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第二十五話 『ドッグデイズ』 5. ドッグデイズ

 


「なんだ、この異常な暑さは」

 夏服の胸元をはだけ、桔平がファイルで風を送り込む。

 まだ六月の初めだというのに、日本中で真夏のような気温が計測されていた。猛暑日の記録を更新する地域は言うに及ばず、北端の地方でも軒並み三十度以上が当たり前となっていた。全国的にカラ梅雨状態となり、早くも水不足が懸念され始める。

 この現象は日本列島だけにとどまらず、周辺各国でも報告されており、深刻な水不足からくる農作物に与える影響が危惧された。

 桔平らは竜王の追加機能の説明のために、格納庫に集合していた。

 オビディエンサー三人を始め、主だった人員の顔が見える。

「鳳さんは?」

 ぐた~、とだらけきった桔平にふられ、額に汗を浮かべた木場が応答した。

「渋滞で少し遅れるそうだ」

「んだよ、あのオッサンは、だらしねえな」

 パイプ椅子に身体を投げ出すようにふんぞり返る桔平を眺め、木場が不快そうに眉を寄せた。

「貴様の方がだらしないぞ。しゃきっとしろ、しゃきっと」

「偉そうにこきゃあがって。何様だ、てめえは」

「貴様にそんなことを言う権利はない」

「んだあ!」

「……。あの、先日はごちそうさまでした」

 恐縮したように忍が間に入ってくると、二人が、ん、と振り向いた。

「お、しの坊、お茶」

「はい。……すみません、みんなでお店の中で騒いじゃって」

「いや、まあ……」

「騒いでたのはおまえ一人だけどな」

「マジすか!」

「おまえもだ、桔平」

「マジか!」

「あたしと夕季だけだよね。おとなしくしてたのは」

 横入りの雅に、桔平が薄笑みを向ける。

「いや、みっちゃんだけだけどな。三百円の皿、連発してたのは」

「マジで! だってキレイなお皿だったから」

「いや、皿なんざ見てねえだろ。口ん中いっぱい入ってんのに、次から次、目え剥いて、注文ボタン押しまくってやがったし」

「バ~レ~た~か~!」

「つっこまねえからな」

「せっかくゲンセイマジンが正体見破られたとこの真似したのに」

「誰に聞いた、んなの」

「朴さんです」

「あ、やっぱな……」表情もなくやりとりを眺めていた夕季に目をやった。「そういえば、おまえ、エビとかタコばっか食ってやがったな。やっすいやつばっか。あとイカとか」

「ほっといて」

「エビだけで五皿くらい食ってたろ。よく飽きないな」

「……うるさい」

「俺らのサイフの中、気にして、やっすいネタばっかチョイスしてんのかと思ったぞ。なあ、木場」

「よくおまえがそんなことを言えるな」

「はあん? なんだそりゃ」

「なんだそりゃじゃない。そんなことだから、レジにいくまで財布の中に二千円しか入っていないことにも気がつかないんだ、おまえは!」

「……あれはびっくらこいたな」

「こっちがびっくりだ!」

 木場に睨みつけられ、ばつが悪そうに顔をそむけるついでに、桔平が周囲を見渡す。

 みな暑さで辟易していたが、さすがに忍や夕季らはしっかりとしていた。

「おい、局長は」

 気持ちを切りかえた木場に、桔平が苦笑いを差し向けた。

「先に始めててくれってよ」

「そうか」

「朴さんはまだかよ。とっとと終わらせて、エアコンのかかった部屋いくぞ」

 忍が持ってきた麦茶をひったくるように奪う。一息に飲み干し、ぶは~、と雄叫びをあげてから、光輔らに振り返った。

「おまえら、これから水着で出撃していいぞ。俺も明日から海パンとネクタイだ」わけのわからないことを口走り、ピシッと事務服を着こなす忍とショーンへ顔を向ける。「しの坊とション君は裸にエプロンな」

「な!」

 ショーンが、ぶほっ、と麦茶を噴き出した。

「どうして僕まで! 古閑君だけじゃなくて」

「それどういう意味ですか! 私はそれでいいってことですか!」

「いや、そういう意味じゃ……」

 ゲハゲハと喜ぶお下劣三十男に、冷たい視線を差し向ける現役高校生達。

「何言ってやがんだ、このオッサン達は」

「あ、でもいいかも……」光輔が夕季をちらと見た。「……やっぱりよくないかも」

「……」

「よかったね、夕季」

 仏頂面の夕季に突然飛びつく雅。

「ちっともよくない」夕季が困ったような顔になった。「……みやちゃん、暑い」

 そんなことなどおかまいなしで、頬と頬をぐいぐい押し合わせながら雅が嬉しそうに笑う。

「あたしはかまわないけど。夕季、一緒に買いに行こっか?」

「みやちゃん……」

「何、その顔」ぷんすかと頬を膨らませた。「もう、わがままばっかり言って!」

「……」

「水着だってよ」

 礼也がげんなり顔を光輔へ向けた。

「ははっ、いいかもしれない」

「バカ野郎。夕季の水着姿なんか見たら、目がトロケちまうぞ」

 それに反応し、夕季がギロリと睨みつける。

「脳みそがトロケてる子に言われたくない」

「んだ! てめえ! のーみそトロケてるのはギャグになんねえってのがわかんねーか! ほーそーできねえだろ!」ささいなことに気がついた。「子ってなんだ! 子って! オーエルみてえな顔しやがって! 制服、コスプレみてえになってんぞ! 髪型だけ中途半端に女子高生で、アンチエイジングみてえだな!」

「あたしのことはほっといて。たぶんその金髪、自分は似合ってると思ってるみたいだけど、わからないなら別にいい。好き好きだから」

「きえ~! 絶妙な感じで全否定しやがって! 気になるじゃねえか!」

「眉毛も金髪にしてくださいって、美容院でお願いしたの? たぶん照れながらだよね」

「美容院じゃねえ、バーバーそらまめだ。ダーティーハリーみてえなオヤジがやってるとこだ。下の毛も金髪にしろって言ったら、ふざけんなってマグナムブッぱなしてきやがったって」

「何言ってるの……」

「はあ! ノーメンみてえなツラしやがって!」被害が飛び火する。「なあ、光輔、てめえもこんなちんちくりんの水着なんざ見たくねえだろ! な!」

 突然の無茶振りに戸惑う光輔。夕季と目が合うと、妙なプレッシャーを感じずにはおれなかった。

「……。ちょっと見たいかも……」

 ジロリと目を剥く夕季。

「あ、結局睨まれるんだ。あ、やっぱりね……」


 暑がり屋の桔平の泣きも入って、簡単な確認の後、詳しい説明をブリーフィング・ルームで行うことになり、クーラーの効いた部屋に全員が集結していた。

 持ち寄ったドリンクを傍らに、リラックスした雰囲気の中で新型ユニットの説明会が始まる。

 ホワイト・ボードに貼られた資料には、新たに竜王に設置された増幅装置の図面が見てとれた。

「……つまりは、こいつで精神力を擬似的に作り出して増幅するわけだな」

「ターボか?」

 礼也の質問に、炭酸飲料をグビッと飲みながら、リトル・メタボリック、朴がにこにこ笑顔で答えた。

「違う。余分なものをとっぱらって、最適な状態をキープしてくれる、コントローラーみたいなもの。ドッカン・ターボみたいなのも理論上は可能だけど、スイッチが切れた後にパフォーマンスが著しく低下するからこわいよ。何もする気がおきなくなる。大容量バッテリーの補助で持続時間も二、三割は延びるから、車で言うと、燃費、パワー効率を徹底的に煮詰めて、タンクを大きくしたイメージだね」

「ドーピングじゃねえか」

「そうじゃないよ。どっちかって言うと、アルファ波を呼び出すヒーリングだね。こいつからいろんなとこにアクセスできるようになってるから」

 朴が片持ちのヘッドセットを差し上げる。

 それを見て、光輔が腑に落ちないような表情になった。

 それもそのはず、光輔が自宅で通信用に使用している、ゲーム機のものとほぼ同じデザインだったからである。

 それを察してか、桔平が補足を入れてきた。

「同じデザインでプレース・テンション用に売り出してるから、見たことあんじゃねえか。あれもうちの関連会社が下請けで作ってんだそうだ」

「俺、それ前に通販で買いました」

「なんだ、おまえ、言ってくれりゃ特別に」

「タダでくれたんすか?」

「んにゃ。社員割引で二千五百円で売ってやったのに」

「……アーマーゾーンのが安いす」

「マジか!」

 桔平が仕切り直す。

「ま、どっちかってえと、おまえらのオーバーヒート防ぐのが目的なとこもあるからな。三人が常に最適な状態を維持できれば、みっちゃんの負担も軽くなるだろうしよ。な、みっちゃん」

「バ~レ~た~か~!」

「……」

 すべったことも何のその、雅がにこにこと愛想を振りまいた。

 嬉しそうに雅と人さし指を向け合い、朴が続けた。

「ガーディアンになった時のために、あくまでも目安だけど、出力ゲージのようなメーターも付けといたよ。これによって、現状の機動限界がどのくらいかってことが、何となくだけどわかるはずだから。たとえば百パー以上なら超必殺技が出せるとかね。だいたいのラインはこっちのシートに記載しておいたけど、あんまり鵜呑みにしないでね。確実じゃないから。あくまで目安っていうことで。ちなみにコードネームは、ドクター・キャッツ・ホーンだよ」

「こういうのって、普通猫耳じゃねえのか?」

 いかにも怪しげなドクター・キャッツ・ホーンを手に取り、礼也が隣の光輔にどうでもいいことを呟く。

 それに反応したのは、やはり桔平と朴だった。

「おいおい、それじゃまんま、猫娘じゃねえか」

「ゲンセイマジン、猫耳娘だね」

 どや顔で二人同時に夕季をチラ見すると、ある意味予想通りの展開が待っていた。

「あれ、うまいこと言ったつもりなのに、すげえ睨んでやがる……」

「バ~レ~た~か~……」


 数日後、精神集中トレーニングを終えて訓練ルームから出てきた夕季を、遠目からうかがう複数の影があった。

 見慣れたシルエットが見え隠れしながら、聞き慣れたひそひそ声を響かせる。

「なんだよ、水着じゃねえのかよ……」

 明らかに駒田の声がし、夕季が眉をひそめた。

「だからガセだって言っただろ」南沢のあきれた様子が伝わってくる。

「またあの男にだまされた」

「ス……」黒崎のがっかりした様子もありありと伝わってきた。

「んじゃ、あれもか? 忍が裸でエプロンってのも……」

「まあ、当然確かめるまでもないな」

「くそう……」

「くそうす……」

 それでも諦められない駒田と黒崎。

「俺は夕季の水着姿を見るのだけを楽しみに生きてきたのに」

「す」うんうん。

「何のために生きてんだ、おまえら……」

「だってよ、……おわ!」

「おわっす!」

 いつの間にか三人の目の前まで、夕季がやってきていた。

「何やってるの」

「いや、別に! な」

「すすすすす!」

「ははは……」南沢が心底あきれた様子で夕季に目配せした。「まあ、気にするな。いつものことだから」

「別に……」

「それにしても暑いな」

 気温とそれ以外の原因も含め、駒田が顎の下の汗を拭う。

「実はこの異常気象もプログラムのせいでしたってオチじゃねえだろうな」

「そうすね」

「なんでもかんでもプログラムのせいにするんじゃないって」三人の中では比較的しっかりしている南沢も、暑そうに汗を拭った。「確かに暑いけどな」

「おまえはあいかわらず、しゃきっとしてるな。汗もかいてないし」

 駒田に振られ、夕季が目を向ける。

「動いてないから」

「さすがだな」

「何が」

 そのやり取りを眺め、黒崎がうんうんと頷いた。

「やっぱ、八月生まれだからだね」

「どうして知ってるの」

「え!」どぎまぎし始める黒崎。「前に忍ちゃんから聞いてただけなんだけど……。……そんな、キモって顔しなくても……」

「そんな顔してないけど……」

「してるな」駒田が重々しく頷く。

「してるしてる」南沢もそれにならった。

「やっぱ、そうスか……」

「……ごめんなさい」

「そんな素直に謝られても……」

 悲しそうに顔をそむけた黒崎を、南沢がおもしろそうに眺めた。それから、ふう、と息を吐き出し、取り出したハンカチで額の汗を拭く。

「そんなに暑いの」

 何気なくたずねた夕季に、南沢が汗だくの笑顔を向けた。

「俺は汗かきだからな。動いてないのにだらだらだらだら、こんな調子でうっとうしい。おまえがうらやましいよ」

「ふうん……」

 短髪の二人に対し、南沢はごく一般的な程度の整髪だったが、暑さと湿気でやや元気がないようにも見えた。

「俺も髪切ろうかな」

「おう、切れ、切れ」

「でも俺の髪だとおまえらと違ってハリがないからな。そんなふうに立たないで、ベシャッてしそうだし」

「そんなことねえだろ」

「南沢さんは今の方がいいよ」

 夕季の声に三人が振り返る。

 思いがけず押し込まれた形となり、それでも夕季はやや戸惑いながらも先へとつないでいった。

「今の髪型の方が似合ってると思う」

 ほほお、と南沢が嬉しそうな顔になるのを見て、ムッと表情をこわばらせた駒田が前へ出る。

「俺は? 俺はどうだ? これ?」

 ぐいぐいと迫り来る駒田にまたもや押し込まれ、夕季が顎を引いた。

 それでも気の知れたメンツだったため、夕季は自然体でそれに受け答えることができた。

「駒田さんも似合ってると思う」

「よし!」

「……」

 ガッツポーズの駒田を、南沢が苦笑いで流す。

 それを横目で眺め、今度は黒崎が羨ましそうに飛び出してきた。

「俺は? 俺は?」

「……」

 必死の形相の黒崎に夕季が後退さる。

 それが黒崎をさらに焦らせることとなった。

「……だ、ダメ?」

「……ダメかも」

「……。なんで?」

「……ごめんなさい」

「……謝られても」

 駒田と南沢がおもしろそうに笑った。


 それから間もなく、現在進行中のプログラムがさかのぼって確定される。

 灼熱のプログラム、フォエニクスとして。





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