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第二十四話 『勇者の決断』 7. 勇者の決断

 


 夕季は巨大な竜を一方的に押し続けていた。

 見た目は凶暴だが、思いのほか鈍い。

 たたみかける攻撃で動きを封じると、一気に間合いを詰め、ブレードを真横へなぎ払った。

 両目を水平に切り裂かれ、絶叫とともに悶絶する巨大竜。

 とどめを刺すのは今しかない。

 後方宙返りで飛び退き、両足で大地を踏みしめる。

 ブレードをかまえ、急激な加速エネルギーもろともその巨体を貫くつもりだった。

 と、その時だった。

 ケエエエエエー!

 けたたましい咆哮を従えて、新たな物の怪が現れたのである。

 鈍い輝きを放つ黒色の鎧竜は、空竜王の姿を補足するや、すぐさま敵として認定したようだった。

 巨大竜を視界の隅にとどめ、夕季が鎧竜の様子をうかがう。その目がカッと見開かれたのは次の瞬間だった。

「!」

 鎧竜の後方にもう一体の竜が現れた。その溶岩のように赤黒く燃えさかる別の竜は、鎧竜を追って現れたようだった。

 夕季が空高く飛び上がる。

 巨大竜にとどめを刺せなかったのは心残りだが、得体の知れない新たな敵を二体もさらに相手とするのは得策とは言えない。

 組み合う二匹の竜を見下ろしながら、夕季はバトルフィールドから離脱した。


 メック・トルーパー隊員達は、狐につままれたような心境でその一部始終を眺めていた。

 ほんの数分前、夕季からの一報を最後に本部との連絡が途切れる。

 もやに覆われた基地内の視界が薄く光を帯び始めた頃、木場達は見た。

 メガル本棟に空から襲いかかる空竜王の姿を。

 突然互いを攻撃し始めた海竜王と陸竜王を。

 今、それらが一同に会し、それぞれを敵と見なしたかのごとくに離散していく様を。

 何もできずに立ちつくすだけの木場が、ごくりと生唾を飲み込む。

「いったい、何が……」

「隊長!」

 大沼に突き飛ばされ、木場がコンクリートのエプロンへ転がる。

 後頭部を痛打し、顔をゆがめながら見上げたその先に、自分達の方へと襲いかかろうとする空竜王を確認できた。

「これは……」

「逃げましょう」

 木場が振り返ると、表情もなく空へと視線を向ける大沼の姿が、ごくりと溜飲しながら告げた。

「何があったのかはわからない。だが我々は彼らに敵として認識されているようです」

「……」

 拡散空波が足もとの強化コンクリートの塊を、小麦粉を噴き上げるようにえぐり飛ばしていく。

 大沼に抱きかかえられ、木場が隊員達とともに建物の陰目ざして逃げ出した。


 竜達のすみかから離脱し、夕季は活路を開くべく奔走していた。本部への連絡もかかさなかったが、それに対する桔平らの応答は一度たりともなかった。

 焦りが冷や汗となりこめかみを伝う。

「!」

 地上で新たなモンスターを発見した。

 先のような竜の類ではない。

 人間ほどのサイズのそれらは、群を成してこちらを威嚇していた。

 インプよりは小さいが、その姿は比較にならぬほど醜悪だった。

 彼らは空竜王に気づくや、獲物を追い立てるように飛び出してきた。

 捕まるスピードではない。だが、降り立てば外敵となることは明白だった。

 夕季の内で様々な想いが交錯する。

 戦うべきか、いなすべきか。

 無益な争いならば避けるべきだ。だが、それが仲間達の安全を脅かす可能性があるのなら、捨て置くわけにはいかない。

 正解はわからなかったが、メック達と合流した時のことを考え、その時脅威となるであろうそれらを追い払っておく選択をした。

 空から空波を放つ。

 群の中心を貫いた真空の刃は、荒れた大地に噴煙を巻き上げ、怪物達をちりぢりに分断させた。

 一目散に逃げて行く小さなモンスターの群。

 彼らは蜘蛛の子を散らすように、そこいら中の岩場の陰に逃げ隠れていった。

 追うべきか否か、再び決断に迷う。

 異邦者がどちらであるのかは明白だった。

 おそらくは彼らはここの住人であり、彼らのフィールドに迷い込んだのは自分の方だろう。

 もし自分の存在が彼らの安全を脅かしているのだとしたなら、当然その排除を試みるに違いない。

 プログラムに平和を脅かされた人類が抵抗を試みるように。

 夕季の心が乱れる。

 狩猟ではなく、生き延びるための戦いではなく、生き残るための決断を彼らが迫られているのだとしたらと考えて。

 荒野に降り立ち、夕季が周囲を見渡した。

 判断材料が欲しかった。

 せめて彼らが敵でないと、自分に言い聞かせられるものが。

 !

 物音に気づき、夕季が振り返る。

 岩陰から彼らが、こちらの様子をうかがっているのが見てとれた。

 襲いかかろうとする気配はなかったが、攻撃的な姿勢だけはありありと伝わってきた。

 捕食者の視線をもって。

 決断を下すべく、夕季がそれを見定めに近づいていった。


 物陰に隠れ、木場達は様子をうかがっていた。

 空竜王はエプロンへ降り立ち、周囲をくまなく探っているようだった。

 メックを攻撃するために。

「あいつ、俺達が敵だと思っているようだな」

 鳳の呟きに木場が目線を向けた。

 木場がその目を見据える。

「催眠か幻覚か。あるいは洗脳か」

「何にしろ、あいつの目には、俺達が俺達として映っていないことは確かだ」

「だったら、気づかせてやれば……」

「どうやって」

「……」

 難しい顔を向け合い、二人が黙り込む。

 その様子を、大沼は眉一つ動かすことなく眺めていた。

「何か方法はないのか……」

 木場の呟きが止まる。

 空竜王が木場達の居場所に気づいたからだった。

 粉塵を撒き散らし、空竜王が滑走路を滑るように近づきつつあった。

「く!」

 かすかに表情を揺らし、大沼が飛び出していった。

「大沼! 大沼!」

 陽動に出た大沼の後を追って、空竜王が反転した。

 風圧で転がり、大沼が覆い被さる影の主を見上げる。

 蒼き両眼を光らせ、空竜王がブレードを振りかぶるのが見えた。

 執行までのリミットは残り数秒。

「!」

 その時、背中に銃撃を受け、空竜王が振り返った。

 木場や鳳ら、メック・トルーパーの隊員達が、空竜王目がけて一斉に射撃を始めていた。


 かすかな衝撃を感知し、空竜王のコクピットの中、夕季が目を見開く。

 それは彼らからの攻撃だった。

 交戦状態となっても直接的な被害はほとんどないだろうが、黙って見過ごすわけにはいかなかった。

 連続して繰り出される彼らのつぶては微弱なものだったが、衝撃から感知して人間ならば死に至らしめることだろう。

 彼らを放っておくわけにはいかなかった。

 方向を変え、夕季が怪物退治に出向く。

 すると彼らはまた一目散に逃げ出し、岩場の陰へと消えて行った。

 夕季が空竜王を静止させる。

 はっきりとわかった。

 彼らが自分達にとっての敵であると。

 覚悟を決める夕季。

 振りかぶり、次に放つ空波で岩場ごと一掃するつもりだった。

 そこにある悪意を跡形もなく根絶やしにすべく。


 大沼の顔が焦りの色で塗り固められていた。

 目線の先には、大地をしっかりと踏みしめた空竜王の背中がある。

 そのかまえから空波を放つであろうことが見てとれた。

 木場達が退避した別棟目がけてである。

「逃げろー!」

 尻もちをついたまま声を張り上げる。

 だが騒音の中、数百メートルも離れたその場所まで、声が届こうはずがなかった。

「く!」

 よろけながらも大沼が立ち上がった。

 その表情に決意を宿し、拳大のコンクリ片をつかみ取る。

 まなざしの行方は五、六十メートル先の空竜王をとらえて離さなかった。

 それから大きく振りかぶり、懇親の力でもって覚悟を叩きつけた。


 コツ、という微弱な反応に夕季が手を止める。

 一連の襲撃のような勢いはない。

 だが何者かが空竜王目がけて攻撃していることは明らかだった。

 コクピット内で顔だけで振り向く。

 するとバックビューに、先に追いかけた怪物の姿が映っていた。

 その怪物は今にも倒れそうにふらつき、それでもこちらを激しく威嚇し続けていた。

 拳大の石を拾い上げ、もう一度空竜王目がけて投げつける。

 それは角度の浅い放物線を描いて、一直線に空竜王の背部へと到達した。

 怪物がまた石を拾い上げる。

 大きく振りかぶったそのフォームに、夕季は見覚えがあった。

「!」

 空竜王が怪物の方へ向き直った。


「よせ、大沼!」

 今にも飛び出さんばかりの勢いの木場を、鳳らが必死に押しとどめる。

「やめろ、木場。夕季は普通の状態じゃない。今出ていけば、おまえもやられるぞ」

「放せ!」

「木場!」

 身動きの取れない木場達の眼前で、大沼が空竜王の真正面から四度目の投擲をするところだった。


 コツリと音を立て、石つぶてが空竜王の肩へと到達する。

 それを見つめる夕季の表情は戸惑いにつつまれていた。

 その動作が、あまりにも大沼の遠投と重なったからである。

 思わず心を奪われるほどの綺麗なフォーム。

 そして吸い込まれていくビームのような軌跡。

 しかし、この異世界の地でそれをオーバーラップさせたとして、いったい何の意味があると言うのか。

 迷いを払拭し、ただ前だけを見据える。

 夕季は決意を宿したまなざしで、目の前の怪物を睨みつけていた。


 足もとをふらつかせ、大沼が瓦礫を拾い上げた。

 吹き飛ばされた時の衝撃で右肩に傷を負っており、投擲するごとにその傷口が悲鳴をあげていた。

 だが今ここでやめるわけにはいかなかった。

 空竜王を足止めするため。

 仲間を救うため。

 自分達が敵ではないことを、夕季に知らせなければならなかったからだ。

『気づけ、夕季……』

 念ずれども空竜王のハッチが開く様子はない。この状況下で自ら危険を冒すような真似を夕季がしないことは、大沼にもよくわかっていた。

 絶望の状況下、一るの望みをかける。

 多くの仲間達を救うため、それ以上の犠牲者を出さないために大沼がした選択は、敵として攻撃をしながら果てることだった。

 攻撃者をしとめた後、夕季が空竜王のハッチを開けて、確認してくれることを願って。

 せめて目の前にいるのが、自分だということに気づいてくれればいい。

 たとえもの言わぬ身となりはてたとしても、朽ち果てたその姿を確認し、仲間であったことが伝わればそれでいい。

 もし自分が死ねば、夕季の心に傷を遺すことになるかもしれない。

 それでも決意は揺るがなかった。

 攻撃を受けたため、反撃しただけ。

 その逃げ場所を夕季に残せさえすれば、それでいい、と。

 ぜいぜいと息を切らし、大沼が振りかぶった。

 限界を超えた右肩がズキンと痛みを告げ、苦痛に顔をゆがめる。

 それでも全身全霊を注ぎ込むがごとくに投げつけた。

 大きな山を描き、力もなくようやく届くだけのそれは、大沼の魂の投擲だった。

 コツ、と小さな音がして、コンクリ片が空竜王の頭部で弾け散る。

 それからゆるやかにハッチが開き、中から心配げに眉を寄せた夕季が現れた。

「夕、季……」

 崩れ落ちる大沼目ざして、木場達が駆け寄って行った。


 その時である。

 デカラビアの花びらが開き切り、跡形もなく消滅していったのは。


「んあ?」

「え?」

 つかみ合いを続けていた二体の竜王が、自分達の置かれた状況に気がつき硬直する。

 目が点になったまま、礼也と光輔が間近で向かい合った。

「なんでてめえがいやがんだ?」

「何やってんの?」

 コード解除により緊急態勢から開放された桔平達が、非常ドアから下の様子をうかがい見る。

「いったい、何が起こった……」

 それ以上は何も出てこず、ただ特異な現状を畏怖するように見下ろすだけだった。





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