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14 竜の姉妹、竜の国

 白竜の国アルフィスの首都アルフオータにはいくつもの商業区が存在する。

 食材卸や飲食店が固まっている第七商業区画には、外周に屋台が並び立ち、常に胃袋を刺激する香りが漂う大広場があった。


 まだ人通りもまばらな午前中、朝食を終わらせたばかりにもかかわらず、ファフは気になる店を見つけては食べ物を買っていた。

 クラウディアからもらった革の小銭入れから硬貨を取り出し、店の人から商品とお釣りを受け取る。

 見知らぬ食べ物に興味津々だったのはもちろんのこと、買い物をするという行為自体が楽しいのだろう。


「お嬢ちゃん、かわいいね。肉串もう一本おまけしとくから、美味しかったらまた来ておくれ」


「ありがとう! 美味しくなくても、また絶対来るね!」


 そんなファフの珍返答にも笑顔を崩さず、ニコニコと見送ってくれる店主。

 言葉はアレだが、ファフの言いたいことは店主にもきちんと伝わっているようだ。

 まぁ、ありがとうという返事ができるのはいいことだと思う。


 朝食だけで腹が満ちていた俺とクラウディアは、大通りの真ん中に設置された共同飲食テーブルに座り、ファフを目で追いながら空になったドリンクカップを弄んでいた。


「いやぁ、ファフ、ほんとよく食べるね。我が妹ながら末恐ろしい胃袋だ。……もしかしてスキル使って消化はやめてたり、まさかファフの胃袋は北のファフニールの胃袋と繋がっているんじゃ……うむぅどうやってるのか後で教えてもらおう」


「あの巨体で満足できるまでってどれだけ食べなきゃいけないんだ。まぁ、ディアの財布だし、ファフも楽しそうだからいいんじゃないかな……ふぁぁ」


「眠そうな顔だなぁ。明け方まで作業してたのかい? 適当なところでベッドで寝ればよかったのに、なんで床で鼠と寝てたのさ?」


 テーブルに肘をついて不思議そうに質問してくる猫人族の顔を見ながら、俺は昨晩の出来事を思い返した。




 昨晩、俺とファフはクラウディアの誘いを受け、彼女の家に泊まらせてもらうことになった。

 当面の拠点としてどこか適当な宿屋を取ろうかと考えていたのだが、どうしてもファフに泊まっていって欲しいという姉竜の願いを断る理由はなかった。


 ギルド本部内で食事をすませ、オウガやエルと別れた後、クラウディアに連れられて訪れた先はギルド本部の裏にある小さな一軒家だった。


「ちょっと散らかってるけど、ようこそ我が家へ!」


 洒落た外見とは裏腹に、その内側は「ちょっと」の意味について徹底討論したくなるほどの散らかり具合、魔窟ともいえる状態だった。


 あぁ、うん。そういえばクエレブレの洞窟もよくわからない収集物が散りばめられていたよな。

 硬貨や宝石の山(もちろん持ち帰り不可)とか、ストーンゴーレムやミミック、どこからどう持って来たのか帆船とか巨石柱とか。

 白竜の習性的なものなのだろうか。


 かろうじてクラウディアの寝室はベッドが使える状態だったが、客室には古い置時計や様々な家具に宝箱、どう見ても猫人族用とも思えない装備品が山のように積まれ、ベッドはその下に埋もれていた。


「……もしかして、ギルドマスターの特別クエストってこの部屋の掃除?」


「違うよー。でも、この部屋の掃除や整理も頼んだらやってくれるの?」


「報酬次第」


「んー。この部屋の装備品って猫人族用じゃなく、人間(ヒューマン)のもあるから、好きなのを持って行っていいよ。それでどう?」


 部屋の中をざっと見回すと、確かに俺でも装備できそうなアイテムがいくつか見受けられる。

 今の装備をしばらく日干しと整備に出したいと考えていたので、その間の代替品をここで見繕うのも手か。


「まぁ、この部屋を片付けないと俺もファフも居間のソファで寝ることになりそうだしな」


「えー。一緒にボクのベッドで寝ればいいじゃん。川の字で寝るってのに憧れてたんだよねー」


 この猫人族、どうやら最初からこの客間を使う気はなかったらしい。


「お前の部屋のベッド、どうみてもシングルで猫人族サイズだったんだけど?」


 例えダブルサイズやキングサイズだとしても、そんな真似は恥ずかしくてお断りだが。


「大丈夫だって! 照れなくてもいいじゃん!」


 何がどうなって大丈夫なのかまったくわからない。

 クラウディアのその発言を華麗に受け流し、俺は客間の掃除をすることに決めた。

 とりあえずベッドを掘り出しつつ、何か使えそうな装備がないか見てみよう。


「仕方ないなぁ。ボクも手伝ってあげるよ。こっちの方がベッドも大きいし三人で寝やすいよね!」


「それはありがたいが、発言の後半部分に関しては別途協議しようか」


 わたしも手伝うーとファフが手を上げる。

 だが、その眼はすでに眠気に襲われていた。

 気持ちだけありがたく受け取り、おやすみのキスをしてファフにはクラウディアの寝室で先に寝てもらうことにする。

 猫人族とファフならばあのベッドの大きさでも問題ないだろう。

 ファフの案内をクラウディアに頼み、俺は客室の掃除に取り掛かった。


「ギャース! このレザージャーキン、カビてるっ! 隔離、隔離! ……お、スケイルメイル?」


 ベッドの上の荷物を壁端に積み上げながら整理をしていると、変わった色合いの鱗鎧が出てきた。

 乳白色をベースとしているが、淡く虹色に輝く光沢をもち、光の加減で様々な色を見せる。

 真珠のような輝きだった。

 なんだっけ、俺はこの光沢を知っている。


「もしかしてクエレブレの鱗か、これは」


 防御力や効果のほどはわからないが、レア度で言えば最高級の装備。

 こんなところに無造作に放置されていていいものではないような気がする。

 だが、その鎧はひどく汚れており、鱗の止め紐もあちこちが緩んでいた。

 いろいろと扱いがぞんざいすぎるぞ、ギルドマスター。


「装備の種類も前衛用から後衛用まで節操ないし、何を基準にして集めてるんだ、ここは」


 装備品の山に交じっているレアアイテムを稀に発掘しつつ、部屋からあふれそうな通常の装備品は居間に運び出す。

 小一時間ほど荷物の整理を続けて、ようやくベッドの周辺に足の踏み場ができてきた。

 もう少し荷物を寄せればなんとか俺の寝場所は確保できそうだ。

 と、その時になって、作業を手伝うと言っていたクラウディアが部屋に戻ってこないことに気が付いた。


 ファフを寝かしつけるのに手間取っているのか、何か別の用事をしているのか、それとも単に手伝うのが面倒くさくなったのか(猫人族的にすごくありそうだ)、どこにいるのだろうと家の中を探してみると、ファフが寝ている横でくーすかと可愛らしい寝息をたてている姿を発見した。

 束の間どう起こしてやろうかと悩んだが、ファフの手をぎゅっと握りしめながら頬を寄せて幸せそうにしている寝顔を見て思わず口元が緩んでしまった。

 ファフの寝顔も穏やかで、見ているこちらの心も温まる。

 二人にシーツをかけなおして、俺は独りで作業に戻った。


 それからほどなく、なんとかベッドの発掘は完了。

 そのまま眠ればよかったのだが、先ほど見つけたスケイルメイルが気になって、手入れを始めてしまった。

 鬼天竺鼠アッサムを呼び出し背もたれにしつつ、鱗を外して一枚一枚汚れを布で磨いて落としていく。

 光沢を取り戻していく鱗の輝きに満足感を覚え、少々夢中になりすぎたようだった。




「……クエレブレの鱗っぽいスケイルメイルがあったけど、なんだか汚れてたから手入れしてたらそのまま寝落ちしたっぽい」


「あ、アレ、あの部屋にあったんだ」


「サイズがなんか変だったぞ? ディア用にしては大きいし、人間が装備するには少し小さかったし」


「アレはねー、シャナが一時期使ってたんだ」


 なるほど。人間(ヒューマン)でも小柄な女性用サイズか。

 ドラゴンファンタズムの中でティアマトの巫女に並ぶ冒険者達のアイドルNPCであった水の妖精シャナの姿を思い出す。

 泉の洞窟で白竜クエレブレと共に暮らす細君。

 だが、俺の記憶では彼女はいつも青いビロードのドレスを着ていたはずだ。


「シャナってあんな冒険者みたいな鎧を装備することなんてあったんだ?」


「彼女、たまにお忍びでアルフオータに遊びにくるんだよ。泉の洞窟からアルフオータの道中を一人で旅してくるんだけど、クエレブレが心配して鎧を作って渡したんだ」


 ふむ。

 まぁ、白竜クエレブレが護衛として一緒に動くわけにもいかないだろうし。

 洞窟にいたゴーレムとかに護衛させれば……て、それだとモンスター扱いになっちゃうか。


「最初何回かは装備してたんだけど、道中が結構安全だってわかったら、重い、動きにくい、コレ格好悪いって言いだしてさ、ボクが預かったんだよね。まぁ、シャナの実力があればあんな鎧がなくても何とでもなるんだけど、クエレブレはかなり落ち込んでたよ。でもでも、ボクもちょっとあれは過保護すぎると思うんだよねー。気持ちはわかるけど、っていうか半分くらいはボクの気持ちでもあるんだけど。うーん二律背反」


 その発言に、なるほど、これが竜とエイリアスの関係かと感心する。


 クエレブレとクラウディア。

 竜とエイリアス。

 同一にして別人格。

 クエレブレとクラウディアとシャナ、中々に複雑な関係なようだ。


「シャナはクエレブレの奥さんだよな?」


「うん。あんな美人で優しい奥さんがいてクエレブレずるいよね」


「でも、ディアはクエレブレでもあるんだよな?」


「うん。ボクの中のクエレブレな部分は一途にシャナを愛しているよ」


「じゃあシャナはクラウディアの、えーと……奥さんでもあるのか?」


「うん? シャナはボクを妹のようなものって言ってくれてるね。ボクにとってもシャナはお姉さんみたいな感じかなぁ」


 ひとつひとつはわかり易いクラウディアの言葉も、組み合わさると中々に難解だった。

 だが、なんとなくわかってきたような気がしなくもない。


「それに奥さん旦那さんっていうのなら、シャナがボクのじゃなくて、ボクがシャナの奥さんになりたいかも」


 わかってきた、なんていうのは気のせいだったようだ。

 俺は理解することを放棄した。


 (じぶん)の常識で世の中のすべてを見てしまってはいけない。

 それぞれの獣には、それぞれの世界、それぞれの常識があるのだ。

 それはビーストマスターが転職するときに最初に学ぶ真理だった。


「そういえば、その手の話で気になってたんだけど。ケイスケはファフのお父さんになったんだよね」


「ファフはウチの子になったから、まぁ、そういうことになるのか?」


「じゃあファフとボクは姉妹だから、ケイスケはボクのお父さんでもあるの?」


「……」


「……あるの?」


「いや、お前には祖竜がいるじゃないか」


 それはファフについても同様なのだが、それはそれ、これはこれ。

 今は心に棚を作ろう。


「会えない実父よりも会える義父じゃないかな? お父さん、お小遣いほ」


 ちょうどそのとき、広場に時を告げる鐘の音が鳴り響いた。


「お、そろそろ市庁舎が開く時間じゃないか?」


 口をとがらせてぶーたれるクラウディアをなだめすかして、席を立ちファフを呼ぶ。


 満面の笑みを浮かべ駆け寄ってきたファフは、大きな編みカゴを両手で抱えていた。

 中を覗くと大きな葉っぱや竹の皮っぽいもので包まれた食べ物が山盛り詰め込まれている。


「それ、どうしたんだ? 買ったの?」


「美味しそうだねっていったらくれたの」


 あぁ、やっぱりそうか。

 どこの店で貰ったものかよくわからなかったが、カゴに入れられたモノの種類から考えるに一店、二店じゃないだろう。

 俺は、ファフがやってきた方向を見やり、そちらに向って頭をさげた。

 俺の横で、ファフもペコりとおじぎをする。


 顔を上げると立ち並ぶ露天の店主たちが親指を立てていたり、手を振りながらニコニコとこちらを見ていた。

 いかつい顔をしたスキンヘッドの親父から、また来てくれよなーと声があがる。


「ありがとー! また来るねー!」


 元気に手をふるファフを見ながら、北の果てのファフニールもこの体験を共有しているのだろうかと、ふとそんな考えが頭をよぎった。


 いつかこの広場でファフに歌ってもらうのも良いかもしれない。

 エルや、宿場村の酒場で伴奏してくれたハーフエルフダンディ、イグナーツさんにも相談してみよう。

 俺もアッサムやリゼ、ニルギリと大道芸をするのも悪くない。


 屋台の客寄せとしてのお礼にもなるし、きっと水晶の洞窟の一本角にも楽しんでもらえるだろう。

 そんなことを考えながら、俺はもう一度、露店に向かって頭を下げた。




 市庁舎を訪れた俺たちは、面会の予約もなかったがすんなりとゴメスさんの執務室に通された。

 アルフィス八大商人の代表はそれぞれ市庁舎に職務室を持ち、都市の運営にも大きく関わっているらしい。

 王族や氏族を持たない、商業国家と呼ばれるアルフィスならではの政治体制だ。


 クラウディアから俺とファフの正体について説明を受けたゴメスさんは、いつもの穏やかな表情で「なるほど。そういうことでしたか」と笑みを浮かべ、市民証の発行を快く請負ってくれた。

 本当にゴメスさんには宿場村以来、世話になりっぱなしである。


「エルさまやオウガさまの対応からただの冒険者でないとは思っていましたが、まさか蒼竜の加護を受けた方だったとは。ケイスケさまもファフさまも、この街で困ったことがあれば何でも私に言ってください。出きる限りの力添えを約束します」


「ありがとうございます。えーと……ゴメスさんも、俺で出きることがあれば、なんでも言ってください」


 俺で出きることなんて限られているけど、一宿一飯以上の恩義を受けっぱなしではビーストマスターの名が泣いてしまう。


「あ、ケイスケ。この街でそんな台詞を商人相手に言っちゃダメだよ」


 腰に手をあて人差し指を立てたクラウディアから教師のようなダメ出しをされた。

 む? なんでだ?


「ははは。今の発言、書類があればサインをしてもらうところですね」


 笑いながら、引き出しから羊皮紙と羽ペンを取り出そうとしているゴメスさん。

 なんだろう。

 今から書類を作ってサインさせられるのだろうか、この流れは。


「商人相手に『なんでもします』なんて言質をとられたら何を要求されるか。まして書類にサインなんてしようものなら……」


「そうですね。この街では、その点には本当に気をつけてください。正式な書類にサインしてしまえばグランディアの貴族だろうが、テル・フレイラの王族であろうが契約に縛られることになりますから」


 あ、そういうものなんだ。

 うん。向こうの世界でも休日の寝起きにうっかり判子を押しちゃって大変なことになっていた上司がいたなぁ。

 今もあの訪問販売羽毛布団を使っているのだろうか。

 お元気ですか、先輩。自分もうっかり何かをしちゃったようです。


「そんなに深刻な顔しないでください、冗談ですよ。いえ、サインに気をつけてくださいというのは本当のことですが」


「はぁ」


 にやりと口の端を上げたゴメスさんは、肩をすくめて羊皮紙と羽ペンを引き出しにしまった。

 クラウディアもニヤニヤと笑っている。

 商人の冗談はわかりにくいぞ。


「今はただそのお気持ちだけで充分です」


「はぁ。……『今は』?」


「えぇ、そうですね。将来、ケイスケさまやファフさまに商談を持ち掛けることになるかもしれません。その時にも、今のような言葉を言ってもらえるような関係を続けていきたいものです」


「はぁ」


 ……商談? 俺やファフと?


「ファフは見た目は少女だけれど蒼竜ファフニールの現身だし、ケイスケはその加護を受けた世界にただひとりの人間だ。商人ならば覚えを良くしておきたいと思うのは当然の流れさ」


 クラウディアが補足してくれるが、それがどういう意味を持つことなのかいまいちピンとこない。


「むう?」


「守護六竜と蒼竜の違いはなんだかわかるかい?」


 クラウディアが再び腰を手にあて人差し指を立てる。


「……国と民を持たないこと?」


「そう。だけど君は蒼竜の加護を受けているよね。ケイスケ、君はファフニールの民とも言えるんだよ」


「ほう?」


 なんだか先ほどから間抜けな返事しか出来ていない気がする。

 ファフが真似したりしたらイヤだなぁと思っていたら、大人の会話に飽きたのか、ファフは椅子に座るゴメスさんの膝の上にのぼろうとしていた。

 フリーダムだなドラゴン。

 ゴメスさんがファフの両脇に手をまわして抱き上げ、膝の上に座らせる。

 なんだかすごく自然な動作だ。


「今はまだファフさまとケイスケさま、お二人だけの国ですが、この先もずっとお二人だけだとは限らないでしょう」


「そうなの?」


 膝の上に収まったファフがゴメスさんを見上げ首を傾げる。

 それは俺も聞きたい。そうなの?


「あくまでも可能性の話ですよ。もしも将来、ファフさまとケイスケさまが土地を持たれ、国を立ち上げることになったとき……国というものはとにかく多くの金と人を必要とします、そして大きく金と人が動くところには、同じく大きな儲け話が生まれる。そのときの取引先や協力相手としてゴメス・ロレンツォの名前、もしくは私の子孫でしょうか、ロレンツォ家を思い出してもらえればと、そういうことです」


 なるほど。

 だけど、ファフがその気にならなければこの話は成立しないのではないか。


「投資するもの全てが理想の形で返ってくるわけではありません。そのあたりのリスクバランスは折込済みです」


 俺の問いにゴメスさんは口元を緩めた。

 さっきの冗談を言った時のような表情だ。


「ファフさまが国を持たなくても、私にはファフさまとケイスケさまの後見人を務めたという実績が残ります。妹思いの白竜さまがそのことをどう思うか、まぁ、聞いてないのでわかりませんがね。きっと喜んでもらえると思いますよ」


 なんだかドワーフのオウガみたいなことを言うな、と思ったら後半部分はもっと打算的な商人発言だった。

 冗談ではない感じなんだけど、どうなんだろう。

 ゴメスさんの言葉に、クラウディアは苦笑いをしながら肩をすくめてみせた。


「……国とか民とか、ゴメスの言葉も難しくてよくわからないけど……」


 唇の下に人差し指をあてがい何かを考え込んでいたファフが口を開いた。


「将来のことじゃなくて、今から商談をしましょう? ゴメスが宿場村で使ってくれた香辛料、あれとっても美味しかったわ」


 ファフの言葉はゴメスさんには予想外だったのだろう。

 だが、ゴメスさんが見せた戸惑いは一瞬だった。

 すぐさま商人の顔を取り戻し、膝の上の少女に微笑みかける。


「ありがとうございます。では、早速用意させましょう。……ですが、これは商談ではないですね」


「そうなの? 契約書ってのが必要? わたし文字を書いたことがないからサインとかってできないかも」


「いえ。我がロレンツォ家はこれより毎年、あの香辛料を蒼竜ファフニールさまに奉納させていただきます。受け取って頂けますか?」


「わぁ、ありがとうゴメス!」


 ファフはそういうと手を打ち鳴らして、商人の頬にキスをした。

 またもや思いもかけない反応だったのか、ゴメスさんが目を白黒させる。


 そんな二人のやりとりを見て、クラウディアが大げさにため息をつき、肩を落とした。


「はぁ……これはアレだね。ファフが国を立ち上げたら、ゴメスはクエレブレ(ボク)を放り出してアルフィスを出て行っちゃうかもね」


 そう小声で愚痴りながらも、クラウディアは優しい眼差しで二人を見守っていた。

 商人でもギルドマスターでも、アルフィスの守護竜でもない、ファフの姉としての眼差しだったように俺には感じられた。


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