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第二十五話 『ドッグデイズ』 6. 灼熱のプログラム

 


 すでに日本中が熱帯地域と化し、昼夜問わぬ不快な温熱攻撃に悲鳴をあげていた。

 何より特異な点は、異常気象の中心部が山凌市であるということだった。

 あらゆる場所で高温をキープし続け、北海道南部で四十度を記録したのを手始めに、山凌市では最高で四十四度という数値を叩き出したのだ。

 単なる数字上の話ならば世界中にそれ以上の記録もあるものの、地域性や風土、湿度に関して当てはめた場合、その不快さの度合いはかなりのものであることは明らかだった。事実、熱射病等の救急患者数は、過去に例をみないほど顕著だったのだから。

 もはやエアコンなどによる強制冷却なしでは収拾がつかない状況であり、それらの多用が温熱効果を伴い、相乗効果となって数値がさらに上積みされていったのである。

 こういった現象は日本を中心に周辺各国でも確認され始めており、乱発する大雨と洪水被害の該当地域を筆頭に、プログラム確定後のメガルへの反応は極めてシビアなものだった。

 対応の遅さを嘆いても何も解決はしないが、何故気づかなかった、早期に打つべき手があったはずだ、との追求と責は、すべてメガルへ押し込まれることとなっていた。

 それを作戦展開中につき御意見無用とばっさり切り捨てたまでは痛快であったものの、当のあさみや桔平にしたところで、何一つ有効な手立てが見つからない現状だった。

 プログラム確定後は優先コードが執り敷かれたため、人々の行動範囲は最小単位にまで限定されたが、死亡報告もしだいに出始めていた。

 魚が腹を見せ、農作物も広域に渡り多大な被害を受け続ける。

 全国的な熱中症の頻発。

 渇水とゲリラ豪雨の板ばさみ。

 有効な対抗手段、そしてシミュレーションによる被害予想を目の当たりにし、過去最大級の厄災にして最悪のプログラムであると断定する輩まで現れる始末だった。

 それを七つの大罪に当てはめ、この世の終わりを誘うものであるとさえ。

「なろー、なんでもかんでもこっちのせいにしやがって」ネクタイをむしり取り、司令室特設スペースで桔平が悪態をつく。「……てか、ほんとにプログラムのせいだったとはな」

 対照的にあさみは幹部用のスーツをきっちり着こなし、汗一つかかない涼しげなまなざしを桔平へと向けた。

「悠長なこと言ってる場合じゃないわよ。追求から逃れるためとは言え、政府にケンカを売った形になってしまったのだから」

「ケンカ売ったのはおまえだろ……」恨めしそうにあさみを見上げ、返り討ちに合って目をそらす。「……俺は穏便にいこうぜって言ったのに。冷や汗モンだったぜ」

「じゃあどうすればよかったのかしらね。責任の所在しか言及してこない人達に、それをうやむやにしたまま、こちらにお任せ下さい、と穏便に説明した方がてっとりばやかったのかしら」

「そうは言ってねえじゃねえか……」卑屈な笑みを浮かべつつ、あさみのご機嫌をうかがう。その時脳裏をよぎったたわ言がつい口をついた。「まさかおまえ、わざと揉めるように仕向けたわけじゃ……」

 冷ややかなあさみの一瞥を浴び、桔平の心臓が凍りつく。

「……てなこた、死んでもねえわな」

 何も答えようとせず、腕組みのあさみが外の景色へ目線を向けた。

 そのギリギリの攻防を、忍とショーンは固唾を飲んで見守るだけだった。

 桔平が、しまった、という表情になる。

 失言に対してではない。

 何とはなしに、その時のあさみの顔が淋しそうに映ったからだった。

「あのな……」

「司令、動きがありました。フォエニクスの場所が特定できたようです」

 桔平の声をかき消して乱入する忍の報告に、全員が注目する。

「どこなの」

「メガル基準点の南東約八百キロメートルの地点です」

「本島で一番近い場所は?」

「山凌市です」

「つまり」

「ここです」

 眉間に皺を寄せ、あさみが腕組みをした。

「どうして今までわからなかったのかしら」

「衛星管理課からの写真が届いています」

 忍がディスプレイ上に衛星写真を展開させるや、一斉に覗き込んだすべての目が丸く見開かれた。

「なんだ、こりゃ……」

 桔平の呟きに、顔も向けずにあさみが口もとへ手をやり答える。

「真っ白ね。丸い形の雲みたい」

「雲だろ……」

「雲と同じ成分ですね。そのため雲そのものであると認識され、特定が遅れたようです。直径約三キロメートルに渡り発生するこれの中心部分が、フォエニクスの本体だとカウンターは弾き出しました」

「こりゃ、わかんねえわな」

 あさみと同じかっこうで口もとへ手をやった桔平へ、忍がちらと視線を差し向ける。

「フォエニクスの滞空高度は海面高度で十メートルから五千メートル。本体部分の直径はおおよそ百メートルから二百メートルだと推察されます。薄さはわずか一センチだそうです」

「薄!」

「上から見れば雲そのもの。横からだと薄すぎて判別すら困難です。光の屈折や反射に影響されて、影か蜃気楼のような現象に相似して見えるらしいですね」

「これの何がどうなるんだって?」

 難しい顔で忍が振り返る。

 そこには同じく難しい顔のあさみと桔平、そしてショーンの顔が並んでいた。

 同じポーズの三人組に、忍の心が一歩後退する。それでも意を決した様子で頷き、それを口に出した。

「これがフォエニクスの反転写真です」

「反転?」

「海面から見上げた写真です」

「すげえことができんだな。どれ……」

 覗き込んだ桔平の表情が一瞬で固着する。

 あさみもショーンも同じ反応だった。

「なんだ、こりゃ」画面すれすれまで顔を近づけ、その真っ赤な円を穴があくほど注視した。「……まるで太陽じゃねえか」

「そうです。報告によると、フォエニクスの下の面は、太陽の表面温度と同じです」

「は?」

「六千度の高熱を海面に向けて放射することによって、それから発生する熱が太平洋高気圧全体に蓋をする形となって停滞し、数千キロにも及ぶ範囲で熱帯を作り上げていたようです。立ち込める水蒸気と周囲の気温に同化した上面表層により、熱の感知が遮断され、発見が遅れたのではとの報告もあります」

「……。何言ってんだ、おまえ」

「私だってよくわかりませんよ!」

「あ、キレた……」

「どうして今までわからなかったのかしら」

 腕組みのあさみに対し、忍がさっと表情を切りかえる。

「日中は高度と大きさを微妙に変化させながら、太陽の動きに追従していたみたいです」

「つまり、太陽の縮尺と行動パターンをうまくトレースしていたから、下から見てもよくわからなかったと言うことね」

「はい」

「夜は?」

「雲の中に隠れて姿を消していたと思われます」

「あの感じで雲にまぎれてしまっていたら、外から見つけられるはずないわね」ぎゅっと身体を抱きしめる。「日中勝負、かしらね」

「とにかく近くを通過した船や航空機も暑さを変だとは思いながらも、直接的な被害がなかったため、特に気にもとめなかったようですね。フォエニクスの出現ポイントから一キロ圏内はかなりの高温となっていたはずですが、なにぶん範囲が狭くて特定にはいたらなかったようです。気象データベースの閲覧をしていた発見者が、広範囲に渡るその一帯が周辺よりかすかに高温であることにたまたま気づかなければ、特定はもっと遅れたはずです」

「……偶然か」

「……どうでしょう」

「すげえな、そいつ。そんなの、ここの機密データでも見なけりゃ、わかりっこねえだろ」

「すごいですよね、朴さん」

「……。あのおっさん、ハッキングしやがったな……」

「……私もそう思います」

「やっぱり?」

「ええ、残念ながら……」


 バトルスーツを着用し、格納庫の大型トレーラーへ向かいながら、光輔ら三人は言葉を交わすこともなく桔平やあさみからの先の説明を頭の中で反芻していた。

 例によって明確な解決策は何もない。

 とりあえずの様子見というのが、唯一提示された作戦だった。

「ホントにてめえ一人でいいんかよ」

 スポーツドリンクをグビグビと流し込みながら、礼也が新型ヘッドセットを差し上げた。

「いい」夕季がちらと目線だけを向ける。「礼也達はヘリの中で待機していて」

 礼也と同じく収納ケースからヘッドセットを取り出し、ふいにそれを見つめたまま夕季の動きが停止した。

「あんま無理すんじゃねえぞ。ま、先に出るのは俺らの方だけどよ。偵察っつっても、本格的に探るのは俺らが近くに行った時に……」ようやく、夕季が硬直していることに気づいた。「どうした、てめえ」

 不思議そうに光輔が覗き込む。

 すると、ぷるぷると打ち震えている夕季が目を見開いて睨みつけるヘッドセットには、光輔らとは違ったアレンジが施してあることが確認できた。

 片持ちのヘッドセットにはあってはならないもの。

 付け足されたヘアバンドの十時十分の位置に、紙で作られた猫の耳のようなものがセロハンテープで貼りつけてあったのである。

 がんばるにゃあ、というヘタクソな絵まで添えられ。

「……」

 無表情の夕季がそれを引きちぎる。

 それから何も言わず、口をへの字に結んだままで、空竜王のコクピットへドスンと腰を下ろした。

 一泊置き、並んであ然となる礼也と光輔が、放心したように声を発する。

「すげえ、怒ってやがる……」

「怒ってやがるね……」

 夕季が乱暴にハッチを閉じた。


「いいか、てめえら」

 司令室特設スペースで桔平が指示用のスタンドマイクを握りしめた。

「空自と海自は止めてある。周辺国も了解ずみだから、ポイントの中心点から百キロ四方の海域には何も侵入してこないはずだ。いざとなったら存分にやっていいぞ」

 それに対応するリアクションは、こ気味のよいものだった。

『おう!』

『はい!』

 二人までは。

「おい、夕季、返事は……」

『うるさい、謝れ!』

「……」

「こら!」

 忍が困惑した表情でおそるおそる振り返る。

 厳しい顔つきで腕組みをするあさみに対し、桔平は挙動不審者のように浮き足立って見えた。

「今の態度。問題じゃないかしら」

「いや、まあ、そんなこだわるようなたいしたことでもないだろ」

 ジロリと軽蔑のまなこをあさみが差し向ける。

「心当たりがあるのね」

「……あるのかにゃあ……」





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