみる。
「あ、思いのほか手に馴染む」
素振りを幾度か繰り返していると、柄の根元に小さな宝石のようなものがはめ込まれていることに気がついた。
ファフニールのウロコを思い出させる蒼色だ。
よく見てみようと柄頭を上にして目の前に掲げてみると……
「うぉ!? まぶしっ!」
かすかなうねりと共に宝石が突然光を放ち出した。
閃光で視界が蒼一色に染まる。
焦って剣を落としそうになり、あわてて掴みなおす。
突然すぎてびっくりしたが、先ほどの大気がうねる音と身体を包むこの光エフェクトはバフ系の支援魔法を受けるときの類のものだと思い出す。
ちょっときつすぎるけど。
なにこれ、熱量はないけど、圧力を感じる光の密度だ。
バフってこんなんだったっけ。
ゲームの時以上に、身体の隅々が活性化していく感覚が体を包み込む。
足の先から頭のてっぺんまでを強引に押しつぶされて塗り替えられるような。
ほどなく光が収まり、視界が回復した。
回復したのだが、先ほどまでとなにやら世の中の見え方が変わっていた。
といっても、何かしら自分の意識改革が行われたわけではない。
視界の端にちらちらとタブっぽいものが見えるようになっていた。
VRMMOドラゴンファンタズムで馴染みの深いインターフェースだ。
どんな理屈でこうなったのかはさっぱりだが、蒼光バフの効果だろうか。
視線を一番右上のタブに向け、意識を集中する。
想定通り、プロフィール画面が視界中央に開いた。
名前:フワケイスケ
種族:ヒューマン
性別:男
ジョブ:ビーストマスター
レベル:150
HP:2894/2894
MP:2000/2000
武器:
ブレードファフニール
アダマンアクス
防具:
ホワイトオウルベアアーマー
ホワイトオウルベアグローブ
皇国傭兵ベルト
シーサーペントトラウザ
シーペントゲートル
所属:なし
称号:蒼竜の加護をうけし冒険者
「おー?」
想定通りに開いたプロフィール画面には、一部想定外のデータが並んでいた。
ジョブや種族、レベルにHPはゲームの最終時データそのままだったが、おかしかったのは名前とMPと所属、称号だった。
まずは名前。
名前がキャラクターネーム「Kスケ」じゃなく本名になってる!
この世界の個人情報保護法はどうなっているんだろうか。
システムメッセージでも本名や個人が特定できるネームやコメントは控えてくださいって言ってたじゃない!
まぁ、石碑に名前が記されていた時点で今更なんだけど。
「む……そういえば、最後にソロで戦ったとき、本名で名乗り上げたっけか」
ゲーム最終日に北の果ての洞窟でファフニールをポップさせた時の記憶が甦る。
終了までの一ヶ月、サーバーに残っていたプレイヤー達は終わりのその時まで徹底的にノリノリでドラゴンファンタズムを楽しもう!の空気で盛り上がっていたからなぁ。
『我が名は不破啓介! グランディアのビーストマスター不破啓介が偉大なる始原の八竜、北の果ての孤影、蒼竜ファフニールに最後の戦いを挑む!』
あぁ、思い出しただけで顔が赤くなるし、なんだかモニョモニョしてくる。
俺は単独活動をすることが多く、周りのメンバーの耳もなかったので、モンスター相手に語りかけながらバトルをすることは多かったけど、あんな台詞を口にするのは人生で初めてだった。
もう二度と発することは無いだろうけど……。
「ファフニール、覚えててくれたのか?」
このプロフィール画面を入力したのが、蒼竜かどうかはわからない。
大体、石碑に向ってこんなこと呟いても聞いてるのは俺だけだけどさ。
そうだったらちょっと嬉しいかもと、つい口にしてしまった。
あの白い部屋で聞いた声、あれがファフニールだったのだろうか。
ゲームの中ではファフニールと会話することなんてことはなかったから想像もしてなかったけど。
貫禄のある渋い声だったなぁ。さすが「始原の八竜」。
でも、ファフニールさん。
プロフィール画面に入力するなら「フワケイスケ」じゃなくて「ケイスケ・フワ」か「フワ ケイスケ」じゃないかな?
まぁドラゴンだしわかんないか、そんなルール。
そして次はMP。
俺の最終ジョブ、ビーストマスターは魔法を使うことができなかった。
魔法を使うためのポイントMPは常にゼロ。
まほう、なにそれおいしいの?という12年間だったのだが……。
そもそもMP2000という値は魔法職のレベル150でも辿りつけるかどうかという数字だった気がする。
なんだろうこれは。
そしてみっつめ。
所属と称号である。
『ドラゴンファンタズム』では最初に種族と所属国を選んでからゲームを開始する。
六ヵ国のうちからひとつを選ぶとそれが所属国となり、最初の称号は「(その国の守護竜)の加護をうけし冒険者」となるのである。
俺がドラゴンファンタズムでプレイを始めたのは「グランディア皇国」、最初の称号は「赤竜の加護をうけし冒険者」だった。
創世の神として人々に崇められている「始原の八竜」は八匹、選べる所属国は六ヵ国。
あれ? 二匹余っているじゃん?
と、いう疑問はごもっとも。
黒竜アジ・ダハーカと蒼竜ファフニールはそれぞれの義務をもち、守護する国と民を持っていなかった。
黒竜は地上ではない闇の都を統べる存在であり、蒼竜は人も住まない最果ての地でただひとり、異界の封印を監視する役目を負っていた。
故に、「蒼竜の加護をうけし冒険者」という称号と所属国なしというステータスはドラゴンファンタズムではシステム上存在しないはずであったのだが。
「んー……お前も最後のアレ、気になってたの、かな?」
石碑に目を向けて質問をしてみる。
もちろん返事はなかった。
「うん、まぁ、返事を期待してたわけじゃないんだ」
石碑に刻まれたメッセージや、称号、「ブレードファフニール」という名刺だといわんばかりの銘をもつ片手剣。
ファフニールの真意がどうであれ、今の俺のこの状況に蒼竜が何かしらの関わりを持っているは明らかだろう。
なんだろうこれは。
招待状か、挑戦状か。
決闘の決着を申し込まれてるのか、あの蒼一本角に。
口元がニヤけてくるのを止められない。
知りたいこと、やるべきことは数多くあるけれど、まぁ、何にせよ──
「……最終目標は北の果て、ファフニールのねぐらだな」
自分で言うのもなんだが、多分今の俺は、すっごくいい顔してるんじゃないだろうか。
もう二度と遊ぶことが出来ないと思っていたVRMMOドラゴンファンタズム。
再び、あの素晴らしき世界をまた駆け巡ることができるのだと。
サービス終了日、終了時間その時まで戦い続け、決着がつかないままログアウトとなったファフニールとの1072回目の戦闘。
その決着をつけることができるかもしれないのだと。
俺がずっと望んでいたように、ファフニールも俺との決着を望んでいたのだろうか。
鼻水をすすり、涙を拭き、右拳を石碑に突き出す。
「待ってろよ、ファフニール。必ず、決着をつけにいくからな」
とは言ってみたものの。
北の果て、蒼竜のねぐらを目指す前に課題は山積みだった。




