第二十四話 『勇者の決断』 8. ああ、またやろう
「俺達が敵味方に分かれて同士討ちしてたなんてな」
事後整理をしながら桔平がやるせなさそうに呟く。
ちらかった書類を拾い上げながら、忍も同じ顔を向けた。
「仲間割れさせるだけのプログラムだったんですね。それ以上の力はなく、信頼が戻れば効力を失う」
「また試されたわけか……」真っ二つに折れた椅子を片づける桔平。かたわらに転がる机に手をかけた。「信頼なんて本当にあったかどうかもわかんねえぞ。たまたまプログラムの寿命が尽きただけだったかもしれないしな。ふんぐ!」
「……」
「今回もたまたま、だっ!」
「そうかもしれません、ねっ!」桔平とともに大きな机を持ち上げた。「重っ!」
「えげつねえな」
「ええ。……そっち、ちゃんと持ってください!」
「あ、わりい……。重っ!」
「彼らは何もしていない」
囁くようなあさみの声に二人が振り返る。
粉々になった正面の防弾グラスを眺め、あさみが抑揚のない声を送り出した。
「自分の仲間すら信用できない私達が、勝手に踊らされていただけ……」
「……」
「……」
「空竜王の攻撃があんなにすさまじいものだなんて。あれが陸竜王や海竜王ならばもっと……」
「……おまえも片づけ手伝えって」
「……」
その翌日、お疲れ様の意味も含め、一日遅れの懇親会が焼肉店で行われていた。
大型店舗を貸し切り、メック隊員達が飲めや騒げの宴に興じる。一卓六人ほどがつき、駒田と南沢一家のテーブルでは、礼也と意気投合する幸子にひたすら光輔が翻弄され続けていた。
カウンター反応も消滅しており、みな開放感に酔いしれ、料理に舌鼓を打ち、楽しそうに笑い合った。
仏頂面の桔平を除いて。
激しく顎を殴打したため、桔平は好物の焼肉が食べられなかったのである。
「オチがついてよかったねえ~」
嬉しそうに上カルビにパクつく雅を、桔平が恨めしげに見やる。
その向かい側では、夕季が申し訳なさそうに二人を眺めていた。
「……。なんでみっちゃんがいるんだ?」
「ん?」もふもふと口一杯に肉を頬張った。「うたひめだはらはな。……んがっ、ふんぐっ!」
「いや、会話になってねえぞ……。だからよ、オンチなんだから自覚しといた方がいいって」
「はにほーっ!」
「ほら、口ん中ぐっちゃぐっちゃだぞ」
「んがっ、ふんぐっ!」ドンドンと胸を叩く。「ぶひ~、死ぬかと思った」
「白目剥きながら焼肉飲み込む歌姫がどこにいんだ……」
「あ、そうだ」ポンと手を叩く。「桔平さん、ババンビなら食べられるんじゃない。すいません、ババンビー!」
「……そうきたか」
「みやちゃん、許して……」
涙をちょちょぎらせ、桔平は夕季の横にいる忍へとビール瓶を差し向けた。
「おい、しの坊、飲め飲め」
「あ、私、車なので」
「一杯だけならいいだろ」
「よくないですよ!」
「なんだ、らしくねえな」
「はあ~、まったくもう……」呆れ顔を桔平へ向ける。「じゃあ一杯だけですよ」
「お姉ちゃん!」
夕季にたしなめられ、忍がバツが悪そうに取り繕った。
「冗談だよ、冗談」
「の割にゃ、すげえ残念そうだな」
「はあ……」
「木場の車で帰りゃいいじゃねえか。七人乗りだしよ」
「あ、そういうことなら」
「こら、勝手に決めるな!」お奉行、木場が肉を返しながら二人を睨めつけた。「こんなところに車を置いていくつもりか」
「明日電車で取りに来ます」
「車上狙いにあうぞ。この辺りは結構多いらしい」
「……それは」
「あたしが乗ってってあげるよ」
「お、みっちゃん、免許取れたのか?」
「はい。さんざん落っこちましたが、昨日やっとこ仮免が受かりました」
「……仮免じゃ駄目だろ」
「大丈夫。こう見えても実戦に強いタイプだから」
「そういう問題じゃないな……」
「車校じゃ教えてくれない交通ルールのグレーゾーンっていうのも、だいたいわかってるよ。たとえばね、時速四十キロのところは、ほんとは六十キロが制限速度だってこととか」
「初耳だな、それは……」
「ほんとだよ。実際は八十キロまでがマージンで、それを超えると警察も仕方なく捕まえるんだって」
「誰に聞いたんだ」木場が苦虫を噛み潰したような顔で、遠くを見つめる桔平をじろりと見やった。「だいたいわかるが」
「でね、事故った時は、結局女力がものを言うんだって」
「おんなちから?……」
苦笑いの木場と忍へ向け、雅がドヤ顔を差し向けた。
「そのとおりです。最高のオンナ・バトラーになるために、今から磨いておかなくっちゃ」んんんん!「おほほほ、あらごめんあそばせ、うふ~ん」
「うふ~ん?……」
「るぱ~ん!」
言葉もない忍に、目いっぱいの笑顔をぶちかます。
「遠慮しなくていいよ、しぃちゃん」
「……遠慮します」
木場の熱視線から逃れるように、桔平が隣のテーブルの黒崎へ顔を向けた。
「黒崎、おまえ飲まねえんだろ」
「ス」
「しの坊のうちまで運転してってやれよ。おまえのは帰りに取りにくりゃいいだろ」
「ス!」
黒崎ニタリ。
そして、忍ジロリ。
「あ、やっぱりいいです」
「……ス」
大沼はみなと離れ、店の外に出ていた。
難しそうな表情で携帯電話を手にする。
「……はい、わかりました」眉を寄せ、重々しく頷いてみせた。「半年、ですね……」
「大沼さん」
後ろから声をかけられ、表情も変えず大沼が通話を終える。
振り返ると、真顔の夕季が立っていた。
一足先に帰宅しようとする大沼を見かけ、店内から追いかけてきたのである。
振り返る大沼の右腕は肩から吊ってあった。
薄明かりの駐車場で顔を向け合う二人。
「なんだ」
「うん……」
呼び止めたものの、夕季の口からはなかなか次の言葉が出てこなかった。
「……あ」
すると大沼がふっと笑った。
「ありがとうな」
「!」
「俺を頼ってくれて」
「……」夕季がうつむく。照れながらそれを口にした。「あたしも、ありがとう」
嬉しそうに笑う大沼。普段仲間達にはあまり見せない表情だった。
「またいつでも頼ってくれ」
「うん……。……また、キャッチボール……」
「ああ、またやろう」
夕季が控えめに笑う。
大沼も満足気に笑った。
何かをふっきったように。
了