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第二十四話 『勇者の決断』 5. 敵の正体

 


 プログラム・デカラビアは、特異な形態を維持したまま、成層圏で滞空していた。

 メガル本部を頭上から見下ろすように。

 デカラビアが影を落とし、街中が不安と恐怖の薄闇に覆われた頃、エプロンに三体の竜王が姿を現す。

『夕季!』

 桔平からの呼び出しに応じ、夕季がディスプレイのスイッチをオンにした。

『空竜王で探って来い。くどいようだが無茶は禁物だ』

「わかってる」

『こっちも基地内にメックを待機させる。職員は全員外へ追い出したし、建物も防護シャッターかましてあるが、なるべくならここでのあれやこれやは避けたい。うるさいショーンも出張でいねえし、ちょうどいい。な、しの坊』

『知りません……』

『その辺、頼んだぞ』

「うん……」画面上の桔平の顔を複雑そうな表情で見つめた。「顎、大丈夫?」

『ああ!』大きなバンソウコウを貼った顎をしゃくりながら、桔平が不機嫌な様子で顔をゆがめる。『大丈夫なわけねえだろ。やっとしゃべれるようになったところだ』

「……」

『……』

「……」

『……なんか言いたそうだな』

「……あたしのせいじゃないよね」

『別になんも言ってねえだろうが。今日のは、おまえの適応力と学習能力の高さを侮った俺のミスだ。おまえに情けかけられる覚えはねえ』

「……。でも、なんだか哀れだから」

『だからそういうことを遠いとこから言われると胸がしめつけられるつってんだろ! 今度はうちのチームだ。覚えとけ』

「……」

『どうでもいいこと言ってねえで、ちゃっちゃと終わらせてこい。ご褒美に焼肉だからな! 覚悟しとけ!』

「……」夕季が眉を寄せる。それから口を真一文字に結び、かたわらの礼也達へ振り返った。「準備は」

『んなの、とっくにオッケーだって!』

『俺もオッケー……』

『おい、ちゃっちゃと片づけて、肉祭りへ繰り出そうぜ』

「わかってる」への字に口を曲げ、遥か上空を見上げる。「バッティング・センターにも行かなきゃいけないし……」

『……やっぱ、行くの』


 光輔と礼也を地上に待機させたまま、夕季が一人で偵察に出向く。集束後のタイプスリーより、空竜王単体の方がスピードに特化するためだった。

 集束を行い大量の霊エネルギーを大地や大気から吸い上げることによって、周辺の環境に変化を及ぼすことは確認済みだった。竜王一体の活動時だけでも、大気の状態が不安定になったという報告もあり、集束におけるその影響は計り知れない。

 暗には雅への負担も憂慮されており、集束はあくまでも最終手段であると、桔平らの口から夕季達には伝えてあったのである。

 垂直上昇の後、ほぼ宇宙とも言えるほどの高空にとどまる目標を肉眼で確認し、夕季がモニターで桔平を呼び出す。

「見えた」

『どんな感じだ』

「今、映像を送ります」

『頼む』

 空竜王のメインカメラを通して、デカラビアがメガル中のディスプレイへ映し出された。

 その奇怪な様子に、目にした者すべてが言葉を失う。

 それは黒く巨大なつぼみだった。

 釣鐘のようにも見えるその物体は、数枚の花びらをスクリュー状にひねりながら重ね、空へ向けてまとめあげられていた。

「なんだ、ありゃ……」礼也が眉間に力を込める。

「どっかで見たことあるような……」光輔が生唾を飲み込んだ。

「おい、あれは……」

 桔平の呟きに、ディスプレイを見据えたままあさみが頷いた。

「ラフレシアのつぼみね。それもこの周辺一帯を覆いつくすほど巨大な」

『桔平さん!』

 夕季の切羽詰まった声に桔平が反応する。

「どうした、夕季!」

『開き始めた』

「!」

 引いてかまえる夕季の目の前でデカラビアのつぼみが脈打ち、もぞもぞと蠢き始める。

 ひねりを解きながらその最上部が小さな口を開けると、そこから花粉状の粒子が噴き出した。勢いでめくれ上がるように巨大な花びらが押し広げられていく。

 その光景を夕季は固唾を飲みながら凝視していた。

『夕季、逃げろ!』

 桔平の声が呪縛を解き放つ。

 ブレードを展開し、デカラビアへの対応に備える空竜王。

 が、次の行動に移る間もなく、一瞬でデカラビアの花びらは開き切ったのである。

「くっ!」

『夕季ー!』

 桔平の絶叫をかき消し、四方八方へ放射された光の粒子は空竜王を巻き込み、やがて地上へオーロラのごとく降り注いだ。

 暴力的な光の放射を目を細めてやり過ごし、夕季が滞空したまま周囲を見回す。

 そこにはすでにデカラビアの姿はなく、ただ白けたもやが延々と広がっているだけだった。

「……。桔平さん。桔平さん……」

 回線を開き本部との連絡を試みるものの、何も返ってはこず、ただ耳障りなジャミングだけが平坦に流れ続けていた。

 下唇を噛み締め、夕季が地上へ向かう。平衡感覚に狂いが生じていなければ、何とかメガルの敷地内まで到達できるはずだった。

 数十メートル先すら見通せぬほどの濃霧をくぐり抜け、夕季が降り立つ。

 が、そこは見慣れた基地の風景とはほど遠い、荒れ果てた原野だった。

「どこなの……」思わず言葉がついて出た。

 目を見開いたまま、呆然とその荒野を見続ける。それはかつて映像で見た、外国の峡谷に酷似していた。

 はっとなり、再度本部との連絡を試みる夕季。

「桔平さん、桔平さん、応答して、どういうことなの、応答して、桔平さん!」

 いくら繰り返しても何も状況が変わらないことを悟り、夕季が想いを飲み込む。

 打開策を模索しつつ、周辺の情報を取り込むことに努めようとした。

 その時だった。

『おい、夕季……』

「!」桔平の声が聞こえ、飛びつくように無線のスイッチを入れる。「桔平さん! 桔平さん!」

『……。……なんだ、聞き取りにくい……』

「桔平さん!」

『おお、夕季……』砂の嵐状態のディスプレイから、妨害電波にまみれた桔平の声が途切れ途切れ聞こえてくる。『どうなっているんだ、いったい。おまえ、どこにいる』

「わからない! 見たこともない場所」声を張り上げ喰らいつくように話し始める夕季。その表情には安堵の色が見てとれた。「何かおかしい。他に何もない。まるで一人だけ別の世界に飛ばされてしまったみたい。グランド・キャニオンに似てるかもしれない!」

『グランド・キャニオンか。あいつらもさっきまでおまえと同じようなことを言ってやがったな』

「光輔達も?」

『おう……』次第に声が小さくなっていく。『もう連絡がとれなくなった。こちらから最大出力で呼びかけているが、メックも奴らも応答しない。今はおまえだけだ』

「……」

『奴ら、それぞれ別の魔獣に遭遇したらしい。応戦するって聞こえてから、ぷっつりだ。幻獣の類だと予想してたが、実体獣だったのか……』

「待って!」

 獣の唸り声のような音を察知し、夕季が耳を澄ます。

 慌ただしく辺りを見回し、背後に黒い影が迫っていることに気づいた。

『どうした、夕季』

「こっちにも何かいる」

『何!』

「大きい……」もやの中から浮かび上がる巨大なシルエット。「信じられないくらい」

 それは数百メートルもの身の丈を持つ、規格外の物の怪だった。

 空竜王が丸々収まるほどの超ビッグサイズの二つの目玉を欄々と輝かせ、それがくわと口を開く。恐竜のような、はたまた神話に登場する竜のようなフォルムのそのモンスターは、空竜王を捕食すべくドロリと唾液を滴らせた。

『おい、夕季!』

「どうやら、獲物として認識されたみたい」

 大量の唾液がボトリと大地で弾け、飛散する。それが付着した場所は強力な酸におかされたかのごとく、溶解していった。

「行きます」

『おい、待て、夕季、夕季!……』

 桔平の呼びかけも遠く消えゆく中、夕季が魔獣目がけて挑みかかっていった。


 いくら呼びかけても何の反応も示さなくなった無線機を、桔平が置き伏せる。

 腕組みしながらそれを横目で見やり、あさみが取り乱す様子もなく口を開いた。

「応答はないの?」

「ああ」

 ギリッと奥歯を噛みしめ、防護壁に閉ざされたパノラマ・グラスを睨みつける。そこには外部カメラを通して投影された映像が映し出されており、まるでガラス越しに外の景色を眺めているようだった。

「外部からは完全に遮断されたようだ」

 それを受け、忍が心配そうな面持ちで振り返った。

「外部だけでなく、各フロアとも連絡がとれない状態です。モニタリングも不可能です」

「変ね」あさみが眉をひそめる。「妨害によって無線が使用できなくなるのならともかく、集中システムの建物内で行き来ができなくなるなくて」

「理屈じゃねえんだろうな」

 ぼそりと告げた桔平に顔を向ける二人。

 桔平は濃霧立ち込める外の景色を注視しながら、平坦につないでいった。

「物理的な遮断じゃなく、俺達の意識の中から外部とのつながりを断ってきやがったんだ。本当はこの無線だって通じてるのかもしれねえ。だが俺達の深層心理が、意識とは別にそれを拒否してるのかもな」

「……」あさみが言葉を失う。「自分が何を言っているのか理解できてる?」

「……う~ん」

「今の仮説が間違っていないとすれば、私達は特殊な催眠状態に置かれているということになりますね」

 忍が自分なりの補足を試みようと割って入る。

「それだ、しの坊!」指をつきつけ、ギリリと忍を睨みつけた。「今、いいことを言った!」

「……ありがとうございます」

「それならば納得できるけれど」あさみも擬似スクリーンへ視線を向ける。「集団催眠というよりは幻覚を見せられているといった方が的確かもしれないわね」

「それだ、俺が言おうとしていたのも! まさにズバリだ!」ビシッと指さし、あさみを睨みつけた。「まさにナイスフォローだ」

「きっと下の階では大騒ぎでしょうね」

「……無視かよ」

「様子を見てきますか?」

「……おまえもか」

「いえ、いいわ。行ったところで事態が収束するとも思えないから。根拠のない説明も、いたずらに混乱を招くだけでしょうし」

「危ねえっ!」

 突如として桔平があさみを突き飛ばす。

 尻もちをつきながら、あさみが目を見開いた。

「何!」

 桔平は真剣な表情でスクリーンを睨みつけていた。

「何かが襲ってきやがった……」

 立ち上がり、あさみが冷静な顔を向ける。

「仮にそうだとしても、これは直接見ているわけではないのよ。ミサイルの直撃にも耐えられるほどの防弾ガラスの外側に、さらに何重もの防壁を……」

「避けろ!」

 あさみもろとも、桔平が特設スペースの奥まで転がっていった。

 その直後、フロアが衝撃に揺れる。

 忍は自らの判断で後方へと退いていた。

 戦慄の表情で、三人がスクリーン・グラスを凝視し続ける。

 そこでは隙間もないほど大量の光の矢が、これでもかとばかりに押し寄せてきつつあった。

「これは……」驚愕を隠すこともままならず、あさみが口を開いて動きを止める。

 滞った三人の意識を覚醒させたのは、怒涛の攻撃がもたらす絶望だった。

 ドンドンと叩きつける大音量に押され、スクリーンにクラックが走る。間もなく特殊防弾ガラスがミシミシと悲鳴をあげ始め、数さえ知れぬ突起が内部に浮き上がり出した。

「逃げろ!」

 硬直する二人をうながし、桔平が出入り口へと向かう。

 忍はすぐにそれに従ったが、あさみは信じられないものを見るような表情でただその場に立ちつくすだけだった。

「何やってんだ、おまえは!」

 あさみの手を取り、引き抜くように桔平がその体を外へと追いやろうとする。

 桔平が通路へ転がり出ると、先に脱出し待ちかまえていた忍が、緊急用防護壁のボタンを叩きつけるように押し込んだ。

 幾重もの隔壁が縦から横から現れ、部屋を外部からシャットアウトする。

 その直後、けたたましい爆発音をともない、衝撃が三人の全身を揺らした。

「う……」

 よろめくあさみをかばい、桔平が覆い被さる。

 忍は、く、とかすかに呻き、歯を食いしばりながら壁へとへばりついた。

 一旦攻撃が止み、高ぶる鼓動を静めるように、互いの顔を見比べる三人。

 ゆっくりと立ち上がる二人を横目で見やり、忍が壁に沿って歩き出した。

「ここも、危ねえな……」

 ぼそりと呟く桔平に注目するあさみ。何も言えず、疲労困憊の表情を向け続けた。

「駄目です」

 忍の声にあさみと桔平が振り返る。

 すると忍は神妙な顔を二人へ向け、苦しげに次の言葉を押し出した。

「私達はこのフロアに閉じ込められました」

 言葉を失う二人。

「ここの隔壁はさっきの部屋よりも被弾耐性が上のはずだけれど、もう一度今みたいな攻撃を受ければ……」

「おい、見たんだろ」

 平静を装いながら淡々と発するあさみが、押し殺した桔平の声に再び絶句する。

 桔平はわずかにも眉を揺らすことなく、忍の顔を凝視していた。

 同じ表情を忍が差し向ける。

「見ました」

「やっぱり、そうか……」

「……はい」

 わけもわからず、二人の会話に耳を傾けるあさみ。

 すると桔平が苦しげに顔をゆがめて、腐敗した臓腑のような言葉を吐き出した。

「今のは確かに、空竜王だった」

「はい」

「!」





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