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第二十五話 『ドッグデイズ』 2. 秋人絶好調

 


 聞きなれた声に、小川秋人が顔を向ける。

 すると教室の離れた場所で、夕季がみずきらと談笑しているのが見えた。

 正確に言えば談笑していたのはみずきや茂樹達で、夕季はそれに相づちをうつことに終始していた。

 しかし輪の中に違和感なくとけ込んでいることは間違いなく、そこに自分の居場所がないことも承知していた。

 それを仕方がないことだと自分に言い聞かせ、秋人が机の中をさばくり始めると、一冊の漫画本を見つけ、思い出したように取り出した。

「!」

 夕季に貸そうと思って家から持ってきた、『エルサイズのバラ』の新刊だった。

 夕季がみずきらと親密になってからは、なかなか話すらできずにいた。席が離れていたこともあり、わざわざ近づくきっかけも作れなかったからである。

「……」

 まだ一度しか目を通していない新刊の表紙をマジマジと眺める。

 そのラブリーかつ美麗な絵柄が、自分のキャラクターからは許しがたいものであることを、空気の読める秋人は知っていた。

 ふう、と鼻から息を噴き出し、エルバラをバッグに収めようとしたその時、光輔の声がした。

「あれ、エルバラじゃん」

 弾かれたように光輔へと振り返り、慌ててエルバラをバッグへ押し込む秋人。

 それをささっと取り出し、光輔が無神経に頭上へかざしてみせた。

「うっわ、三十二巻って、これってそんなに続いてんの?」

「……ん、うん」

 バツの悪さから赤面状態で秋人が口ごもる。

 しかし、そんなことなどおかまいなしで、おもしろそうに笑いながら光輔は続けた。

「おまえのなの」

「……うん」

「へえええ。実はさ、夕季もエルバラ大好きなんだぜ。内緒だけど」

「……」

 ふいに真顔になり、光輔が秋人に顔を近づける。

「これ、ここだけの話な。俺が言ったって、夕季には黙っててよ。あいつ、誰にもバレてないと思ってるから」

「あ、……穂村君はどうして知ってるの」

「いや、前さ、あいつがオマケのフィギュアとか集めてるの見ちゃってさ。からかったら本気で怒っちゃって。だから、おまえが聞いても認めないと思うよ、あいつ」

「あ……」それを言おうか言うまいか少しだけ考え、ようやく口にすることを選んだ。「俺、このマンガずっと買っててさ、それ古閑さんに言ったら、古閑さんも読んだことあるって言ってたから、ひょっとしたら続きとか読むかなって思って」

「なあんだ、知ってたのかよ」肩を軽くし、エルバラ第三十二巻をパラパラと流し読みする。「これっておもしろいの?」

「……俺は結構好きだよ。穂村君だとツラいかもしれないけど。バトルとかないし」

「う~ん、そうかもな。でも前に篠原に借りたやつはおもしろかったな。『長官倶楽部』とかいうの」

「あ、俺、それも買ってる」

「え、マジで。今、何巻まで出てるの」

「二十四巻」

「そんなに出てんだ。俺、中学の時に読んだきりだからな。十五巻くらいまで読んだかな。篠原もそこで買うのやめちゃったみたいだし」

「確かにそのちょっと前あたりから、急に展開変わってきたからね。休載を挟んでもう二十年くらいやってるんだけど、いきなり七大臣とか出てきて、かなりシリアスになってきた」

「ふうん、そっかあ。ところであれってさ、少女マンガなの?」

「一応ね。最近は政治の話ばっかりだけど」

「主人公、最後のページで拳銃撃つだけだもんな。ひどい時は、最後のコマで、相手の額にビシッて穴があくだけだったし」

「よく覚えてるね。あれでも最初の方は、大型青春ラブコメ巨編って触れ込みだったんだよ。再開後から大型政治陰謀巨編に変わってたけど」

「青春ラブコメ、どこいったの……」

「単なるスター・システムなんじゃないかって話もあるけど」

「ほへ?」

「いや、ドロン○ーみたいな感じで、シリーズまたいでキャラが出ちゃうようなシステムのことだけど」

「あれってみんなキャラ同じじゃんか」

「まあ、そうなんだけどさ……」

「まあ、そこがいいんだけどさ」

「はは……。よかったら貸そうか」

「あ、うん、またいつでもいいからさ。少女漫画ってあんまり読まないんだけど、ああいうのは好きだな。あ、あと、『ちあらぶる』ってのもおもしろかったな。最初んとこしか読んでないけど」

「あ、それも持ってる」

「マジで!」

「うん、……ごめん」

「……なんであやまんの」

「あ、いや、うん……。読む?」

「読む、読む!」

「二十巻以上あるけど」

「マジでっ! すげえじゃん!」

 エルバラをぶんぶんと振り回しながら、光輔が楽しげにはしゃぐ。

 それを秋人は嬉しそうに眺めていた。

「あ、そうだ、こんなことしに来たんじゃなかった」

「?」

「小川、グラマーの教科書持ってない?」

「持ってるけど」

「貸して」

「え、いいけど」

 秋人が机の中から英文法の教科書を取り出す。

 それを受け取り、光輔が嬉しそうに笑った。

「よかった、助かった。ほんとは篠原達に借りにきたんだけど、みんな持ってなくてさ。今日、このクラス、グラマーないだろ? 茂樹は他の奴に貸しちゃったみたいだし。他のクラスに行こうと思ったら、廊下から小川の姿が見えたからさ」

「はは……」

 秋人の席は廊下側の一番後ろだった。窓際の前の方の夕季とはかなり離れた場所である。

「あ、夕季」

 光輔の朗らかな声に秋人が顔を上げる。

 そこには口をへの字に結んだ夕季の姿があった。

「何してるの」

「ああ、小川に教科書借りてたんだ。ついでに長官倶楽部も貸してくれるって」

「長官倶楽部?」

「あれ? おまえも読んでなかったっけ。入院してる時」

「みずきが貸してくれた」

「おもしろかったろ」

「おもしろかった、けど……」

「おまえも続き読みたいだろ」

「……読みたいかも」

「なんだよ、かもとか、けどとか」

「うるさい」

「また睨むし」

「睨!……」

「にら?」

「……」引き気味の秋人を気にし、夕季が気まずそうに顔をそむけた。「……睨んでない」

「あのね……」光輔があきれたような目を向ける。「ま、いいけどさ」

「……」

「あとさ、ちあらぶるも貸してもらうんだぜ」

「血荒ぶる?」

「恋するチアガールが百人一首の大会に出る漫画。おもしろいよ」

「……」表情のない顔を秋人に向ける。

「……。俺はおもしろいんじゃないかと思うんだけど。……たぶん」

「……疑ってないけど、別に」

「簡単に言うとさ、世界一のチアリーダーになることを夢見る血気盛んでまっしぐらな少女が、チアの部活そっちのけでふたまたかけてる男友達とカルタ遊びばっかりしてるって話」

「……駄目じゃない」

「だいぶ違っちゃってるけど……」

「おまえも貸してもらえばいいじゃん。俺の後だけど」

「別に……」

「あ……、穂村君が読み終わったら、次、古閑さんに回してくれれば……」

「……ありがとう」

「あ、じゃあ、夕季に渡しといてよ。そしたら俺、取りに来なくてもいいし」

「ずうずうしい」

「なんだよ。じゃ、おまえから読んでもいいから。てか、おまえんとこ置いとけば、俺が読みにいくからさ。ご飯食べながらとか」

「玄関で」

「玄関、で?……」

 夕季が秋人へ向き直った。

「いいの?」

「あ、うん」

「お姉ちゃんも読みたいかもしれない」

「い、いいよ……」夕季に見つめられ、急に秋人がそわそわし始める。焦りながらバッグの中からエルバラを取り出した。「これ、新しいの。読む?」

 夕季の瞳がきらりと光った。

「ありがとう」

「うん……」

 秋人から漫画本を受け取り、夕季が光輔に注目する。

「……何」

「……いや、何もないけど」

 その光景を秋人はほっとしたように眺めていた。

 やがて苦笑いしながら光輔が話し出す。

「小川ってすごいよなって思って」

「え?」

「だって夕季と普通に話してるもん」

「どういう意味!」

 夕季が仏頂面になったのに気づき、秋人も取り繕うように笑った。

 もう一度光輔の方へ顔を向け、心からの想いを述べていった。

「穂村君の方がすごいよ。誰とでもすぐに友達になっちゃうし。……二人みてるとさ」真実の感想を飲み込む。「……なんだか兄弟みたいだよね」

 恋人のようだとはとても言えなかった。

 そんなことなどつゆ知らず、光輔がおもしろそうに笑う。

「だろ、こいつすぐお姉さんぶるんだよな」

「別にお姉さんぶってない」

「でもさ、いつも上から目線じゃん。あ、見下してるだけなのか」

「別に……」やや引き気味の秋人に気がついた。「普通」

「普通?」

「普通?……」

「普通……」

「……暑くなってきたね」

「あ、俺も……」

「あたしも……」





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