表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/133

第二十五話 『ドッグデイズ』 4. 悩み事

 


「んあ~!」

 規定時刻を過ぎ、副局長室で桔平が大きく伸びをかます。

「今日の晩メシはどうすっかいな。……にしても暑いな」

「桔平さん」

 能天気に振り返ると、そこには神妙な様子で頭を垂れる忍の姿があった。

「どうした? 上から見下ろしやがって」

「……別に見下ろしているつもりはないのですが」

「いや、普通にでけえからな」

「それは、申し訳ない限りです……」

「百七十超えてやがるし」

「超えてないですよ!」

「……。それは申し訳なかった」

「六十九・八でした。こないだは」

「……てめえ、いい加減にしろ」

「すみません」

「いや、そこで謝っちゃ駄目だろ……」いつになく元気が足りないことを気にとめる。「何かあったのか」

 桔平に問われ、もじもじと手を組みかえながら忍がそれを口にし始めた。

「ある人にコネって言われました」

「誰に」

「……ある人です」

 口をM字に結んだ忍に、桔平がふんと鼻息を漏らす。

「言わしとけよ。そんなのただのきっかけだ。中途半端に使うからコネがどうとか言われるんだ。使い切りゃ誰も文句言わねえ。使い切ればコネも実力だ」

「でも……」

「デーモンもサータンもねえ」

「……。なんスか?」

「コネだけで何もしねえ一発屋が多いから、ひがみの対象になる」

「問題発言ですよ、それ」

「ま、嫌んなったってんならいつでも辞めさせてやるぞ。そのかわり、おまえと同じくらい仕事できる奴を連れてこい。役に立たない奴を置いといても、俺がちっとも楽にならねえからな」

「……嫌というわけでは」

「俺はホントにコネでバッジつけてるだけだが、おまえは違うだろってことだ。みんなから認められたからここにいる。木場もあさみも口ばっかの奴には厳しいの、わかってんだろ」

「……」口もとの結びがほどけ、かわりに眉をハの字に寄せながら忍が力のない声を押し出した。「この仕事にはやりがいを感じています。学歴も実績もない私を引っ張っていただいた桔平さんにも感謝しています。でも時々思うんです。自分が本当にこんなところにいてもいいのかなって。もっと正式な手順を踏んで、それでもチャンスすら与えられない人達の方が多いのに、私なんかがって。もっとこの場所にふさわしい人がいるはずなのに、私だけがズルをしているようで……」

「重……」

「……すみません」

 消沈し、すっかり塞ぎ込んでしまった忍を眺め、桔平が、ふうむ、と眉を寄せた。

「正式な手順ってなんだ」

「は?」

「頭のいい大学出た奴らの方が、ここにはふさわしいってことなのか」

「……私よりは」

「そんなのがここの大半を占めてるみたいだが、どっちかって言うと奴ら、自分達の出世とライバルの足を引っ張るのに夢中で仕事どころじゃないみたいだぞ。誰にだって守りたいものはある。だが、正式な手順を踏んできてる奴らにとっては、ここでの職務はリスクばかりが先立ってウマミがない。うまく言えんが、メリットの方向性が俺達とはかなり違うんだろうな。そりゃそうだろ。毎朝これで最後かもって思いながら、家族と別れの挨拶を交わして、会社や学校に行く一般人がどれだけいる。そんなのおかしいだろ。一部の使命感を持った奴らを除いて、今日こそ自分が死ぬかもしれないなんて日常、どこのバカが受け入れるかって。ここにいるバカだけだ。おまえや木場や鳳さんみたいなな」

「……あまり受け入れたくありませんが」

「当たり前だ、バカたれ。だが、そういったことを覚悟しているだけでも、おまえやメックの人間はここにいるのにふさわしい人間達だってことだ。光輔や礼也や夕季もな。これ以上正当な理由が他にあるのか? ここのうん千人の人間の中で、家族守るために死にかけた奴が他にもいるのか?」

「……。いるんじゃないでしょうか。状況は違うかもしれませんが、愛する人のために命を投げ出す人ならどこにでもいると思います。たまたまそういったことに遭遇しなかっただけで、いざとなれば自分の身を犠牲にできる人は他にも大勢いるはずです」

「だったら、その数少ない経験をしたというだけでも、おまえは充分選ばれた人間ということだな」

「……」

 あきれ気味にあくびをかまし、くるりと椅子を返して桔平がタバコの箱を手に取る。一本を取り出し、口にくわえた。

「どうせションの野郎だろ」

「!」

「やっぱりな。ここでおまえにそんなこと言う奴、他にはいねえ」身振り手振りの中、くわえたり離したりを繰り返しタバコにライターの炎を近づけた。「他の奴は思ってても言わないだろうしな」

「……ここ、禁煙ですけど」

「あ、いけね」

 苦笑いしながら桔平がタバコを箱へ戻す。

「あの頭でっかちは、たいして仕事もできねえくせに、言うことだけはいっちょ前だな。残業しねえのも年休しっかり取んのも責める気はねえが、あいつの尻拭いをおまえがやってること、気づいてねえだろ。タイミング的に、いずれションをおまえのかわりにってことなんだろうけどよ、現状あいつじゃとても使いモンにならねえ。あさみも扱いに困ってるみたいだな」

「……。小田切さん、頑張ってますよ」

 顎を引いてショーンのフォローに入った忍を、桔平が、おやっ、という顔で眺める。

「早くからお父さんを亡くされて、弟さん達の面倒をみながら大学までいかれて。桔平さんや木場さん達と同じ境遇ですよね」

「片親で兄弟までいるのに、よく大学院とかいく選択ができたんもんだな」

「……それは、巨額な保険金があったからだとか」

「ふうん」

「でも奨学金制度も利用していたそうです。すごいですよね」

「ま、うちもお袋が親戚中にしまくった借金と奨学金で、兄貴が大学いったから、人のことは言えねえけどな。俺は勉強なんざからっきしだったから、そんなこと考えもしなかったけどよ。早く就職して、お袋の負担減らさなきゃってな感じで、……お袋から嫌味言われてたわけだが」

「……それは、それで立派だと思います」

「おまえの理屈だと、親がいない人間の方がいる奴より立派ってことになるな。そうするとおまえや夕季達の方が俺らよりも立派ってことか」

「そういうわけじゃ!」ぐむ、と口をつぐむ。「……そういう言い方、好きじゃありません」

「いや、こっちもそういうつもりはなかったんだが……」

「……。すみません」

「確かに問題発言だったかもしれねえ。今のなしだ」

「……。真面目な方なんです。要領はあまりよくないかもしれませんが、実直で一生懸命いい仕事をしようと努力しています。だから思うようにいかないのが歯がゆくて仕方ないんだと思います。今はまだ結果が出てないだけですが、その内必ず……」

「おまえはホントにいっしょ懸命に弱いな」

「……。だって、頑張っている人が報われなければ、かわいそうじゃないですか」

「駄目な奴に駄目ってはっきり言ってやるのも、優しさだぞ」

「……」

「変な期待ばっかもたせて、何も知らずに無駄な努力を続けていることの方が、よっぽどかわいそうだと俺は思うけどよ。気があると思ってた女がある日突然別の男と結婚するとか言い出してよ、気がついた時には手遅れ、みたいな感じで来週に持ち越しだ」

「……。おとついのドラマの話ですか」

「おとついのドラマの話だ。録っといてくれたか?」

「いえ、失敗しました」

「ええ~、頼んどいたのに~。俺、最後の方しか観れなかったんだってばよ」

「すみません。夕季が友達から借りてきてくれたマンガがおもしろくて、つい我を忘れてしまいました。私も気がついてから慌てて観始めて、最後のところだけしか観てません。予告だけ録画しました」

「駄目じゃん……」

「小田切さんは駄目な人なんかじゃありませんよ!」

「……んあ?」

 突然語気を強めた忍に、桔平が不思議そうな顔を向ける。

「……。すみません……」

「いや、いいけどよ……」

 それから、ばつが悪そうに目線をそらし、忍が心の中のもやもやを吐き出し始めた。

「わかるんです。私も要領が悪い方だから。才能のない人間が結果を残すには、積み重ねていくしかないんです。諦めずに続けていけば、必ず何かが残ります。自分にとって必要な何かが。それが他の人の迷惑になってしまうのならば、思いとどまるしかありませんが……」

「……おまえが才能ないとか言っちゃったら、俺らの立場はどうなるんだ」

「だって本当のことで、すし……」

「スシ……」ふうむ、と天井を見上げる。それからまじまじと忍の顔を見つめた。「ま、いいわ。寿司でも食いにいくか?」

「あ、いえ、夕飯の仕度が……」

「夕季も連れてきゃいいじゃねえか。電話しとけ」

「……はあ」

「木場にも聞いてみるか。……。ああ、俺だ。……。おお、しの坊達と寿司でも食いにいかねえか。……。まわるやつ? いや、まわらないやつだろ、おまえのおごりで。……。折半? んじゃ、まわるやつで……。え! みっちゃんがいる? なんでだ、どんだけ高スペックのレーダー積んでやがんだ! 何! まわるのじゃやだだと! おい、なんとかなんねえのか! え! 綾っぺに言いつけるだと! マズイぞ! いや、なんで焦ってんだ、俺達は!」

 通話を終了し、もう一度忍に注目する。

 元気がないのは変わらなかったが、先よりはすっきりしているように桔平には思えた。

「木場が運転してくれるから、酒も飲めるぞ。たまにゃ、寿司でもつまみながらビールとか飲みたいだろ」

「う!」

「なんだ、嬉しそうな顔しやがってからに」

「別に嬉しいわけじゃ……。あまり夕季の前ではお酒とか飲めませんし……」

「そこまであいつもガチガチじゃねえだろ。おまえが調子にのって飲みすぎなきゃいいだけだ」

「それは……」

「なんだ、その悲しそうな顔は。あいつが見張っててくれるんなら丁度いいじゃねえか。ほら、早く帰るぞ。木場とみっちゃんが、もうおまえんち行くってよ」

「……はあ」

 煮え切らない様子の忍に、桔平が、ふんむ、と腕組みをする。

「おまえ、何歳だっけか?」

「二十一です」

「……。若さがねえな」

「自覚はしています……」

「おばさんみてえだぞ」

「……他に言い方ないんスか」

「ま、どっちにしろ、おまえが嫌だってんなら、かわりに俺は夕季をスカウトするけどな。あいつもおばちゃんみたいなとこあるけどよ」

「はあ……。確かに学校でもずっとトップみたいですけど、あの子、まだ十六ですよ」

「トシなんざ関係ない。適材適所ってか、使える奴を使える場所で使うだけだ。ま、あくまでも、その時々で状況見ながらだがな。スタンディング・オベーションだな」

「……ティーピーオーですか?」

「……。いや、違う……」

「……。ケース・バイ・ケース?」

「……。……よくわかったな」

「ええ、まあ……」

 いかにもギャグだと言いたげに笑い、桔平が涼しげな顔をしてみせた。

「勉強はともかく、あいつは頭の回転が早い。あいつの情報処理能力とトキメキは武器になる」

「……。ひらめき、ですか?」

「……」

「ひらめき?」

「……。……いや、トキメキだ」

「……。そう、ですか……」

「……。いいだろ、まだ十六なんだからトキメいちゃっても」

「……まあ、いいですけれど」

「……。……なんか暑くない?」

「ええ……」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ