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第二十四話 『勇者の決断』 6. 強敵現る

 


 夕季はそれを駆逐すべく、懸命な面持ちで奔走していた。

 牙を剥いて襲いかかる数十倍の身の丈の巨大なモンスターを紙一重でいなし、牽制の一撃を叩き込む。

 竜王の攻撃の中でも空竜王の拡散空波はもっとも威力に乏しいものだった。

 夕季にしても軽いジャブ程度のつもりで、次撃を放つための間合いにしかとらえていない。が、その塵のような攻撃で、その怪物はぐらりとのけぞったのだった。

 空を駆けるがごとく自在に体勢を入れかえ、間髪入れずに次弾を撃ち放つ。

 すると巨大なドラゴンは苦しげな悲鳴を撒き散らし、大きく巨体を揺るがせたのである。

 このチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 とどめを撃ち込むべく、夕季が空中で反転する。両手の甲に刃を携え、必殺のスクリュー・ブローを見舞うつもりだった。

 そのモンスターの正体が、メガル本部棟だなどとは微塵にも思わずに。

 ましてや本部のセンサーが異物を感知するその反応が、空竜王に対するアクションとなって投影されていることなど、渦中の夕季には到底わかろうはずがなかった。

「!」

 別方向からの攻撃反応を察知した夕季が地上へ振り返る。

 新たな二体のモンスターが空竜王目がけて襲い来るのを確認し、迎え撃つべく夕季が反転していった。


          *


 光輔はもやの立ち込める広大なフィールド上で、周囲の様子を冷静に把握しようと努めていた。

 外部からの連絡はすっかり途絶えてしまったが、海竜王は他の二体よりも悪状況下においての視認性に優れる。

 一刻も早く全体の状況を掌握し、打開策を講じなければならなかった。

 とは言え、常に行動をともにしていた仲間達と離れることが、これほどまでに心細いものだとは考えもしなかった。

 性格の違いはどうであれ、二人の精神力の強さがよりどころであったことを思い知る。

「!」

 何かの気配を察知し、光輔が警戒を強めた。

 薄もやの中、浮かび上がるその影を認め、すぐさま臨戦体勢へと移行する。

 それは赤黒く醜悪なドラゴンのようだった。全身が燃えるがごとくに沸き立ち、さながらマグマを身にまとったようである。身の丈は海竜王とさほど変わらない。だが、その存在感は生物としては圧倒的なものだと言えた。

 幸いなことに、ドラゴンはまだ海竜王には気づいていない。

 それが敵であるのか否かはわからなかったが、なるべくならば無用な争いは避けて通りたかった。今すべきことは戦うことではなく、この奇妙な世界から脱出することだからだ。

『……おい、聞こえるか……』

「!」桔平の声を耳にし、光輔がディスプレイへ目を向ける。かろうじて声が届くのみで、映像は暗闇に閉ざされていた。「桔平さん!」

 光輔の応答に桔平が食いついた。

『おい、光輔か!』

「はい、俺です」

『今、どこにいる』

「わかりません。突然霧みたいなのに囲まれて。さっきまで礼也やメックの人達がそばにいたはずなんですけど、急に連絡が取れなくなって。何となく、オーストラリアの変なとこに似てます」

『オーストラリアの変なとこ?』

「荒野っていうのか、谷とか崖がいっぱいあるような、岩だらけで他には何もない感じです。すごく大きな岩があります。ドームがいくつも乗っかるような」

『エアーズロックのことか?』

「はい」光輔が重々しく頷く。「……なんすか、それ?」

『……。どういうことだ……。……』

「桔平さん! 桔平さん!」

『いや、聞こえてる』

「よかった……」連絡が途絶えていないことを知り、ほっと胸を撫で下ろす。「さっきからずっと呼びかけてたんですよ。どこにもつながらないから、俺、どうしたらいいかわからなくて」

『こっちもだ。ずっと呼びかけてんのに、誰も出やしねえ。今んとこ、おまえだけだ』

「俺だけ……」

『光ちゃん』忍の声が割り込んできた。『夕季は? 夕季はそこにいないの』

「あ、しぃちゃん。うん、いない。まだ降りて来てないと思う」

『そう……』

『がっかりするんじゃねえ。あいつなら大丈夫だ』

『はあ……』

『きっと空から様子をうかがっているんだろう。こんな時、あいつの冷静さと判断力は武器になる。今となってはあいつだけが頼りだ』考え直す。『あいつと一応おまえだけが頼りだ』

「いいんすけど、別に……」連絡を取りながらも、常にドラゴンの様子に気を配っていた。「桔平さん、近くに怪物がいます」

『何! どんなやつだ!』

「ゲームとかに出てくるような、ドラゴンみたいなやつです。大きさは竜王と同じくらい。なんか、いかにも凶悪そうな感じです」

『そんなヤバそうなのか』

「人間で言ったら、凶暴な時の礼也みたいな感じです」

『……。何匹いる』

「確認できてるのは一体だけです。でも周りが真っ白で何も見えないから、他にもいるかもしれません」

『向こうからは見えてんのか』

「いえ、たぶんまだ気づかれてはいないと思います。!……」

『おい、光輔』

「ヤバイす。今、目が合いました……」

『……』一拍置く。『なるべくならやりすごせ。まだ状況がどう転んでくか見当もつかねえ』

「そのつもりすけど、……と!」

 ドラゴンの口から吐き出された炎の塊が、海竜王の右肩をかすめていった。

「そういうわけにはいかないみたいですね」

 数十メートルの距離を隔て、光輔と灼熱のドラゴンが向かい合う。

 しだいに桔平の声が遠く消えかけていた。

『おい、光輔!』

「とりあえずやってみます、……と、速!」

 連続して放たれる大量の火の玉を、海竜王が跳び上がり回避する。

 それに追従するように、咆哮もろとも、ドラゴンの体躯が真紅に燃え上がった。

『おい、光輔、光輔!……』


          *


「んだってんだ……」

 悪態をつきながら礼也が濃霧に覆われたフィールドを探索する。有効視界はないに等しかった。

「おい、誰かいねえのか!」

 誰からの応答もなく、呼びかけをやめる。チャンネルは開放したままだった。

 先まで光輔らが近くにいたはずなのに、突然視界が白け、気がついた時には一人荒れ果てた原野に取り残されていた。時おりのぞく景色が、大自然の峡谷を脳裏に刻みつける。

「!」

 もやの中から息を潜めて、こちらの様子をうかがっている気配に気がつく。

 黄橙色の切れ上がった両眼を爛々と光らせ、剥き出しの牙の隙間から静かな唸り声を漏らしていた。

 二本のそびえ立つ角を天へ差し向け、黒く鈍く輝くその体躯は、硬質の皮膚に覆われた異世界の鎧竜を思わせた。

「えれえモンがいやがったって……」

 それが陸竜王捕食モードに移ったことを知り、礼也が臨戦態勢をとる。

 殺られる前に殺る。その信条には微塵の揺るぎもなかった。

 ナックル・ダスターの乱れ撃ちで、早々にとどめを刺しにいく。

 しかし、息をもつかせぬ連撃を、黒き竜はその外見からは想像もしえない機敏な動きですべてかわしていた。

「ち!」

 大地を蹴って、一気に間合いを詰めようとした。

 が、振りかぶったその必殺の一撃ですら、黒竜は紙一重でかわしてみせたのである。

「速い!」

『……おい、……聞こえるか……』

「!」桔平の声に気づき、礼也が神経を敵へ向けながら応答した。「おい、どうなってんだ!」

『何がだ。どうなってる!』

「何がだ、じゃねえって。わけわかんねえぞ。いきなり霧だらけの荒野にぶっ飛ばされて、今の今まで誰からも連絡一つねえ」

『何! おまえもか』

「あん?」

 黒竜が鋭利な二本の長角で、陸竜王を貫こうと突進してくる。

 腹部をかすめる鈍い光を、礼也が皮一枚、後方宙返りでいなした。

「見た目以上に機敏だな」

『礼也、光輔の姿は見えないか』

「あん? 知らねえって!」

 着地した場所目がけ、長く伸びた黒竜の尾が襲いかかってきた。尾の先も角同様鋭く尖っている。

 瞬時に反転したその地点が、尾の斬撃によってクレーターを穿った。

『光輔の奴、とんでもないバケモノに襲われてるらしい』

「んだって!」礼也が眉間に皺を寄せる。

『おまえ、応援に……』

「こっちもだっての!」

『何!』

「こっちもとんでもねえのにぶつかっちまって、それどこじゃねえって」

『おまえもか!』

「ああ、鎧つけた竜みてえのだがよ。見た目トロそうなのに、すばしっこくてつかまえらんねえ!」

 桔平との会話に気を取られ、礼也が一瞬敵の姿を見失う。素早く身を翻した眼前に黒竜が現れ、角の一撃を体勢を崩しながらやり過ごした。

 外殻の一部をえぐられ、それでも陸竜王が黒竜の片方の角をロックすることに成功した。

「危ねえ、危ねえ!」ギリと歯を食いしばった。「許さねえぞ。こっぱだ、てめえ!」

『おい、礼也……』

 集中力がピークに達した状態で、他のもの一切を遮断する礼也の意識の外、桔平の声が消え失せようとしていた。





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